映像と言葉が紡ぎ出す独自の世界。
監督のクリス・マルケルが世界を旅して記憶を編んだ映像詩。
製作:1982年
製作国:フランス
日本公開:1986年(日本語版)
監督:クリス・マルケル
出演:特定の出演者なし
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆(ほんのチョイ役)
東京、ギニアビサウ、アイスランドの猫
名前:不明
色柄:茶白、白、黒、サバ白、黒白の足袋猫
◆時をかける
このブログで以前ご紹介した哲学的な短編SF映画『ラ・ジュテ』(1958年)のクリス・マルケル監督のドキュメンタリー・フィルム。イギリスのSight and Sound誌の評論家などが選ぶ2022年版「史上最高の映画ベスト100」では、『ラ・ジュテ』の67位に対し、『サン・ソレイユ』が59位と上位に位置しています。一方、同年度同誌の「映画監督が選んだベスト100」ではそれが逆転し、『ラ・ジュテ』が35位、『サン・ソレイユ』が72位。評価を分けたポイントがどこかはわかりませんが、『サン・ソレイユ』には素描的な趣きがあり、それをどう捉えるかで見方が分かれるような気もします。
クリス・マルケルは本業は何かと言うことが難しいほど、エッセイや批評などの執筆、コンピュータを自ら駆使したメディアアート、2007年には86歳でYouTubeにおける動画配信など、映画のみならず現代文化の最先端を走った芸術家でした。2012年7月に91歳で没。
『サン・ソレイユ』は、世界を旅したクリス・マルケルが1980年代初めに日本を訪れた記録がメインとなっています。今回これを選んだのは、彼の広大な知の深淵に分け入ろうなどというおそれ知らずの動機からではなく、彼の視線が捉えた過去の日本、今の日本を訪れる外国人の目の中の日本、映像と記憶などについて、思いつくまま話してみたいと思ったからです。
なお、開始から62分ほど、上野動物園での動物慰霊祭の映像の後で、キリンが生息地でむごたらしく殺される映像がありますので、ご注意ください。
◆あらすじ
(ドキュメンタリー作品のためストーリーではありません)
映画は女性の声によるフランス語のナレーションから始まる。ナレーションは映像を映したカメラマンを「彼」と三人称で呼ぶ部分と、また、カメラマン自身の独白とを行き来する。独白の部分はカメラマンが書いた手紙の内容である。「彼」の手紙を女性が音読し、画面外からの彼女の声によって、「彼」がスクラップした「記憶」を手紙と彼の映像をつないで再生していく。映像には一部他者の撮影したものも含まれる。
冒頭、アイスランドの殺風景な町を歩く三人の少女たちの1965年の映像が映る。それは米軍の戦闘機の映像に切り替わる。そして「彼」は主な舞台である日本へと移動する。北海道から本州へのフェリー、そして唐突にフランスにいるエミューが映り、アフリカのビジャゴ諸島の若い女性の眼差しに移り、東京に戻る。かと思えばアフリカの桟橋に集まる人々の映像、カーニバルの映像、宇宙船・・・。
徳島の阿波踊り、千葉、銀座、どこかの墓地、渋谷、沖縄など、カメラマンは広い範囲に足跡を残し、また日本のテレビ番組やCM、竹の子族、先頃閉館した新宿アルタの大型ビジョン、人形供養、墨田区の成人式、モグラたたきなどの文化や流行にも関心の目を隠さない。
ひとつの事柄への関心がきっかけとなって彼の記憶が連鎖する。ギニア・カーボベルデの民族独立の歴史が浮かび上がり、また閉じる。ヒッチコックの映画『めまい』(1958年)を引用し、時空を超えて出現した死者であるかのようなヒロインを登場させる。そして冒頭に登場した三人の少女たちの映像が流れ、その町が何年か後火山の噴火によって灰に埋没した様を伝える。彼の友人の山猫ハヤオが電子機器で加工した特攻隊の映像が映る。ギニアビサウの少女のカメラ目線で記憶は閉じる。
エンドクレジットによると、手紙の主はサンドール・クラスナとある。これはクリス・マルケル自身なのか・・・。

◆招福猫児
映画が始まって4分ほど、「東京の近郊には猫のための寺がある」という手紙。「彼」が東京に来て映したのは無数の招き猫です。
有名な世田谷の豪徳寺の招き猫。『サン・ソレイユ』と言えば、右手の先の欠けた陶器の招き猫の写真で記憶している方がいらっしゃると思います。大小さまざまな招き猫像が居並ぶ映像は、荘厳で、少し陰気で、因縁めいても見えます。同質のものが反復する三十三間堂の千体観音像が聖を感じさせるとしたら、この猫の像たちは人間が託した俗世の煩悩を背負っているかのようです。
