この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男

第二次大戦時、ナチスドイツに敢然と立ちはだかった英首相チャーチル。イギリスを率い戦いに燃えた男の、最も輝いた時。

 

  製作:2017年
  製作国:イギリス
  日本公開:2018年
  監督:ジョー・ライト
  出演:ゲイリー・オールドマン、ロナルド・ピックアップ、スティーヴン・ディレイン
     ベン・メンデルソーン、他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    チャーチルの飼い猫
  名前:不明
  色柄: 茶トラ


◆愛される政治家

 今年2025年は第二次世界大戦終結から80年。イギリスでは5月5日にロンドンでナチスドイツに対する戦勝80年記念パレードが行われ、バッキンガム宮殿まで行進したとのことです。
 1944年、ヨーロッパ戦線ではヒトラー率いるナチスドイツに対し、劣勢に置かれた連合国軍がノルマンディー上陸作戦を決行、形勢を逆転させるきっかけとなりました。作戦が行われた6月6日はD-デイと呼ばれています。
 今回の映画の主人公・イギリスの首相ウィンストン・チャーチルはノルマンデイー上陸作戦に反対していました。この映画で描かれるのはそれより前の1940年、チャーチルが首相に就任し、巧みな演説でイギリスをナチスに対する徹底抗戦へと鼓舞したときのエピソードです。
 この映画と同時に、チャーチルを描いたもう1本の映画『チャーチル ノルマンディーの決断』(2017年/監督:ジョナサン・テプリツキー)が公開され、ノルマンディー上陸作戦時には過去の人と見なされつつあったチャーチルが描かれています。
 今回は、イギリスで今も人気の高い政治家・チャーチルと、第二次大戦時のイギリスを描いた他の映画も合わせ、当時に思いを馳せてみようと思います。

◆あらすじ

 1940年5月、東欧・北欧を占領したヒトラーがベルギー侵攻を目論み、イギリスではヒトラーの動向を見誤ったチェンバレン首相(ロナルド・ピックアップ)の後任選びが白熱化していた。国王ジョージ6世(ベン・メンデルソーン)によって新首相に任命されたのはこれまでに数々の失策を重ねてきた65歳のウィンストン・チャーチルゲイリー・オールドマン)。5月13日、就任演説で挙国一致体制を宣言し、徹底抗戦と勝利を訴えるが、閣僚に選任した前首相チェンバレンや外相ハリファックススティーヴン・ディレイン)は和平を唱え、彼に反目した。
 5月19日、チャーチルはラジオ演説で、どんな犠牲や痛みを伴っても勝たねばならぬ、と国民に呼びかけるが、それは連合国側が劣勢に立たされていることを隠しての演説だった。
 5月25日には、30万の英陸軍はフランスの海岸ダンケルクに追い詰められ、全滅を待つばかりとなっていた。チャーチルハリファックスが勧める和平交渉をはねつけ、フランスのカレーにいた守備隊にドイツ軍を引きつけて、その間に兵士を民間の小型船舶を使って脱出させる作戦を指示する。脱出は辛くも成功するがカレーの守備隊は全滅、イギリス本土へのドイツの侵攻は目前に迫った。強気のチャーチルも和平交渉を視野に入れ、準備を始めさせる。
 そんな折、国王ジョージ6世がチャーチルの自宅を訪れる。王は、ヒトラーに対抗できるのはチャーチルだけだと語り、本土決戦を覚悟するなら民衆の意識を探れと言う。地下鉄に乗ったチャーチルは乗客たちに、戦うかヒトラーに頭を下げて和平を望むかを問う。彼らの答えを聞いてチャーチルの迷いは消える。
 6月4日、チャーチルは下院で、我々は決して降伏しないと力強く演説する・・・。

