この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

陽だまりの彼女

浩介は中学の時の同級生・真緒と再会し結婚する。だが、次第に真緒は謎めいた存在になって行く。
ミステリアスでファンタスティックなラブロマンス。

 

  製作:2013年
  製作国:日本
  日本公開:2013年
  監督:三木孝浩
  出演:松本潤上野樹里北村匠海葵わかな玉山鉄二菅田将暉、他
  レイティング:一般

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    ①主人公が救った猫 ②猫飼い婆さんの家の猫数匹
  名前:不明
  色柄:①グレー ②白茶、三毛、茶トラ、キジトラなど


◆消えた彼女

 松本潤上野樹里カップルを演じたラブストーリー。女子力貧弱で若かったときから恋愛映画には興味がなかった私、この映画ができたときはとうに若くもなく当然スルーしていましたが、猫が出てくる映画のブログをやっていることを知った中学の同級生からこの映画を紹介され、取り上げることにしました(紹介されてから長い年月が経ってしまいました。ごめんなさい)。
 恋愛ムードを盛り上げる場面やセリフなどにはちょっとお尻がムズムズしましたが、思った以上に後を引く作品です。
 見たことがある方はご存知だと思いますが、これは種明かしをしてしまうと半分興趣がそがれてしまうミステリー映画のひとつ。上野樹里が演じる女性主人公が次第に不可解な存在になっていく、その過程が甘いストーリーの中にも丁寧に描き込まれています。現在だったらCGなどで過剰な視覚的演出が施されそうな局面もリアルな映像で、それがこの映画のミステリー的雰囲気をバックアップしています。製作は2013年と比較的最近の映画ですが、その間にもずいぶん世の中が変化していることを感じさせてもくれます。
 原作は越谷オサムの同名の小説。女性主人公はクリスマスが近づいた頃、急に姿を消してしまいます。

◆あらすじ

 広告代理店に勤める奥田浩介(松本潤)は、見込み客の企業にプレゼンに行ったとき、そこに勤める中学のときの同級生・渡来真緒(わたらいまお/上野樹里)と再会する。中学時代の真緒(葵わかな)は幼稚で勉強が全くできず、同級生たちからいじめを受けていたが、そんな真緒をいつも浩介(北村匠海)がかばい、勉強を教えたりもしていた。初キスも交わした二人だったが、中3のとき浩介の家が引っ越し、連絡も取らずに10年の歳月が流れていた。
 真緒は中学時代よりずっと聡明で垢ぬけていて、浩介の仕事のアドバイスや手伝いまでしてくれた。二人は休日にデートするようになる。
 江の島に出かけた日、真緒は急に近くの実家に来てと言い、浩介が真緒の両親に真緒との結婚の申し込みをする流れになってしまう。だが、浩介は真緒の父親(塩見三省)から、真緒は里子で13歳より前の記憶が全くなく、今後浩介のことも忘れてしまうかもしれないと聞かされ、結婚も許してもらえなかった。浩介の気持ちは変わることなく、二人は駆け落ちの形で婚姻届を出し、都内の団地に新居を構える。だが、しばらくすると真緒の体調が乱れ始める。
 浩介が真緒の両親に相談すると、真緒は推定13歳でたった一人で夜中に全裸で歩いているところを保護され、身寄りもなく、警官だった父親が引き取ったと聞かされる。体調不良にもかかわらず真緒は部屋にクリスマスの飾りつけをし、ニューヨークに旅行に行こうなどと言う。
 職場で倒れた真緒は、真緒のことを好きだった先輩の新藤(玉山鉄二)に車で送ってもらうが、真緒は江の島に行ってほしいと告げる。新藤はあとをつけて真緒が猫飼い婆さんの大下(夏木マリ)を訪ねて話をしているのを目撃する。
 そんなある日、団地の隣の部屋のベランダから子どもが転落しそうになる。母親と浩介が必死に腕をつかんで引っ張り上げようとするが力尽きたそのとき、落ちた子どもを空中でキャッチし、無事着地したのは真緒だった。
 そのあと、真緒は急にいなくなってしまう…。

