3人の子どもと夫に囲まれ、恵まれた暮らしの美しいミニヴァー夫人。やがて第二次大戦が始まり、穏やかな家庭に変化が訪れる。
製作:1941年
製作国:アメリカ
日本公開:1949年
監督:ウィリアム・ワイラー
出演:グリア・ガースン、ウォルター・ピジョン、テレサ・ライト、リチャード・ネイ、
ディム・メイ・ウィッティ、他
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆☆(脇役級)
主人公一家の猫
名前:ナポレオン
色柄:黒白
◆バラの名前
前回の予告通り、今回は良い妻、と言うより賢夫人(けんぷじん)と呼ぶべき女性を描いた映画です。
1941年に企画製作され、1942年6月にアメリカで公開された『ミニヴァー夫人』はいわゆる戦争プロパガンダ映画。
一度も外国からの本土攻撃を経験したことがなく、第二次大戦参戦にも難色を示していたアメリカで、『ミニヴァー夫人』は当時の世界情勢を背景に戦時下の市民のあり方を啓発的に描こうと企画されたものだと思います。けれども製作中の1941年12月に日本が米英に宣戦布告、ほぼ時を一にして米独間も開戦、よその国の出来事のはずだったこの映画は急に現実味を帯びます。
1942年6月に公開されると、翌1943年のアカデミー賞では、主演女優賞にグリア・ガースン、助演女優賞にテレサ・ライト、作品賞、監督賞、脚色賞、撮影賞の合計6部門を受賞、他俳優や他部門もノミネートされるなど、たいへんな反響を呼びました。
監督は『ローマの休日』(1953年)のウィリアム・ワイラー。1930年代から50年代にかけて数々の名作を生みだしたアメリカの名匠で、とても構成がうまく、この人の映画について何か言おうとすると、ストーリーをなぞるだけで十分といった感じすらします。
合わせて見たい同監督の映画として、第二次大戦後の『我等の生涯の最良の年』(1946年)についても最後に触れたいと思います。
◆あらすじ
1939年夏のイギリス。ロンドン郊外にあたるベルハムの中流家庭のミニヴァー夫人(グリア・ガースン)は、建築家の夫のクレム(ウォルター・ピジョン)と、大学に入学して寮生活を送る息子のヴィン(リチャード・ネイ)と幼い娘と息子に囲まれ、何不自由なく暮らしていた。ヨーロッパではナチスが台頭、戦時色が強まり始めていた。
ある日夫人が買い物に出た帰り、ベルハム駅に到着するとバラード駅長(ヘンリー・トラヴァース)から声を掛けられる。ベルハムでは領主のベルドン夫人(ディム・メイ・ウィッティ)が毎年花の品評会を開催しており、駅長は自分が育てたバラを出品する予定で、そのバラに「ミニヴァー夫人」と名付けていいか、と尋ねたのだ。ミニヴァー夫人はバラの花のように美しい人だった。
翌日、大学生のヴィンが帰省する。社会に目覚め世の矛盾を批判する言動をヴィンが繰り広げていると、ベルドン夫人の孫娘キャロル(テレサ・ライト)が訪ねて来て、ミニヴァー夫人に駅長のバラの出品をやめさせてほしいと言う。品評会では毎年ベルドン夫人のバラの優勝が暗黙の裡に決まっているため誰も出品しないが、「ミニヴァー夫人」を出品されると勝ち目がないため、祖母を落胆させたくないというわけだ。ヴィンは階級をかさに着たキャロルの言い分は間違っていると言うが、キャロルはヴィンは口だけで実践が伴っていないと切り返す。言い合いをきっかけに二人の間に恋が芽生える。
ドイツ軍がポーランドに侵攻、間もなくイギリスが参戦し、ヴィンも空軍のパイロットを志願、訓練後近くの航空隊に配属される。ヴィンはキャロルにプロポーズし、二人はベルドン夫人には内緒で婚約する。
深夜、夫のクレムが電話で起こされ、ドイツ軍に囲まれたイギリス兵救出のため、ボートでフランスの海岸ダンケルクに出発する。その夫の不在中、家の裏庭に先だって撃墜されたドイツ機のパイロットが倒れていた。気づいたドイツ兵は夫人を脅して食べ物などを要求するが、再び気を失った隙に夫人は彼のピストルを取り上げ、警察に通報して事なきを得る。まもなく夫もヴィンも無事戻る。
そんなとき領主のベルドン夫人がやって来てキャロルとヴィンの結婚に反対するが、ミニヴァー夫人の説得により折れ、二人は新婚旅行に出発する。二人が戻るとミニヴァー家は爆撃で一部損壊、キャロルはヴィンの戦死を恐れ不安になる。