◆猫とチャーチル

 太った体に薄い髪、トレードマークの葉巻に山高帽、ちょっとお茶目で憎めないおじさんという印象のチャーチルヤルタ会談アメリカのルーズベルト大統領やソ連スターリン書記長と共に写った写真は、いまもおそらく歴史の教科書に載っているのではないでしょうか。
 何を隠そうチャーチルは大の猫好き。
 動物はみな好きだったようで、映画の中でも国王と食事中にテーブルの下にいる犬に食べ物を分けてやっている場面があります。飼っている茶トラの猫とは一緒にベッドにいたり、ベッドの下から出てこないのを心配してのぞきこんだりしています。
 『エイリアン』(1979年/監督:リドリー・スコット)のときに、船でネズミを捕えたりする船乗り猫の話をしましたが、チャーチルには第二次大戦中、イギリスの戦艦で船乗り猫をなでている写真があります。ウィキペディアによれば、チャーチルが戦艦プリンス・オブ・ウェールズアメリカにルーズベルト大統領を訪ねたとき、戦艦の猫ブラッキーは下船するチャーチルと別れの挨拶をし、その後チャーチルと改名され、日本軍に沈められたときにも生き残ったとあります(注1)。
 また、NHKで放送された『ヨーロッパ黒猫紀行』では、チャーチルとゆかりの猫の彫刻の話が紹介されています。
 ロンドンの超高級ホテルサヴォイの2階のゲストルームに飾ってある、黒猫のカスパーという木彫りの彫刻。19世紀にここで13人で会食したグループの一人が3週間後に拳銃で撃たれて死んでしまったことがあり、以後魔除けとしてカスパーを作って13人での会食には客として席に着かせることにしたというのです。常連のチャーチルはこのカスパーが大好きで、会食の後もカスパーを一緒に連れて行きたがったのだとか(注2)。
 猫がチャーチルのベッドの足元にいる場面は開始から6分18秒頃。チャーチルが脚つきのトレーでベッドで朝食をとっているところがイギリスらしいですね。ベッドの下から出てこない猫を呼んでいる場面は10分17秒頃です。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆戦いに燃える男

 同時期にチャーチルの映画が公開されたとあって、この映画のゲイリー・オールドマンと、『チャーチル ノルマンディーの決断』のブライアン・コックスの、どちらが本物に似ているかということも話題になりました。ゲイリー・オールドマンはアカデミー主演男優賞を受賞。細い顔の彼を丸顔のチャーチルに特殊メイクで変身させたのは、日本人メイクアップアーティストの辻一弘です。彼もアカデミー賞のメイクアップ&ヘアスタイル賞を受賞する運びとなりました。一方、ブライアン・コックスは自前の顔だそうです。
 この2作を比べると、『ヒトラーを世界から救った男』の方は、チャーチルの戦時の英雄的リーダー像を浮き彫りにしているのに対し、『ノルマンディーの決断』は人間的な弱さと苦悩にあえぐ姿を描き出しています。
 首相となってからついた若い女性秘書を怒鳴り散らし、国王もビクビクする頑固親父ぶりが強調されるのは本作。一方、チャーチルは気分の浮き沈みが激しく、酒を手放さなかったと言われていますが、そんなチャーチルを子どものようになだめ、時には厳しく賢夫人のクレメンティーンが支える姿は『ノルマンディーの決断』の方により具体的に描かれています。
 貴族の生まれで子どもの頃から愛国心が強く、政界に進出して第一次大戦前には海軍大臣に就任、イギリスの参戦を強力に主張し、また戦車を生み出すなど、好戦的で引かない性格。ガリポリの戦いを指揮して多くの犠牲者を出し失脚したのち、自ら西部戦線に身を投じ、水を得た魚のように生き生きしたそうです。挫折すると引きこもり、よく絵を描いていたということ。彼の描いた絵をアンジェリーナ・ジョリーが2021年のオークションに出品、12億円で落札されたのだとか(注3)。

◆言葉の力

 映画の中では、1940年5月の首相就任後、3回にわたってチャーチルの演説が出てきます。
 最初は5月13日の議会での就任演説、2回目は国民に向けての5月19日のラジオ演説、そして6月4日の下院での演説です。いずれも精神論と言っていい内容ですが、人々が不安と動揺にさいなまれるとき、リーダーの力強い言葉は勇気を奮い立たせ、意識を合わせるためのよりどころとなるもの。一方で、同じく演説の名手ヒトラーが国民を熱狂の渦に巻き込んだように、危険な面も併せ持ちます。
 アメリカのジョン・F・ケネディニクソンの大統領選に当たってのテレビ討論では、話の内容より二人の候補者の見た目の印象が勝敗を左右したと言われています。ナチスはたいまつや鉤十字の旗、行進といった視覚効果を用い、まるで古代の宗教儀式のような眩惑的な陶酔に国民を陥れました。チャーチルは視覚に邪魔されないラジオによって人々の心に語りかけます。
 ロシアによるウクライナ侵攻により、ゼレンスキー大統領が引用したチャーチルの感動的な6月の下院演説の一部を映画から抜粋しましょう。
「我々はいかなる犠牲を払っても祖国を守り抜く。我々は海岸で戦う。敵の上陸地点で戦う。野原で 街中で戦う。丘で戦う。
断じて降伏はしない!」

