偶然大金の入った鞄を拾った男を異常な殺し屋が追う。
強烈な個性の悪役を観客の目に焼き付けた衝撃のサスペンス。
製作:2007年
製作国:アメリカ
日本公開:2008年
監督:コーエン兄弟(ジョエル・コーエン、イーサン・コーエン)
出演:トミー・リー・ジョーンズ、ハビエル・バルデム、ジョシュ・ブローリン、
ウディ・ハレルソン、ケリー・マクドナルド、他
レイティング:R-15(15歳以上の方がご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆☆(脇役級)
①ホテルの猫 ②元保安官の家の猫7、8匹
名前:不明
色柄:①茶トラ ②茶トラ、キジトラなど
◆おかっぱの怖い奴
ホラーより怖いおじさんが出てくる映画の第2弾は、アカデミー作品賞、監督賞ほかカンヌ国際映画祭パルムドール(最高賞)など多数の賞を受賞したコーエン兄弟監督の『ノーカントリー』。特筆すべきはハビエル・バルデムの演じる殺し屋アントン・シガーの、得体のしれない不気味さ・怖さ。ハビエル・バルデムもまたこの役でアカデミー助演男優賞など数々の賞に輝きました。
怖さの中心は人間らしさの欠けた彼のキャラクターなのですが、独特の髪型もまた怖い。ギリギリノーマルと思えなくもないけれど、やっぱり普通ではないシガーの人格を視覚化したような、内巻きのおかっぱヘア(予告編のイラスト参照)。この髪型も映画のヒットに多大な貢献をしたはずです。
まだ見たことのない人は以下のあらすじを読んでも普通の殺し屋映画とどう違うのかよくわからないかと思いますので、ぜひその目でハビエル・バルデムの怪演を見てください。おそらくこれも前回の怖いおじさん映画『狩人の夜』(1955年/監督:チャールズ・ロートン)と同じく、一生忘れられない映画になるでしょう。
なお、流血や暴力的な殺人の場面がかなり出てきますので、どうぞご注意ください。15歳未満は不可の映画です。
◆あらすじ
1980年のアメリカ、テキサス州。ベトナム帰還兵のルウェリン・モス(ジョシュ・ブローリン)は、猟銃で動物を追っているうちに数台の車とその周辺で死んでいる人や犬を発見する。麻薬の取引がらみで何かあったらしく、木陰で死んでいる男のそばにはぎっしりと札束の詰まった鞄があった。ルウェリンは鞄を持ち帰り、夜、現場で虫の息で水を求めていた男に車で水を持って行ってやる。そこにやって来た1台の車に発砲されたルウェリンは、身一つで家に逃げ帰り、妻(ケリー・マクドナルド)を実家へ向かわせ、自分は拾った鞄を持ってモーテルに行く。
麻薬の売人たちは、大柄でおかっぱ頭の不気味な殺し屋アントン・シガー(ハビエル・バルデム)を現場に連れて行き、ルウェリンが乗り捨てた車を見せて鞄を取り戻すように言う。シガーは彼らを射殺してルウェリンの追跡を始める。
保安官エド(トミー・リー・ジョーンズ)は現場に放置されたルウェリンの車から彼と妻に危険が迫っていると察し、先に保安官補を殺害する事件を起こしていたシガーの関与を疑い腰を上げる。シガーは酸素ボンベを使った特異な武器で、家の錠や人の額を撃ち抜くという手口を用いていた。
鞄の中の札束には発信機が仕掛けられていた。その信号をもとにシガーはルウェリンの寄ったモーテルやホテルを執拗に追い、ついに対面し撃ち合いになった二人は共に重傷を負う。ルウェリンはメキシコ国境で鞄を河原に放り投げ、メキシコの病院に入院する。一方、自分で傷を治療したシガーはルウェリンの妻に標的を移す。
麻薬売買の親玉はシガーを雇ったのに金も麻薬も行方不明だと不服を覚え、別の殺し屋カーソン(ウディ・ハレルソン)を雇う。カーソンはルウェリンの病院に来て、金を渡せば守ってやると持ち掛けるが、カーソンの泊まるホテルにシガーが現れ、彼もシガーに殺されてしまう。カーソンの部屋にルウェリンが電話すると、出たのはシガーだった。シガーは金を返せば女房は見逃すが、さもないと二人に責任を取らせると言う。
