この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

かもめ食堂

日本人女性がヘルシンキで開いた食堂は開店休業状態。そこへ日本かぶれの地元の青年、目的のない旅の日本女性などが集まって来て・・・。

 

  製作:2005年
  製作国:日本
  日本公開:2006年
  監督:荻上直子
  出演:小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ、ヤルッコ・ニエミ、他
  レイティング::一般

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    散歩する老人が抱いている猫
  名前:不明
  色柄:黒に少しの白


◆ruokala lokki

 昨2025年の秋、「かもめ食堂」の舞台となった店が閉店するというニュースをどこかでお聞きになりましたか? この映画を見たことがある方ならば、えっと思われたでしょうし、約20年前の作品であるこの映画の存在自体を知らなかった方もいるかと思います。
 わたくし、知らずにこの記事をこの時期に予定していたのですが、公開20周年を記念して4月10日から2週間限定で全国でリバイバル上映されるそうです。なるべくネタバレにならないよう気を付けていますが、気にされる方は映画を見てから残りの文章を読んでいただければと思います。そうでない人はこの記事を読むだけでなく、ぜひとも映画館に足を運んでください。映画館で見たくなるように書いたつもりです。
 このブログがきっかけで驚異的な観客動員・・・なんて、ないか。

 群ようこの原作に荻上直子の脚本・監督。実際にフィンランドのヘルシンキにあるレストランを借りてロケしました。ガラス張りの外観に、北欧風の木のぬくもりを感じさせる装飾を排したシンプルな内装。「コーヒーを飲みながら読書する私」を思い浮かべてみたくなる空間です。
 朝日新聞の連載記事「そよかぜ」2025年10月25日の森岡みづほ氏の記事によると、ロケに店を提供したレストラン「カハビラ・スオミ」に2004年夏、数人の日本人グループが訪れ、うち一人の女性が数ケ月後訪れて店の隅々を見渡し、翌2005年にここで映画を撮らせてもらえないかと打診があったとのこと。その女性が荻上監督だったそうです。
 同記事によれば、映画の公開後「カハビラ・スオミ」は日本人観光客でにぎわったそうですが、経営者の二人の体力の限界から2015年に閉店。その後を継いだ料理店は外観の面影を残していたそうですが、そこが2025年に閉店してしまったとのこと。

 はっきりと何かを求めない人々が、低いところに水が溜まるかのように「かもめ食堂」に自然に集まります。そこに流れる20年前のゆるりとした時間をあなたも楽しめるでしょうか。
 フィンランド語のruokalaは食堂、lokkiはかもめです。

◆あらすじ

 フィンランドのヘルシンキで日本人女性サチエ(小林聡美)が和食のかもめ食堂を開店した。誰も客が来なかったが、ある日ニャロメ(注)のイラストのTシャツを着たトンミ・ヒルトネン(ヤルッコ・ニエミ)という若い男性が最初の客として訪れる。日本かぶれのトンミは日本のTVアニメ「ガッチャマン」の主題歌の歌詞を教えてくれとサチエに頼むが、サチエは思い出せなかった。
 そんなある日、サチエは町で旅行客らしい日本人女性(片桐はいり)を見かける。「ガッチャマン」の歌詞を知らないかと聞くと、彼女はすらすらとノートに書いた。彼女の名はミドリ。予定のないミドリは閑古鳥が鳴くかもめ食堂を手伝うようになる。
 おにぎりメインの和食にこだわるサチエに、ミドリはフィンランド人が好む食材を使ったおにぎりを提案するが、ミスマッチに終わる。ところがそれをきっかけにサチエがシナモンロールを焼いてみると、客がだんだん来て賑やかになる。
 その頃、人相の悪いフィンランド人の中年女性(タリア・マルクス)が店内をにらみつけているのにミドリとサチエは気づく。そうこうするうちに店内をじっと見つめる地味な日本女性も加わった。マサコ(もたいまさこ)という名の彼女は店に入り、旅行中飛行機の乗り換え時に荷物が行方不明になって足止めを食っていると語った。
 人相の悪い女性リーサが酒を飲んで倒れたのをマサコが介抱したことをきっかけに、年の近い二人は言葉を超えて仲良くなる。マサコもかもめ食堂を手伝うようになる。

