この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

記事関連映画のTV放映予定(2本)

5月1日(水) 13:00~NHK BS

で、当ブログで以前ご紹介した

ビッグ・フィッシュ
 (2003年/監督:ティム・バートン

また、翌日の


5月2日(木) 13:00~同じくNHK BS で

ティファニーで朝食を
 (1961年/監督:ブレイク・エドワーズ

が放映予定です。

父と心の離れた息子が絆を取り戻す物語『ビッグ・フィッシュ』。
そして、高級宝飾店ティファニーの前で立ち食いする女性の悲哀の影。
どうぞ2本ともじっくりと噛みしめてください。

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約束の宇宙(そら)

国際宇宙ステーションに向けて飛び発つ母が娘とした約束。母は娘のために禁を犯す。

 

  製作:2019年
  製作国:フランス/ドイツ
  日本公開:2021年
  監督:アリス・ウィンクール
  出演:エヴァ・グリーンマット・ディロン、ゼリー・ブーラン・レメル、
     ラース・アイディンガー、他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    主人公の娘が可愛がっている猫
  名前:ライカ
  色柄:茶トラ


◆私はカモメ

 映画に描かれた働く女性、21世紀代表として選んだのは宇宙飛行士です。
 初めて女性として宇宙に飛んだのは1963年のソ連のテレシコワ。1937年生まれでご健在です。この映画でも、主人公がロシアの訓練施設に入ると彼女の肖像写真が飾られているのが見られます。テレシコワの最初の地球との交信が、有名な「私はカモメ」という一言。宇宙に飛び発った自分を自由に空を飛ぶカモメにたとえ、その感動を詩的に表現したのかとずっと思っていましたが「カモメ」というのは彼女の交信用の個人識別コールサインで、「こちらカモメ」と言ったに過ぎなかったとか(注1)。
 同じくソ連ガガーリンが人類初の有人宇宙飛行を行ったのは1961年ですので、スポーツの分野でのマラソンやサッカーなどの女子競技化に比べ、女性の宇宙進出は早くから行われていたと言えます。
 いずれ地球外で人類が生活し、子孫を残すことを視野に入れて男女双方の生理的データを蓄積する必要があると思われますが、この映画の主人公の娘が飼っていたイモリの産卵や受精卵についての実験は、既に宇宙で行われています。ただし、受精についてはメスの体腔に貯えられた精子と受精するように処理され、4匹のメスだけがミッションに参加したそうです(注2)。
 人類、しかも民間人が宇宙で生活することはいずれあり得るのでしょうか。地球環境を改善できないまま人類が宇宙に進出すれば、ゴミを広げに行くようなものだと思いますが。

◆あらすじ

 フランス人女性宇宙飛行士のサラ(エヴァ・グリーン)はシングルマザーとして小学校低学年の一人娘のステラ(ゼリー・ブーラン・レメル)を育てていた。念願がかない国際宇宙ステーションとドッキングする宇宙船への搭乗が決まったが、長期間娘と離れなければならない。サラは別れた夫(ラース・アイディンガー)に娘のステラを託すが、複数の学習障害を抱えるステラのことが気がかりでならなかった。
 サラは宇宙船に同乗するアメリカ人のマイク(マット・ディロン)とロシア人アントン(アレクセイ・ファティフ)とともにロシアにあるスターシティで訓練に励む。だが、夫のもとに引っ越し新しい学校に馴染めないステラと電話でやり取りするたびに心配がつのるばかり。待ち望んだ面会日にステラが来ると、規則を破ってミーティングにステラを同伴し、退屈したステラが施設内で一時行方不明になったりして周囲をも慌てさせてしまう。
 ステラへの心配や訓練の疲労でサラは心身ともに限界に陥り苦しむが、マイクの心遣いで立ち直る。ステラも父のもとで自分の世界を広げ、成長する。
 宇宙船の発射基地バイコヌールで隔離期間に入る前のお別れパーティーに、元夫とステラは飛行機に乗り遅れて間に合わず、サラはステラに会えないまま隔離エリアに入る。その後ステラと元夫は基地にやって来たが、ガラス越しにしか面会できなかった。ステラに、出発前に二人で宇宙船を見に行くと約束したけれど行けなかったね、と言われ、サラはたまらなくなってしまう。
 夜、サラはステラと宇宙船を見に行く決心をして隔離エリアを抜け出し、ステラの泊まるホテルを訪れる・・・。

