この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

たそがれ酒場

明日を夢見る歌手、裸を売り物にするようになったダンサー、さまざまな人生を背負った人々が集う「たそがれ酒場」

 

  製作:1955年
  製作国:日本
  日本公開:1955年
  監督:内田吐夢
  出演:小杉勇津島恵子、小野比呂志、宮原卓也野添ひとみ、有馬是馬、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    客が酒場に抱いて来る猫
  名前:不明
  色柄:黒


◆酒場群像記

 東京の大衆酒場を舞台に、そこに集まる人々の様々な人生が交差する群像劇。タイトルこそ『たそがれ酒場』ですが、実は店名は出てきません。場所はすべてこの酒場の店内。誰かを主人公としてストーリーが進むのではなく、ここで働く人や訪れる客の小さなエピソードを集めて全体が編まれています。
 このような形の映画は「グランド・ホテル形式」と呼ばれています。『グランド・ホテル』(監督:エドモンド・グールディング)は、1932年のアメリカ映画。ベルリンの豪華ホテルを舞台に、複数の客たちの人生模様を描いています。主演には、グレタ・ガルボジョーン・クロフォード、ライオネル・バリモアなど、当時それぞれが1本の映画の主役を張れる人気俳優を集めていて、それぞれの力配分が均等になるよう、こういうスタイルになったのだと思います。
 『たそがれ酒場』は、そんな華やかな大スターは出ていない地味な映画。灘千造の初脚本ということで素人臭さも感じられますが、厳しい生活の中で助け合いながら生きていた当時の大衆の哀感が伝わってきます。なにより感じるのは、音楽や映画が人々の心を慰め、奮い立たせようとしていた時代だったということ。
 真面目な役が多く『七人の侍』(1954年/監督:黒澤明)で村娘の志乃を演じた津島恵子が、ストリップダンサーとして披露するダンスも見ものです。

◆あらすじ

 昭和30年頃、東京のとある酒場。7、80人くらい入れそうなホールの上方にはピアノを据えた中二階の舞台があり、開店前に店のピアニストの江藤(小野比呂志)と、若い専属歌手の健一(宮原卓也)が歌曲をレッスンしている。健一は声楽家に憧れて江藤の指導を受けていた。江藤は何十年も前に歌劇団を主宰していたが、そこから離反した男について行ってしまった妻を刺し、その傷がもとで妻を亡くし服役していた過去がある。
 元画家で今はパチプロの梅田(小杉勇)が健一の歌に聞きほれていると、従業員の女性たちが開店準備を始める。
 店が開き、軍歌を歌う者、左翼系の歌を合唱するグループ、お客が飛び入り参加できるのど自慢など、広い店内に熱気が満ちあふれる。ホール係のユキ(野添ひとみ)を、愚連隊の森本(丹波哲郎)とユキが愛する鱒見(ますみ/宇津井健)が取り合っていたが、鱒見が勝ち、ユキと大阪に高飛びするためあとで東京駅に来るようにと梅田に伝言を頼む。
 店の目玉はダンサー、エミ・ローザ(津島恵子)のストリップショウだった。出勤してきたエミは健一にプロを目指すよう励まし、舞踊家を夢見ながら裸を売り物にするようになってしまった自分を卑下する。
 エミのショウの前、健一が客のリクエストで歌劇「カルメン」の「闘牛士の歌」を歌うと、偶然客席にいた新日本歌劇団の主宰・中小路(高田稔)が健一の素質に気づき、団に加わって明日からの演奏旅行に同行しないかと誘う。健一が江藤に行ってもよいかと聞くと、江藤はかたくなに許そうとしない。
 ショウの時間になり、エミが踊り出すと、客席から小刀を持った男がエミに切りかかる。二人は以前別れたものの、男がエミを追いかけていたのだ。警察の事情聴取に向かうエミは、健一にチャンスを逃がすなと言い、梅田も、中小路が来ているのを見て健一の将来のため自分があの歌を歌うよう仕向けたのだと江藤を説得する。
 ユキのもとには母が病気で寝ていると知らせがあった。愛する鱒見と大阪に行くか母親のもとに行くかの選択に迷ったユキは、大阪に向かう道を選んだが・・・。

