愛に飢えた人妻テレーズはある日出会った男と恋に落ちる。二人がはずみで夫を死なせてしまったとき、彼女の口から出た言葉は・・・。
製作:1952年
製作国:フランス
日本公開:1954年
監督:マルセル・カルネ
出演:シモーヌ・シニョレ、ラフ・ヴァローネ、ジャック・デュビー、シルヴィー、
ローラン・ルザッフル、他
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆☆(脇役級)
主人公の家の飼い猫
名前:ポンポン
色柄:黒
◆悪魔のような彼女
今回と次回の2回にわたり、良い妻・悪い妻を描いた映画をご紹介します。今回は悪い妻。とは言っても彼女には同情すべき背景があるのですが。
文豪エミール・ゾラの小説『テレーズ・ラカン』を、巨匠マルセル・カルネ監督が映画化した『嘆きのテレーズ』。映画の原題は小説と同じで、1953年ヴェネツィア国際映画祭銀獅子賞を受賞、日本では1954年に公開され、この年度のキネマ旬報外国映画ベストワンに選ばれました。『ローマの休日』(1953年/監督:ウィリアム・ワイラー)や『恐怖の報酬』(1953年/監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)を振り切っての1位です。
不倫の恋とその果ての夫殺しを巡る物語ですが、無駄のないドラマ運びと個性的な俳優陣のリアルな演技で、凝集された映画らしさが堪能できる作品です。
人妻テレーズ役のシモーヌ・シニョレは、いわくつきの女の似合う人。飛び切りの美人とか、見るからに悪そうというわけではありませんが、何かを物語るような瞳の持ち主。心の奥底に石のように硬い部分を持っている、一筋縄ではいかない女というイメージです。『悪魔のような女』(1960年/監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)では、計画殺人を行う冷酷無比な女を演じています。
不倫の相手役・ロランのラフ・ヴァローネは、役どおりイタリア人。野性味のある男くささでフェロモンを感じさせるタイプ。前回ご紹介した『トプカピ』(1964年/監督:ジュールス・ダッシン)のメリナ・メルクーリと『死んでもいい』(1962年/監督:同)で夫婦役を演じています。先妻との間の息子(アンソニー・パーキンス)と妻が恋に陥るという現代のギリシャ悲劇だそうですが、わたしもこの映画はスチル写真でしか見たことがありません。
テレーズとロランの恋もまた悲劇。愛と罪の二重奏は、終盤、思いがけない展開を迎えます。
◆あらすじ
テレーズ・ラカン(シモーヌ・シニョレ)は、フランスのリヨンで服地を扱う店の主人である義母(シルヴィー)と、勤め人で体が弱い夫のカミーユ(ジャック・デュビー)と暮らしていた。義母は息子のカミーユを溺愛し、彼の看護や家事や店の仕事をテレーズに押し付けていた。テレーズは義母のいびりに耐え、夫への愛情も湧かず、味気ない日々を送っていた。
そんなある日、イタリア人のトラック運転手ロラン(ラフ・ヴァローネ)が、ぐでんぐでんに酔った夫を店に連れて来る。ロランと夫は仕事で口論となり、仲直りに酒を飲んで夫が酔いつぶれたという。それ以来夫はロランを親友と呼んで家に遊びに来させたりするが、初めて会ったときからロランとテレーズは惹かれ合っていた。二人はある日ついに結ばれる。
テレーズに夢中になったロランは夫のカミーユにテレーズと別れてほしいと切り出すが、怒ったカミーユはテレーズを連れて列車で旅に出てしまう。
テレーズを追って列車に乗り込んだロランがコンパートメントの中にいたテレーズを身振りで呼び出し、通路で話をしていると、居眠りしていたカミーユがやって来て二人を見て怒り出す。口論の末、ロランはカミーユを列車から突き落としてしまう。自首すると言うロランをテレーズは止め、転落事故を装って白を切ることにする。ロランは途中で降り、テレーズだけが列車に残る。