◆幅の問題

 宇宙飛行士サラの娘・ステラが可愛がっている茶トラ猫の名前は「ライカ」。ライカはカメラの名前ではなく、1958年にソ連の宇宙船スプートニク2号で打ち上げられたメス犬の名前です。
 宇宙に人が行くことが可能かどうか、無事に帰れるかどうか、米ソの宇宙開発競争の中、数々の生物が宇宙に送られた時代、ライカは宇宙に飛び発ち、地球周回軌道を回る初の犬として生理的データを地球に送り、帰還する技術がなかった当時、人工衛星が大気圏に突入する前に薬入りのエサで安楽死させられたと報じられました。ライカは人類の進歩のために尊い犠牲になったと世界中がその死を悼みました。
 けれども、実際は発射から数時間後にライカはストレスと熱で既に死亡していたということが2002年には明らかになったそうです(注3)。
 たびたびこのブログで言及してきた『マイライフ・アズ・ア・ドッグ』(1985年/監督:ラッセ・ハルストレム)では、主人公の犬好きの男の子が辛い目に遭うたびに、あのライカ犬に比べれば自分はマシだ、とその死を定められた運命に思いを馳せるのですが、この映画の当時は、まだその事実が明らかになっていなかったわけですね。
 娘のステラ(イタリア語で星のこと)が可愛がっている茶トラ猫は、この宇宙に行った小さなヒロインの名前を付けられたのです。

 両親とも宇宙を目指す科学者・エンジニアであり、二人の離婚後は母と暮らすステラ。母が宇宙に長期滞在することになって、父がステラと猫を引き取ることになると、ステラは自分のことは差し置いてパパは猫アレルギーだしライカはいつもと違うのを嫌がる、と心配しています。
 開始から5分になる少し前に最初に登場したときはスレンダーな若猫で、ピッチャーの底の水を飲もうと首を突っ込んでいたライカですが、20分頃、サラがテレビの取材を受ける場面や、そのすぐあと、夫の家にキャリーバッグで連れて行かれる場面では急に貫禄が出て大きくなったように見えます。あの顔幅ではピッチャーに入らなさそう。最後に登場する23分過ぎ頃に元夫の家のベランダにいる場面では、水を飲もうとしていたのと同じほっそりした猫のようです。
 この映画で猫が登場するのはこの4回。もしかしたら、大きい猫の方を先に撮影し、後からピッチャーの水を飲もうとするところを撮ろうとしたら顔が入らない。どうしてもその絵が欲しかった監督は、細い猫を調達して無事に撮影・・・というのは私の勝手な想像です。そういえば、夫の家のベランダの柵のすき間に頭を突っ込んで外を眺めているのが細いライカなのも、すき間に入る顔幅で選ばれたのでは?

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆NG発言

 女性監督アリス・ウィンクールによる映画。感動に導こうとする過剰な演出は見られません。見ていると、女性が男性と共に仕事をする上で女性にはカチンとくるけれど男性には気づきにくいだろうと思われる視点が取り入れられ、監督も色々な場面でやりづらさを感じながらここまでやってきたのだろうと、共感を覚えずにはいられません。
 まず、国際宇宙ステーションにドッキングする宇宙船の搭乗員として、もともとは男性が予定されていたところ、サラが選ばれます。その歓迎バーベキューでリーダー格のマイクがサラを紹介するとき、マイクは「優れたエンジニアでフランス人女性です」と言ったあと「国際宇宙ステーションにぜひ欲しい人材」「フランス人女性は料理がうまいと聞きますから」とスピーチするのです。カメラはすかさずサラの白けた表情を映し出します。
「え、それのどこがいけないの」と思った方もいらっしゃるかもしれません。
 何気なく発せられるNG発言、女性に社会的・文化的な性別役割(ジェンダー)をあてはめること。この場合、マイクは、サラという個人がどんな人物か、どんな能力を持つかではなく、女性=料理という古くからの役割意識に基づいた発言をしています。場を和ませる冗談じゃないか、とおっしゃる気持ちもわからないではないですが、子どもの頃から「女の子はかくあるべし」「女性はこういうものだ」と、自分個人より「女性だから~」でくくられ、嫌な思いを繰り返してきた女性は、またかとうんざりしてしまうのです。
 サラはその後の自己紹介スピーチで「女の子は無理」と言われながらも8歳のときから宇宙飛行士を目指してきた、とすかさずアピールします。