かねてから豪徳寺を訪ねたいと思いながらなかなか実行しなかったのは、『サン・ソレイユ』の招き猫の印象から、観光気分で出かけたら罰が当たりそうな気がしていたからです。昨年ようやく訪ねてみてそれがガラガラと崩れました。
境内は明るく、インバウンドの観光客であふれかえっています。招き猫も『サン・ソレイユ』の頃のような伝統的な和風の顔立ちではなく、若干キャラクター化した親しみやすい顔。観光客の納めた大小さまざまな猫の像の清々しい白のボディには、幸運を祈る各国の言葉が書き込まれています。お寺の受付には「Lucky Cat Sold Out」の貼り紙が。
映画の中では日本人の夫婦が、いなくなったトラという猫のために、招き猫が並ぶ棚の脇で菩薩像に卒塔婆を建てて祈っています。そのためなのか、クリス・マルケルはここを猫をまつる寺と解釈したようです。その祈りの場は、罰が当たるどころかいまやラッキーキャット(招福猫児)のパワースポット。スマホのシャッター音が鳴り響いています。
あとからあとからやって来る外国人観光客。クリス・マルケルが現在の光景を見たらどう思うだろう、と考えながら、わたしは豪徳寺を後に・・・。
豪徳寺には本物の猫は出てきませんが、東京都内の屋根の上の茶白、塀の上の白、車のタイヤの脇の黒、ギニアビサウのサバ白、海苔をたっぷり巻いたおにぎりのようなアイスランドの黒の白足袋猫と、クリス・マルケル監督は各所で見かけた猫の映像を挟んでいます。
『ベルリン・天使の詩』(1987年)や『PERFECT DAYS』(2023年)のドイツのヴィム・ヴェンダース監督は、クリス・マルケルを「猫好きの映画監督」と呼びます。ヴェンダースの映画『東京画』(1985年)は、小津安二郎監督を心から敬愛する彼が、小津映画の風景や人間がまだ残っているだろうかと1983年春の桜の咲く頃に東京を訪れた旅を記録したドキュメンタリーで、笠智衆や、撮影監督だった厚田雄春へのインタビューが含まれています。これにクリス・マルケルが登場します。
ヴェンダース監督は新宿ゴールデン街のバー「ジュテ」でクリス・マルケルに会い、写されるのが嫌いなマルケルが、手に持った猫の落書きがある紙の陰からほんの数秒のぞかせた顔の右半分だけを撮影しています。
ヴェンダース監督はこの数日後に『サン・ソレイユ』を見て「同じ外国人でも私にはとても撮れない映像で、東京をとらえた傑作だった」と『東京画』の中で語っています。『サン・ソレイユ』の完成後ですから、クリス・マルケルはその撮影のために東京にいたわけではありません。ヴェンダース監督が『サン・ソレイユ』をどこで見たのか。『東京画』には東京タワーの展望台を訪れたヴェルナー・ヘルツォーク監督も出ています。こんな巨匠たちが東京に同時に集結していたとは、何か映画関係の催しでもあったのでは。ご存知の方はご教授ください。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆独自の世界
いま繁華街であたりを見渡せば、日本国内在住や観光客らの外国ルーツの人々がかなりの人数目に入るはずですが、この映画の中では見当たりません。16ミリカメラを担いで撮影していた外人クリス・マルケルはかなり目立っていたことでしょう。
彼は60年代から何回も来日し、日本に関する作品を手掛けており(注)『サン・ソレイユ』は彼の日本初体験の記録ではありません。
冒頭のアイスランドの3人の少女の映像は幸福の映像であり、いつか映画の冒頭にこの映像を使おうと思っていたが、失敗してきたと語る「彼」。「サン・ソレイユ」とはムソルグスキーの6曲から成る歌曲集の題「日の光もなく」とのこと。歌詞は幸福とは正反対の、失った愛と死を思わせる陰鬱なものです。
かと言って、このドキュメンタリー(映像詩)が幸福と不幸をテーマにしているかというと、そうではなく、映像で掘り起こした記憶を連想に従って配置した印象風の作品と言えます。内容は時系列に沿ってはいません。映像とナレーションは調和し、独特のリズムを展開していますが、感覚的すぎて何が言いたいのかわからないと、好きになれない人もいるかもしれません。逆にそれこそが、クリス・マルケル監督にしか作りえない世界だと言えるでしょう。