その日、花の品評会が催される。ベルドン夫人は自分の負けを認め、バラード駅長の「ミニヴァー夫人」が優勝する。だが、表彰式もそこそこに敵の大編隊が飛来する。ミニヴァー夫人は車の助手席にキャロルを乗せ、夜道を家に向かうが、気づくとキャロルが機銃掃射にやられ体が麻痺していた。家に着いてまもなく、キャロルは息を引き取ってしまう…。

◆イギリスのナポレオン
我々日本の庶民から見ればため息の出るような暮らしのミニヴァー家。中流家庭ということですが、広い庭の屋敷、メイドを雇い、別に料理人もいて、余裕たっぷりの暮らしぶりです。
そのミニヴァー家の猫の名はナポレオン。名前はたいそうですが、そのへんにいそうな黒白の雑種でいわゆるタキシードキャットのハチワレです。一番下の息子、幼稚園くらいのトビーがかわいがっています。
初めて登場するのは開始から11分13秒頃に夫のクレムが帰宅したとき。2階の階段から「ナポレオンが吐きそうだって」とトビーがナポレオンを抱いて駈け下りてきます。猫のゲボについて触れている映画は、今のところこれ以外思いつきません。
猫を飼っている人なら誰でも悩まされるこの問題。ごはんの器の高さを猫の首の高さに合わせるとか、おなかの中でほぐれやすいカリカリだとか、色々工夫されているようですが、これだという決定版はいまのところなさそうです。猫は宿命的にゲボする動物だと覚悟し、いざというときにそなえてあちこちにいらない紙などを置いておいて、猫がケポ、ケポ、という特有の前兆を示したときにそれで素早く受け止めるのが飼い主の心得でしょう。間違ってもトビーのように抱きあげてはいけません。
ミニヴァー家では庭に半地下の防空壕を作って空襲のときはそこに退避しています。ある夜の空襲では防空壕が激しく揺れ、壕の扉が開いたり閉じたりを始めます。トビーと寝ていたナポレオンも揺れに驚いて寝床から飛び出してしまい、それを最後に画面には登場しなくなってしまいます。パニックになってあの扉から逃げてしまったのではないかと心配していると、泣きじゃくるトビーを慰める「ナポレオンは無事よ」という夫人の声が。
防空壕のシーンが始まるのは92分16秒頃。初登場からそれまでの間、ナポレオンは、夫人が開けたドアの上から降って来たり、食卓を囲む椅子の上にいたり、おやつに鼻を伸ばしたり、毛づくろいしたりと、猫々しさを存分に発揮しています。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆贅沢は素敵だ
映画の始まり、ロンドン市内と思われる繁華街。上から雑踏をクレーンで撮影し、やがてその中から一人の女性が足早に歩いて来る姿をとらえると、彼女に向かって視点が下がり始めます。良い身なりのすらりと美しい女性。何か彼女には気がかりがあるらしく、バスに乗ってすぐ途中で降ろしてもらいます。
彼女こそミニヴァー夫人。向かったのは帽子店。気に入った帽子を買わずに帰ったものの、あきらめきれずに引き返してきたのです。戻ると売り場にその帽子はなく、売れてしまったのかとがっかりしていると、お店の人が奥からそれを出してきます。きっとまた戻ってくると思ってと、気を利かせて取り置いてくれていたのです。
誰でも買い物では似たような経験をしたことがあると思いますが、わざわざお店の人が取り置いてくれていたのは、上得意様だったからでしょうね。
かなり値が張る帽子で、夫人は夫が帰宅したときも帽子を買ったことを言い出しかねています。ところが、夫のクレムも高級車を即決で買ってきたところ。お互い自分たちのした贅沢を暴露し合いながら、本当に欲しいものをパッと買うのは楽しい、お金は人生を楽しむためにある、と自己正当化(ああ、こんなセリフ、言ってみたい)。
帽子以外にもたくさんの買い物を手に持ってミニヴァー夫人が列車に乗り込んだとき、いつも通っている教会の牧師が先にいて、後からベルドン夫人が乗ってきます。ベルドン夫人は世間話として、中産階級が身分不相応な買い物をしていると、ミニヴァー夫人ら世の女性に苦言を呈します。
◆市民と戦争