◆主役交代

 この演説の前、ダンケルクで、イギリスは奇跡的に包囲された兵士たちのほとんどを救出することができました。漁船や遊覧船などあらゆる小型の民間船が協力し、ピストン輸送で兵士たちを沖まで運んだそうですが、なぜかドイツ軍は本格的な攻撃を仕掛けなかったそうです。ドイツ軍の失策とも言える行動はD-デイの際にも見られ、ノルマンディー上陸をみすみす許してしまったと言われています。
 ヒトラーはイギリスとは良い関係でいたかったようで和平交渉を打診しますが、この映画にも見られるように、イギリスは大英帝国のプライドをどこの馬の骨ともわからぬヒトラーごときに汚されるのは我慢ならなかったのでしょう。
 『チャーチル ノルマンディーの決断』では、アメリカからのちに大統領となるアイゼンハワー将軍がやって来て最新式の周到な上陸作戦を準備し、チャーチルの意見は聞き入れられません。兵士を勇気づけようと戦場に出向くと言い出したチャーチルは迷惑老人といった扱いです。第一次大戦ガリポリの戦いで海岸からの上陸に失敗、何万もの兵士を死なせてしまったチャーチルは、ノルマンディー上陸作戦に悪夢の再現を予感し反対を唱えますが、苦渋の末に承諾します。
 ロンドンが空襲を受けると市中に出向いて市民を励まし、戦争中は絶大な支持を得たチャーチルは、戦後すぐの選挙で惨敗、戦時の指導者は役目を終えます。

◆あの頃名画

 かつて戦争映画と言えば、シネマスコープの大画面を生かしオールスターで巨額の製作費をかけた大作が花盛りでした。ノルマンディー上陸作戦を描いた『史上最大の作戦』(1962年/監督:ケン・アナキン、アンドリュー・マルトン、ベルンハルト・ヴィッキ)や日本軍の捕虜による鉄橋建設をめぐる『戦場にかける橋』(1957年/監督:デヴィッド・リーン)など、戦勝国の立場から兵士たちを讃える勇ましい集団劇が多かったのですが、近年は兵士や市民個人などに焦点を当てたヒューマンドラマやナチスものが多くなりました。ダンケルクの救出劇は『ダンケルク』(1964年/監督:アンリ・ヴェルヌイユ、2017年/監督:クリストファー・ノーラン)など、何度か映画化されています。
 『英国王のスピーチ』(2010年/監督:トム・フーパー)では、吃音のジョージ6世がナチスドイツとの開戦に当たり、言語聴覚士の指導のもと国民に演説をするシーンがクライマックスとなっています。ティモシー・スポールが怖い顔のチャーチルを演じています。
 『ミニヴァー夫人』(1941年/監督:ウィリアム・ワイラー)は、銃後のイギリス市民を描いた戦意高揚映画。そこにはチャーチルの演説の精神がそっくり反映されています(アメリカ映画なのですが)。猫が出てくるのでいずれ取り上げましょう。

 ちなみにチャーチルは、映画ではローレンス・オリヴィエヴィヴィアン・リーが主演した不倫の恋の物語『美女ありき』(1940年/監督:アレクサンダー・コルダ)がお気に入りだったのだとか。

(注1)Wikipedia「船乗り猫」より
(注2)NHK「ヨーロッパ黒猫紀行」(2021年6月23日放送)より
(注3)NHK映像の世紀バタフライエフェクトチャーチルVSヒトラー』」(2025年4月10日放送)より
※ チャーチルについての記述はこれらのほかWikipediaウィンストン・チャーチル」を参考にしました。

◆関連する過去記事

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予告編 次回6月7日(土)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』
 (2017年/イギリス/監督:ジョー・ライト

ヨーロッパを蹂躙するナチスドイツに対し真っ向から戦いを挑んだ英首相チャーチル。第二次大戦の行方を決定づけた彼の決断と名演説に迫る。
チャーチルを演じたのはゲイリー・オールドマン

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霧笛が俺を呼んでいる

港で自殺した親友は実は殺されたのではないか。船員の杉はついに真相を突き止める。
21歳で事故死した伝説のスター・赤木圭一郎が主人公を演じたアクション&ミステリー。

 

