この映画、猫が出てます

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グリード(1924年)

富くじで高額の賞金を当てた女は守銭奴になってしまう。朴訥な夫は耐え切れず・・・。
人間の妄執が渦巻く悪夢のような1本。

 

  製作:1924年
  製作国:アメリカ
  日本公開:未公開
  監督:エリッヒ・フォン・シュトロハイム
  出演:ギブソン・ゴーランド、ザス・ピッツ、ジーン・ハーショルト、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    ①小鳥を狙う猫 ②幼稚園にいる猫
  名前:不明
  色柄:①茶トラ ②黒キジ?(画像不鮮明にて推定)


◆映画という魔界

 誰しも思い出してうなされそうになるような映画の記憶を持っているかと思います。人間がただ、こわくなるような映画。ここまで描くか、というような映画。
 『グリード』は間違いなくそうした映画のひとつです。フランク・ノリスの原作小説『死の谷』を監督のエリッヒ・フォン・シュトロハイムとジューン・メイシスが脚本化したサイレント映画。「グリード」とは、貪欲・強欲の意です。エリッヒ・フォン・シュトロハイムについては、『麗猫伝説』(1983年/監督:大林宣彦)のときに少々触れましたが、映画という魔物が人間として受肉したとでもたとえられそうな人物です。監督業ののち俳優に専念。
 ちなみに「フォン」というのは貴族に付けられる称号ですが、貴族の生まれではありません。しかし、その外見の尊大さにはたしかに「フォン」が似合います。シュトロハイムは人間の愚かさを暴くリアリズムの権化、変わり者の多い映画監督たちの中でも最も畏敬の念をもって語られる特別な存在の一人です。そして『グリード』もまた特筆すべき作品です。
 『グリード』は、金という魔に魂を奪われた女性と、見捨てられた愚鈍な夫、夫婦の狡猾な友人が織りなす物語。映画会社によって短くカットされたためにシンプルなストーリーに仕上がっていますが、当初は他の登場人物たちのエピソードが織り交ぜられた長大な作品だったそうです。別の場所で同時並行的に起きていることを交互に見せるクロスカッティングなど、現代の映画にも受け継がれる技法も見られ、100年以上前に生まれ磨かれてきた映画のエッセンスがそこここに顔をのぞかせます。
 物語は終盤に進むにつれ人間の運命のむごさが際立ちます。ラストに残るのは絶望。『グリード』の記憶は永遠にわたしたちの脳裏に刻み込まれます。

◆あらすじ

 1908年のカリフォルニア。
 マックティーグ(ギブソン・ゴーランド)は金鉱山の鉱夫。粗暴だが根は純朴な男である。その町に巡回の歯医者がやってくる。年老いた母親はマックが歯医者になることを夢み、マックはその歯医者について旅に出る。
 数年後、正式な免許を得たわけではなかったが、マックティーグはサンフランシスコで歯科医院を開業する。
 ある日、友人のマーカス(ジーン・ハーショルト)が、いとこで俺の女だと言ってトリナ(ザス・ピッツ)という女性を患者として連れて来る。
 トリナは不思議に男心をそそる女で、純朴なマックティーグは生まれてはじめて女性を意識する。トリナに夢中になったマックティーグは、マーカスにトリナを愛してしまったと告白する。マーカスは男気を見せて、トリナをマックティーグに譲る。
 トリナの家族に会い、何度かデートを重ね婚約にこぎつけたが、トリナはマックティーグに対し身も心も委ねようとしない。婚約披露パーティーのあと、二次会をしようとマックティーグの診療所に親しい人たちとやって来ると、トリナが買った富くじが5千ドルに当たったと、人々がトリナを待ち受けていた。トリナが富くじを買うきっかけを作ったのはマーカスで、トリナをマックティーグに譲らなければ5千ドルは自分のものだったのにと悔しがる。
 結婚式はマックティーグの部屋で牧師を呼んで行った。みんなが帰って二人きりになるが、トリナは金貨に替えた賞金に目の色を変えマックティーグなど眼中にない。トリナは賞金には全く手を付けず、小銭程度のあらゆる出費に対してもケチになって行く。
 ある日酒場でマーカスがマックティーグに金のことでからみ、二人は激しく喧嘩する。マーカスは町を出ていくとマックティーグ夫妻に別れを告げに来るが、そのあとで歯科医師会からマックティーグが無免許で開業していることについて警告の手紙が届く。マーカスが密告したと二人は気付く。
 歯科医院を閉じ、トリナの内職で食いつないでいる間もトリナは賞金には手を付けようとしなかった。マックティーグは勤め先をクビになり、職を探して来いとトリナに追い出される。
 マックティーグは金の亡者と化したトリナに愛想をつかして家を出て行ってしまう。トリナは幼稚園の住み込みの掃除婦として働くようになるが、金貨は相変わらず大事に持っていた。ある夜、そこにマックティーグが現れ、トリナを殺して金貨を奪って逃げる。
 指名手配となったマックティーグを捕えに行くとマーカスが保安官事務所を訪れる。マックティーグはネバダの灼熱の「死の谷」に逃げていた。保安官たちは危険と判断し、なおも追跡しようとするマーカスに、マックティーグを捕まえたら手錠をかけて連れて来いと言って途中で引き揚げていく。
 マーカスは馬の足跡をたどってマックティーグに追いつく。水を飲み尽くし渇きで苦しんでいたマーカスには、マックティーグが馬に乗せて運んでいるはずの水が頼りだったが・・・。

