この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

5時から7時までのクレオ

がんの疑いで検査を受けた若い女性の死への恐怖と愛による希望を午後5時を起点に描いたヌーヴェル・ヴァーグの作品

 

  製作:1961年
  製作国:フランス・イタリア
  日本公開:1963年
  監督:アニエス・ヴァルダ
  出演:コリンヌ・マルシャン、アントワーヌ・ブルセイユ、ミシェル・ルグラン、
     ジャン=リュック・ゴダール、アンナ・カリーナ、他

  レイティング:一般

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    ①占い師の部屋の猫 ②主人公の家にいる猫たち
  名前:不明
  色柄:①黒白 ②黒、茶白など6匹くらい?(モノクロのため推定)
   

◆昼から夜へ

 『5時から7時までのクレオ』は、英国映画協会とイギリスのSight and Sound誌が10年ごとに行う「史上最高の映画ベスト100」投票で、直近の2022年では14位となっています。
 以前ご紹介したドキュメンタリー『落穂拾い』(2000年)のアニエス・ヴァルダ監督による劇映画。がんの検査結果を待ち死の予感におびえる女性とその周辺で起きる午後5時から7時までの出来事を追った、監督自身の脚本による作品です。
 2012年に修復されていて、アニエス・ヴァルダ監督のインタビューが修復版のDVDに収められています(注1)。これによると、ヌーヴェル・ヴァーグ作品のプロデューサー、ジョルジュ・ドゥ・ボールガールが、ジャン=リュック・ゴダールやジャック・ドゥミといったヴァルダの友だちの監督のようにモノクロ映画を低予算で撮らないかと言ってきたのが、この映画を作るきっかけだったそうです。ヴァルダ監督は、予算内に収めるためにパリで撮影し、テーマは「恐怖」の感情にしようと思ったとのこと。当時はがんの恐怖が(世間に)漂っていたのだそうです。そして1日の出来事にすれば道具や着替えも多くならず、映画の尺を90分と決めて5時から6時半の出来事をリアルタイムにつづることにしたと言っています。
 このように実際は5時から6時半までなのですが、同じインタビューで「『5時から7時』は、午後の愛を語る表現」とヴァルダ監督は言っています。少々わかりにくい言い回しですが、具体的な数字を示すことで人間が一般的にその時間帯に味わう心理状態を想起させようとしているのではないでしょうか。この映画で描かれた日は夏至。5時から7時は長い昼がようやく夜に近づく時間。日中、ざわついた心が沈静に向かい、代わって愛の灯がほっとともる、そんな時間を表す数字なのかもしれません。
 モノクロ映画と書きましたが、占い師のカードが映る部分だけカラーになっています。いわくありげなカードの絵のにおわす意味が、色彩によって生々しく迫ってくるようです。

◆あらすじ

 パリに住む若いポップス歌手のクレオ(コリンヌ・マルシャン)はある日の午後5時、占い師の部屋で過去・現在・未来を占ってもらっていた。クレオは先日がんの疑いで検査を受け、この日の7時に医師に電話で結果を聞くことになっている。自分ががんか否かを占おうというのだが、占いは過去・現在をぴったりと言い当て、未来については死や不吉な展開を暗示した。ショックを受けたクレオは家政婦兼付き人のアンジェール(ドミニク・ダブレー)を相手にカフェで泣き崩れるが、街で帽子を選んだりして少し気がまぎれる。
 家に帰ると、かなり年上のパトロン風の多忙な恋人が訪ねてくるが、クレオが病気のことを話す暇もなく帰ってしまう。続いて作曲家のボブ(ミシェル・ルグラン)がレッスンに訪れる。彼と友人の作詞家の作った新曲「恋の叫び」は死や孤独などを思わせる暗い歌だった。
 気分を害したクレオは街に出て友人と会い、彼女の恋人の映写技師の働く映画館に行ってドタバタ喜劇を見るが、笑顔で帰ろうとしたとき手持ちの鏡を割って不吉な予感に襲われる。心配する友人と別れ、クレオはモンスリ公園にタクシーで乗り付ける。
 クレオが園内を歩いていくと、おしゃべりなアントワーヌという男(アントワーヌ・ブルセイユ)が近づいて話しかけてくる。はじめはまともに相手をしていなかったクレオだが、だんだんと調子のよい彼の話に釣り込まれていく。兵士のアントワーヌは、休暇が終わり今夜帰隊するのだと言う。病院の検査結果を今夜電話で聞く予定だとクレオが言うと、アントワーヌは今すぐ医者に会って話を聞こうと言い出す。
 二人はバスに乗って病院に向かう。病院の庭に二人がいると医師が通りかかり、アントワーヌはクレオの兄で心配してついてきたと話す。医師はクレオに明日からの放射線治療の開始を告げ、必ず治ると言う…。

