この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ボヘミアン・ラプソディ

「ママ、いま人を殺してしまった」で始まる伝説の名曲。フレディ・マーキュリーの世界がここにある。

 

  製作:2018年
  製作国:イギリス、アメリ
  日本公開:2018年
  監督:ブライアン・シンガー
  出演:ラミ・マレック、グウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョセフ・マッゼロ
     ルーシー・ボイントン 他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    フレディ・マーキュリーの飼い猫
  名前:トム、ジェリー、ロミオ、デライラ、ミコ、ティファニー、オスカー、
     リリー

  色柄:白、茶トラ、サビ、茶白、ミケ、キジトラなど


◆映画館が揺れた

 この映画が公開された2018年の日本、邦画では『カメラを止めるな!』(2017年/監督:上田慎一郎)、洋画ではこの『ボヘミアン・ラプソディ』が空前のヒット、映画館が活気づいた年でした。
 『ボヘミアン・ラプソディ』は、イギリスのロックバンド「クイーン」のボーカルで1991年11月に亡くなったフレディ・マーキュリーを主人公とした伝記映画。映画のヒットによる盛り上がりに、コンサートの雰囲気を味わおうと映画館をライブ会場に見立てた企画も行われ、観客がスクリーンに合わせて歌い熱狂したというニュースも記憶に新しいところです。映画をきっかけに新しい世代のファンも生まれました。
 今年2024年2月4日から14日まで、創立当時からのメンバーであるギターのブライアン・メイ、ドラムのロジャー・テイラーの2人に、アダム・ランバートを加えたクイーンのツアーが名古屋、大阪、札幌、東京の4都市で開催され、さっぽろ雪まつりにはクイーンの雪像が展示されたそうです。札幌公演当日券のGOLD指定席は限定グッズ付きで税込み49,000円とか!
 新たなドキュメンタリー映画フレディ・マーキュリー The Show Must Go On』(2023年/監督:フィンレイ・ボールド)も公開され、再び熱を帯びる彼らの軌跡をたどることにしましょう。

◆あらすじ

 1970年、イギリスでインド人の移民として中流家庭で暮らす20代半ばのファルーク・バルサラ(ラミ・マレック)は、音楽に夢中でライブハウスに入りびたっていた。
 ファルークはそこで活動しているバンド「スマイル」のメンバーが一人抜けたとき、自分から売り込んでボーカルとして加入する。1年後にグループ名を「クイーン」に改称し、ファルークも正式にフレディ・マーキュリーと改名した。1973年、彼らはついにメジャーデビューを果たす。フレディは恋人のメアリー(ルーシー・ボイントン)と愛する猫たちと暮らし始める。
 アルバムがチャートインし、アメリカ各地をめぐるコンサートツアーで、クイーンのパフォーマンスは圧倒的な人気を得る。そのツアー中にフレディは男性との同性愛に目覚める。
 1975年、フレディ作詞作曲の「ボヘミアン・ラプソディ」をリリース。
 イギリスに戻ったフレディがメアリーに「自分はバイセクシュアルだ」と打ち明けると、メアリーは「あなたはゲイよ」と答え、まもなく二人は同居を解消する。
 フレディは豪華な新居を構え、そこで同性愛の仲間たちと乱れたパーティーを繰り広げるが、それを使用人の一人に戒められる。その男、ジム・ハットン(アーロン・マッカスカー)は、生涯フレディのパートナーとなった。
 音楽プロデューサーやマネジャーとの衝突、従来と傾向の違う曲の失敗、フレディのソロ活動をめぐる他メンバーとの対立など、クイーンは険悪なムードになって1980年代前半に事実上活動停止状態になる。更にフレディがゲイでエイズに感染したのではないかという噂がマスコミをにぎわせる。
 そんな時期の1985年、アフリカの飢餓を救うためのチャリティコンサート「ライブエイド」出演の話が持ち上がる。フレディ、ギターのブライアン・メイ(グウィリム・リー)、ドラムのロジャー・テイラーベン・ハーディ)、ベースのジョン・ディーコン(ジョー・マッゼロ)の全メンバーは久々に集まって、これに出なければ生涯後悔すると、出演を決める。
 観客の前での演奏にはブランクがあり、不安を抱えたままライブエイド当日が訪れる。満員に埋まったスタジアム、フレディがピアノに向かって最初に歌い出したのは「ボヘミアン・ラプソディ」だった・・・。