◆平安から現代
「彼」はこの作品の中で、カトリックの総本山バチカンの聖なる文物が日本のデパートの展覧会で展示されている様を驚きを込めて伝える一方、日本のエロ・グロの文化をも奇異の目をもって伝えています。
ある一日、「彼」は朝から晩までテレビを見続けます。人が次々斬られる時代劇、血生臭い怪談、たまたま放映していたのか有料ビデオなのか、映画『怪猫有馬御殿』(1953年/監督:荒井良平)の入江たか子の生首が飛ぶ映像に残酷だと嘆息を発し、陰部さえ映っていなければ相当きわどい性的映像もOKのテレビ番組にあきれ、北海道の秘宝館を訪ねます。今はすたれましたが、かつては有名観光地のはずれによく見られたアダルト系の展示館。日本の聖なる信仰の対象・金精様(こんせいさま)をあけっぴろげに展示。
この「聖なる展示」の部分を、節操のない日本文化を批判していると受け止めるのは誤りです。クリス・マルケルは「彼」がこの映画の中で引用した、清少納言の『枕草子』の「心ときめきするもの」(第29段)のようなリストを映像とコメントで編もうとした、と考えられます。
「彼」は数寄屋橋交差点を定位置に街宣車の上で演説を行っていた右翼の赤尾敏(あかお びん)を映し出します。農民・学生が一体となった成田空港反対闘争はソ連の指示だと60年代に赤尾敏は訴えていた、と「彼」の手紙は語ります。かつて成田・三里塚で演説するさまを撮影したときと変わらぬ赤尾敏に、『ラ・ジュテ』に描いた時空を超えて現れる人・記憶の現実化を見たのかもしれません。
「彼」の口からは、渋谷のハチ公像にひっかけて、いつか数寄屋橋交差点に赤尾氏の銅像が建つかもしれないなどという、フランス流のエスプリを利かせたコメントも飛び出します。
◆映像と記憶
世界中でオーバーツーリズムの問題が大きくなっている理由のひとつには、スマホの普及があると思います。スマホは確実に外国旅行のハードルを下げました。多少の着替えを持って行けば、電話、道案内、翻訳、カメラ、お金の決済、SNS発信など、スマホ1台あればなんとかなりそうな時代です。成田空港に着くインバウンド観光客は、成田闘争で開港直前の空港の管制塔が占拠され、開港が延期になったことなど知る由もないでしょう。管制塔から書類と思われる白い紙がばらまかれ宙に舞うテレビの映像が、わたしの記憶に存在しています。
「彼」は写真・映像を撮るのは記憶を思い出すためだと語ります。「映像が僕の記憶」「何も撮らない人はどのように思い出すのか」とさえ言う「彼」。まさしくこの映画は、映像によって「彼」の記憶を掘り起こし、構成、モンタージュ、詩的なコメントを添えたものです。バラバラで難解なように感じますが、その中に一体性ある一人の人間=作者自身を、確かに感じることができます。
現在、人がスマホで写真を撮る目的には、SNSにアップするためというのも含まれるでしょう。自分の体験を不特定多数の誰かに伝えるため。ばらまかれた体験は、本人が忘れても地球の裏側の誰かが記憶するかもしれません。
この映画にクリス・マルケルが使った映像は、彼が撮りためたもののほんの一部だったはずです。今は彼の保有したフィルムを何倍も越える画像データがデジタル空間で蓄積されていることでしょう。今後ネットワーク上に増えていくデータ(世界中の人の記憶)のことを考えるとめまいがしてきます。
近い将来、「『サン・ソレイユ』風の映画を作れ」とAIに命令すれば、誰かに編集される可能性など考えずに素人がアップした旅行の写真や動画を元に『サン・ソレイユⅡ』ができてしまう日が来るかもしれません。作者自身がどこにも見当たらない作品が・・・。
クリス・マルケルがいま健在ならば、彼は何を駆使し何を発信しようとするでしょうか。
(注)クリス・マルケルは、1964年の東京オリンピックのドキュメンタリー映画を作るために初来日し、急遽村岡久美子という日本人女性を追ったドキュメンタリー『不思議なクミコ』(1965年)の作成に切り替えます。
1985年には『乱』(1985年)を撮影中の黒澤明のドキュメンタリー『A.K. ドキュメント黒澤明』を製作しています。
参考:『クリス・マルケル 遊動と闘争のシネアスト』港千尋監修/金子遊・東志保 編/森話社/2014年)
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