この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

聖メリーの鐘

廃校の危機にさらされる学校の命運を神に祈るシスター。
イングリッド・バーグマンがボクシングと野球を披露する!

 

  製作:1945年
  製作国:アメリ
  日本公開:1948年
  監督:レオ・マッケリー
  出演:ビング・クロスビーイングリッド・バーグマンヘンリー・トラヴァース
     ジョン・キャロル、他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    学校で飼われている子猫
  名前:不明
  色柄:茶トラ(モノクロのため推定)


◆シスターと修道女

 働く女性の映画を連続して取り上げてきましたが、最後に登場するのはキリスト教のシスター。教会に付属する学校の院長先生を、イングリッド・バーグマンが演じます。
 この映画で主人公はずっとシスターと呼ばれているのに、終わりの方で女生徒が「先生のような修道女になりたい」と、わざわざnun(ナン/修道女)という言葉を使っています。シスターと修道女は厳密には異なる存在だそうで、シスターはキリスト教の教えに基づいて教育や医療などの慈善活動を行い、修道女はより厳格な誓いを経て修道院で神に祈りを捧げる信仰生活を送るそうです。おそらくここでは、同じ修道女でも、先生を務めるときは役割上の呼び名としてシスターと、もともとの神に仕える仕事を果たすときは修道女と、区別して使っているのだと思います(私個人の解釈です)。
 清らかなシスターを演じたイングリッド・バーグマンは、この映画ののち不倫スキャンダルを巻き起こしています。働く女性の映画の最後に、俳優という仕事を選んだ女性・バーグマンについても少々触れてみたいと思います。

◆あらすじ

 神父のオマリー(ビング・クロスビー)は、聖メリー教会に赴任し、教区内の財政難の学校を訪問する。教師は全員シスター。院長はまだ若いシスター・ベネディクト(イングリッド・バーグマン)だった。
 今にも崩壊しそうな校舎の隣の、運動場を売却した土地には資本家のボガーデス氏(ヘンリー・トラヴァース)のビルが完成目前。シスター・ベネディクトはボガーデス氏がビルを新しい校舎として寄贈してくれるようにと神に祈っていた。ボガーデス氏は、学校を廃校にして土地を売らなければ市議会で取り壊し命令を出すと主張する子ども嫌いの利己主義者。奇跡でも起きない限り寄付は望めなかった。
 オマリー神父とシスター・ベネディクトは、生徒の教育方針をめぐって対立する。殴り合いに勝った男の子をほめたオマリーに、反対を示すベネディクト。パッツィ(ジョン・キャロル)という娘が卒業試験で落第点を取ったときも、ルール通り留年を主張するベネディクトと、パッツィの将来を考慮して卒業を認めさせようとするオマリーは口論になる。
 ある日、生徒がビルのガラスを割ったお詫びに、オーナーのボガーデス氏のもとをシスター・ベネディクトが訪れる。ボガーデス氏はぼろ校舎をつぶして従業員の駐車場を作りたいと語り、ベネディクトはビルの部屋が教室になったところを想像する。ベネディクトは寛大と慈悲の心で寄付すればボガーデスの名はその身が塵になっても残る、と言い残して去る。
 しばらくするとボガーデス氏は、何かあったのか、人が変わったようになった。ビルを学校に寄贈すると申し出たのだ。ベネディクトが大喜びをしたのも束の間、オマリー神父から彼女の転任が告げられる。オマリーとの対立が原因で左遷されるのだと、ベネディクトは心を乱してしまう・・・。