◆小鳥と茶トラ

 この映画の冒頭、マックティーグの純朴だが粗野で荒っぽい性格はこんな風に表されます。
 金鉱山の坑道を出たマックティーグは、貨車の線路の脇に小鳥がうずくまっているのを見つけます。ごつい手でそっと小鳥を拾い、小さいくちばしを自分の唇に押し当て仲間の鉱夫に見せると、仲間はどうでもいいと言わんばかりにその手を振り払い、小鳥ははじき飛ばされてしまいます。怒ったマックティーグはその仲間を谷に投げ落としてしまうのです。
 小鳥は、この映画全体を通してマックティーグの愛の象徴であり、またマック自身が同化した存在でもあります。結婚式の日、マックは花嫁トリナへつがいの小鳥の入った鳥かごをプレゼントします。マックの心の中ではこの小鳥は自分とトリナなのです。けれども受け取ったトリナはけげんな顔をしています。マックとトリナの心がすれ違っていることがこんなところにも表れています。
 その小鳥たちを狙う者として登場するのが茶トラの猫(モノクロ映画ですが、おそらく茶トラでしょう)。この猫は、マックティーグとトリナを追い詰めるマーカスそのもの。初めて登場するのは開始から67分39秒頃。マーカスがマックティーグとの喧嘩の後で、マックティーグ夫妻に町を出ていくと挨拶に来る場面です。猫はドアのそばでスフィンクスのポーズをとっていたかと思うとさっと走り出し、69分20秒頃には椅子の上に乗ってしっぽをふくらませ、診察室の天井から下げてある鳥かごを見つめています。次の瞬間、猫の顔の画面いっぱいのアップ。小鳥を見てまばたき。猫は歯科医師会の警告が届いたときもジャンプして鳥かごに飛びつき、小鳥を襲おうとします。
 喧嘩のことは水に流したと見せかけながら、裏ではマックティーグをニセ医者だと密告し追い詰めようとしているマーカスと、そっと陰に隠れて獲物を狙うハンター・猫のイメージが見事に一致しています。

 ところで、この画面いっぱいの茶トラ猫のアップ、どこかで見た気がしませんか? 私は『エイリアン』(1979年/監督:リドリー・スコット)で宇宙船ノストロモ号に乗った茶トラ猫ジョーンズの画面いっぱいのアップを思い出しました。『エイリアン』を見たとき、なぜこんなに大げさに猫の顔をアップにするのかと疑問に思ったのですが、リドリー・スコット監督は『グリード』またはシュトロハイム監督へのオマージュを捧げる意味で、自作に猫の顔のアップを用いたのではないでしょうか。

 茶トラ猫は小鳥を捕まえることはできず、マックティーグはトリナと暮らした家を出るときも鳥かごを持って行きます。売れば5ドルにはなると言うトリナ。マックティーグは小鳥を売らず死の谷にまで道連れにします。彼が最後に小鳥に示す愛。それは冒頭に再び戻った形で彼の純朴な人柄を浮き彫りにし、問いかけます。何が彼をこのような運命に導いてしまったのかと。

