19世紀末のロンドンでしのぎを削る二人の男性マジシャン。相手の過失で妻を亡くした男は驚くべき行動に出る。
製作:2006年
製作国:アメリカ
日本公開:2007年
監督:クリストファー・ノーラン
出演:ヒュー・ジャックマン、クリスチャン・ベール、マイケル・ケイン、
スカーレット・ヨハンソン、デヴィッド・ボウイ、他
レイティング:一般
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆☆(脇役級)
実験に使われる猫
名前:コペルニクス
色柄:黒
その他の猫:実験に使われた猫とそっくりな黒猫
◆二度見よう
2024年に日本公開された『オッペンハイマー』(製作:2023年)のクリストファー・ノーラン監督によるサスペンス。二人の若い男性マジシャンがプレステージ(偉業、名声)を巡って激しい競争を展開します。
ストーリーは時間や空間を自在に飛び越え、過去も現在も切れ目なく進むので、流れをつかむのが少々困難。昔の映画館は一度入れば閉館までずっといられたので、わからなければ居残って見直すことができたのですが、いまのように一回毎に入れ替わりだと、あれはどういうことだったんだ、とくすぶったまま帰らざるを得ません。猫美人は映画館で着席し、無事たどり着いた安心感で一本まるまる寝てしまい、昔はよかったなあと涙目で帰ったことも・・・。
『プレステージ』については、初めてのときは下準備として粗く大筋を掴む覚悟で二度以上見ると、ラストの二重のどんでん返しの面白さが芯から楽しめます。
ヒュー・ジャックマンとクリスチャン・ベールがライバルのマジシャンを演じ、ノーラン監督作品ではおなじみのマイケル・ケインなどのほか、スカーレット・ヨハンソン、天才科学者ニコラ・テスラ役で2016年に亡くなったロックミュージシャンのデヴィッド・ボウイなどが出演しています。
◆あらすじ
1897年のロンドン。若きマジシャン、アンジャー(ヒュー・ジャックマン)とボーデン(クリスチャン・ベール)はライバル。他のマジシャンの舞台で、観客のふりをしてマジックを手助けするサクラを務めたりもする駆け出しだった。
ある日、アンジャーの妻でマジックの助手のジュリア(パイパー・ペラーボ)は、縄で手を縛られた状態で水槽に沈められて脱出するイリュージョンで、サクラを務めたボーデンの縛り方がまずく、水死してしまう。ボーデンはどんなふうに縛ったか覚えていないと言う。妻の死で恨みを抱いたアンジャーは、別の小屋で「銃弾つかみ」のマジックをやっていたボーデンを客のふりをして撃ち、指の一部を失わせる。
手を使えなくなったボーデンは、舞台で消えた瞬間別の場所から現れる「人間瞬間移動」を演じて大人気となる。アンジャーは同じマジックを自分にそっくりな役者の男を替え玉に使って披露し、ボーデン以上の人気を得る。アンジャーは、自分のマジックは床の穴に自分が落ち、その瞬間に替え玉が別の場所から姿を現すというものだが、ボーデンは替え玉なしの未知の技術を使っているはずだと、愛人で助手のオリビア(スカーレット・ヨハンソン)にスパイさせる。
それからしばらくしてボーデンは舞台上で電流の放電を伴う瞬間移動を披露し、アンジャーの人気を追い抜く。アンジャーはオリビアが盗んだボーデンの日誌をもとにアメリカまで天才発明家ニコラ・テスラ(デヴィッド・ボウイ)を訪ね、電気を使った瞬間移動の機械を作るよう依頼する。アンジャーはテスラから大型の装置を受け取る。
イギリスに帰ったアンジャーは、ボーデン以上に派手な放電を伴う瞬間移動を演じ、大喝采を浴びる。度肝を抜かれたボーデンはアンジャーが床の穴に落ちることまでを見抜き、その先の秘密を探ろうと舞台の下まで行く。
そこにはあの水槽が置いてあった。アンジャーは水に落ち、ボーデンの目の前で溺死する。ボーデンは水槽をそこに置いた容疑で逮捕され、死刑の判決を受けてしまう・・・。
◆電送ネコ
この映画の猫についてお話しする前に、まずニコラ・テスラのお話を。
この映画はフィクションですが、ニコラ・テスラは実在の天才科学者。『エジソンズ・ゲーム』(2019年/監督:アルフォンソ・ゴメス=レホン)や『テスラ エジソンが恐れた天才』(2020年/監督:マイケル・アルメレイダ)に登場するテスラをご覧になった方もいらっしゃるでしょう。エジソンが進めようとする直流による送電方式と、より遠くへ電気を届けられるテスラが発明した交流とで、19世紀末アメリカで電流戦争と呼ばれる競争が展開され、テスラに軍配が上がります。
いまこうして電気の恩恵を当たり前のように受けられるのはテスラのお陰なのですが、金儲け第一だったエジソンが日本では偉人として有名な一方、テスラはいわゆるトンデモ発明と言われるような超科学方面に進んでしまったのです。地球に電気を通し送電させる世界システムとか、人工地震だとか、実現不可能な技術を構想し続け、出資者も去り、孤独と貧困のうちに第二次大戦中の1943年に86歳で亡くなります。
この映画で、アンジャーはイギリスからアメリカのコロラド・スプリングスまでテスラを訪ねます。ライバルのボーデンが舞台で演じている人間瞬間移動は、本当に人間が電気の力で空間を移動しているのだと思い、自分にも同じ機械を作ってくれと、天才の名をほしいままにしていたテスラに巨額の金を積んで頼みに行くのです。この頃、電気はあらゆる不可能を可能にする夢のエネルギーだと思われていたのでしょう。実際、テスラは1899年にコロラド・スプリングスに研究所を作っていて、この映画はその史実を巧みにストーリーに取り入れています。