◆猫がいる学校

 舞台となった学校は建て替えが必要なほど老朽化している、とされていますが、モノクロ画面で古さはあまり伝わりません。初めて訪ねたオマリーは、院長を待つ間ロッキングチェアに腰を下ろそうとしますが、そこには茶トラの子猫がいてお尻の下敷きになってギャーと逃げていきます。応対したシスターは「あちこちに猫がいますの」と説明。
 まもなく十数人のシスターが集まり、オマリーが着任の挨拶をしていると、背後に置いたオマリーの帽子の中に子猫がちゃっかり潜り込んで、帽子が生き物のように動き出します。シスターたちはそれを見てクスクス。オマリーはなぜ笑われているのかがわからずオロオロ。やがて笑いの理由に気づき、いたずら子猫をオマリーは胸に抱えます。
 ここでは帽子の中にバターか何を塗って、子猫を帽子の中にとどめる工夫をして撮影したようで、猫が帽子の中をせっせとなめています。NGを繰り返していると猫もおなか一杯になってなめなくなるし、こういう演出はスタッフ泣かせ。

 レオ・マッケリー監督と言えば、以前にご紹介した『新婚道中記』(1937年)で、犬のミスター・スミスを活躍させましたが、この映画でも面白い犬を登場させています。オマリー神父が、心臓病の男が善行を積んで長生きした話をボガーデス氏の主治医にすると、それを伝え聞いたのか、心臓の悪いボガーデス氏は急に誰にも親切になり、車にひかれそうになった犬を助けるのです。そのあとボガーデス氏が何かに導かれるように教会に入ると、犬は命の恩人の後について来てあくび声を出し、祈っていたシスター・ベネディクトとボガーデス氏が目を合わせます。犬を礼拝堂から連れ出したボガーデス氏は挨拶に来たベネディクトにビルの寄付を申し出るのです。
 『新婚道中記』でも猫はイタズラ役で、犬がいいところを持って行っていましたが、この映画でまたしても・・・。
 
 猫が出て来るのは5分50秒過ぎの椅子の場面と、8分少し過ぎの帽子の場面の2回。2回目は2分近い長さで、子猫のお茶目さと監督の動物ギャグセンスが楽しめます。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆無責任男

 『聖メリーの鐘』はそのタイトルが示すような心洗われるヒューマンドラマ。
 ビング・クロスビーが主役の神父を演じた『我が道を往く』(1944年/監督:レオ・マッケリー)の続編ですが、もともとは『我が道を往く』の方が続編として企画されていたそうです。
 『我が道を往く』は、オマリーが教区の副神父として赴任し、教会や住民たちを健全な方向に導くという物語。オマリーの次なる活躍は、という形で『聖メリーの鐘』は始まりますが、のっけから前任の神父が学校のシスターたちと対立して追いやられたと聞かされ、前途多難な気配が。
 さぞかし老獪な院長が、と構えていたら、若いシスター・ベネディクトが現れてオマリーは拍子抜けしたよう。気がゆるんだのか、院長の許可も得ず子どもたちの前で学校を休日にしてしまうというスタンドプレーを演じて、ベネディクトはご立腹。「子どもたちが悪さをしたらあなたの責任」と言い放ちます。ああ、やっちゃった。

◆ボクサー・ベネディクト

 二人の二度目の衝突は男子生徒のケンカの処置。何もしていないエディにトミーが嫌がらせ、殴り合いでトミーがエディに勝つと、オマリー神父はトラブルを仕掛けたトミーの強さをほめます。エディはベネディクトに教えられた通り殴られた頬と反対の頬を出し、さらに殴られてしまいました。オマリーが、男の子は将来戦って道を切り開くために力が必要、と言うのに対し、ベネディクトが暴力の肯定だと批判すると、そんな女性の考え方が男の子の成長の芽を摘む、とオマリーは反論します。現在ではオマリーの考えは旧来のジェンダー意識だと言われるでしょうが、以前はよくこういう考え方を耳にしましたね。
 ベネディクトはスポーツ用品店に出かけ、男の子の自己防衛に役立つ本を、とボクシングの解説書を買って来て自分で一通り習得、エディを呼んで内緒でコーチするのです。尼僧姿で「左ストレート、右クロス、左フック、右アッパーカット」と、バーグマンのフォームはきまっていてきれい。次第に服の裾をつまみ上げて軽やかなフットワークも見せ・・・。
 バーグマンとスポーツやコメディは珍しい取り合わせですが、それを一度に実現させてしまったレオ・マッケリー監督、この時までに二度のアカデミー監督賞はやはり伊達ではありません。
 エディは次のトミーの嫌がらせにはボクシングのテクニックで圧勝、トミーを寛大に許し、仲直りします。驚くオマリーに微笑むベネディクト。
 さらにシスター・ベネディクトは野球をしていた女子生徒のバッティングフォームをお手本を示して修正、女の子の打球はボガーデス氏のビルの窓ガラスを割り、それがベネディクトとボガーデス氏が話をするきっかけとなるのです。
 シスター・ベネディクトはお転婆だったという設定ですが、野球の構えも様になっているバーグマン、プールで素人ばなれした飛び込みをするプライベート映像を見たことがありますので(注)、運動は得意だったのでしょう。