 この映画に登場するもう1匹の猫は、トリナが働いていた幼稚園にいます。黒っぽい毛色の猫は、死の象徴でしょうか。マックティーグがトリナを襲って逃げた後、おそらくその遺体が倒れているであろう場所に向かって駆け寄り、また逃げていくのです。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆リアリズム

 シュトロハイム監督の描いた結末はサディスティックで人間否定に満ちています。
 この前の1922年に『愚(おろか)なる妻』を作っていますが、これもまた人間の醜さをとことん描いた作品。主人公の伯爵を演じているのはシュトロハイム自身。それだけに100%彼の得心の行く伯爵像を現出して見せたと言えるでしょう。夫のある女性を誘惑し、召使の女性をだまし、火事になれば自分が真っ先に逃げる卑劣で冷血な貴族。
 監督として目指したのは、伯爵への道徳的批判や警告ではなく、存在としてのリアリティをいかに描き切るかにあったと言えます。
 この映画で撮影予定を大幅オーバー、小道具やセットなどに金をかけすぎてユニバーサル映画をクビになり、MGMに雇われて好きなものを作っていいと言われ着手したのが『グリード』。『グリード』はほとんどロケ撮影だったそうですが、ラストの死の谷(デス・バレー)のシーンは現地で2カ月以上にわたって撮影したといいます。1913年に世界最高気温56.7℃を記録したこの地、冷やしたタオルでカメラをくるんで撮影し、スタッフも暑さでバタバタ倒れたとのこと。
 完成した『グリード』は当初上映時間7~9時間以上にも及ぶ長尺で、紆余曲折のあと映画会社が2時間程度におさめたのだとか。シュトロハイム監督はもちろん納得がいかなかったのですが、結局これらの映画会社とのトラブルの連続によって映画を作ることができなくなり、監督を退くことになってしまいます。

◆死の谷

 この映画の魔的なパワーのもう一人の立役者、トリナを演じたザス・ピッツも夢に出てきそうな存在感です。コメディ女優だったそうです。
 マーカスに連れられてマックティーグの診察を受けたとき、マックティーグに口を開いて中を見せる、そこには普段人に見せないものを見せるという、どこか性的な行為にも似たものがうかがえます。純情なマックティーグは治療を痛がる彼女にエーテルを嗅がせて眠らせ、彼女の唇に自分の唇を重ねてしまいます。トリナはもちろんそれを知りません。
 トリナはマックティーグに愛情を持たず、マックティーグと交際が始まってからも肉体的な接近をできるだけ避けようとします。結婚式の後、マックティーグと二人きりになるのを恐れ、とうとう二人になると自分をガードするかのように金勘定に逃げます。マックティーグが仕事を失った後、一心不乱に木彫りのおもちゃづくりの内職をし、マックティーグの金で腐りかけの肉を買って食べさせるトリナ。病的な人格のトリナに、ザス・ピッツのファニー・フェイスが実に合うのです。
 なぜトリナが富くじの賞金を使わずため込もうとしたのか、マックティーグに心を開かなかったのかは、気にかかるところです。それはカットされた部分に描かれていたのかもしれません。けれどもそれがよくわからないところにこの映画のなんとも言えない不条理がにじみ出ているように思えます。

 死の谷でマーカスに追いつかれたマックティーグはひげも伸び、聖者のような雰囲気さえ漂わせています。けれども神もシュトロハイム監督も、マックティーグを許しはしませんでした。そして自分の愛したトリナより、マックティーグが奪って逃げた彼女の5千ドルに執着しているマーカスの強欲にも、容赦のない運命が待ち受けています。感情を排し、あくまでリアリズムに徹するシュトロハイムの冷徹な眼差しは、突き放したロングショットで死の谷のマックティーグとマーカスを最後に捉えます。
 当時はこの残酷な結末は受け入れがたかったようで、会社はマックティーグの悪夢だったと付け加えるよう要求したのだそうです。
 シュトロハイムがはねつけてくれて、本当によかった。

 

(参考)

映画『グリード』IMDb、DVD『グリード』解説(株式会社アイ・ヴィー・シー/2012年)、ウィキペディアなどを参考にしました。

 

◆関連する過去作品

eigatoneko.com

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