保安官エドの警戒も甲斐なく、病院を抜け出して鞄を取り戻したルウェリンはメキシコ人に鞄を奪われて殺され、妻はルウェリンが金を返せなかったため、シガーの言った通り殺害されてしまう。シガーは何事もなかったかのように車を走らせる・・・。

◆猫が住む場所で
プロの殺し屋と言うより、異常な殺人鬼と呼んだ方がいいアントン・シガー。最初から最後まで彼の妖気が満ちているこの映画では2箇所に猫が出てきます。
最初は、ルウェリンがチェックインしたホテル。少しレトロな内装のフロントの前で、茶トラの猫が赤いカップからミルクを飲んでいます。ちらりとそれを見たルウェリンは受付の男に、イヤな奴に追われているので誰か来たら教えてくれと金を渡します。部屋で鞄をさぐったルウェリンは発信機を発見。やがてドアの下のすき間に人影が見えます。ドアの錠を撃ち抜かれ、ルウェリンが窓から鞄を外に放り投げてフロントに行くと、さっきの猫が倒れたカップからこぼれたミルクをなめています。受付の男はルウェリンに知らせる間もなくシガーに殺されてしまったのです。殺人には無関心にミルクをなめる猫。かわいらしさより戦慄を覚える場面です。
次に猫が出てくるのはトミー・リー・ジョーンズ演じる保安官のエドが一人暮らしの元保安官エリスを訪ねる場面。荒野の中にぽつんと立つ家にエドが入ると、4匹ほどの猫が中にいます。エリスの「奥にいるぞ」という声で進むと、またそこに3、4匹の猫が。何匹いるのかと聞くと、エリスはほんの数匹だと言い、何匹かは半ノラで、何匹かは野生だ、と答えます。あっちに行ったりこっちに行ったりしているので正確な数はわかりませんが、7、8匹と見える猫たち。一人暮らしの高齢者によくあるように、最初は1、2匹にエサをやったりしていたところにほかの猫が集まって、こんな数になってしまったのだと思います。
車椅子のエリスは性格も猫型で、一人で気ままに暮らすのが好きなのでしょう。とは言ってもこんな野中の一軒家、猫の世話も大変でしょうし、誰か定期的に見守りの人は来ているのかしら。
ホテルの猫が出てくるのは開始から55分を過ぎた頃、エリスの猫が出てくるのは81分頃です。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆居場所をなくした男
『ノーカントリー』の原題は『No Country For Old Men』。ストーリーはシガーとルウェリンの大金の入った鞄を巡る追跡劇と、それと並行して老いた保安官のエドの心境を浮き彫りにしつつ進みます。エドはラストで保安官を辞職し、妻と隠居生活に入るのですが、そのエドが関わったこの事件や保安官人生を回顧するかのような語り口で映画は始まります。
エドの父も祖父もかつては保安官。エドは父親が現役の間に保安官補になったということですから、その職務に憧れと尊敬の念を抱いていたのでしょう。
そんなエドの辞職は最近の犯罪が理解できなくなったから。犯罪や社会が自分の経験を超えて変質してしまっている、その象徴がシガーのような殺人者であり、自分の積み重ねが役に立たないという無力感に襲われた様子です。老境に差し掛かり、そこそこの達成感を胸に勇退し、余生を過ごす自分を思い描いていたエド。反対に自覚したのは、変化に力及ばず居場所をなくした古い男となったおのれです。父やエリスらも逮捕した相手からの報復で死んだり傷ついたりしています。エドは理解できない相手のために命を賭すのは割に合わないという心境に陥っています。
保安官やFBIなどが果敢に悪に立ち向かい、BGMが盛り上げ、正義が勝利し英雄を讃えて終わる、という典型的なハリウッド映画の流れには立たず、変質的な確信犯、悪に手をこまぬく保安官、BGMはなく、悪も最後にはどうなったのかわからない、という反ハリウッド的な空気がこの映画を占めています。
◆これがシガーだ
200万ドルの入った鞄を取り戻すミッションを背負ったシガーお手製の武器は、肺気腫の患者がチューブで鼻から酸素を吸入するために使う携帯用の酸素ボンベらしきものから空気を圧縮して送り出し、ドアの錠や人の頭を一発で撃ち抜いたりできる恐ろしいもの。銃のように音を立てず、弾も残りません。