◆ペット同伴

 幅広い客層が集まるこの酒場、壁に貼ってあるお品書きには、焼き鳥10円、かき酢50円、天丼70円と、当時の相場がしのばれます。気になるメニューは鯨みそ30円。昭和40年代前半ごろまで、日本人は栄養源の多くをクジラに頼っていたものでした。
 猫は最初の方に登場する年配の男と女の客の、女の方に抱かれて登場します。着物にかっぽう着を付けている女、混み始めた店内で急に「くどいわね!」と大声を張り上げます。男はこの女を二号として囲っていて、男が月々のお手当てを払わないので女が怒っているのです。店中の注目を集める中、女は黒猫を胸に抱いて、男を置き去りに足早に店を出て行ってしまいます。慌てて追いかける男に店員が「お勘定」と伝票を突き付けるのはお決まりの流れ。
 飲食店に動物を連れて入れるかどうかは、現在は各自治体の保健所が基準を定めているようですが、この当時はどうだったのか。店内にものの数分しかいなかったこの猫のほかに、この酒場には一匹の子犬が常駐しています。
 犬がいる場所は主に中二階の舞台。ピアニストの江藤のお供としてずっとそばを離れません。全身黒っぽく耳が折れていて、足先や口元、しっぽの先が白く、特に右前肢は肩から先が白くてゴマをふりかけたように黒い毛がポチポチ。雑種らしい素朴さがなんともかわいらしい。
 妻を刺すという罪を犯し、今の姓も偽名だという寂しげな江藤になつく姿にほろりとさせられますが、映画はこの犬に特に焦点を当てることなく、酒場の人間模様だけを追って進みます。
 子犬は全編通して登場しますが、ラストに近づくにつれ出番が増えてきます。二号さんの猫は14分27秒頃から10数秒、16分37秒頃から20秒ほどの二度登場。いずれもロングショットで、残念ながら犬ほど存在感はありません。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆歌の翼に

 映画の題字は文学者・武者小路実篤によるもの。
 開店前の酒場に、シューベルトの「菩提樹」のピアノ前奏が流れるところから映画は始まります。レッスン中の健一の歌声が響くと、店の出入口の階段を常連の長老格で面倒見のよい梅田がゆっくり昇ってきます。パチプロの梅田は景品のタバコを酒場で買い取ってもらうために納品に来たのです。
 この店では健一以外の従業員も歌をサービスするらしく、健一のアコーディオンでホール係のユキがレッスンを始めます。曲はフォスターの「夢見る君(「夢見る人」「夢路より」とも)」。
 映画に登場する音楽は、オペラのアリアから浪曲、流行歌、民謡、チンドン屋の演奏など全部で23曲。さながら歌謡映画といった趣すらありますが、健一が「闘牛士の歌」を歌っているとピアノ伴奏がいつの間にかオーケストラになっているという場面をのぞいて、歌謡映画やミュージカル映画のような特別な演出はありません。
 ピアニストの江藤の小野比呂志と、歌手の健一の宮原卓也は、本物の音楽家声楽家だそうで、映画出演はこれだけのようです。

◆歌声酒場

 たそがれ酒場はお客参加型。健一の「闘牛士の歌」に合わせて梅田と常連客の小判鮫(多々良純)が闘牛士と牛に扮して踊りを披露。東野英治郎加東大介の元軍隊組は、「勇壮活発な曲をかけろ!」と戦時歌謡の「ああ あの顔で あの声で」の歌詞で始まる「暁に祈る」のレコードをかけさせます。かと思えば、彼らの隣に座っていた教師と学生のグループが、持参した「若者よ」のレコードをかけさせて、スクラムを組んで歌い始めます。 
 日本の現状はなっとらん、と戦前の価値観に固執する軍隊組と、自由と革新を求める若者、その背後に傷痍軍人がいたり、前年の1954年に設立された自衛隊自衛官と思われる客が来たり、表通りを軍歌の「歩兵の本領」を歌って歩く集団があるかと思えば、労働組合がワッショイワッショイとデモで通り過ぎるなど、この頃は戦前日本と戦後日本が無秩序に混ざり合う時期だったことを物語っています。
 「若者よ」は、日本共産党の青年運動に携わり、「うたごえ運動」を提唱したぬやま・ひろし氏の詩をもとにした「若者よ 体を鍛えておけ」の歌詞で始まる応援歌風の歌。私が実際にメロディーをつけて歌われるのを聞いたのは、この映画が初めてです。
 「うたごえ運動」とともに、大衆の間では客全員で歌う歌声喫茶が昭和30年代に流行し、当時の映画にもよく登場します(注)。私が幼稚園や小学校に入ったとき、手のひらサイズの歌集が全員に配られましたが、それには子ども向けの歌と大人向けの歌が収められていて、この「若者よ」やロシアの歌があったことを覚えています。いまにして思えばそれらの歌集は、うたごえ運動や歌声喫茶を源流として配られるようになったのかもしれません。