◆猫のいる風景

 『落穂拾い』のときにもお話ししましたが、アニエス・ヴァルダ監督といえば大の猫好き。代々いろいろな猫を飼い、自分の映画制作会社のロゴにも猫の顔のイラストを使っています。彼女の映画には猫が出てくるものが多いのですが、この『5時から7時までのクレオ』では、占い師の部屋とクレオの部屋に猫が登場。どちらも猫が自分と同じ空間にいるのが特別なことではない人が撮ったものらしい、なんでもなさを感じます。
 占い師の部屋の猫は、占い師と対面するクレオの背後、ちょうど彼女の肩のあたりにときどき顔が映ります。いつもここですべてのお客さんの悩みを聞いているのでしょう。「未来を予想するから人間って悩むんだね、猫に生まれてよかった」なんて思っていそうです。この猫、白黒で前髪おかっぱ顔。黒猫だったら占い師のところでは不吉だとして飼ってもらえなかったかもしれませんね。
 一方、スタジオのような白くて広い空間に、美しい装飾のベッド、ピアノ、ブランコ、ぶら下がり用のバーまであるクレオの部屋には、生まれて2か月くらいの黒・茶白などの子猫が3匹ほど、黒やキジトラなどのおとな猫が3匹ほど、ゆったりと暮らしています。クレオと家政婦兼付き人のアンジェールが帰宅すると、黒っぽい子猫がカーペットの上をバタバタとひとり遊び。アンジェールがクレオにゴージャスな真っ白のガウンを着せると、子猫がその少し引きずる裾にじゃれついてかわいらしいこと! ベッドには当然のように猫がまどろみ、作曲家のボブの背中に茶白が乗ったりして、猫好きには天国のような光景。
 けれどこれだけ猫がいたら、お姫様のようなガウンもフカフカの枕も爪でバリバリにされたり、抜け毛だらけになったり、下手するとおしっこされちゃったりして、お世話は大変でしょうね。これも家政婦兼付き人のアンジェール一人のお仕事なのでしょうか…。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆不吉の連続

 映画は午後5時、占い師の部屋でスタートします。そして〇時〇分から〇時×分の誰それ、というスーパーインポーズが表示され、その時間通りにその人に関連する話が進行し、またその次の〇時×分から〇時△分の誰それ、という風にリレー式につづられていきます。
 ヌーヴェル・ヴァーグの作品らしく、ほとんど街で撮影し、実在の公園や病院の名前も出てくるリアルなパリ、作りこんだ感のない展開。
 リッチでファッショナブルですべてに恵まれた若い流行歌手クレオは、我が世の春を謳歌するどころかがんの恐怖におびえています。現在と違い、がんと診断されれば即、死に結び付いたこの頃、クレオが待つ診断結果は生か死かを左右する重いもの。
 心配事があるときに限って不吉な出来事や気に障るような場面に遭遇したりするのは誰もが経験することですが、占いから始まってこの日のクレオにはそんなことが次々襲ってきます。
 帽子屋で黒い帽子を選んだり、歌のレッスンのために帰宅しようとタクシーに乗れば気味の悪い仮面が飾ってある店の前で車が止まったり、画学生の集団がふざけたゲリラ的なパフォーマンスでタクシーを取り囲んだり。
 新曲のレッスンを中断して街に出てからも、路上で生きたカエルを呑み込む大道芸を見てしまったり、カフェに入って自分の歌をジュークボックスで流しても誰一人耳を傾けなかったり、なんで今日に限って、と言いたくなるような嫌なことの連続。
 そんな中でクレオはたびたび鏡を見ます。占い部屋がある建物の出入口、帽子屋、自室の手鏡など、鏡を通して自己と対話し生を実感する様子です。けれども、そんな役割を果たしてきた鏡をクレオはバッグから落として割ってしまうのです。