◆悪い見本

 また、女性にとって不快なのは男性が女性に対しマウントを取ろうとすること。これは男性側の男尊女卑的な価値観によるものです。
 この悪い見本のようなサラの元夫。
 彼も天体物理学者で、サラと同じ組織に所属していますが、彼は宇宙に行ったことはありません。サラがステラのことを頼んだときは迷惑そうな反応。ステラにいくつかの学習障害があり、特に算数が壊滅的だと話すと「君の(算数の)説明が難しすぎるんだ」と、サラのせいにします。「エッ」と目を見張るサラに対し、なおも「算数がダメとは笑える。本当に僕の娘?」とダメ押し。「冗談だよ」とは言いますが、日ごろからそんな考え方をしているからポロッとこんな発言が出るのでしょう。サラはさぞかしはらわたが煮えくり返ったことと思います。
 元夫は、親子3人で食事に行ったときも、「パパは常にママよりも一つ先の惑星を研究している」と話し、サラの目指す火星の研究はもう終わり、過去の話だ、とステラに言い聞かせて威張っています。サラと元夫の離婚は、元夫のこんな人格をサラが見限ったからと見て間違いないでしょう。
 この場合は夫婦ですが、仕事の上で、女性を見下すことで自分の方が優秀だと示そうとする男性からのマウントを受けたことがある女性は多いと思います。そういう男性の中には女性は男性より劣っているという間違った神話があって、自分が生物学的に男だというだけで女性より優れているという錯覚に陥り、女性に負けそうになるとますます神話にしがみつこうとします。
 サラの夫も、まさかミッションに選ばれるはずがないと高をくくっていたサラが宇宙に行くことになって、内心はショックなのでしょう。グラグラするプライドを立て直したくて、自分はサラより上なのだと、子どもの前で虚勢を張っているのです。

◆約束は守っても

 ここまではサラの方に理があると見える物語ですが、母としてのサラの行動はどうでしょう。
 出発前の隔離に入ってしまい、ガラス越しにしかステラと会えなかったサラ、「宇宙船を一緒に見に行けなかった」と言われ、宇宙飛行士としてのミッションより母性が勝ってしまいます。
 ここからはもはや21世紀の母もの映画とも言うべき展開。隔離施設を脱出し、ホテルにいるステラを連れ出し、タクシーに乗りフェンスの下をもぐって、発射台の近くにたどり着くのです。ステラと手をつないで見上げるロケット。帰りにステラを送り届けると、サラは全身をヨード液のようなもので洗浄します。
 これを見て私たちが思い出すのは、新型コロナの流行が猖獗(しょうけつ)を極めた時期です。感染した患者と家族が面会も最期のお別れもできず、お骨になるまで会えなかったこと、高齢者施設に入居する肉親とガラス越しやビデオ通話でしか面会できなかったこと・・・。この映画が製作されたのはコロナ流行前の2019年。一方、日本で公開されたのは、ちょうど外出自粛措置が解かれたものの、行動制限があった2021年の4月、私たちが隔離、消毒に極度に敏感になっていた時期でした。ステラとロケットを見に行ったサラが軽率に見え、共感できなかったことを覚えています。
 そしてもう一つ私の頭をかすめたのは、サラのこの行動がミッションを失敗に導いてしまったとしたら言われかねないあの言葉――「だから女は」。
 映画の最後には、過去に子どもを持ちながら宇宙に飛び発った女性宇宙飛行士たちが、子どもと一緒に写った写真とともに紹介されます。この方々にサラの行動をどう思うか、聞いてみたい気がします。

 実際の訓練施設を使っての撮影は記録映像的で、宇宙航空ファンならずとも膝を乗り出したくなる興味深いもの。サラを演じたあの細いエヴァ・グリーンの頬の肉が、遠心シミュレータ訓練の重力でぺちゃんこにつぶれているのがわかります。坂本龍一による音楽も映画の途中ではほとんど流れず、情緒をあおろうとしない監督の姿勢が貫かれています。

 

(注1)Wikipedia ワレンチナ・テレシコワより

(注2)JAXA Repositry「イモリの宇宙における産卵および受精卵の発生(ASTRONEWT)」より

(注3)Wikipedia ライカ(犬)より

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◆関連する過去記事

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予告編 次回4月28日(日)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