映画では、テスラはアンジャーから瞬間移動装置の開発のために受け取ったお金を、自分の研究のために使ってしまいます。そしてテストと称して激しい放電を起こす装置をアンジャーの目の前で起動させます。
ここでやっと猫登場。助手の男のペットの黒猫のコペルニクスが鎖でつながれ、その装置から出る放電の火花を浴びるのです。けれども猫はそこから1ミリも動かず。がっかりしたアンジャーは、帰り道で実験台の猫とそっくりの猫の2匹が唸り合っているのを目にします。さらにその周囲には、アンジャーが瞬間移動の実験用にテスラに託したのと同じシルクハットがたくさん転がっています。アンジャーに呼ばれたテスラと助手はおびただしい数の帽子を見て、まさかここに同じものが・・・と予想外の結果であることを口にします。アンジャーが頼んだのは、コピーを生む機械ではなくて、テレポーテーションの機械だったはずですが・・・。
テスラはアンジャーに謎の大きな装置を渡します。
一匹目の猫が登場するのは84分を過ぎた頃、二匹がそろうのが85分30秒頃です。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
◆タネと仕掛け
マジックに取り憑かれた二人の男、ヒュー・ジャックマン演じるアンジャーの舞台上のニックネームは、亡き妻が命名した「偉大なダントン」、クリスチャン・ベールのボーデンは「教授」。二人が目指していたものがこんな芸名から垣間見えます。人々の賞賛を得たい、人々から尊敬されたい、自分自身をビッグに見せたい、という願望。似たようなマジックを演じても、より自分がライバルの上を行かねばならない、という自負心。
マジックの演出がうまいのはアンジャー。ボーデンが始めた人間瞬間移動を、より洗練しショーアップして人気を集めます。一方のボーデンは、マジックのテクニカルな追求に余念がありません。舞台をきっかけに知り合った妻を時には冷たくあしらってマジックに心血を注ぐ、仕事の鬼の側面を見せます。
一方のアンジャーをつき動かすのは人々の賞賛を浴びたいという欲求。ボーデンからアイデアを盗んだ瞬間移動で人気を得ても、舞台上で喝采を浴びるのは自分の替え玉の飲んだくれの役者、おまけに替え玉は職業柄観客の心をつかむのがうまく、舞台を乗っ取られそうな勢いです。床下の穴に転がって、替え玉への拍手喝采を聞く日々。何とかして主役である自分があの喝采を浴びたい、憎いボーデンを上回るマジシャンになりたい、奴の瞬間移動の秘密を知りたい、その思いからオリビアが盗んだボーデンの日誌をむさぼり読みます。
アンジャーとボーデンがまだ一緒にサクラを演じていた頃から二人のそばにいた、マジックの仕掛けを専門に作る技術者のカッター(マイケル・ケイン)は、マジックには必ずタネがある、ボーデンの瞬間移動も替え玉だ、とアンジャーに忠告しますが、アンジャーはテスラに会いにアメリカに渡ってしまいます。
◆プレッジ・ターン・プレステージ
猫に放電の火花を浴びせたり、舞台で放電を見せたりと、そんなことをして本当に大丈夫なのかと思いますが、高周波の電流は神経には感じにくいというのと、体の表面を伝って逃げていくのとで、その原理を熟知していたテスラは、体で電気をつけたり火花の飛び散る放電を見せるなどの派手なパフォーマンスを行っていたのだとか。
電流戦争で、エジソンはテスラの交流は高電圧のため直流より危険だというネガティブキャンペーンを展開し、交流を使って動物を死なせる実験を公開したり、死刑に交流を用いた電気椅子を導入することを提唱したりしていたそうです。テスラが演じた派手なパフォーマンスは、それに対抗し、交流が安全だと示すアピールだったのです(注)。
アンジャーはイギリスに戻ってアメリカから届いたテスラの謎の装置を使い、目くらましの強烈な放電を取り込んでよりスリリングになった「瞬間移動」のショーを再開します。そしてそれは、自分があれほど望んだ自分自身が拍手喝采を浴びるということと、ボーデンの上を行くという夢を実現させるのです。
ここからがこの映画の最も面白いラストにつながっていくのですが、タネ明かしをしては台無しになりますからここで口をつぐみましょう。ただ、プレステージを求める二人のマジシャンの競争を描いた映画ではありますが、競争の空しさを訴えるヒューマンドラマではなく、最終的には復讐劇であるということだけお伝えさせていただきます。
マジックのタネの装置を作るカッターの言うように、マジックとは「確認(プレッジ)」=タネも仕掛けもない何でもない物を観客に確認させる、2番目に「展開(ターン)」=何でもない物で驚くことをしてみせる、そして3番目に「偉業(プレステージ)」=名声、マジックにまんまと引っかけられたことに対する観客の賞賛。
この映画も、まさにそれと同じステップを踏んで観客を驚きのラストに導いていくのです。
(注)ニコラ・テスラとエジソンについては以下を参考にしました。
『よみがえるニコラ・テスラの亡霊 超科学兵器は実在?』NHKBS「ダークサイドミステリー」2022年6月16日放送
映画『テスラ エジソンが恐れた天才』(2020年/監督:マイケル・アルメレイダ)
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