◆教育と愛

 卒業試験に落ちたパッツィには、彼女がおなかにいる間に父親が姿を消し、教育上問題のある家庭で生活していたという事情があり、母親から頼まれたオマリーがそんな背景を隠して学校に入学させ寄宿舎に入れました。いじけがちだったパッツィを留年させたら彼女がさらに傷つくと、オマリーは点が足りなくても卒業させるべきだと言い、ベネディクトは規則は規則と、留年を主張します。
 パッツィのためにはどちらがよいかと迷うケースですが、やはりベネディクトの方が正論でしょう。社会にはルールがあることを教え、今後の彼女を注意深く指導するのが教育の本質です。けれども、パッツィは卒業するとあの家に戻らなければならないと、わざと落第点を取ったのです。ベネディクトのようになりたい、と泣くパッツィにベネディクトは、これから出会う楽しみを味わう前に放棄してはダメ、と修道女の生活の厳しさを悟らせるのです。
 そんなときパッツィにも奇跡が訪れます。卒業式にはパッツィの姿が・・・。

◆悪役か天使か

 このように神の見えざる手が働き、すべてが好転する展開は、イージーだ、ご都合主義だと思われるかもしれませんが、アメリカでの公開は1945年12月6日と、クリスマス映画だったわけですね。クリスマスの学校行事・年少の生徒たちの演じるキリストの生誕劇にもたっぷり時間がとられています。
 クリスマスの映画と言えば1946年のフランク・キャプラ監督の『素晴らしき哉、人生!』が有名ですが、この映画で主人公を救う天使の役を演じたのが、ボガーデス氏を演じたヘンリー・トラヴァース。彼を見るとこの天使が思い浮かぶので、後から見た『聖メリーの鐘』ではどうしても憎らしい利己主義者には見えませんでした。そもそもこの人、悪役面ではありませんよね。

 学校も生徒たちも危機を脱しますが、オマリーに転任を言い渡されたベネディクトだけは真っ暗。人間的な苦しみは修道女でも私たちと同じ。見かねたオマリーは転任の真の理由を明かします。