けれども、映画はミニヴァー夫妻の贅沢を批判することもなく、ヴィンとキャロルの恋やベルドン夫人の花の品評会など、戦時下でもいつもと変わらぬ市民生活が営まれている様を描きます。イギリスが参戦すると、ヴィンは空軍に志願し、一家のメイドは空軍婦人部隊に参加、夫はダンケルクに英仏軍兵士を救出に行くダイナモ作戦に命がけで臨み、ミニヴァー夫人は留守宅で負傷したドイツ兵と対峙するなど、市民がそれぞれの仕方で戦争に協力する姿勢が強調されます。
同じ市民を題材にした戦争プロパガンダ映画と言っても、先にこのブログで取り上げた『まごころ』(1939年/監督:成瀬巳喜男)のような、良い母親・悪い母親の見本を提示して、おしまいには悪い母親が夫からもボコボコに批判されて改心するなどといった、間違いを改めさせ正しい方向に導こうとするものとはずいぶん異なります。『ミニヴァー夫人』も、もちろん間接的には戦時下の市民のモラルを訴えてはいるのですが、圧のかけ方が日本のように上から押し付けるのではなく、下から自然にプッシュしているように思えます。
そんな中でも世界総ての観客の心を揺さぶったのではないかと思えるのは、ヴィンの乗った戦闘機がミニヴァー家の上空を飛ぶとき。ヴィンの空軍の友人が、自宅上空にさしかかるとわざとエンジンを吹かせて自分が上にいると家族に知らせているという話を夫人はヴィンから聞いていました。ある夜、ベッドに横たわる夫人の頭上を通過する戦闘機が変な音を立て始めます。「ヴィンだわ!」と夜空を見上げる夫人。もしかしたらこれが息子の生存する最後のしるしとなるかもしれません。日本だったら泣きが入りそうな場面です。けれどもミニヴァー夫人は勇ましく出撃する息子と気持ちを合わせるかのように、涙を浮かべることなく不屈の闘志を瞳に輝かせています。何があっても心を乱さない女性。これがアメリカでは求められたのかもしれません。
◆勝利の陰に
新婚わずか2週間で亡くなるキャロル、そしてバラを育てた駅長も同じ空襲で亡くなります。破壊された教会で亡くなった人々を悼み、牧師が説教をすると、穴の開いた屋根から英軍の戦闘機が編隊を組んで空を突き進んで行くのが見えます。この映画のプロパガンダ色が最も強く表れているのがこの牧師の説教と戦闘機の映像でしょう。眉を上げて敵と戦うぞ、という意識をいやでも鼓舞されるラストです。
エルガーの「威風堂々」が流れ、THE ENDの字幕の下部には「給料日には国防債と切手を購入しましょう」という呼びかけが表示されています。切手というのは、戦費調達のため通常郵便料金にプラスする切手が売られていたのではないかと思います。
同じウィリアム・ワイラー監督の『我等の生涯の最良の年』は、1946年に製作され、戦争に赴き故郷に帰って来た3人の米軍兵士たちの姿を通して戦争の負の部分を描き出したヒューマンドラマです。テレサ・ライトも出演しています。
ある者は手を失って金属製の義手になり恋人との再会をためらいます。戦争の英雄だったある者は、妻に逃げられ、PTSDに悩み、満足な職に就けません。ある者は勤務先の銀行で規則を無視して復員兵に優遇してしまいます。
第二次大戦の戦勝に酔っていたはずのアメリカでこのような映画が作られ、『ミニヴァー夫人』を上回るアカデミー賞9部門が授けられます。当時のアメリカ映画産業が社会を動かす良心をリードしようとしていたことを強く感じます。日本ではこちらの方が『ミニヴァー夫人』より早く1948年に公開されました。こういう映画をいち早く占領下に公開したというところにも、民主主義アメリカの意識の高さを日本人に誇示しようとする意図が見えると言えましょうか。
主演のグリア・ガースンはやはり戦争を背景とした『心の旅路』(1942年/監督:マーヴィン・ルロイ)や、ウォルター・ピジョンと3度目となる夫婦役を演じた『キュリー夫人』(1943年/監督:同)などにも主演し、この頃まさに黄金期。
余談ですが、1904年生まれのグリア・ガースンと息子のヴィン役のリチャード・ネイ(1916年生まれ)は、この映画の後、1943年に結婚しています。どちらが先に熱を上げたのでしょうか? 1947年には離婚しています。
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