夫の遺体が発見され、テレーズは警察から尋問を受ける。義母は息子の死のショックで体が動かせず口もきけなくなる。ロランはたびたびテレーズに会おうとするが、警察の目を恐れてテレーズはロランを避け、別れを口にする。
事故か殺人か、テレーズの容疑を巡る裁判が世間の注目を集める中、一人の若い元水兵(ローラン・ルザッフル)が店を訪れる。元水兵はあの日列車でテレーズと夫と同じコンパートメントで眠っていた男だった。元水兵はそのとき乗務員にテレーズがした説明に嘘があるのに気づき、ゆすりにやって来たのだ。
テレーズはロランと久しぶりに会って、元水兵に多額の金を準備することにする。金を渡す日、元水兵は警察に密告しないという念書を二人の前で書かされ、金を手にするが…。

◆そこに猫がいた
サスペンスと言えば、重要なアクセントとなるのが黒猫。この映画はそのお手本となるような黒猫の使い方をしています。
黒猫の名前はポンポン。ロランが酔いつぶれた夫をおぶって店の2階の寝室に運んできたとき、夫のベッドでまどろんでいます。この初登場では、この家では猫を飼っていると示している程度です。
2度目の登場は、夫のカミーユが知り合いの老人の男たちを自宅に招いて毎木曜日に楽しむ競馬ゲームの日。テレーズが膝の上のポンポンをなでています。ロランもこの仲間に呼ばれるようになったのですが、母がカミーユをえこひいきしてズルを認めたりするので、ばかばかしい雰囲気です。次の木曜、いつもゲームに加わらず、義母の言いつけを聞くために待機しているテレーズが部屋を抜け出して窓から外を眺めていると、ロランがやってきます。テレーズを抱き寄せるロラン。映像はそこにいた猫のポンポンに切り替わり、ポンポンは上向き加減に目をじっと凝らしてしっぽを軽くパタパタさせています。その印象的な瞳には熱い二人の抱擁が映っているはず。
義母の目を盗んで二人は昼間密会するようになります。頭が痛いから寝ているとテレーズがうそをついて義母に店番を頼み、2階の寝室にいるとロランが忍んで来て、テレーズは部屋にいたポンポンをドアの外に出します。猫といえどもやっぱり情事を見られるのは恥ずかしい。追い出されたポンポンが店に通じる階段を下りて来たのを見て、義母は店に来ちゃダメとポンポンを抱いて2階に上がります。そしてテレーズの寝室のドアをノックすると勢いよく開け…。
ポンポン最高の見せ場はここ。何があったかは、よくあるパターンと言っておきましょう。ポンポンはここで大役を終え、あとは目立たぬ存在に戻ります。
初登場は11分2秒頃、12分55秒頃には競馬ゲームを見ているテレーズの膝の上。二人の抱擁を見つめるのが24分59秒頃、寝室から出され義母に連れ戻されるのが31分58秒頃。その後63分20秒頃にはテレーズのベッドに。91分47秒頃には体の動かなくなった義母の膝に抱かれています。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆虐げられた嫁
毎週日曜に決まって義母と夫と三人でするローヌ河畔の散歩。その日夫は風邪気味になり、義母はすぐに寝なさいと言って家に帰るなりテレーズに湯たんぽを用意させます。気が利かない、といつものように文句タラタラ。テレーズは両親が早く亡くなり、叔母である義母が彼女を引き取って、カミーユといとこ同士で一緒に育てたのです。タダで働く召使を手に入れるかのようにテレーズを息子と結婚させた義母。夫のカミーユはカミーユで、テレーズに対し愛情も感謝も表さず威張り散らすだけの、母にべったりのマザコン男。
そんな境遇のテレーズに荒々しい情熱を傾ける逞しい男ロラン。彼に引きずられるように忍び逢いを続けるテレーズ。そんなテレーズが自我を露わにするのが、ロランが列車から夫を突き落としたときです。
言い争いの末、もみ合いになるうちに夫が線路に消えていくと、テレーズは何かに目覚めたかのように、テレーズとロランの関係は誰も知らない、自分が何とかすると、青ざめるロランを逃がし、何食わぬ顔でコンパートメントに戻ります。