◆自分らしさを求めて

 スウェーデンで俳優人生をスタートし、夫も子どももいて、1939年にハリウッドに招かれ人気俳優になったバーグマンは、アメリカに家族を呼んで暮らしていましたが、1945年に写真家のロバート・キャパと知り合って恋に落ち、まもなく別れています。また、イタリアのロベルト・ロッセリーニ監督のネオ・レアリズモ作品『無防備都市』(1945年)『戦火のかなた』(1946年)を見てロッセリーニ監督に手紙を書き、彼の映画への出演を願い出ます。念願かない、1949年の『ストロンボリ』(現在は『ストロンボリ 神の大地』)でイタリアに渡り、主演したバーグマンは、ロッセリーニ監督の子どもを宿してしまいます。
 シスター・ベネディクトや、『ジャンヌ・ダーク』(1948年/監督:ヴィクター・フレミング)でのジャンヌ・ダルクなど、聖女のイメージを揺るがす不倫スキャンダルにアメリカ中からバッシング。
 バーグマンは同じような役ばかりのハリウッド式の映画作りに飽き足らなくなっていたのです。彼女の人気を不動のものにした『カサブランカ』(1942年/監督:マイケル・カーティス)でもおなじみの、涙をたたえたバーグマンのきらめく瞳の美しさにフォーカスした映像は『聖メリーの鐘』でもここぞとばかりに登場します。修道女姿で出身地スウェーデンの歌を歌い、ボクシングや野球もしてみせるこの映画は、いわばファンサービス満載のアイドル映画。そのようなお仕着せの自己像を捨て、バーグマンはリアリズムに挑戦します。自分らしさを追求するそんなエネルギーが、新たな恋愛をも生み出したのだと思います。
 バーグマンはロッセリーニ監督とも破局、ヨーロッパに住んで俳優業を続けます。60代で臨んだ映画、巨匠イングマール・ベルイマン監督の『秋のソナタ』(1978年)では、誰も口を出したことのない監督の演出に意見したというのも、彼女らしいエピソードではないでしょうか。
 最後となったこの映画では、母親でありスターである自分自身と重なる役を演じています。

(注および参考)
 映画『イングリッド・バーグマン 愛に生きた女優』
 (2015年/監督:スティーグ・ビョークマン)
(参考)
「永遠のヒロイン その愛と素顔『わたしを演じる孤独~イングリッド・バーグマン~』」
 NHK衛星ハイビジョン・BSプレミアム 2010年12月4日放送

 

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予告編 次回5月19日(日)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

『聖メリーの鐘』
 (1945年/アメリカ/監督:レオ・マッケリー

老朽化した学校を駐車場にと息巻く利己主義の老人、彼のビルを新しい校舎にと祈るシスター。イングリッド・バーグマン主演の心温まる物語。

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猫と関係ない映画の話 ~琴櫻~

今場所(令和6年夏場所)から、大関琴ノ若が祖父の琴櫻のしこ名を名乗り、話題になっていますが、祖父の琴櫻の相撲は映画に残されています。
それは『007は二度死ぬ』(1967年/監督:ルイス・ギルバート


このブログの記事でも、日本に来たジェームズ・ボンドが相撲を見ると触れていますが、そのとき土俵上で戦っているのが琴櫻。対戦相手は富士錦。
ロケが行われたのは当時の蔵前国技館での1966年の九月場所でしょう。大鵬柏戸佐田の山横綱を張っていたこの時、琴櫻の番付は西の関脇。
注目したいのはその戦いぶりです。昭和の頃の真っ向勝負の力相撲。いまの相撲との違いに目を見張ります。
残念ながらこの場所、琴櫻は負け越し。

映画には歴史が刻まれています。

琴櫻傑將 - Wikipedia

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にっぽん昆虫記

戦前、戦中、戦後をしたたかに生き抜いた女の生態をレンズが観察する。今村昌平監督の重喜劇。

 

  製作:1963年
  製作国:日本
  日本公開:1963年
  監督:今村昌平
  出演:左幸子北村和夫北林谷栄河津清三郎、吉村実子、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    売春宿の猫
  名前:不明
  色柄:キジ白(モノクロのため推定)


◆人間観察記

 働く女性の映画の第3弾、日本代表は激動の昭和であまり胸を張っては言えない仕事をしてきた女の物語です。
 以前、今村昌平監督の『人間蒸発』(1967年)をこのブログで取り上げたとき、監督の映画を「人間の欲望や性、土俗性を作品の前面に取り込んだ」「生き物としての人間の発する禍々しい匂いと、泥の匂いとが結合して漂ってきそうな映画」と書きましたが、『にっぽん昆虫記』はまさしくそうした表現にふさわしい作品。一人の底辺の女の生態をドライに見つめます。
 「重喜劇」とは今村昌平監督が自分の作品を呼んだ言葉で、喜劇的な要素をはらんだ重厚な人間ドラマを指しています。