◆猫レスキュー

 映画が始まってすぐ、小3の浩介がグレーの子猫を胸に抱いて、江島神社の参道にいる母と弟に近づいて来ます。浩介は岩場で挟まれて動けなくなっていた子猫を見つけ、手に切り傷を負いながら助けて連れて来たのです。けれども子猫は浩介のお守りを首につけたまま浩介の腕から逃げ出し、それっきりになってしまいます。
 真緒と暮らし始めたとき浩介はその思い出を話し、一目でその猫に恋に落ちたけれど見事に逃げられたと真緒に話します。浩介の手にはそのときについた傷痕がくっきりと残っています。
 結婚する前、そんな猫好きの浩介は、真緒と江の島を訪れたときも猫がたくさんいる場所に真緒を連れて行きます。浩介は転校するまで江の島の近くに住んでいて、昔からその場所を知っていたのです。そこは猫婆さん・大下の住むあたり。なぜか真緒は浩介に用事を言いつけ、その間に大下と話を始めます。そのあと真緒はいきなり自分の実家に行こうと言い出し、結婚へとつなげます。
 好きになった勢いのまま結婚した浩介と真緒。真緒には大下だけが知っている、結婚を急がねばならない理由があったのです。

 子ども時代の浩介がグレーの猫を抱いて現れるのは開始から1分27秒頃、江の島のデートで大下の猫に会うのが47分45秒頃。岩場で浩介がグレーの猫を助ける回想シーンが60分頃、その後、大下の家の場面で何度か彼女の猫たちが映り、最後に124分10秒頃、浩介と新たなグレーの子猫との物語が始まります。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆陽だまりのわけ

 ミステリアスな恋愛映画。真緒の正体がわかってからはファンタジーとも言えそうです。まだ映画を見たことがない人は、真緒が何者だったのかおわかりになりましたでしょうか。ヒントとしては、日本の昔話にも通じるモチーフがこの物語に見られるということ。このブログでは基本的にラストについては明かさないことにしていますので、その推理が当たっていたかどうかは映画を見ていただきたいと思います。
 映画はそのラストが最も議論や論評の分かれ目となったりすることがあるので、ラストを言わずしてこの映画を語ったことになるのかと時々ジレンマに陥ることもあります。この映画についてもラストについて言いたいことは色々あるのですが、やはり伏せておきましょう。
 一つだけ言うとすれば、真緒の正体がわかってからあとが面白くなくなってしまいます。描き方によっては非常に幻想的で芸術的な映画になる可能性があると思いますが、それは原作小説の世界とは異なるのでしょう。

◆素敵じゃないか

 浩介と真緒は恋愛と結婚のいいところだけを具現化した、清潔感たっぷりのカップル。二人の世界はビーチボーイズの「素敵じゃないか」に乗って夢いっぱい。あくまでそのきれいな夢を壊さないのがこの映画に求められるところです。
 少し標準からずれたところのあるキャラクターを演じるとピカ一の上野樹里の真緒は、真面目な役ですが、重くなっていないところがよい。松本潤の浩介は押しが弱くて真緒に再会するまで女の子に逃げられてばかりという設定。こんなイケメン君を女の子が放っておくわけないですけどね。
 その浩介の少年時代を演じた北村匠海も今年2025年のNHKの朝ドラ「あんぱん」で、漫画家やなせたかしがモデルの主人公の夫を演じ、旬の俳優に成長。13歳の真緒を演じた葵わかなも、この映画の4年後の2017年、NHKの朝ドラ「わろてんか」で吉本興業の創業者・吉本せいをモデルにした主人公を演じました。松本潤上野樹里大河ドラマで主役(徳川家康、江)を演じましたね。
 今や芸能界で押しも押されもせぬ存在のこの映画の若手出演者たちですが、ちょっと不満があるのが、猫婆さん・大下のキャスティングです。大下は、普通の人間にはない超自然的な力を持つ存在。真緒が彼女に何ごとか話を持ち掛けるのもそれゆえなのですが、どうもこの映画の大下は人間・夏木マリの個性が表に立ち過ぎて見えるのです。魔女とか妖怪とも違う、作りこまずして不思議な存在感がある人がほしかった…と思いついたのが、2024年に亡くなったピアニストのフジコ・ヘミング。猫が常に周りにいたし、なんとも言えないオーラをまとっていた彼女は、わたしの中の大下像にピッタリなのですけれど。
 そうそう、出演者として菅田将暉の名前を挙げましたが、彼は浩介の弟役。ストーリーの主軸に関わってこないので何も触れませんでした。菅田将暉ファンの皆様、ごめんなさい。