◆エミ・ローザ

 さて、津島恵子がストリップを踊るというので、まさかと思われた方もいらっしゃるでしょう。津島恵子は、モダンダンスの宮操子(みや みさこ)に師事し、松竹の大船撮影所で舞踊教師をしていたときに吉村公三郎監督に見いだされ、映画の道に入ったということなので、もともと舞踊畑の人だったのですね。私もダンスを学んでいたことがありますが、宮操子は夫の江口隆哉とともに戦前から日本の現代舞踊界を牽引した偉大な先駆的舞踊家です。
 津島恵子のエミ・ローザの伴奏を務めるのはピアニストの江藤、曲はチャイコフスキーの「悲愴」。ここからもわかるように、その踊りは煽情的と言うより芸術的。目に仮面をつけ、バラの花をくわえ、少しおなかの見える上着に、前が割れるロングスカート、その下にはきらきら光るスパンコールの下着に生足、といういでたち。カラーだったらもう少し生々しかったかもしれません。振付は津島恵子自身が考えたそうで、即興的な部分もあったのではないでしょうか。
 人前で踊っているとその世界に没入してしまうので、見ている方より当人は恥ずかしくありません。けれども、この日のショウの前、照明係を務める健一は「君の裸にスポット当てるのが辛いんだ」とエミに告げ、エミはハッとします。健一がこんな酒場にいるのも、エミと一緒にいたいという気持ちが少なからずあるからかもしれません。

◆旅路の果て

 表面的な風俗スケッチに終わってしまいそうなこの映画に、ベテラン俳優たちの年輪を重ねた姿が渋みを与えています。
 二枚目俳優として活躍した高田稔の演じた歌劇団主宰者・中小路は年がいってもなかなかの美男子。健一が中小路の団に加わるのを江藤が許そうとしない理由は、もうおわかりですね。江藤の妻がついて行った男とは・・・。
 梅田が偶然再会した、軍隊で一緒だった新聞記者はテレビの『ウルトラQ』で博士役を演じた江川宇礼雄(うれお)。ドイツ系で小津安二郎監督作品にも何本か出演し、高田稔とも共演しています。この記者との会話の中で、梅田が戦後、絵筆を折った理由が明かされます。
 店のマネジャー役の有馬是馬(ありまこれま)は、戦前戦後を通じて舞台芸人として活躍したそう。古いバーやキャバレーにこんな人が本当にいそうです。目立たない隅っこの方でも手を抜かずに芝居をしていて、舞台の人だという匂いが伝わってきます。
 クレジットなしですが、おっとりした老女役でテレビでよく見かけた鈴木光枝は、コメディ・リリーフのタバコ売り。彼女が代表を務めた劇団文化座がこの映画に参加しているので、エキストラはその団員たちでしょう。
 梅田を演じた小杉勇は、サイレント時代から内田吐夢監督作品の常連。『生ける人形』(1929年/現存せず)『限りなき前進』(1937年/江川宇礼雄も出演)『土』(1939年)などの名作に主演し、骨太な民衆臭さが持ち味。後年は監督業が中心だったそうですが、『たそがれ酒場』の直後に監督・主演を務めた『地獄の波止場』(1956年)は製鉄所を舞台とした見ごたえたっぷりのアクションもの。この映画で共演の安部徹が子犬を連れているのは『たそがれ酒場』がヒントになったのでしょうか。

 内田吐夢監督は戦中に満州に渡り、1954年の帰国後第一作は時代劇の傑作『血槍富士』(1955年)。『宮本武蔵』五部作(1961~1965年)やサスペンスの『飢餓海峡』(1964年)などで人間の激情や抵抗を描く中、『たそがれ酒場』は異色です。戦後第二作目、監督の中でも今までとこれからが混ざり合い、模索していた時期だったのかもしれません。

 

(注)このブログで取り上げた『巨人と玩具』(1958年/監督:増村保造)には歌声喫茶が出てきます。
※ 津島恵子についての記述はWikipediaを参考にしました。

◆関連する過去作品

eigatoneko.com

 

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