◆あらすじ

 大正7年冬、主人公の松木とめ(左幸子)が東北の農村で誕生する。母親は誰彼なしに肉体関係を持つ女、知的障害のある父(北村和夫)ととめには血のつながりがないことは明らかだった。父ととめは男と女のように寄り添い、とめが大人になっても夜は一緒に寝ているのだった。
 昭和17年、とめは親の借金がらみで地主の息子の仮の嫁に差し出されるが、父が嫉妬して地主の息子に暴力をふるう。とめは実家に返され、翌年女児を出産し信子と名付ける。信子はとめの私生児の扱いだった。
 終戦のとき、製糸工場で働いていたとめは上司(長門裕之)と関係を結び、数年で共に労働組合のリーダーとなるが、彼が管理職になって捨てられ、工場をクビになり、父に信子を預けて上京する。
 昭和25年、米兵のオンリーさん(春川ますみ)のメイドとして住み込みで働いていたとめだが、目を離したすきにそこの子どもが事故で死に、苦しんで新興宗教の門をたたく。とめはそこで知り合った蟹江(北林谷栄/きたばやしたにえ)という女性の旅館で働くようになるが、そこはもぐりの売春宿だった。初めは女中をしていたとめも客を取るようになり、故郷の娘にせっせと送金する。
 昭和30年、とめは蟹江が警察に捕まったすきに蟹江の配下の女性たちを使って、電話一本で女性を派遣するコールガールの組織を作る。とめはあこぎに儲けていくが、昭和35年、父の葬儀で故郷に戻っている間に女性たちが全員行方をくらまし、密告されたとめは刑務所に入る。出所後、ねんごろにしていた客の唐沢(河津清三郎)を頼ろうとしたが、唐沢はそっけなかった。
 高校を中退した娘の信子(吉村実子)は、故郷に開拓村を作ろうと、とめが刑務所に入っていると知らずに資金の融通を頼みに上京していた。唐沢はそんな信子につけこんで信子を囲い者にしようとする・・・。

◆猫に借りたもの

 さて、この映画の猫の登場の仕方について語るのは少々はばかられる気もするのですが、あっさり話した方がいいですね。
 蟹江の売春宿で客を取る女性が、相手に自分は処女だと思わせ、その印として出血したと見せかけようと、仲間に自分の腕から血を取ってもらおうとします。
 そこに通りかかった猫、仲間に見つかって「こいつから取ったらどうだ」と首根っこを掴まれ、炊事場の台の上にドンと乗せられて血を取られてしまうのです。普段からこの女性は冷蔵庫に血をストック。女性たちはだまされる男性をバカにしてゲラゲラ笑っています。
 こういう話は考え出そうとしても思いつかないと思うので、旺盛な取材で知られる今村監督が当時売春にかかわったことがある人から直接聞いた実話だと思います。
 昭和の頃、女性は結婚までは「きれいな体」を守るべしという純潔思想が尊ばれていました。けれども、1960年代終わり頃からは、好きな相手のためなら結婚と関係なくてもいいではないかという考え方が広まってきます。1974年に発売の山口百恵の大ヒット曲「ひと夏の経験」はそれを反映した歌詞で、15歳の女の子がきわどい歌を歌ったことに世間は衝撃を受けました。けれどもそれは、女性は愛する男性のために純潔を守り、「捧げる」べきであるという認識を依然として保っていた内容で、大っぴらには言いにくいことを白日の下にさらしたことでヒットしたのです。女性も自分から進んで男性に服従しようとする時代だったと言えるでしょう。
 一方、男性側は卑猥な見出しや漫画が躍る夕刊紙を電車の中で堂々と読んだり、町には成人映画の思わず顔が赤らんでしまうようなポスターがあちこちに存在したりと、経済効果を生む男性の欲望は、セクハラの概念が定着するまではあけっぴろげの状態でした。
 この映画のような商売の女性、相手に処女だと信じ込ませれば報酬をより多くもらえたのではないでしょうか。売春宿で会う女性に初めてと言われて信じる客なんて、おめでたい限りです。