  製作:1960年
  製作国:日本
  日本公開:1960年
  監督:山崎徳次郎
  出演:赤木圭一郎芦川いづみ、葉山良二、西村晃吉永小百合、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    親友が抱いている猫
  名前:不明
  色柄:黒

 

◆動の中の静

 「トニー」「和製ジェームズ・ディーン」と呼ばれた赤木圭一郎をご存知ですか。わたくし猫美人が物心ついた頃には故人でしたが、時折少女雑誌にその悲劇の死のエピソードや写真が載ったりしたので、かなり幼い頃からその名は頭にインプットされていました。写真が出ていたと言っても、私が子どもの頃の少年少女雑誌は、ザラ紙のような紙に青や紫のインクの粗い印刷といった質の良くないもので、人物写真は不鮮明、姿そのものは記憶にありませんでした。後年、彼の姿をビデオなどで見て、こんなにカッコいい人だったんだ、と、その早すぎる死を惜しむことになったわけです。
 Wikipediaによれば、赤木圭一郎は『霧笛が俺を呼んでいる』の公開から約7ケ月後の1961年2月、撮影所にゴーカートのセールスマンが来て、試乗した際に運転を誤り鉄扉に激突、1週間後に亡くなってしまったそうです。彼は乗り物が好きだったそうで、『霧笛が俺を呼んでいる』でもスポーツカーやモーターボートを巧みに乗りこなすシーンが見られます。
 愛称の「トニー」は、俳優のトニー・カーティスに似ているところからつけられたと言いますが、「和製ジェームズ・ディーン」とはいつ頃から言われるようになったのか。ジェームズ・ディーンも1955年に自動車事故で24歳で亡くなっているということを考えると、皮肉な巡りあわせです。
 この映画の中で、赤木圭一郎がスーツを着てズボンのポケットに手を突っ込んでいる、その立ち姿の描き出すカーブがなんとも美しくしびれます。アクションスターの彼ですが、こんな姿には孤独と「静」のオーラが漂っています。

◆あらすじ

 すずらん丸の二等航海士・杉(赤木圭一郎)は、横浜港で船の故障のため足止めを食った。港近くに住む船員学校での親友の浜崎(葉山良二)に久しぶりに会いに行くと、浜崎は半年ほど前に自殺したという。
 浜崎の遺体が上がった防波堤を訪ねると、前の晩宿泊先のホテルで見かけた女(芦川いづみ)がやって来る。女は浜崎の恋人で美也子と名乗った。美也子の話では、浜崎は故郷から妹のゆき子(吉永小百合)を連れてきて、この近くの病院で脚の手術を受けさせたという。
 杉がゆき子を見舞うと、もうすぐゆき子が立てるようになると大喜びしていた兄が、それを待たずに自殺するはずがない、殺されたのではないかとゆき子は言う。
 病院を出たところで杉は二人組の刑事に呼び止められ、森本という刑事(西村晃)から浜崎は麻薬の大口の売人だったと聞かされる。その直後、浜崎の死について何か知っていそうだったバーの女サリーが殺される。
 サリーの友だちから話を聞いた杉は、浜崎の遺体は警察のガサ入れが近いことを察知して浜崎が死んだと偽装するために殺された別人であり、浜崎は生きていると確信する。浜崎と麻薬の取引をしていた売人仲間にそれを突き付け、ついに杉は浜崎と隠れ家で再会する。浜崎は杉に大金を示して、自分の仲間になるか、この事件から手を引くかと迫る。杉は人が変わってしまった浜崎を見捨てるように去る。
 杉は浜崎を警察から逃がすつもりだったが、浜崎が生きていることを知った美也子も妹のゆき子も、自首することを望んでいた。警察の手が伸びるのを予測した浜崎は、隠れ家を出て杉の宿泊先に現れ、美也子を日比谷のホテルに呼んでくれと伝言する。麻薬の売人仲間は浜崎が捕まれば自分たちも危ないと、浜崎の後を追う。森本刑事は浜崎の居所を知らせてくれと杉に訴える。
 浜崎が美也子を呼び出したホテルの部屋には、美也子と杉が待っていた。二人は浜崎に自首を促すが・・・。

