宝石大好きの女泥棒とその愛人が寄せ集めの窃盗団を結成。あっと驚く方法で王宮から宝剣を盗み出す。
コメディとサスペンスとちょっぴりお色気が合体した大人の娯楽映画。
製作:1964年
製作国:アメリカ
日本公開:1964年
監督:ジュールス・ダッシン
出演:メリナ・メルクーリ、ピーター・ユスティノフ、マクシミリアン・シェル、
ロバート・モーレイ、ギルス・セガール、他
レイティング:一般
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆(ほんのチョイ役)
トプカプ宮殿に住むノラ猫(?)
名前:不明
色柄:白黒or白キジ(ロングショットによりどちらとも言えず)
◆ダイヤモンドは永遠に
前回の『透明人間現わる』(1949年/監督:安達伸生)に引き続き今回も「盗み」の映画をご紹介します。万引き、置引き、自転車泥棒、スリなど、盗みと言ってもバリエーションは多種多様ですが、前回は強盗、今回はいわゆる泥棒(侵入盗)です。どちらも狙いは宝石。「アムールの涙」と呼ばれるダイヤの首飾りを狙った前回の映画に対し、今回は宝物館に展示中の短剣がターゲット。
宝石は泥棒映画の華。特にモノクロ映画の時代、キラキラと目に訴えるイミテーションの宝石は「映える」効果があったのでしょうね。情報網やセキュリティシステムが発達している現在では、現物を盗む犯罪はすぐ足がつき割に合わないのではと思いながらこれを書いていたら、ルーブル美術館で宝飾品の盗難が発生したというニュースが流れ、驚きました。どうやって盗み出したのか、その目的は何か? 漏れ聞こえてくる盗難の方法は、警備の手薄さを突き武器で脅したと、意外にアナログ。この事件を巡って新しくスリリングな21世紀の泥棒映画が生まれるかもしれません。
さて、この題名『トプカピ(Topkapi)』は、トルコのイスタンブールにある王宮・トプカプ宮殿のこと。現地の発音に似せようとしてこの題名になったようです。現地の発音ではTOP-ka-payだとのこと(注1)。短剣はここの宝物館のガラスケースに入った等身大のスルタンの人形の胸に飾られています。
政治家の家系に生まれ、1981年にはギリシャ文化大臣にもなったメリナ・メルクーリがセクシーな女泥棒を演じ、監督のジュールス・ダッシンと1966年に結婚、生涯を共にしています。
◆あらすじ
宝石に目がない女泥棒エリザベス・リップ(メリナ・メルクーリ)は、イスタンブールのトプカプ宮殿の宝物館に展示されている世界一大きなエメラルドとダイヤが付いた短剣を自分のものにしたくなった。
エリザベスは別れた愛人で泥棒仲間のウォルター(マクシミリアン・シェル)を犯行に誘う。ウォルターは、なじみの泥棒仲間は皆警察にマークされているので、素人を集めると言う。機械系の担当に発明家のセドリック(ロバート・モーレイ)、盗みを実行するフィジカル面担当に力持ちのハンスと軽業の得意なジュリオ(ギルス・セガール)を選ぶと、ギリシャの海岸の観光ガイド・シンプソン(ピーター・ユスティノフ)に、イスタンブールにいる友人に車を貸すので運転して届けてくれと声をかける。シンプソンはよいバイトとばかり気軽に引き受ける。
ところが、トルコ国境で車から盗みに使うための銃や発煙弾が見つかり、シンプソンはテロリストと疑われ捕まってしまう。シンプソンが潔白を主張すると、警察は車を貸したウォルターとエリザベスをテロリストと推理し、彼らをスパイして逐一情報を知らせろと、シンプソンを利用する。
シンプソンは、トルコ警察の尾行を受けながらイスタンブールまで車を運転して受取役のセドリックに会うが、そのまま運転手を務めることになり、ウォルターの別荘で窃盗団全員と合流する。シンプソンは彼らをテロリストだと思い込む。
窃盗団は少しでも重みがかかると作動する宝物館の床の警報装置を避けるため、屋上からジュリオを力持ちのハンスが支えてロープで逆さにおろし、宙づりのまま短剣を盗む計画だった。ところが盗みの前夜、ハンスが手にけがをしてしまう。代役としてシンプソンに白羽の矢が立ち、シンプソンはエリザベスが寝そべったソファをロープで引っ張れるかどうかテストされる。
テストに合格したシンプソンは彼らが泥棒だと知り、報酬に釣られてトルコ警察の情報員から窃盗団の一員へと寝返る。シンプソンから自分たちが警察にマークされていると聞いたウォルターは、トルコ相撲の競技場にみんなで繰り出し、警察の注意をかく乱させる。