『約束の宇宙(そら)』
 (2019年/フランス、ドイツ/
  監督:アリス・ウィンクール)

母ゆえの愛は是か非か。
シングルマザーの宇宙飛行士は、宇宙に旅立つ前に娘とした約束を果たす。

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羊たちの沈黙

FBIの女性訓練生が難事件の解決のために接近した博士。捜査は不気味な彼の示唆によって進展していく。

 

  製作:1991年
  製作国:アメリ
  日本公開:1991年
  監督:ジョナサン・デミ
  出演:ジョディ・フォスターアンソニー・ホプキンス、スコット・グレン、
     テッド・レヴィン、他

  レイティング:PG-12(12歳未満には成人保護者の助言・指導が必要)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    事件の被害者の猫2匹
  名前:不明(1匹はチーバー??)
  色柄:茶白、黒白ハチワレ


◆ワークパーソン

 昨2023年の12月に、働くおじさん・お兄さんの映画をご紹介しましたが、今回から数回にわたって働く女性の映画を続けて取り上げていきたいと思います。
 今も昔も、映画監督は男性が圧倒的多数。名監督の名画とされる映画を見ていても、これは男性から見た類型的な女性の描き方だなあと反発を感じたり、がっかりしたりすることがありますが、こちらも男性になったことはないのでお互い無理のないことだと思います。
 ここでは選んだ映画を楽しみつつ、そこに描かれた女性の働く姿から時代や社会が無意識に抱えているものを浮き彫りにできればと思っています。

◆あらすじ

 FBIの訓練生クラリスジョディ・フォスター)は、上司で大学の恩師のクロフォード(スコット・グレン)から指名され、女性を殺して生皮を剝ぐ連続殺人犯・通称バッファロー・ビルの心理を探るため、収監中の精神科医ハンニバル・レクターアンソニー・ホプキンス)に面会する。異常心理に詳しいレクターだが、彼自身も人肉食の犯罪を重ね、精神病院内の監房で厳重に監視されていた。薄気味悪いレクターは、クラリスを見ただけでそのバックグラウンドを見抜く天才的なプロファイリング能力を持っていた。卑猥でずけずけとした言葉を浴びせられながらも、クラリスはレクターからヒントを聞き出す。
 そんな折、バッファロー・ビルによる新たな被害者が出て遺体を調べると、喉の奥に特殊な蛾のまゆが押し込められていた。さらに上院議員の娘キャサリン(ブルック・スミス)が誘拐され、バッファロー・ビルの犯行と推定された。FBIクラリスを使って、バッファロー・ビルに関する情報提供と交換条件に、外の景色を見たいというレクターの願いをかなえる収監場所への移送を彼に提示する。しかし、監房でレクターを観察している精神科医チルトン(アンソニー・ヒールド)が功名を横取りしようと、独断でレクターを移送して上院議員と引き合わせ、レクターに犯人の手がかりを言わせようとする。対面は失敗、レクターは動物の檻のような牢に入れられるが、看守を罠にかけて脱走する。 
 クラリスは、最初の被害者に手がかりがあるというレクターからの示唆をもとに、バッファロー・ビルが何者かを突き止める。一方、上司のクロフォードも犯人を特定し、クラリスと電話で連絡を取って犯人の家に出動する。だが、そこはもぬけの殻だった。隠れ家は別にあった。クラリス上院議員の娘を救出しようと単独でその隠れ家を訪ねる。そこには一人の男(テッド・レヴィン)がいて、被害者の喉に詰められていたあの蛾の成虫が飛んでいた・・・。