◆悪人と猫

 葉山良二演じる浜崎は、しゃれた洋館の中で潜伏生活を送っています。杉が訪れた日のファッションは、紫のシャツに白いズボンとかなりキザ。杉が部屋に入ると、後ろ向きに椅子に座っている浜崎の膝に黒猫がいます。
 『007シリーズ』のブロフェルドや『ゴッドファーザー』(1972年/監督:フランシス・フォード・コッポラ)のドン・コルレオーネなど、世界征服を狙ったり、血で血を洗う抗争に明け暮れたりの悪の首領にとって、猫はこの上ない癒しの存在(中には『燃えよドラゴン』(1973年/ロバート・クローズ)の首領のように猫をギロチンにかけようとする輩もいるにはいますが)。
 ドン・コルレオーネを演じたマーロン・ブランドは、長い猫歴をうかがわせる巧みな手つきで猫をなでますが、葉山良二はなんだかおそるおそる黒猫をなでています。嫌いなのか猫を抱くのが初めてなのか、猫に癒しを求めるどころか緊張が背中越しにひしひしと伝わって来ます。猫はすぐ手からおろされ、見えなくなってしまいますが、猫好きな俳優だったら抱いたまま杉と話しただろうなあ、冷血な浜崎と罪のない猫、その方が絵としてより浜崎の邪悪さが引き立っただろうに、と少々残念です。
 黒猫はその後、洋館内の赤い敷物が敷かれた白い階段の途中で所在なげにしているところが映ります。黒、赤、白のコントラストが美しいですが、せっかくだからもっと注目される場を設けてほしかったですね。
 猫が浜崎に抱かれて登場するのは開始から41分40秒頃、階段の途中にいるおまけのような映像は46分30秒頃です。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆霧の波止場

 赤木圭一郎のカッコよさから話を始めてしまいましたが、歌はそんなにうまくなかったよう。昭和ムード歌謡風のこの映画の主題歌は赤木圭一郎自身が歌っていて、映画が始まると同時に流れ出しますが・・・のど自慢だったらカネ二つくらい? 彼が所属していた日活のこの頃のスターと言えば石原裕次郎小林旭。映画とタイアップしたレコードをバンバン出していたので、演技+歌が会社の売り出し方針だったのでしょうね。
 日活の話が出たので、脱線しますが少しお話しすると、映画について調べるときに日活作品はたいへん助かるのです。日活データベースには、映画の作品ごとの端役の名前やロケ地など知りたいことが詳しく載っているからです。日活には横浜港周辺を舞台にしたアクション映画も多く、ハマッ子だった私は懐かしさに浸ることも多いのですが、『霧笛が俺を呼んでいる』の杉の宿泊先で、実名で登場するバンドホテルが、今はMEGAドン・キホーテになっているということをこのデータベースで初めて知りました。そういう雰囲気の場所ではなかったのですが・・・。

 話を元に戻すと、この映画のあらすじから、『第三の男』(1949年/監督:キャロル・リード)を思い出した方もいらっしゃるのでは。ジョゼフ・コットン演じる主人公が、久々に親友を訪ねると親友は既に事故で死に葬儀も済んでいた。親友は薬の密売で警察がマークしていた男。親友の恋人のアンナ(アリダ・ヴァリ)に近づいて真相を探ろうとする主人公、そして親友は生きていた・・・。
 赤木圭一郎は日活のアクションスター路線のキャッチフレーズ「ダイヤモンド・ライン」で、石原裕次郎小林旭に続く「第三の男」と呼ばれていたそうですが、「第三の男」だから『第三の男』を思い起こさせるストーリーを当てたのか、そういう意図は全くなかったのか? 「ダイヤモンド・ライン」というのは野球のダイヤモンドのような形をイメージしたものらしく、四番目は和田浩二で、この4人で主演映画のローテーションを組んでいたそうです(注)。

◆密売人

 『第三の男』で主人公の親友のハリー(オーソン・ウェルズ)が売りさばいているのは、薄めたペニシリン。これによって本来の薬の効果を得られなかったたくさんの子どもが麻痺に陥ります。アンナのためにハリーを逃がそうとしていた主人公に、警察はハリーの薬の犠牲になった子どもたちのいたましい姿を見せ、主人公は警察と協力してハリーを追う決心をします。
 『霧笛が俺を呼んでいる』では、過去に喧嘩で相手を殺しそうになったのを止めてくれた浜崎に、杉は恩義を感じています。そんな親友の浜崎の居所を警察に隠していた杉に、森本刑事が渡したのは浜崎の麻薬で中毒になった少女の写真。これを見て杉もまた刑事に協力します。
 浜崎が隠れ家を抜け出して麻薬の売人グループの拠点に立ち寄った際の、尾行した刑事との通路を使った銃撃戦も『第三の男』のウィーンの下水道での攻防を思わせます。
 けれども、『霧笛が俺を呼んでいる』には、『第三の男』にはないものが見られます。