◆猫煩悩

 この映画では全部で8匹くらいの猫が登場します。
 フレディ・マーキュリーはたいへんな猫好き。猫柄の服を着たフレディの写真を見たことがありますが、普段着としたらとても恥ずかしくて街中を歩けないほど猫びっしりでハデハデ。そんなジャケットで髪をピタッと固めてヒゲを生やしているお兄さんが前から歩いてきたら思わず道を空けてしまいそうです。
 最初に猫が登場するのは映画が始まってすぐ、フレディがライブエイド出演のため家を出る準備をしているところ。キモノの長襦袢の部屋着を羽織ったフレディが室内を歩いて行くと、床で食事中の猫が、白、サビ、茶白…点々と5匹。やがてフレディが車で出発すると、白、サビの2匹が窓からそれを見送っています。
 メアリーと出会い、同居を始めると家の中には猫がチョロチョロ。かわいいのはピアノの鍵盤の上を走る茶白。メアリーとの家の中のショットには、小さく猫の姿が映りこんだりしていますのでよくご覧になってください。世界ツアーに出ている間、メアリーとの電話で猫を電話口に出させ「早く会いたい」と言っているフレディ。
 豪華な家を構えると、フレディは猫1匹ごとに専用の部屋を与えます。この時の猫たちはロミオ、デライラ、ミコ、ティファニー、オスカー、リリーの6匹。フレディの生涯を描いたドキュメンタリー番組(注1)によれば、一番のお気に入りはデライラで、晩年エイズに侵されベッドで休んでいるフレディが、ふとんの上に寝そべるデライラを横目で見つめている写真が紹介されています。三毛とサビの2匹が乗っているのですが、視線は三毛の方に注がれているので、こちらがデライラでしょう。また映画のエンディングには、生涯を共にしたジム・ハットンが猫を抱いてフレディと一緒に写った写真も挿入されています。
 フレディの家には、マレーネ・ディートリッヒの写真が飾られています。このブログの『モロッコ』(1931年/監督:ジョセフ・フォン・スタンバーグ)のときに、ディートリッヒは猫を思わせると書きましたが、フレディがディートリッヒを好きだったとしたら、やはり彼女の中の猫的なるものを感じ取っていたのではないでしょうか。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆ロック・ユー

 映画は20世紀フォックスの配給で、始めのフォックス社のロゴが出る画面で通常は金管楽器のファンファーレが流れるところ、エレキギターの音色が響くという、気の利いた演出が見られます。
 ロック系の音楽に関しては無知な私でもクイーンの曲は耳になじんでいて、それだけ彼らはメジャーだったと言えるでしょう。特に日本では彼らの曲を使ったCMが盛んに流れていましたし、それは世代を超えて受け入れられる親しみやすさがあったからだと思います。
 伝記映画とか実在する人物をモデルにした映画だと、その人をよく知るファンには、ここは事実と違う、似ていない、など細かいところが気に障り、楽しめないところもあるでしょう。本物のフレディ・マーキュリーはわりと面長で目はくぼんだ印象ですが、この映画でフレディを演じたラミ・マレックはぎょろっとした大きな目です。ギターのブライアン・メイ、ドラムのロジャー・テイラー、ベースのジョン・ディーコンを演じたグウィリム・リー、ベン・ハーディ、ジョー・マッゼロはよく似ています。正直に言うと主役のフレディが一番似ていないのですが、最初にフレディ役に予定されていたのはより似ている別の役者だったそうです。フレディ・マーキュリーのファンがどう受け止めたかは個人によって異なると思いますが、映画として再構築した像で臨んでいるのだと割り切っているはずの当の役者も、似ていないと言われると批判ではなくてもナーバスになるでしょう。けれども、ラミ・マレックはアカデミー主演男優賞をはじめ、多くの賞を受賞、伝説のカリスマアーティストを演じるというチャレンジが報われました。
 先日のクイーン来日直前の写真を見ると、ブライアン・メイはそのまま年を取った感じ。アイドル系のルックスだったロジャー・テイラーは、サングラスなどかけ、お腹が出ていて、若かった頃との類似点を見つけるのが難しかったですが・・・。

◆All Right!