◆猫たちの沈黙

 この映画に出て来る2匹の猫は、どちらも連続猟奇殺人犯バッファロー・ビルの被害者のペット。
 最初に出て来るのは、上院議員の娘・キャサリンの猫。彼女が一人で車を運転し、帰宅すると、車の音を聞きつけて2階の窓から茶白の猫が車を降りたキャサリンにニャーと呼びかけます。嬉しいお出迎えにキャサリンは猫の名前を呼んで家に入ろうとします。この時、名前がジーバーかチーバーと聞こえるので、この猫をチーバ君と呼ぶことにしましょう。
 そのときキャサリンは手をケガした男が車に荷物を積み込もうとしているのを見かけ、手伝ってやるのですが、その男こそバッファロー・ビル。彼はキャサリンをわざと荷台の奥の方に追いやり、手荒に閉じ込めて連れ去ってしまうのです。もちろん手のケガは彼の偽装。キャサリンを乗せて走り去る車を、チーバ君は2階の窓からなすすべもなく眺めています。
 もう1匹の猫は、最初の被害者の女性の家で飼われているグレーと白のハチワレ猫。クラリスがレクターのヒントをもとに、彼女の家に手がかりがないか調べに行ってその部屋に入ると、彼女がこの猫と一緒に撮った写真が飾られていたり、猫の置物があったりと、彼女が猫好きだったことがしのばれます。彼女がオルゴールの蓋に隠していたぽっちゃり体型のセミヌードのポラロイド写真をクラリスが見ていると、部屋の外でニャ~という猫の鳴き声が。主人の部屋のクラリスを、帰らぬ主人ではないかと呼んでみたのかもしれません。猫は少し寂しそうに見えます。
 猫はこの2ヵ所に添え物のように登場していますが、大活躍するのはプードルのプレシャス。女性の生皮を剥いでミシンで何やら作っているバッファロー・ビルが、目に入れても痛くないほど可愛がっている犬です。隠れ家の水の枯れた古井戸のような穴の底に閉じ込められたキャサリン。被害者たちはみなぽっちゃりタイプで、3日間絶食させて生かし皮膚をたるませたあと、殺してその皮を剥ぐというバッファロー・ビルに対し、キャサリンはプレシャスをまんまと人質ならぬ犬質にし、自分を井戸から出さないと犬を殺す、と脅します。そこにクラリスが助けに来るのです。
 プレシャスを演じた名犬はエンドクレジットにダーリーという名前が書かれていますが、猫たちの名はありません。たとえていうならプレシャスはストーリーにも絡むセリフのある役、猫たちはセリフのないただの脇役といった立場でしょうか。
 チーバ君が出て来るのは32分30秒頃、グレーと白のハチワレが出て来るのは88分30秒頃です。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆上司のお気に入り

 映画は、クラリス役のジョディ・フォスターが、林の中でロープをよじ登ったり、網に手足をかけて乗り越えたりと、FBI訓練生としての激しい肉体鍛錬をしているところから始まります。男性と同じメニューをこなし、同じトレーニングウェア、性別を意識しない環境。彼女は上司のクロフォードに呼ばれます。オフィスに向かうエレベーター、男性たちの中に乗り込んだ一回り以上小さいクラリスに、初めて女性だということが顕著になります。
 クラリスは大学時代クロフォードの優秀な教え子で、彼から能力を評価されているとは言え、まだ訓練生の彼女が大抜擢。残忍な連続女性殺人事件の捜査のヒントを得るために病的な精神科医ハンニバル・レクターを単身訪ねるという指令が与えられます。そしてクロフォードは「レクターが君に何かを語るとは思えないが情報だけはつかみたい、観察報告だけでもしてほしい」と言うのです。
 話の最初から腰を折っては申し訳ないのですが「こんな指示あるか?」というのが正直な感想です。天下に名だたるFBIの先輩方を差し置いて、一訓練生に何事も勉強だからとばかりにこんな任務を負わせるか? こんな無理やりな設定をするからサスペンスは・・・と言っていては始まらないので、話を先に進めましょう。

 これは上司がその女性を個人的に特別にかわいがっている、といううわさがささやかれてもおかしくないパターンです。当の女性は、上司と自分の間に男女という要素が影響しているかどうかなど考えず、与えられた職務に邁進します。しかし、ある日誰かから、あの上司はあんたに気があるんじゃないの? などと言われ、はっとしたりするのです。
 この映画でその誰かの役を担うのはレクターです。「クロフォードは君を好きで、君も彼を好きだ。だいぶ年が離れているけれど彼は君とセックスしたいと思っている」と、レクターはこの任務の裏に存在するものをそう推測しています。彼の卑猥な質問以外にも、他の収容者たちのクラリスへの露骨な性的関心、レクターの言動を監房で日々観察している精神科医のチルトンの、仕事が終わったあと一泊して食事でもという誘いや、クロフォードがレクターのところに女をよこすのは名案だというハラスメント的発言。被害者の喉に詰め込まれていた蛾のまゆの調査のために訪ねた研究者がクラリスを誘う「仕事以外の時間は何をしているの」という定番の質問。
 男も女もなく日々の訓練にいそしんでいたクラリスは、一歩現実に踏み出した途端、女性であることをいやでも認識させられます。こんなふうに、社会に出て、男性との不平等や予期せず性的な関心を持たれることへの忍耐を経験した女性は少なくないはずです。