 ある日、リーサとかもめ食堂の3人が遊びに行って店に戻ってきたとき、店の奥に泥棒がいた。サチエが合気道の技で泥棒をねじ伏せると、それはトンミ以外客が来ない頃、ふらりと来ておいしいコーヒーの淹れ方を教えてくれた男(マルック・ペルトラ)だった…。

◆カモメより猫

 タイトルにふさわしく、この映画で最初に登場する動物はカモメ。港の岸壁にたくさんのカモメが集まっています。
 サチエの「フィンランドのカモメはでかい」というナレーション。けれども話はすぐサチエが小学生の頃に飼っていたナナオという10.2キロもある太った三毛猫の話に転じてしまいます。10.2キロというと標準的なおとな猫の2倍以上。おいしそうにご飯を食べる太った生き物に弱いというサチエですが、ナナオをかわいがっていたからこそ、太っていてたくさん食べる生き物を愛おしいと思うようになったのでしょう。彼女が食堂を開店したのも、人が食べる姿を見ると幸せな気持ちになれたからに違いありません。
 三毛猫のナナオはナレーションの中でしか登場しませんが、実物の猫はヘルシンキの港に現れます。荷物の行方について日々マサコが携帯で問い合わせをしていると、猫を抱いて散歩する男性の老人が近くを通りかかるのです。マサコと男性は視線を合わせることも言葉を交わすこともありませんが、こうしょっちゅう居合わせるところを見ると、何か見えないものでつながっているかのよう。
 マサコは何日たっても荷物が出てこないので、着替えに色彩やデザインの鮮やかな北欧テキスタイルの服を買い求めます。そのとき選んだ服が三毛猫カラーだったのがオツですね。
 行方不明の荷物が見つかったとき、ある出来事がマサコと老人の間に起こります。
 猫が画面に登場するのは、実はマサコの登場よりずっと早く、開始から18分45秒頃のミドリが港を観光しているとき。ここは猫老人の散歩コースなんですね。彼はいつもシーンの途中からフレームの中に入って来るので、見つけやすいと思います。出て来る箇所はお教えしませんので探してみてください。
 猫はエンドクレジットにも2度静止画で登場します。「SPECIAL THANKS ビー」とクレジットにあるのは、この猫に対する謝辞ではないでしょうか。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆ソウルフード

 私が昔から不思議だと思うことのひとつに、人間はなぜ動物を見ると食べ物をやろうとし、食べてもらえるとなぜ幸せな気持ちになるのか、というものがあります。もちろん害獣は別ですが、かわいいと思う生き物には食べ物を通じて近づこうとするのを見ると、食べ物は愛を媒介するのか、と、食べ物と愛の関係について哲学的な思いを巡らさざるを得ません。
 サチエがおにぎりにこだわったのは、母を早く亡くし自分が家事をやっていた子どもの頃、年に2回だけ、父親が運動会と遠足の日におにぎりを作ってくれたという原体験にあります。「おにぎりは人が作った方がうまいんだ」という父の言葉通り、それはとてもおいしかったとか。それが誰かが作ったご飯はおいしいはずだと、人に料理を作って提供するというサチエの仕事のバックボーンになっているのではないでしょうか。
 そんなサチエですが、経営者として客のこない状況をなんとかしなければと焦るそぶりを見せません。梅、シャケ、おかかのおにぎりをメインでやっていくというこだわりを持ちつつも、集客のためのキャンペーンをするなどの施策を練ることもなく「おにぎりは日本のソウルフードだから」と、おにぎり・日本というポジションを変えないのです。
 ミドリは目的もなくこの地にやって来た女性。そんな旅に出ることになった背景をミドリも語りませんし、サチエも詮索しません。そんなミドリですら、かもめ食堂の先行きを心配してフィンランド風おにぎりをメニューにすることを提案します。トンミも試食しますが、どれもイマイチ。
 けれども、サチエが特に北欧で親しまれているという、フィンランドのソウルフードとも言うべきシナモンロールを焼いたときから、香りに誘われ人々がかもめ食堂にやって来ます。
 ここで「サチエ、すごいわ、お客さんがどんどん入って来るじゃない!」「ミドリ、やったわ、あなたのお陰ヨ」というハリウッド的な盛り上がりを思い浮かべてはいけません。荻上監督の描くところは平常心。アドレナリンがあふれるような興奮はないのです。この映画はサクセスストーリーの流れにのっとってはいるのですが、描こうとしているのは成功ではありません。知らず知らず人は人と支え合い、そうやって世の中は循環している、そんなことがかもめ食堂を巡って描かれています。

