この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ルイスと不思議の時計

個性的なおじさんおばさん魔術師に守られた、10歳のルイスの物語。カボチャがあるけどハロウィンじゃない!

 

  製作:2018年
  製作国:アメリ
  日本公開:2018年
  監督:イーライ・ロス
  出演:オーウェン・ヴァカーロ、ジャック・ブラックケイト・ブランシェット 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    魔法の修業用の猫2匹
  名前:なし
  色柄:長毛のオレンジ・短毛のレインボーカラー

◆ファンタジーワールド

 原作は1973年にアメリカのジョン・ベレアーズが発表した『壁の中の時計』という児童文学。映画と原作はだいぶ違っています。
 「猫が出てくる映画」という条件に合えば、ジャンルを問わず取り上げます、と言った私ですが、実は、ファンタジーものは苦手です。読書の分野でも子どもの頃からファンタジー系には手が伸びませんでした。ファンタジーと言えば…という、あの映画もその映画も見ていません。そんなお前にはこの映画を語る資格がない、と言われてしまいそうですが、実は、この映画は、私には珍しく、見始めてから最後まで見通すことができたファンタジーだったのです。その理由、この文章を書いていてだんだんとわかってきました。ファンタジーファンからは何言ってんだと石つぶてが飛んでくることを覚悟で、始めてみようと思います。

◆あらすじ

 1955年、両親を事故で亡くした10歳のルイス(オーウェン・ヴァカーロ)は、ママの兄のジョナサン伯父さん(ジャック・ブラック)のもとに引き取られることになった。ルイスが初めて会った伯父さんは、腹の突き出たひげもじゃの中年男。伯父さんは古い大きな時計だらけの屋敷に一人で住んでいて、お隣のツィマーマン夫人(ケイト・ブランシェット)がしょっちゅう出入りしている。ルイスは学校でタービーという男の子と仲良くなるが、タービーから伯父さんの家は呪いの家だ、と聞かされる。
 そんなとき、ルイスは真夜中に伯父さんがオノで壁を叩き壊しているのを見る。驚いて逃げ出そうとすると、時計や椅子や家じゅうの物がルイスの邪魔をする。そこに伯父さんが来て、「この家の元の家主の魔術師・アイザックが壁に隠した時計を探していた。自分も魔術師だ」と言い、魔術を教えてもらうことになる。お隣のツィマーマン夫人も、優秀な魔術師だった。
 魔術の腕を磨いたルイスは、呪文を教えてあげる、とタービーを家に誘う。ところが、伯父さんに開けたら家を追い出すと言われていた戸棚から、タービーが降霊術の本を取り出してしまい、ルイスがタービーを責めると、タービーは冷ややかな態度で帰ってしまう。その夜、死んだママがルイスのもとに現れ、降霊術の本を使って魔術を見せればタービーと仲直りできる、と言う。ルイスはタービーを誘って墓地に行き、アイザックの死体を蘇らせてしまう。
 邪悪な魔術師・アイザックが蘇ったことに気づいた伯父さんとツィマーマン夫人が二人がかりでも解読できないアイザックの残した暗号を、ルイスが読み解く。ルイスはアイザックを蘇らせたのは自分で、アイザックが邪悪だとは知らなかった、と二人に打ち明ける。そこにアイザックと、死んだはずのアイザックの妻の魔女がやってくる。ルイスのもとに現れたママは、魔女が化けていたのだ。ルイスたち三人は、アイザックが悪魔に魂を売って手に入れた、時を逆回転させる魔術を止めようと立ち向かう・・・。

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◆猫砂でしろ!