 猫の登場は開始から45分ちょっと過ぎたところです。猫の扱いの乱暴なことは古い日本映画に見られる嫌なところ。けれども今村昌平監督は『豚と軍艦』(1961年)の中で、シナリオでは「猫を蹴とばす」とあるのをシッと脅して追い払うという表現に変えていますので、心ある人だったのだと私は思っています。本物の猫を犠牲にした『幕末太陽傳』(1957年/監督:川島雄三)のとき助監督だったので、いやな思いをしたのではないでしょうか。この映画でも注射器で血を取るところはほんの真似です。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆裏面の日本

 映画の冒頭、日活のロゴが消えると、マットな黒い虫が地面を歩き回っている映像がワイドスクリーンに大写しになります。アリの頭部から胸部を長くして腹を平らにしたような形の数センチくらいの大きさのこの虫、マイマイカブリというやつではないでしょうか。
 虫の映像だけでもうムリ、とおっしゃる方もいるかもしれませんが、虫はタイトルのところにしか出てきませんので、始めだけ目をつぶっていてください。
 とめのモデルとなった人物と、その他複数から取材した話を総合したと思われる、ドキュメンタリー性を感じさせる映画です。時系列順に追っていくとめの人生は実に興味深いもの。節目節目にとめが自分の心情をつづる自虐的な狂歌や川柳が、思いのほかコミカルな味わいを呼んでいます。

 戦時中の1942年のシンガポール陥落、戦後、とめが上京する途中で遭遇する国鉄三大ミステリーのひとつ1949年の松川事件、デモ隊と警官が衝突した1952年の血のメーデー、平民出身の妃が誕生した1959年の皇太子(現在の上皇)ご成婚パレード、伊勢湾台風、1960年の安保闘争など、重大な出来事の断片が挿入され、とめの生活がそれらの社会の流れを背景に移り変わっていったことがアルバムをめくるように示されます。ただ、当のとめはそれらの事件に対しては傍観者でしかなく、日々の自分の糧のことにしか関心を持ちません。
 とめの生まれ故郷での因習を土台とした土俗的な描写は、今村監督の得意とするところです。近親相姦的な父ととめの関係は、あってはならないタブーと言うより、伝説や迷信を耳にしたときのように、ありそうでなさそうな、なさそうでありそうな感覚を呼び起こします。この映画の中で最も有名なシーンとして、生まれたばかりの信子が母乳をあまり飲まないため、乳が張って痛いと言ってとめが父に吸わせる描写があります。それから18年後、父は臨終のとき「乳・・・」と言い、とめは集まった親族の前で乳房を父に差し出します。
 とめのそんな姿は、戦後、表側では新しい時代が始まったように見えた日本社会が、裏面では何も変わっていないことを示しているように思えます。

◆生きものの記録

 主人公のとめは、冒頭に登場した虫のように底辺をはいずり回るようにして生きてきた女です。私は彼女を嫌いではありません。愚直なだけの彼女。実は真面目なのです。貧しい親の借金のために地主の息子の仮の嫁の形で子ができ、それを私生児として育てなければならなくなる、その子を育てるためになりふり構わず働くのです。
 戦争中、自分の食べ物を全部娘に与えてしまって倒れたり、戦後は工場の組合の婦人部長として3000人の女工にアジったり、メイドをしていた家の女の子が熱いシチューをかぶって死んでしまったときは宗教に救いを求め、何年かたってもお墓参りに行ったりしています。蟹江の旅館で初めて客を取ったときは、売春って悪いことなんだ、人権蹂躙(じゅうりん)だ、と蟹江に訴えています。けれども、とめは高収入をあてに転がるように色で稼ぐ道にはまっていきます。
 傍らで、とめは唐沢という中小企業の社長と愛人関係を結び、唐沢を「お父さん」と呼んで父への愛着を彼にダブらせ、やっと自分のための幸せを手にするのです。
 この映画はそんなとめを一切の同情や批判を入れず冷静に観察し続けます。食い扶持を求め、交尾し、子孫を守り、邪魔者と戦い、生き延びるとめの生態を。