◆今を生きる

 事業の成功とか金メダルとか、ゴールを目指すことは尊いことですが、特に目標を定めず普通の日常を「いま ここ」に専心しながら誠実に生きていくということも尊いことです。
 マサコは両親を20年介護し、看取ったあとフィンランドに来ます。フィンランドに来たのは、毎年フィンランドで行われているエアギター選手権のニュースをテレビで見たから、と言うのです。こんなことを一生懸命やる人たちっていいな~と思ったのだそうです。フィンランドの人たちはゆったりのんびりしているように見えるという彼女の言葉は、日本はそれとは程遠い、ということの裏返しでもあります。
 そもそもサチエがわざわざフィンランドでかもめ食堂を開店した理由は綿密な計画によるものでも、破れかぶれなものでもありません。「やりたいことをやれていいわね」と言うマサコに「やりたくないことをやらないだけです」と答えるサチエ。父直伝の合気道の膝行(しっこう)という技を毎晩欠かさず日本を捨てないサチエ。かもめ食堂が立ちゆかなくなったらその時はその時、やめてしまうと言うサチエ。彼女の頭にあるのは未来ではなく、いま、そして流れです。
 あくせくせず、状況に合わせていれば物事は自然と落ち着くところに落ち着くという、幾分東洋哲学的なものがサチエの根元にはあります。
 勝利か敗北か、女性だから~、女性なのに~、という視点が男性優位社会の中ではどうしても混ざってしまいがち。自分を持ち、日々のルーティンを真面目にこなす、結果は追わない、そんな人を描く・演じるというのは、簡単なことではなく、下手をすれば映画として全く面白くありません。そんな主人公をさらりと宙に浮かべ嫌味なく見せた荻上直子監督と小林聡美は絶妙のコンビです。

◆コピ・ルアック

 実際はフィンランド人もそうのんびりゆったりでもないというサンプルとして、夫との関係で荒れて人相が険しくなっていたリーサとか、サチエにコーヒーの淹れ方を教えたあと泥棒に入った男も登場します。フィンランドの映画監督アキ・カウリスマキの『過去のない男』(2002年)の主役、マルック・ペルトラがこの男を演じています。
 彼はかもめ食堂が開店する前、この場所でレストランを開いていたのです。彼も家族に離反されてしまったのだとか。
 この男がサチエにコーヒーがおいしくなるおまじないとして「コピ・ルアック」と言ってドリッパーに入れたコーヒーの粉の中心に指を差し込みます。「コピ・ルアック」は、ジャコウネコの糞から採った未消化のコーヒー豆のことで、最高級品として珍重されているもの。
 私が以前、さるカフェのマスターからコーヒーの淹れ方を教わったとき、焙煎し立ての新鮮なコーヒーは、最初に蒸らしで少量の湯を注いだときドーム型に膨らむので、指先であらかじめ粉を少しくぼませておくのだ、と説明を受けました。ドームの頂からお湯が粉の縁に回ってしまうとおいしくなくなるのだそうです。マスターはおまじないは唱えていませんでしたけれどね。

(注)漫画家赤塚不二夫氏の作品に出て来る猫キャラクター。

 

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