◆変わる世の中

 真緒の勤務先は女性下着メーカー。真緒の所属する広報部は、浩介たちに自社そのものを印象付ける広告を打ってほしいと依頼します。浩介は真緒の作った原案をもとに、駅周辺の壁面の大きな看板への掲出を提案しますが、鉄道会社にデザイン案の女性の下着や裸がいやらしいと拒絶されたら今後のビジネスに差し支えるとして、上司から待ったがかかります。けれども、浩介は街中にはヌードを扱った広告があふれていることに気づき、デジカメを持ってその実例のハンティングに出かけます。真緒がそれを手伝い、二人で都内をめぐる中、撮影用のダミーの広告とはいえ、当時はこんなにも女性の体や男女の接触を思わせる攻めのイメージがはびこっていたかと驚きました。
 二人の集めた実例をもとに、広告はヌードを取り入れたものになりますが、現在は裸や官能性をテーマとした広告はぐっと減り、むしろ浩介の上司の感覚の方向にシフトしていますよね。性的な表現ばかりでなく、広告界では男女の固定された性別役割イメージも排除されつつあり、家事用品のCMなどは男性が出ているものが多くなっています。消費者の不快感を買った企業がSNSで批判にさらされるという風潮がそれを促進したと言えます。
 この広告ハンティングの場面で、浩介がデジカメで撮影し、ペンで撮影場所などのメモを紙の地図に記録しているというのも、今ではスマホで済む話です。浩介と真緒がスマホで連絡を取り合う場面もありませんし、街中にもスマホを見ている人は見当たりません。
 二人の恋をはぐくんだ江の島も江ノ電も、今では観光客で大混雑ですが、この頃は平穏な風景です。
 こうしてわずか12年ほどの間に世の中がずいぶん変化していることをこの映画は物語っています。その背景にあるのがスマホ、SNSの普及と言えるでしょう。

◆最初で最後

 映画のキャッチコピーは「最初で最後の恋(うそ)だった。」。三木孝浩監督は、少女漫画が原作の恋愛映画をたくさん手掛けているそうです。この映画で画面いっぱいの顔だけのアップが多かったのも漫画的な構図と言えなくもありません。三木監督の映画を拝見するのは今回が初めてでした。
 この映画を選んだとき、初回限定生産として売られていた特典つきのDVD(注)をためしに中古で買ってみました。アイドルや推し活にも無縁の私としては、こういうおまけはどんなものなのか一度見てみるのも勉強だと思ったからです(おまけつきの方が安かったですし)。
 セット内容は、本編と予告編を収めたDVD、三木監督・松本潤上野樹里による本編ビジュアル・コメンタリーDVD、メイキングや未公開シーン、主題歌(山下達郎『光と君へのレクイエム』)のミュージックビデオなどを収めたDVDの3枚組ディスクに、DVDとおまけを収める豪華外箱、豪華ブックレット、ポストカードセット、ミニクリアファイル。32ページもあるブックレットは活字情報がびっしりと思いきや、「恋愛ってこんなにすてき」と言わんばかりの写真アルバムのようでしたが、原作小説が”女子が男子に読んでほしい恋愛小説№1“として累計発行部数100万部を超えるベストセラーだったということが書いてありました。そしてこの中の越谷オサム氏の、映画化に当たって原作者として抱えていた葛藤について記した文章を面白く読みました。
 越谷氏は、映画が原作より出来がひどかった場合の、「原作の足元にもおよばなかったな」というコメントと、期待以上の出来だった場合の「原作のおかげだな」というコメントを準備して試写を見たそうです。結果は「原作のおかげだな」だったということ。猫飼い婆さん大下についてはどう思ったのでしょう。
 セットに封入されている購入者プレゼントの応募はがきには、浩介と真緒が江の島の恋人の丘のフェンスに付けた南京錠を模した恋愛成就の鍵(1名様)、助けた猫に持って行かれた浩介のお守りのレプリカ(1名様)などの賞品が贈られると書いてあります。この鍵・お守りに当選したそれぞれ1名様が、その後どのような人生を過ごしていらっしゃるのか、とても興味があるのですが・・・。