 映画はわかりやすくまとめられ、人間が集団でプロジェクトにかかわるうえでの喜びや危機が定石通りの展開を見せ、安心の出来栄え。ブライアン・メイロジャー・テイラーも製作にかかわっています。ただ、フレディの同性愛の問題を偏見なく取り上げるには年月が必要だったはずです。映画の中で描かれているように、数十年前までエイズないしHIV感染は、男性同性愛者への好奇の目と嫌悪を反映した見せしめのような扱いでしたから。
 平凡とも言える映画なのですが、それを超えて余りあるのがライブエイドのステージを再現した圧巻のラスト。このコンサートが開催されたのは1985年7月13日、イギリスの会場はウェンブリースタジアム。参加した世界中の名だたるアーティスト各自の持ち時間は20分。クイーンの出番は開始から6時間半ほど過ぎた午後6時41分。フレディはもうすぐ39歳、他メンバーも30代後半のとき。

 NHKアナザーストーリーズ「クイーン21分間の奇跡~ライブエイドの真実~」(2023年4月7日放送)によれば、ライブエイドを企画したロックミュージシャンのボブ・ゲルドフブームタウン・ラッツのリーダー)によれば、クイーンは「終わったバンド」で、出演してもらう気はなかったそうなのです。けれどもプロモーターが、大規模なコンサートには観客を盛り上げるフレディ・マーキュリーの存在が必要だと言ったので声をかけたとか。
 クイーンの曲はフレディの歌唱力を生かし、物語性があってメロディーと歌詞が明確、誰もが口ずさめ、曲に入っていきやすいやさしさがあります。ただライブエイド当時は少々時代遅れ。クイーン自体、自分たちのファンばかりではない観客の前での演奏に不安を抱えていたそうです。
 けれども1曲目、やさしいピアノのイントロから「ママ~」の印象的な歌い出しで始まる「ボヘミアン・ラプソディ」、耳に馴染んだ曲を観客は一斉に歌い出します。一気にスタジアムの空気が変わる中、2曲目の「レディオガガ」では、ギターのブライアンもドラムのロジャーも観客が手を打って演奏に加わっているのがよく見え、感動的だったと語っています。
 そしてフレディが「エ~オ」と呼びかけてこぶしを突き上げ、観客がそれに応える掛け合いは、フレディが会場の熱気を感じて観客とつながろうと勝手に始めたアドリブだったということ。「俺達みたいなジジイのバンドを若い奴らが受け入れてくれた」とロジャーは語り、ボブ・ゲルドフも終わったとみなしていたクイーンを最高だと思ったとか。

◆選ばれし者

 映画にはライブエイド公演中に受け付けていた電話による寄付金がなかなか集まらなかったのに、クイーンの登場で急激に電話が殺到した、というエピソードも描かれています。さらに、終了後BBCが行ったアンケートではクイーンが一番よかったと答えた人が60%もいたとか(注2)。

 映画は、ライブエイドのステージをラストシーンに、フレディが亡くなるまでや、その後のエピソードを写真と字幕によって紹介しクイーンの曲に乗せて幕を閉じます。華々しい最盛期の活動と、ライブエイドでの熱狂の20分間に対し、フレディの晩年は宿命的な病にむしばまれていくという寂しいものでした。けれども皮肉なことにその結末によって、彼はより伝説的な英雄として皆の心に刻み付けられたのです。
 音楽、美術、舞踊・・・同じ病でこの世を去った多くのアーティストたち。彼らの命は、生きていたときから死のときまで、特別な者としてあらかじめ選ばれていたかのような不思議な道をたどっています。
 フレディ・マーキュリーの墓には、生まれたときのファルーク・バルサラの名が刻まれているということです。

 

(注1)NHKBS世界のドキュメンタリー「フレディ・マーキュリー 10枚の写真」
    (2024年2月7日放送)より
(注2)NHKアナザーストーリーズ「クイーン21分間の奇跡 ~ライブエイドの真実~」
    (2023年4月7日放送)より

◆関連する過去作品

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予告編 次回3月15日(金)公開予定

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次回の作品は

ボヘミアン・ラプソディ
 (2018年/イギリス・アメリカ/監督:ブライアン・
  シンガー)

圧巻のライブエイドの興奮が、1985年のスタジアムを、2018年の映画館を、揺さぶった。
クイーンのボーカル、フレディ・マーキュリーの稀有な人生をたどる感動のドラマ。

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ベイビーわるきゅーれ

二人組の若い女性の殺し屋が世間の荒波にもまれ自立を目指す!? 殺しよりバイトの方がむずかしい!