このとき彼女を突き動かしたのは、ここまできたら生きたいように生きるという思い。ロランへの愛や夫への憎悪以上に、自分を抑えて生きてきた彼女の魂が窮地で爆発したのです。
◆光る眼
夫の遺体が線路わきで見つかると、誰もロランのことは見ていないので、事故か殺人かの疑いはテレーズ一人にのしかかります。そんな中、テレーズは目や耳はしっかりしているが口がきけず体が不随になった義母に向かって、今までの恨みと怒りをまともに口にするようになります。食事の介助をしようとするテレーズを疑いの目でじっと見つめる義母。あなたが結婚させた日から悲劇が始まった、と叫ぶテレーズ。
義母を演じたシルヴィーは薄い色の瞳で、その目でにらみつけるとぞっとするほどの迫力があるのです。このシルヴィーは『巴里の空の下セーヌは流れる』(1951年/監督:ジュリアン・デュヴィヴィエ)で、お金がなくて猫のミルクを工面できず街をさまよう猫好きのおばあさんを演じています。このときは観客の同情を引く哀れなおばあさんでしたが…。
『嘆きのテレーズ』は登場人物の目の部分に薄くライトを当て、心の動きを浮き彫りにする効果を狙っています。シルヴィーに限らず主要な登場人物はみな目力のある俳優。ラフ・ヴァローネの奥まった目は、ロランの粗野で直情的な性格をよく表し、テレーズたちをゆする元水兵役のローラン・ルザッフルも、大きく美しい、だがずるがしこそうな目をしています。テレーズはそれを小鳥を狙う猫の目と形容します。
その元水兵の泊まる宿の従業員の若い女の子、マリア・ピア・カジリオもまん丸で黒い忘れられない目。『嘆きのテレーズ』と同じ1952年のヴィットリオ・デ・シーカ監督のイタリア映画『ウンベルトD』でデビューしたときも、アパートの家事使用人という似たような役で、演技を超えた強い印象を残しています。
元水兵はゆすりの金をテレーズの店に取りに行く前に、万一のことがあるかもしれないと、テレーズを密告する手紙を言われた時間に出すよう、内容は伏せて彼女に託します。それまでに自分が戻らないときは、このままお別れかもしれないと言うと、彼女はつぶらな瞳をきょとんとさせています。
◆悪事の行く末
元水兵のゆすりの目的は中古自転車屋の開業資金を得ること。元水兵は自分の行為を正当化するかのように、どれだけ自分が戦争で青春を犠牲にされてきたかをテレーズとロランに話します。こうして大金の入る種を掴んだのは不幸な生い立ちの自分に巡って来たチャンスだ、と主張する彼。
フランスは旧植民地の独立運動を巡り、第二次大戦以後もインドシナ戦争、アルジェリア戦争と、1960年代初めまで長く戦争状態が続きました。元水兵は第二次大戦中は日本軍と戦い、青春をずっと戦場で過ごしてきたのです。
『禁じられた遊び』(1952年/監督:ルネ・クレマン)も舞台は第二次大戦ですが、当時進行中の戦争に反対する姿勢から作られたものでしょう。また、この頃に作られたフランス映画には戦争の影響により心を病んだり、不本意な生活を送る若い男性の姿がときどき見られます。
普通なら警察にテレーズのうそを通報すべきはずの元水兵がゆすりという行動に出たのは、開業資金ほしさもありますが、警察や国家といった権力に貢献してもなんにもならないという教訓が長年の戦争によって沁みついてしまったからかもしれません。こんなチンピラまがいの元兵士なども当時のフランスでは珍しくなかったのではないかと思います。
ヌーヴェル・ヴァーグの陣営からはこてんぱんに批判されたマルセル・カルネやジュリアン・デュヴィヴィエなどの、1930年代から活躍していたフランス映画の巨匠たちですが、こうした作品を見ると、ドラマ性を盛り上げるきめ細やかで計算しつくされたテクニックにうならされることが多いものです。
それを痛感するのが最後の数分間。いつものようにラストはお話ししませんが、この映画では最後を知らずに見るということがいつも以上に重要と思います。
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