(注)2013年発売:アスミック・エース

 

記事関連映画のTV放映予定

12月24日(水)18:00~ BSトゥエルビ

で、当ブログで以前ご紹介した

勇気ある追跡
  (1969年/監督:ヘンリー・ハサウェイ

が、放映予定です。

 

大人顔負けの小生意気な少女が殺された父の仇を討つため、ジョン・ウェイン演じる荒くれ老保安官を雇って旅に出る、2010年に『トゥルー・グリット』としてリメイクされた名作西部劇。
カントリー・ミュージシャンのグレン・キャンベルが、共に旅に出るテキサス・レンジャーを演じ、清々しい主題歌を歌っています。
ジョン・ウェインのアクションもまだまだ健在、これぞアメリカを感じさせる1本です。

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予告編 次回12月23日(火)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

陽だまりの彼女
  (2013年/日本/監督:三木孝浩)

中学のときの同級生の浩介と真緒は10年ぶりに再会し、結婚する。けれどもその頃から体調を崩した真緒は、ある日突然家を出て行ってしまう。
松本潤上野樹里が主人公の甘く不思議なラブストーリー。

 

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ミニヴァー夫人

3人の子どもと夫に囲まれ、恵まれた暮らしの美しいミニヴァー夫人。やがて第二次大戦が始まり、穏やかな家庭に変化が訪れる。

 

  製作:1941年
  製作国:アメリ
  日本公開:1949年
  監督:ウィリアム・ワイラー
  出演:グリア・ガースンウォルター・ピジョンテレサ・ライト、リチャード・ネイ、
     ディム・メイ・ウィッティ、他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    主人公一家の猫
  名前:ナポレオン
  色柄:黒白

 

◆バラの名前

 前回の予告通り、今回は良い妻、と言うより賢夫人(けんぷじん)と呼ぶべき女性を描いた映画です。
 1941年に企画製作され、1942年6月にアメリカで公開された『ミニヴァー夫人』はいわゆる戦争プロパガンダ映画。
 一度も外国からの本土攻撃を経験したことがなく、第二次大戦参戦にも難色を示していたアメリカで、『ミニヴァー夫人』は当時の世界情勢を背景に戦時下の市民のあり方を啓発的に描こうと企画されたものだと思います。けれども製作中の1941年12月に日本が米英に宣戦布告、ほぼ時を一にして米独間も開戦、よその国の出来事のはずだったこの映画は急に現実味を帯びます。
 1942年6月に公開されると、翌1943年のアカデミー賞では、主演女優賞にグリア・ガースン助演女優賞テレサ・ライト、作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞の合計6部門を受賞、他俳優や他部門もノミネートされるなど、たいへんな反響を呼びました。
 監督は『ローマの休日』(1953年)のウィリアム・ワイラー。1930年代から50年代にかけて数々の名作を生みだしたアメリカの名匠で、とても構成がうまく、この人の映画について何か言おうとすると、ストーリーをなぞるだけで十分といった感じすらします。
 合わせて見たい同監督の映画として、第二次大戦後の『我等の生涯の最良の年』(1946年)についても最後に触れたいと思います。