◆熱い鍋

 コールガールの組織を作り、とめが人生の頂点に達した頃、印象的な事件が起きます。
 とめのお手伝いの娘が、料理を入れた鍋をとめの前に運んできたとき、取っ手が熱くて「あつつっ」と鍋を乱暴に放り出します。それを見ていたとめの顔色がみるみる変わり、グラグラと煮えた鍋に自分の手を突っ込んで「熱かないよ、こんなもの!」と言ってお手伝いの娘の手を掴んで突っ込もうとするのです。
 鬼のような行為に見えますが、とめはメイドをしていた頃に熱いシチュー鍋の中身をかぶって死んだ子のことを思い出したのではないでしょうか。
「私はこれくらいのことなんぼでも我慢できるんだ!」
ギリギリの人生を生きて来た彼女が、熱い鍋に嫌な記憶のすべてをフラッシュバックさせ、発作的にそんな行為に出た――そこにはとめの激しい恥と怒りの感情が渦巻いています。とめは蟹江そっくりになっていきます。

 歯を食いしばって育てた娘の信子がとめ譲りのDNAを示し、とめのすべてを奪うという、生物の世代交代を思わせる皮肉な運命をもって、今村監督の観察日記は終わりを告げます。
 とめの狂歌「愛してるすべての人に裏切られ つらき憂き世を一人行く我」。
 それでもとめは、最後の場面で石ころやぬかるみをぴょんと跳び越えたように、何があっても乗り越えていくのでしょう。

◆山の神

 オールロケ、役者はマイクを付けて同時録音、実際の家屋にカメラを持ち込むなどの徹底した現場主義、コンピュータを駆使して作られる今の映画とは全く異なるこれらの製作方法。ドキュメンタリーを除けばもうこんな映画は見たくても見られないだろうと思います。
 主演の左幸子と言えば、内田吐夢監督の『飢餓海峡』(1965年)の主人公の娼婦・八重を思い浮かべる方も多いと思います。八重も汚れ役ですが、存在の重層感はとめの方が圧倒しています。左幸子は『にっぽん昆虫記』と『彼女と彼』(1963年/監督:羽仁進)とを合わせ、1964年ベルリン国際映画祭女優賞を受賞。監督として『遠い一本の道』(1977年)という骨太な作品も作っています(今から50年近く前の軍艦島も出てきます)。
 故郷の村の産婆のばあさんを演じた北林谷栄の東北弁はほとんど聞き取れず、東北の出かと思ったら、東京出身なので驚きました。老女役を得意とした彼女が東京の売春宿のおかみの蟹江と二役で、珍しく実年齢相応の女性としての姿が見られます。

 とめは入信した宗教で「お前は前世で色情の罪を犯した」と定番のおとがめを受け、そこで知り合った蟹江によって皮肉にもその罪を深くする道に入ってしまいました。戦後、価値観や生活基盤が根底から覆り、拠り所を求めて日本人が新しい宗教にのめりこんでいったさまは、時には批判的に、時には笑いをもって、色々な映画に描かれています。
 最終的にとめは山仕事をする父が崇めていた、山の神信仰に戻っていきます。こわい女神とされる山の神、父と睦まじいとめに嫉妬してとめをこんな運命に導いたのでしょうか。それともほかの神様を信仰したとめを懲らしめようとしたのでしょうか。

 激動の昭和を生きたとめのような女性のドキュメンタリー版、今村監督の『にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活』(1970年)もぜひご覧になってください。

 

(参考)「今村昌平監督の日本的リアリズムと人間学」(『監督の椅子』白井佳夫話の特集(株)/1981年)

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