 ルイスは、伯父さんから魔術を教わった、と言うより、魔術の教則本を伯父さんにどっさり渡され、独学で取り組みます。その本の中の「ネコ科のテレパシー」というページを見ながら、ルイスがふさふさのオレンジ色っぽい長毛の猫が入ったかごに布をかけます。しばらくして布を取ると、猫は品種で言えばオリエンタルのような、毛のごく短いスリムな猫に変わっています。しかも、毛色は蛍光のレインボーカラー。
 この映画での猫の登場シーンは、映画が始まってから30数分ほど進んだここだけなのですが、ほかに「準猫」と言っていいキャラクターが時々登場します。伯父さんの家の庭にある、植木を刈り込んで作った翼のあるライオンの像です(もちろんCG)。
 魔術師の伯父さんの家では、安楽椅子が移動したり、ステンドグラスの絵がいつの間にか変わったり、と、色々な物が動くのですが、この植木の有翼のライオン像も動き回ります。ところが、このライオン君、お尻クセが悪く、時々「大」の方を噴射するのです。伯父さんは、そのたびに「ドラ猫め! 猫砂でやれ!」と、ライオン君を猫扱い。ライオン君のこれは一種のマーキング行動かな、と思いますが、ネコ科の動物たち、「小」をスプレーはしますけど、まさか「大」を飛ばすとは…?

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆毒舌カップ

 何がこの映画でよかったかと言えば、ジョナサン伯父さんとツィマーマン夫人の毒舌のやり取りです。伯父さんは、ちょっと頭でっかちで、おなかの突き出たメタボ体型。夜中にサックスを吹いて近所の人から苦情を頂戴したり、と、自由な性格。子どもに好かれそうな人です。
 その伯父さんと古くからの仲良しのツィマーマン夫人を、クールビューティのケイト・ブランシェットが演じます。ツィマーマン夫人はいつも髪をアップにまとめたスレンダーなスタイルで、伯父さんには不釣り合いな美人。持ち物も、服も、みんな紫。さらに、伯父さんより魔術の腕は上で、大学で魔術の博士号を取ったというインテリです。
 その外見も中身も対照的な二人が、バシバシやり合う言葉のやり取りが面白いのです。一例を挙げれば、ルイスが初めて伯父さんの家にやってきて、お互いを紹介するとき。伯父さんがツィマーマン夫人を「お隣のクソばばあ」と紹介すれば、ツィマーマン夫人はルイスに「伯父さんの頭でっかちが遺伝しなくてよかった」と言い、伯父さんがツィマーマン夫人に「綿棒みたい」と言うと、「デカい頭が怒ってる」と、こんなありさま。こうしたやり取りができるのは、伯父さんとツィマーマン夫人が、遠慮のない気心の知れた者同士だということ。二人とも一人暮らし。ルイスを含め、三人とも家族がいないのです。

◆一人ぼっち

 孤児になったり、何らかの理由で親と離れ離れになった子どもが別の養育者のもとで成長する、というのは児童文学によくあるストーリー。人間は成長する過程で必ず親から離れ、孤独を学ばなければならないのですが、児童文学のこうした主人公たちは、自立心の芽生えより一足早く親と別離します。まだ心の成長が十分でないこの段階の子どもたちには、甘えられる存在が必要なのですが、どんなに養育者が心を尽くしても、この人は親じゃないんだから、という心の壁が子どもの中にはあるようです。
 ルイスもやはりどこかで遠慮があり、親が恋しいのです。タービーがよそよそしくなって落ち込んでいたときに、ママが夢枕に現れてタービーに魔術を見せなさいと言うと、たちまちママの言葉に飛びついて伯父さんの言いつけに背いてしまいます。
 ルイスが死人を蘇らせる魔術に挑戦したのは寂しかったからです。転校先になじめなかったルイスに唯一仲良くしてくれたのはタービーですが、タービーは学年の委員長選挙期間中だけルイスに親切で、委員長に選ばれてしまうとルイスに目もくれなくなってしまう嫌な奴。伯父さんも、アイザックが隠した時計のありかを突き止めようと忙しくて遊んでくれません。自分に関心を持ってもらいたくて、叱られるようなことをするのは子どもの常套手段。無視されるより叱られることによって、精神的報酬が受け取れるのです。