あにいもうと

 それは浜崎の愛する妹・ゆき子の存在。
 妹を心から愛する兄、しかしその手術費用は悪事によって賄ったもの。その罪悪感を振り払うためか、杉が訪れた隠れ家で、浜崎はゆき子の存在を忘れたかのようなことを言い放ちます。けれども杉が運転して来たスポーツカーの座席に座って外で待っているゆき子の姿を見たとき、浜崎はそんな言葉を忘れて激しく動揺します。また別の日、警察に捕まってもいいから兄には生きていてほしい、この世で二人きりの兄妹なのだから、とゆき子が杉に涙ながらに言うのを立ち聞きする浜崎。ゆき子への愛情と良心の呵責でぐらぐらする浜崎のバックに主題歌のメロディーが流れ・・・。
 情緒的でウェット、日本的な、あまりに日本的な演出です。兄とけがれない妹という家族モチーフ。彼の感情を動かすのは恋人の美也子よりゆき子です。性愛のようなギブ・アンド・テイクを伴わない、より純粋な愛情。浜崎の犯罪は、たった一人の家族・ゆき子に対する一種の自己犠牲と言っていいかもしれません。
 一方、主人公の杉の出身地や親きょうだいのことは少しも出てきません。何ごとからも縛られず帰るところも行き先も自由な杉。妹を救うために悪事を働くという二律背反に引き裂かれる浜崎に対し、そうした人間的なしがらみを超越した存在であることが、物語のヒーローの条件なのです。

◆霧の別れ

 最も手に汗を握るのはラスト15分。それまでに4回の殴り合いで観客にアピールした赤木圭一郎に代わり、注目は一気に浜崎の葉山良二へと移ります。追い詰められた浜崎と杉に一瞬よみがえる友情。ちらりとでも話してしまうと面白さが半減してしまうので我慢して黙っていましょう。
 『第三の男』は、アリダ・ヴァリのアンナが並木道を歩いて来て、彼女への恋心を抱いた主人公を完全に無視して通り過ぎるという名場面で終わりますが『霧笛が俺を呼んでいる』ではどうなったか。
 浜崎の恋人の美也子に杉はほのかな思いを抱いたようです。美也子も杉に対し否定的な感情を持ってはいません。けれども、杉はあくまで孤高のヒーロー。白い航海士の制服に身を包み、霧の中を出港します。岸壁にたたずみ船を見送る美也子の姿をシネマスコープ画面の中央に、主題歌が滑り込む・・・。
 思わず一緒に歌を口ずさみたくなる、これぞ昭和の娯楽作、という仕立てですが、脚本は意外なことに『帝銀事件 死刑囚』(1964年)などの重厚な社会派作品の監督で知られる熊井啓。監督の山崎徳次郎は昭和30年代の日活の男性アクション路線を支えた人物です。そのほか、企画は水の江滝子、撮影監督・姫田真佐久、音楽は『男はつらいよ』の山本直純(主題歌は藤原秀行)、美術・木村威夫など、日本映画にこの人ありといった面々が製作陣に名を連ねています。
 大人の役を演じるようになった芦川いづみ、新人とクレジットされている幼さの残る吉永小百合、登場人物として省いてしまいましたが、テカテカポマードの悪役・二本柳寛、様々な表情を見せる海の風景・・・。日活アクションの王道を行く作品としてぜひ楽しんでください。

(注)「日活アクション」『現代映画用語事典』(キネマ旬報社/2012年)より

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記事関連映画のTV放映予定

5月28日(水) 13:00~NHK BS

で、当ブログで以前ご紹介した

『シャイン』(1995年/監督:スコット・ヒックス

が、放映予定です。

 

ピアノを指導した父との葛藤の末、天才として世に出ようとした矢先に心を病んだ実在のピアニスト、デイヴィッド・ヘルフゴットの半生を描いた感動のヒューマンドラマです。
まさかと思うことが起きることを「映画みたい」とたとえることがありますが、これは映画みたいな実話の映画。
主人公を演じたジェフリー・ラッシュが、アカデミー主演男優賞など主要な賞を受賞しました。
全編に流れるヘルフゴット自身が演奏するクラシックの名曲にも耳を傾けてください。

この記事は予告なく削除することがあります

 

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