 

  製作:2021年
  製作国:日本
  日本公開:2021年
  監督:阪元裕吾
  出演:髙石あかり、伊澤彩織、本宮泰風、うえきやサトシ、三元雅芸、他
  レイティング:PG-12(12歳未満には成人保護者の助言・指導が必要)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    スマホ動画の猫
  名前:不明
  色柄:サバ白(画像不鮮明のため推定)


◆あばれ女子

 粗いところもあるだろうけれど若手監督のお手並み拝見、という気持ちで期待せずに見始めたら、意外や面白い。かつての映画にありがちだった、美女がチラ見えの衣装で男と戦うお色気アクション路線と異なり、高校出たての女性二人組によるセクシーさ抜きのバディムービー。
 ロングヘアーで、女の子っぽいテンションや明るさを備えた髙石あかり演じるちさとと、ショートの金髪で中性的なルックス、キレッキレの身体能力を持ちながらコミュニケーション障害で社会にうまく適応できない伊澤彩織演じるまひろの、対照的な二人が銃やマシンガン、ナイフを手に暴れまくります。
 強い女性が活躍する映画でスカッとする猫美人としては、現在のSFXやVFXを駆使したありえない肉体表現や視覚効果が全盛のアクションの中で、生身でここまで、と感動すら覚えました。女子二人の生活感あふれるやりとりも、ハードなシーンに対するユーモラスな息抜きとしてちょうどよい。

 チープな衣装やロケ地、不十分な照明、お金が全然かかっていない、いやかけられなかった(?)、という事情もなんのその、映画はアイデアだ、ということをあらためて認識させてくれる1本。
 昨2023年に公開された同じ阪元裕吾監督による続編の『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(2023年)に続き、今年2024年秋には『ベイビーわるきゅーれ3(仮題)』の公開も予定されているということ。二人の勢いは止まらない!

◆あらすじ

 ちさと(髙石あかり)とまひろ(伊澤彩織)は殺しの請負会社に所属する女子高生の殺し屋だった。先日もパパ活に見せかけて、中年男を銃で始末した。
 二人は会社から、高校を卒業するにあたって殺し屋を続けながら一般社会人としての日常生活を送り、バイトをして自立するよう求められる。普通の市民生活が苦手な二人は、同居して慣れないバイトやバイト探しに精を出す。
 二人がパパ活に見せかけて殺した男はヤクザの浜岡(本宮泰風)の子分だった。浜岡の娘ひまり(秋谷百音)は報復に、殺しの会社に子分を殺すよう依頼した男と実行犯ちさとをおびき出していためつけ、ちさとの銃を奪って姿を消す。
 社会不適応でなかなかバイトが見つけられないまひろは、ちさとに頼んで二人でメイドカフェの面接に行くが、ちさとだけ採用され、まひろはいじけて帰ってしまう。二人はそれをきっかけに仲たがいする。
 そのメイドカフェに、ヤクザの浜岡が新規ビジネスの視察を目的に息子のかずき(うえきやサトシ)を連れてやって来る。しかしヤクザをコケにされたと怒って二人が暴れ出したため、ちさとがかずきの銃を奪って父子とも撃ち殺してしまう。
 帰宅したちさとに、まひろは仲たがいの原因は自分だと謝った。そのとき、ちさとのスマホにひまりから電話が入る。捨てられていた浜岡父子の死体にちさと愛用の香水の香りがついていたことから、ちさとの仕業と見抜いて報復のため呼び出したのだ。ちさとはまひろに「手伝って」と頼み、ひまりと浜岡一家の待つ廃墟にマシンガンと拳銃を携えて乗り込む・・・。