◆出会い

 この後で公園で出会った気のいい兵士アントワーヌもまた、死の恐怖におびえる人間です。フランスは旧植民地アルジェリアとの戦争中。帰隊すればすぐまた任務に就いて、明日の命もわからない。
 アントワーヌは上の前歯の真ん中に隙間が開いていて、ロマンチックでも美男子でもありません。帰隊、即、死を覚悟して自分のマドンナを探していたのでしょうか。二人を近づけたのは死の恐怖です。クレオが検査結果を聞く7時まで待つ時間のない彼はクレオを動かし、6時15分に二人で病院に向かうのです。バスの中で二人は打ち解け、アントワーヌはクレオに写真をねだります。軍服のポケットに入れ、恋人として想いに浸ったりを胸に描いて。そんなアントワーヌにクレオもいつの間にか未来を思い描き、彼の連絡先を教えてもらいます。
 クレオは医師に結果を聞いたあと、アントワーヌと前を向いて歩いて行きます。二人が共有する死の恐怖は、愛という希望によって遠のいています。

◆愛は救いか

 この映画では時計がよく画面に登場し、何時何分かを告げていますが、時計は死までの残りの時間や命のはかなさを象徴するモチーフとして西洋絵画に描かれることがあります。クレオのこの映画はまさにメメント・モリ(死を思え)の思想を描いていると言えますが、ラストでは死を超えるものは愛だとほのめかしているように思えます。多くの人がハッピーエンドと感じるでしょう。
 けれども、ヴァルダ監督の1964年の『幸福(しあわせ)』は、不倫の愛の結果妻を自殺させてしまった男が不倫相手を妻にし、それまでと変わらぬ生活に戻るさまを描き、愛を単純に肯定しようとしてはいません。クレオとアントワーヌも、愛が生まれ死の恐怖が遠のいた今も、先はまだわからないとでも言いたげな何とも複雑な表情でエンディングを迎えます。
 さかのぼってこの映画を見ると、占いはクレオの過去・現在の状況や人間関係をそっくり言い当てていることがわかります。更に未来のクレオは結婚せず、旅に出る、とも出ています。骸骨などの悪い札も出ており、そもそもこの占いは監督の創造したクレオという人物の人生のシナリオで、クレオがアントワーヌとの出会いで得た平穏の先にはこうした運命が待っていると想定しているのではないでしょうか。ハッピーエンドには違いないが、さらにその先を思え、死を思え、と。アニエス・ヴァルダ監督は甘っちょろい愛に懐疑的な、辛辣な人生観の持ち主ではないかと思わざるを得ません。

 クレオが友だちと見るドタバタ喜劇は、この映画のためにヴァルダ監督の仲間のヌーヴェル・ヴァーグの関係者が出演した短編。ジャン=リュック・ゴダール監督や、彼と結婚した俳優のアンナ・カリーナ、俳優のジャン=クロード・ブリアリ、この映画を作ることを提案したプロデューサーのボールガールなどの姿が見られます。出演者の名前がクレジットされているのは2012年の修復版で、公開当時はカメオ出演だったようです。
 作曲家ボブ役のミシェル・ルグランは、『シェルブールの雨傘』(1963年/監督:ジャック・ドゥミ)などの数々の優れた映画音楽を作曲、この映画の音楽も彼によるものです。クレオのコリンヌ・マルシャンが歌う「恋の叫び」(Sans Toi)の歌詞はヴァルダ監督。
 クレオを演じたコリンヌ・マルシャンは、1970年の『ボルサリーノ』(監督:ジャック・ドレー)にも豪華なドレスを身に着けて出演しています。一目で記憶に残る個性的なタイプ。もともと歌手としてナイトクラブなどで歌っていたという経歴があり(注2)、「恋の叫び」も彼女自身の歌唱で、YouTubeでも聴くことができます。

(注1)DVD『5時から7時までのクレオ』(2018年/(株)アイ・ヴィー・シー)
(注2)IMDb『5時から7時までのクレオ』コリンヌ・マルシャン

 

◆関連する過去作品

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