◆あらすじ

 1939年夏のイギリス。ロンドン郊外にあたるベルハムの中流家庭のミニヴァー夫人(グリア・ガースン)は、建築家の夫のクレム(ウォルター・ピジョン)と、大学に入学して寮生活を送る息子のヴィン(リチャード・ネイ)と幼い娘と息子に囲まれ、何不自由なく暮らしていた。ヨーロッパではナチスが台頭、戦時色が強まり始めていた。
 ある日夫人が買い物に出た帰り、ベルハム駅に到着するとバラード駅長(ヘンリー・トラヴァース)から声を掛けられる。ベルハムでは領主のベルドン夫人(ディム・メイ・ウィッティ)が毎年花の品評会を開催しており、駅長は自分が育てたバラを出品する予定で、そのバラに「ミニヴァー夫人」と名付けていいか、と尋ねたのだ。ミニヴァー夫人はバラの花のように美しい人だった。
 翌日、大学生のヴィンが帰省する。社会に目覚め世の矛盾を批判する言動をヴィンが繰り広げていると、ベルドン夫人の孫娘キャロル(テレサ・ライト)が訪ねて来て、ミニヴァー夫人に駅長のバラの出品をやめさせてほしいと言う。品評会では毎年ベルドン夫人のバラの優勝が暗黙の裡に決まっているため誰も出品しないが、「ミニヴァー夫人」を出品されると勝ち目がないため、祖母を落胆させたくないというわけだ。ヴィンは階級をかさに着たキャロルの言い分は間違っていると言うが、キャロルはヴィンは口だけで実践が伴っていないと切り返す。言い合いをきっかけに二人の間に恋が芽生える。
 ドイツ軍がポーランドに侵攻、間もなくイギリスが参戦し、ヴィンも空軍のパイロットを志願、訓練後近くの航空隊に配属される。ヴィンはキャロルにプロポーズし、二人はベルドン夫人には内緒で婚約する。
 深夜、夫のクレムが電話で起こされ、ドイツ軍に囲まれたイギリス兵救出のため、ボートでフランスの海岸ダンケルクに出発する。その夫の不在中、家の裏庭に先だって撃墜されたドイツ機のパイロットが倒れていた。気づいたドイツ兵は夫人を脅して食べ物などを要求するが、再び気を失った隙に夫人は彼のピストルを取り上げ、警察に通報して事なきを得る。まもなく夫もヴィンも無事戻る。
 そんなとき領主のベルドン夫人がやって来てキャロルとヴィンの結婚に反対するが、ミニヴァー夫人の説得により折れ、二人は新婚旅行に出発する。二人が戻るとミニヴァー家は爆撃で一部損壊、キャロルはヴィンの戦死を恐れ不安になる。
 その日、花の品評会が催される。ベルドン夫人は自分の負けを認め、バラード駅長の「ミニヴァー夫人」が優勝する。だが、表彰式もそこそこに敵の大編隊が飛来する。ミニヴァー夫人は車の助手席にキャロルを乗せ、夜道を家に向かうが、気づくとキャロルが機銃掃射にやられ体が麻痺していた。家に着いてまもなく、キャロルは息を引き取ってしまう…。