◆猫はいいなあ

 高校を卒業して二人で同居し、殺し屋でお金には困っていないのに、世間の目をごまかすため表向き普通の社会人として働くよう求められたちさととまひろ。
 イマドキ女子らしさで世の中を渡っていくちさとに対し、社会人としての適性がどん底のまひろ。バイトしなきゃと求人誌に目を通し、応募の電話をする時点で力尽きてしまいます。しょっちゅうソファにひっくり返ってスマホで動画を眺めて現実逃避。そのスマホの動画の中に猫が登場します。
 「お客さん、痛い所はないですか」というキャプションとともにサバ白の猫が両手でモミモミする映像。まひろ、思わず「猫はいいですねえ」「かわいくってさ」と独り言。「うらやましいぜ」と、つぶやいたとき猫が「天敵!」と何かをパンチする映像が。
 猫だってマッサージで(?)人の役に立っているのに・・・かわいさをウリに生きていけるのに・・・とまひろが落ち込んでしまったのは、メイドカフェの面接に行った日。まともに人と会話もできないまひろがそんな店に面接に行ったのは、ちさとと一緒ならなんとか助けてもらえると思ったから。見学ということで一日過ごしたものの、「萌え萌えキュン」とか言う接客や、バイト同士仲良くという雰囲気について行けず、先に帰って動画を見ていたのです。
 まひろは帰って来たちさとに、メイドカフェなんか自分の人生にはプラスにならないと言い、ちさとはそんなまひろを、自分からは何も挑戦しないで頑張ってる人を見下してる、と痛烈に批判、険悪なムードになってしまいます。
 猫の動画をまひろが眺めるのは、開始から58分ほど過ぎたあたり。この猫の動画、スタッフの誰かの猫のものなんでしょうか。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆危険な二人

 映画の冒頭、コンビニのバイトに応募したまひろが店長に面接を受ける、観客へのあいさつ代わりのシークエンスがすごすぎます。店長に説教され、キレたまひろが店長を銃で殺害、店内に移動すると店員の男たちが店長のカタキと刃物で襲いかかり壮絶なバトル。まひろがピンチに追い込まれるとすかさずちさとが現れてバックアップ・・・と、これは店長のネチネチした面接に嫌気がさしたまひろが思い浮かべた白昼夢。
 まばたきを忘れるほどの暴力的でダイナミックなアクション。女性が複数の男を相手に戦う映画はたくさんあるけれど、ここまでスピーディーでシャープなものを見せた人はいたかなあ、と、まひろ役の伊澤彩織のとびぬけた身体能力にただただ圧倒、感服、降参。
 その昔この私が血迷ってコンテンポラリーダンスなどを習っていたとき、こういうキレッキレで野性的な女性がいて、振りすら覚えられず棒立ち状態の自分には同じ人間とは思えなかったものですが、伊澤彩織の動きを見ていてその頃の記憶がよみがえりました。女性らしく骨盤周りの柔軟性が高く、しなる体で男性と違ったアクションを可能にしているなあ、と思ったらやっぱりクラシックバレエを習っていたとか。
 部屋の中に人型のサンドバッグを置いてトレーニングしているまひろですが、意外に家庭的なスキルがあって、晩ご飯におでんを作ったり煮物を作ったりしてボソボソ食べています。

 一方、舞台版「鬼滅の刃」でヒロインの禰豆子(ねずこ)を演じたという注目の若手の髙石あかり。ちさとはまひろに比べると普通の女子っぽく、個性を表現しにくかったと思いますが、殺虫剤でシューするかのようにターゲットに銃を撃ちこむところにちさとの情緒の欠如した人格がよく出ています。冷酷とか非情とかいうのでなく、何も感じない。カップ麺を食べるときのズルズルとうるさい音とつゆをはね飛ばすのとで、まひろに頭をはたかれていますが、そんなところにカンカラカンの空き缶のようなちさとのキャラクターが表れています。