ウォルター、シンプソン、ジュリオの3人が宮殿に忍び込み、屋根を伝って天井近くの窓からジュリオが逆さまに吊るされる。高所恐怖症のシンプソンは何度もヒヤリとするが、計画は静かに進行する…。

◆扉の前の瞬猫
イスタンブールをロケして撮影されたこの映画では、市街に乗用車がほとんど見当たらず、荷物を担いで運ぶ人の姿が目立ちます。今ではイスタンブールと言えばあちこちに猫がいることで有名ですが、この映画ではそんな様子は見られません。
そんな中、博物館の閉館時間に出入口が閉まる場面で、ちょうど扉の真正面のいい位置に座った1匹の猫が、扉がパタンと閉まる音の方を見るという、カメオ出演のような登場の仕方をします。
人間ならちょっとかしこまりそうな場所で、自然体で過ごす猫。たまたまここでくつろいでいたのでしょうか。いや、あまりにおあつらえ向きな場所にいるので、意図的に猫をここに置いたのか? まあ、猫にはどうでもいいことです。
『皮膚を売った男』(2020年/監督:カウテール・ベン・ハニア)のときに少し書きましたが、イスラム教では預言者ムハンマドが猫を愛していたという伝承などにより、猫を大切にする文化がはぐくまれたようです。そうした観点から見るとイスタンブールの牢獄を舞台にした『ミッドナイト・エクスプレス』(1978年/監督:アラン・パーカー)の牢屋の雑役係が猫を殺すエピソードなどは、おそろしく罪深い行為の表現だとみなすべきでしょう。
マイペースな猫ちゃんが出てくるのは82分33秒頃。11分35秒頃には機械方面担当のセドリックの電池で動く白猫の人形が、エリザベスの足元でご挨拶しています。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆魅惑の60年代
映画の始まりは、七色の光が躍る画面。やがてそれは遊園地のアトラクションの飾り付けに変わります。円盤状の飾りの、時計で言えば文字盤の数字の位置にあたるところに、女泥棒エリザベスの顔を映した小さい円が少しずつ変化しながら順番に映り、彼女のけたたましい笑い声が響きます。エリザベス役のメリナ・メルクーリへの愛をジュールス・ダッシン監督が臆面もなくほとばしらせ、はしゃいでいるのを手に取るように感じるお熱いオープニングです。
引き続き、しゃれた白のスーツに身を包んだエリザベスが宝物館に入り、お気に入りの宝剣を私のものにしてみせる、と画面から観客に語りかけ自己紹介。「私は泥棒なの」・・・。
おしゃれで小粋で大人だけの異世界にいざなわれる催眠術のような始まり方、知らないうちに引き込まれ・・・ちょっと色気のある大人の女性が話しかけてきて、ついフラフラ・・・。こんなくすぐったい演出は、いまの映画ではまず見られないのでは。
さらに、エリザベスがかつての愛人ウォルターに再会する場面も映画的サービス満点です。夜霧の舗道、ウォルターが男と二人連れで警官と何気ない会話をする。すれ違いざま向きを反転したウォルターが連れの男の背中に銃を突きつけているのが見える。男をタクシーに乗せ、車が去ると白いコートのエリザベスが現れる、というストーリー上特に意味はない演出。これがまたしゃれているのです。ただ視覚と雰囲気で観客を楽しませているだけ。これから始まるお話をお楽しみください、という前口上とも言えそうです。
そして本編終了後のエンドクレジットには、エリザベスが次なる財宝を求めて雪のモスクワのセットを窃盗団のメンバーを従え闊歩する映像が重なります。映画の製作にかかわった人たちの名前がダラダラと何分も続く現在と違い、昔の映画の終わり方には、バシッと「THE END」で終わったり、こういうおまけで楽しませてくれたりするものがありましたよね。
◆沈黙の行
シンプソンが窃盗団に巻き込まれて行く前半のコメディタッチから一転、盗みの場面は息詰まる本格サスペンス。
天井近くの窓から逆さづりになったジュリオが、スルタンの人形のガラスケースをはずし、胸に飾られた短剣をエリザベスの作った偽物とすり替えてケースを元に戻し、侵入した窓からロープで引き揚げられて脱出。この犯行の一部始終は約12分。その間、セリフもほとんどなく効果音もなし。
気付けばわたしも息を殺して身じろぎもせずDVD鑑賞。固唾(かたず)を呑んで見守るとはこういうことか!