◆イギリスのナポレオン

 我々日本の庶民から見ればため息の出るような暮らしのミニヴァー家。中流家庭ということですが、広い庭の屋敷、メイドを雇い、別に料理人もいて、余裕たっぷりの暮らしぶりです。
 そのミニヴァー家の猫の名はナポレオン。名前はたいそうですが、そのへんにいそうな黒白の雑種でいわゆるタキシードキャットのハチワレです。一番下の息子、幼稚園くらいのトビーがかわいがっています。
 初めて登場するのは開始から11分13秒頃に夫のクレムが帰宅したとき。2階の階段から「ナポレオンが吐きそうだって」とトビーがナポレオンを抱いて駈け下りてきます。猫のゲボについて触れている映画は、今のところこれ以外思いつきません。
 猫を飼っている人なら誰でも悩まされるこの問題。ごはんの器の高さを猫の首の高さに合わせるとか、おなかの中でほぐれやすいカリカリだとか、色々工夫されているようですが、これだという決定版はいまのところなさそうです。猫は宿命的にゲボする動物だと覚悟し、いざというときにそなえてあちこちにいらない紙などを置いておいて、猫がケポ、ケポ、という特有の前兆を示したときにそれで素早く受け止めるのが飼い主の心得でしょう。間違ってもトビーのように抱きあげてはいけません。
 ミニヴァー家では庭に半地下の防空壕を作って空襲のときはそこに退避しています。ある夜の空襲では防空壕が激しく揺れ、壕の扉が開いたり閉じたりを始めます。トビーと寝ていたナポレオンも揺れに驚いて寝床から飛び出してしまい、それを最後に画面には登場しなくなってしまいます。パニックになってあの扉から逃げてしまったのではないかと心配していると、泣きじゃくるトビーを慰める「ナポレオンは無事よ」という夫人の声が。
 防空壕のシーンが始まるのは92分16秒頃。初登場からそれまでの間、ナポレオンは、夫人が開けたドアの上から降って来たり、食卓を囲む椅子の上にいたり、おやつに鼻を伸ばしたり、毛づくろいしたりと、猫々しさを存分に発揮しています。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆贅沢は素敵だ

 映画の始まり、ロンドン市内と思われる繁華街。上から雑踏をクレーンで撮影し、やがてその中から一人の女性が足早に歩いて来る姿をとらえると、彼女に向かって視点が下がり始めます。良い身なりのすらりと美しい女性。何か彼女には気がかりがあるらしく、バスに乗ってすぐ途中で降ろしてもらいます。
 彼女こそミニヴァー夫人。向かったのは帽子店。気に入った帽子を買わずに帰ったものの、あきらめきれずに引き返してきたのです。戻ると売り場にその帽子はなく、売れてしまったのかとがっかりしていると、お店の人が奥からそれを出してきます。きっとまた戻ってくると思ってと、気を利かせて取り置いてくれていたのです。
 誰でも買い物では似たような経験をしたことがあると思いますが、わざわざお店の人が取り置いてくれていたのは、上得意様だったからでしょうね。
 かなり値が張る帽子で、夫人は夫が帰宅したときも帽子を買ったことを言い出しかねています。ところが、夫のクレムも高級車を即決で買ってきたところ。お互い自分たちのした贅沢を暴露し合いながら、本当に欲しいものをパッと買うのは楽しい、お金は人生を楽しむためにある、と自己正当化(ああ、こんなセリフ、言ってみたい)。
 帽子以外にもたくさんの買い物を手に持ってミニヴァー夫人が列車に乗り込んだとき、いつも通っている教会の牧師が先にいて、後からベルドン夫人が乗ってきます。ベルドン夫人は世間話として、中産階級が身分不相応な買い物をしていると、ミニヴァー夫人ら世の女性に苦言を呈します。