ワルキューレ

 ここでちょっとタイトルに付された「わるきゅーれ」=ワルキューレについて。
 神話や伝説などを応用したアニメやファンタジー、ゲームについては知識がないので触れませんが、映画のジャンルでワルキューレが広く知られるようになったのは、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979年)がきっかけ。米軍のヘリコプターがベトナムの村の上を飛ぶシーンにワーグナーの「ワルキューレの騎行」が使われています。これはゲリラの潜む村をヘリコプターで襲撃しようとする際に、士気を高めるために指揮官が勇壮なこの音楽を戦場に流し、銃弾を浴びせるという場面でした。そのため死神が襲うようなイメージを持っている方もいるかもしれません。
 「ワルキューレの騎行」が含まれる「ワルキューレ」は、作曲家リヒャルト・ワーグナーが北欧やゲルマン神話をもとに書き上げた、4夜に分けて上演される舞台祝典劇『二ーベルングの指環』で2夜目に上演される演目。ワルキューレとは神々の王ヴォータンの9人の娘たちです。「ワルキューレの騎行」は彼女たちが天翔ける馬に乗って岩山に集まる場で演奏されます。
 ワルキューレは戦場に赴き、神々と神々を滅ぼそうとする者との来るべき最終戦争に備え、戦場で斃れた勇士の中からこれという者を選んで天上のヴォータンの宮殿ワルハラまで馬に乗せて運び、再生して戦わせるという役割を担っています。
 『ベイビーわるきゅーれ』でも、時々小さくワルキューレの音楽が聞こえる個所がありますが、若い女性の殺し屋という意味でワルキューレの名をタイトルに使っているのだとしたら、ワルキューレの本来の役割からずれていることになります。ワルキューレではなくて「わるきゅーれ」と表記しているのは、ワルキューレとはノットイコールであることを表しているのでしょうか? 
 「ワルキューレ」では、ヴォータンによって倒された男の子どもを身ごもった人間の女を、ワルキューレの一人が父ヴォータンにそむいてかくまうという、殺しどころか美しい命のドラマが展開されるので、ワルキューレと聞くとダークなイメージを思い浮かべる人が増えないようにと願っているのですが・・・。

◆最凶対決

 映画を面白くする要は敵役。ちさととまひろの前にはヤクザの浜岡、娘のひまり、用心棒の渡部が立ちはだかります。
 ヤクザの浜岡は、だんごを買った店の主人のつまらないギャグや、メイドカフェの係が「仁義」の字をケチャップでうまく書けなかったことでキレまくるという、極道というより短気すぎていつも息子からたしなめられている、ちょっと滑稽な親分。敵役の中でも愛されキャラです。
 浜岡の娘ひまりは、父の後継者になろうと手足になって働くチャカチャカした子で、ヤクザの娘というより安っぽいチンピラ風情にしか見えません。この子のセリフ回しやテンションや髪型がちさとと似ていて、初めて見たとき、ちさとかと思ってしまいました。名前も紛らわしく、もっとスタッフ側に観客の理解を想定した気配りが必要だったと思います。
 そして、ストーリー進行にはほとんどかかわりないものの、最終的にまひろとサシで対決する浜岡一家の用心棒、人間凶器・渡部(三元雅芸)。『最後のブルース・リー ドラゴンへの道』(1972年/監督:ブルース・リー)のブルース・リーチャック・ノリスばりに、いままで起きたことのすべてはこの対決に向けての伏線だった・・・と言うべき展開。段取りだらけの「ドラゴン」より数倍凄絶なアクション。絶体絶命のまひろ。そしてちさとはどうなる!?

 フィジカルで男に引けを取らないまひろが、戦いで疲れ果て、ちさとに起こして~と手を伸ばすかわいさ。洗濯機に話しかけたり、仲直りに苺のショートケーキを食べようとしたりする二人の女子っぽさ。アップの顔にちょこっと見えるニキビ。日常会話に飛び出すスラング。わき役たちも、キショい(気色悪い)コンビニ店長、殺し屋会社の人事担当者、殺しの後処理担当者など、こんな人いそう、こんなこと言いそう、と思わせる実在感。
 主役二人の歌う挿入歌やパワフルなテーマ曲、有名漫画の引用、トレンドだった香水、メイドカフェの営業形態、ヤクザも注目する女性活躍推進など、2020年代の日本を表すキーが満載。将来の日本現代史研究家のためにこれらの注釈付きのブルーレイを作成してくれたら、一級品の資料になる、と思うほど。

 続編の『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』は、1作目の面白かったところが強調され、少々くどくなってしまったようです。最後の方で、猫柄シャツを着ていた男が、持っていたちゃおちゅーるでちさとやまひろたちと乾杯しているのですが、もしかしたら、阪元監督、猫好き?

(参考)『オペラ鑑賞辞典』(中河原理編/1990年/東京堂出版

◆関連する過去作品

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予告編 次回3月4日(月)公開予定

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次回の作品は

『ベイビーわるきゅーれ』
 (2021年/日本/監督:阪元裕吾)

殺し屋女子二人組がまともな社会人として自立を促される。バイト探しにまじめに取り組んだ二人だったが・・・。
大人気のアクションコメディ!

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