フィルム・ノワールの監督として知られるジュールス・ダッシンは1955年の『男の争い』で、やはり宝石を盗む過程を30分無言のまま描写しているそうです。残念ながらこの映画は見たことがありません。
犯行の間エリザベスは前もって仲良くなっておいた警備員の部屋をセバスチャンと訪れ、ボードゲームに興じます。そのすきにセバスチャンは宝物館を照らすサーチライトの速度を調整。実行役3人へのこうした後方支援もばっちりで、無事宝剣を盗み出し完全犯罪は成功…のはずでしたが、誰も予測していなかった事態が起こります。『死刑台のエレベーター』(1957年/監督:ルイ・マル)のように、ロープを外壁に置き忘れたとか? それは見てのお楽しみ。
◆おいでイスタンブール
王宮の宝物を盗まれたり、警察がピリッとしなかったり、トルコの威信を傷つけるような内容にもかかわらず、ロケを許可したトルコには、かつての大帝国の懐の深さを感じます。映画をきっかけに観光客を呼び込むという意図もあったのかと思います。
100以上も部屋があるという王宮もさることながら、それ以上に圧巻なのは警察の注意をそらすために窃盗団のみんなが見物に行ったトルコ相撲(ヤールギュレシ)、別名オイルレスリング。ヤールとは油、ギュレシは相撲を意味し、トルコの国技なのだそうです。
映画の中に出てきますが、七分くらいの丈のズボンに上半身裸の男たちが、オリーブオイルを体中に浴びるように塗りたくって、1対1で戦うトーナメント戦。いや、まあ、ヌルヌルした男同士が組み合い、絡み合い、もう大変。オープンエアで、観客席に囲まれた中で戦いが行われています。トルコの子どもたちは家の中で真似をして部屋中ヌルヌルにしてしまい、親に叱られるという経験をしているのでは?
大人気の国技なので、競技場で窃盗団を見張るトルコの警察も試合の方に気を取られ、実行犯3人が抜け出したのに気づきません。一方、エリザベスは目をらんらんと輝かせて半裸の男たちの戦いを見つめます。彼女は好色な女性という設定。ウォルターとベッドで睦言を交わしながら、窃盗団のメンバーの中では誰がいいかという話になり、シンプソンには妙な魅力があるわ、まつげがきれい、などと話しています。警察の指示で彼らの会話を盗み聞きしていたシンプソンはドキドキ。
決して女性にもてるタイプではないそのシンプソンを演じたイギリスの名門出身のピーター・ユスティノフは、この映画でアカデミー助演男優賞を受賞しています。この映画のコメディ部分はほとんど彼が担っていますが、彼の出しゃばり過ぎない演技のおかげで、おかしさと緊迫のサスペンス部分とが違和感なくつながっています。
いかにも地中海風の美人・メリナ・メルクーリは、冒頭のアピールぶりに比べて目立つ活躍はありませんが、『日曜はダメよ』(1960年/監督:ジュールス・ダッシン)ではジュールス・ダッシンを相手役に気のいい娼婦を演じました。アカデミー賞歌曲賞を受賞した主題歌は彼女が歌ったもの。これも1960年代を知る者には思わずウキウキする懐かしの大ヒット曲です。もしかしたらこのとき舞台となったギリシャに観光客が押し寄せ、隣国トルコはうらやましかったのかもしれませんね。
ちなみにトルコでは、21世紀に入ってからもこの映画の宝剣を模した観光客向けのお土産が売られているのだそうです(注2)。
(注1、2)IMDbトリビアより。
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