普通に呼吸用に使うだけでもボンベは割と早く空に近づくので新しいのと取り換えなければならないのですが、映画のように派手に使っていればすぐ空になってしまうはず。それにしては一度もシガーが残りの空気を気にしている様子がないので、よほど圧縮性能が優れているのでしょう。
そんな心配はともかく、シガーは常に冷静。冷静というより人間らしさが欠けていて感情が動かないのです。
シガーが寄ったガソリンスタンドの店主は、天気に関するちょっとした世間話にからんできたシガーに危険を覚えます。「もう店を閉める」と言うと「あとでまた来る」と言われ、店主の恐怖はマックス。さすがのシガーも相手を殺すのに多少の躊躇があるときは、コイントスで相手にその運命を選ばせます。何を賭けるか教えてもらえないまま店主が勝つと、「幸運のコインだ」と何もせずに立ち去ります。負けていたら圧縮空気でバシュンとやられていたのでしょう。
ルウェリンとの撃ち合いで太ももに重傷を負ったときもシガーは冷静。駐車中の車を爆発させて人の注意がそちらに向いている間に薬局に侵入し、治療に必要な薬剤などを盗んで自分で直してしまいます。薬品や治療法の知識もあり、てきぱきと処置。彼はいったい何者?
◆影の関係
一方、大金に目がくらんで鞄を持ち逃げしたり、水を求めていた男に水を持って行ってやったりというルウェリンの人間臭さが、彼を窮地に陥れます。ルウェリンもまた、シガーが追ってくるとパイプなどの材料を買い集めて手製の銃を作ります。
不思議なことにルウェリンとシガーは、鏡合わせのように行動したり、どこか共通することをしたりするのです。
シガーとの撃ち合いで負傷したルウェリンがメキシコ国境に逃げると、反対側から3人の若者がやってきます。検問所で不審がられないよう、出血を隠すためルウェリンは一人の若者の上着をもらい、札を渡します。
シガーは、ルウェリンの妻を殺して車で去るとき、自転車に乗る2人の少年をバックミラーで見た次の瞬間、横合いから来た車と衝突して腕を骨折してしまいます。少年たちが駆け付けると、シガーは腕を吊るために少年の一人からシャツをもらい、やはり血の付いた札を渡します。
ベトナム帰還兵で、溶接工をしていたルウェリンに対し、シガーが以前何をしていたのかは映画の中では何も語られていません。
ルウェリンとシガーは影の関係にあり、お互い宿命的に呼応しあったのではないでしょうか。シガーもまたベトナム帰還兵で、あの治療技術は戦場で身につけたものではないのかとも思えます。自分で武器を作るという二人の発想も、普通の人間にはない経験を思わせます。
帰還後、豊かではないにしても家庭を持ったルウェリン。対するシガーは最終的にルウェリンの家庭を破壊。
敵対する相手を殲滅する殺人マシンのようなシガーを生んだのは、命令によって感情を殺し任務を遂行する戦争体験ではないか。エドが理解できない犯罪はその頃を境に増加して来たのではないか・・・。わたしはそんな風に見てしまいました。
一気に見せる映画ですが、肝心のルウェリンの死の前後、誰に殺されたのか、鞄はどうなったのかがわかりにくく不親切。これも、わかりやすさが身上のハリウッド式演出に反しようという試みでしょうか。
得体のしれない相手に追い詰められる恐怖、映画史指折りの悪役としてくっきりとその足跡を印したアントン・シガーとハビエル・バルデム。1969年生まれのハビエル・バルデムはこんな悪役を演じる反面、出身国のスペインを中心に文芸作品・ヒューマンドラマでの内面的な演技が高く評価され、私は未見ですが、2010年のアレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督の『BIUTIFUL ビューティフル』では、スペインのゴヤ賞主演男優賞やカンヌ国際映画祭男優賞他を受賞しています。監督のコーエン兄弟ともども今後の活躍に注目していきたいです。
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