◆市民と戦争

 けれども、映画はミニヴァー夫妻の贅沢を批判することもなく、ヴィンとキャロルの恋やベルドン夫人の花の品評会など、戦時下でもいつもと変わらぬ市民生活が営まれている様を描きます。イギリスが参戦すると、ヴィンは空軍に志願し、一家のメイドは空軍婦人部隊に参加、夫はダンケルクに英仏軍兵士を救出に行くダイナモ作戦に命がけで臨み、ミニヴァー夫人は留守宅で負傷したドイツ兵と対峙するなど、市民がそれぞれの仕方で戦争に協力する姿勢が強調されます。
 同じ市民を題材にした戦争プロパガンダ映画と言っても、先にこのブログで取り上げた『まごころ』(1939年/監督:成瀬巳喜男)のような、良い母親・悪い母親の見本を提示して、おしまいには悪い母親が夫からもボコボコに批判されて改心するなどといった、間違いを改めさせ正しい方向に導こうとするものとはずいぶん異なります。『ミニヴァー夫人』も、もちろん間接的には戦時下の市民のモラルを訴えてはいるのですが、圧のかけ方が日本のように上から押し付けるのではなく、下から自然にプッシュしているように思えます。
 そんな中でも世界総ての観客の心を揺さぶったのではないかと思えるのは、ヴィンの乗った戦闘機がミニヴァー家の上空を飛ぶとき。ヴィンの空軍の友人が、自宅上空にさしかかるとわざとエンジンを吹かせて自分が上にいると家族に知らせているという話を夫人はヴィンから聞いていました。ある夜、ベッドに横たわる夫人の頭上を通過する戦闘機が変な音を立て始めます。「ヴィンだわ!」と夜空を見上げる夫人。もしかしたらこれが息子の生存する最後のしるしとなるかもしれません。日本だったら泣きが入りそうな場面です。けれどもミニヴァー夫人は勇ましく出撃する息子と気持ちを合わせるかのように、涙を浮かべることなく不屈の闘志を瞳に輝かせています。何があっても心を乱さない女性。これがアメリカでは求められたのかもしれません。

◆勝利の陰に

 新婚わずか2週間で亡くなるキャロル、そしてバラを育てた駅長も同じ空襲で亡くなります。破壊された教会で亡くなった人々を悼み、牧師が説教をすると、穴の開いた屋根から英軍の戦闘機が編隊を組んで空を突き進んで行くのが見えます。この映画のプロパガンダ色が最も強く表れているのがこの牧師の説教と戦闘機の映像でしょう。眉を上げて敵と戦うぞ、という意識をいやでも鼓舞されるラストです。
 エルガーの「威風堂々」が流れ、THE ENDの字幕の下部には「給料日には国防債と切手を購入しましょう」という呼びかけが表示されています。切手というのは、戦費調達のため通常郵便料金にプラスする切手が売られていたのではないかと思います。

 同じウィリアム・ワイラー監督の『我等の生涯の最良の年』は、1946年に製作され、戦争に赴き故郷に帰って来た3人の米軍兵士たちの姿を通して戦争の負の部分を描き出したヒューマンドラマです。テレサ・ライトも出演しています。
 ある者は手を失って金属製の義手になり恋人との再会をためらいます。戦争の英雄だったある者は、妻に逃げられ、PTSDに悩み、満足な職に就けません。ある者は勤務先の銀行で規則を無視して復員兵に優遇してしまいます。
 第二次大戦の戦勝に酔っていたはずのアメリカでこのような映画が作られ、『ミニヴァー夫人』を上回るアカデミー賞9部門が授けられます。当時のアメリカ映画産業が社会を動かす良心をリードしようとしていたことを強く感じます。日本ではこちらの方が『ミニヴァー夫人』より早く1948年に公開されました。こういう映画をいち早く占領下に公開したというところにも、民主主義アメリカの意識の高さを日本人に誇示しようとする意図が見えると言えましょうか。

 主演のグリア・ガースンはやはり戦争を背景とした『心の旅路』(1942年/監督:マーヴィン・ルロイ)や、ウォルター・ピジョンと3度目となる夫婦役を演じた『キュリー夫人』(1943年/監督:同)などにも主演し、この頃まさに黄金期。
 余談ですが、1904年生まれのグリア・ガースンと息子のヴィン役のリチャード・ネイ(1916年生まれ)は、この映画の後、1943年に結婚しています。どちらが先に熱を上げたのでしょうか? 1947年には離婚しています。

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