◆禁を破る

 バッファロー・ビルを追うFBI捜査官候補生としてのクラリスの仕事ぶり、その捜査に重大なヒントをもたらすキーパーソンとしてのレクター、クラリスの仕事を指揮しバックアップする上司のクロフォード、異常な性的志向を持つバッファロー・ビルの人格描写、といった柱が交差しながら進むストーリー。最もスリリングなのはもちろんクラリスとレクターの関係です。
 人肉食志向のある精神科医という、またもや無理やり感のあるレクターの設定ですが、レクターはクラリスの上司のクロフォードと対の関係と見ることができます。
 クロフォードはクラリスにレクターに会って来いと指示したとき、個人的な話はするなとクギを刺します。けれども、バッファロー・ビルのことを質問するなら個人的な話を聞かせろとレクターに交換条件を出されると、クラリスはクロフォードの禁を破って少しずつ彼に自分の出身地や家族、生い立ちなどを話してしまうのです。それは次第にサイコセラピーの様相を呈してきます。

◆三人の父

 彼女が語った幼少期の体験、早くに母が死に、父の手で父子一体というほどかわいがられて育ったこと、警官をしていた父が仕事で亡くなったこと、その後親戚の牧場に預けられ屠殺される子羊を助けようとしたこと、それらの経験がFBIという職務を選ぶ動機に結びついていること・・・。彼女は心の深層をレクターにさらすことによってレクターに導かれていきます。子ども時代の父への愛着、それを投影したかのような上司クロフォードとの師弟的な一体感、そしてそこに横槍を刺すかのようなレクターとの関係。クラリスはいわば三人の父親に導かれて現実社会の難事件に立ち向かうことになるのです。
 このとき、上司のクロフォードがあまり役に立っていないところが面白い。レクターに会って来いという指示を与えられた後、クラリスはクロフォードよりもレクターの言葉で現状を打破していきます。バッファロー・ビルの隠れ家に出動したときも、クロフォードはクラリスが当たりをつけた場所とは違うところに踏み込んで、彼女のためのヒーローになりそこねます。クラリスを一人前に育てたのはレクターだったと言えるでしょう。
 事件はレクターからのヒントを丁寧に読み解いたクラリスの活躍で解決。レクターの言うようにクロフォードがクラリスに男としての幻想を抱いていたかどうかはわかりませんが、このとき彼は訓練生を卒業したクラリスに握手を求めます。クラリスも笑顔で応えます。二人の間にしばしの情感が流れたようにも見えますが、事件を解決に導いた互いの健闘を讃える表情にすぐ切り変わります。そこに見られるのは上下や男女の関係を超えたフェアな精神です。

◆名誉ある悪役

 実際の映画では、移送先から逃げ出したレクターの常軌を逸した行動や、バッファロー・ビルの嗜癖、誘拐されたキャサリンを救出するクラリスの活躍などが見せ場ですが、ここでは女性としての主人公クラリスに焦点を当ててみました。メインとなるドラマ展開は実際の映画を見て楽しんでください。アカデミー監督賞、主演男優賞、主演女優賞など5部門を受賞した大ヒット作。作り物でない自然な知性を感じさせるジョディ・フォスタークラリス像には、誰もが好感を覚えるのではないでしょうか。
 バッファロー・ビルの性的嗜癖の描き方や、変態する蛾が彼の変身願望の表れだとするあてはめなどに、ひと時代前の匂いを感じるものの、レクター博士を演じたアンソニー・ホプキンスの怪演にはいま見ても圧倒されます。ただ、気味の悪いレクター像の造形が完璧すぎたためか、ジョディ・フォスターアンソニー・ホプキンスをこわがって避けてしまっていたそうです(注)。それで続編の『ハンニバル』(2001年/監督:リドリー・スコット)への出演を断ってしまったのでしょうか。私もこれ以来アンソニー・ホプキンスを見ると、レクターを思い浮かべてしまって落ち着かなくなるのですが。

 

(注)IMdB トリビアより

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