◆ミッドナイト操縦士

 ルイスは、第二次世界大戦頃の戦闘機のパイロットがするようなゴーグルを額に着けています。これは、テレビの『ミッドナイト操縦士』という連続ドラマのヒーローを真似たもので、ルイスは彼の不屈の精神に憧れています。けれども、タービーが、ルイスのゴーグルが変だからみんなが友達になってくれない、と言うので、ルイスは学校でゴーグルをするのをやめます。
 『ミッドナイト操縦士』というテレビドラマは架空のもの。舞台となった1955年には、アメリカではテレビドラマがかなり放映されていたようですが、日本ではテレビの本放送が始まるのが1953年で、一般家庭ではテレビはほとんど普及していなかった頃です。
 『ミッドナイト操縦士』を見ていたおかげで、ルイスはアイザックが生前残していった図面の暗号が、ミッドナイト操縦士に出てきた暗号と同じだということに気が付きます。ココア(テレビのスポンサー企業の?)のおまけの「ミッドナイト解読装置」を手に入れ、蘇ったアイザックが時間の流れを逆転させる魔術を今夜実行するということがわかります。

◆心の傷

 伯父さんとアイザックは、以前、大親友で、ヨーロッパで魔術師コンビとして活躍していたのですが、アイザックが第二次大戦で兵役につき、戻ってきたら別人のようになっていてコンビを解消したのです。アイザックが邪悪な魔術に取り付かれたのは、時を逆転させ、忌まわしい戦争をなかったものにしたかったから。
 「一人前の魔術師は魔術を使って邪悪な者に勝つ」という教えにもかかわらず、優秀なはずのツィマーマン夫人は、以前負った心の傷がもとで、大きな魔術は失敗してばかり。アイザックとの対決にも消極的でしたが、人質になったルイスのピンチと、アイザックへの怒りにパワーが復活。
 ここから先の魔術対決の評価は、ファンタジー映画に詳しい皆様にお任せしましょう。ただ、私はここで気が付きました。ジョナサン伯父さんと一緒に鎖で縛られていたツィマーマン夫人が、鎖を断ち切り、指先からパワー光線を発射したときに、胸がスカッとしたのです。それは小さい者を守るために戦うカッコいい女の姿。トラ猫ジョーンズや少女を守った『エイリアン』(1979年/監督:リドリー・スコット)『エイリアン2』(1986年/監督:ジェームズ・キャメロン)のリプリーのように。どうも、私は戦う女にぐぐっと惹きつけられるようです。そして、伯父さんと丁々発止とやり合うユーモア、芯の強さ、大人の女としての魅力、ケイト・ブランシェット演じるツィマーマン夫人が、ファンタジーの苦手な私を最後まで引っ張って行ったのでしょう。

◆家族の物語

 ツィマーマン「夫人」と言うように、彼女には家族がいました。詳しい事情は語られませんが、娘を守ることができなかったというのが彼女の心の傷です。
 ジョナサン伯父さんは、若い頃、魔術師を志したものの、父親から反対されて家出してしまったのです。それ以来、実家には一切近づかず、妹、つまりルイスのお母さんのお葬式にも行きませんでした。
 ルイスが死者を蘇らせる魔術に挑戦したもう一つの理由は、両親を蘇らせれば家へ帰れると思ったからです。ママが恋しい、とルイスが泣きながら訴えるのを聞いて、伯父さんは子どもを育てる難しさから逃げ出そうとします。そんな伯父さんを「臆病者!」と押しとどめたのはツィマーマン夫人。三人の絆は強まります。

 この映画は、子どもと大人、家族のあり方を子どもにもわかりやすいように真面目に描こうとしています。大人から子どもに教訓を垂れる形式の物語ではなく、大人と子どもが、それぞれお互いに学び合っているのです。
 魔術対決のシーンはファンタジー映画としてはそれほど注目すべきものではないのかもしれませんが、私にはこれでも十分すぎるくらいなのではないかと思えます。同じ魔術でも、惑星や星雲が庭に浮かび上がるシーンが幻想的で、夢を見ているように魅了されました。映画は現実にあり得ないアクションを描くことだけでなく、ありえない美しさを表現することをもっと目指していいのではないでしょうか。

 ただこの映画、子どもウケを狙ったのか、排泄系のギャグがたびたび出てくるので(いいお話なのにこういうところで品位を落としてしまっているのが惜しい)、食事をしながら見ることはおすすめしません。あ、ただし、チョコチップクッキーを用意しておくといいですよ。

 ルイスは、タービーを懲らしめ、再びゴーグルを着け始めます。そしてローズ・リタという昆虫が大好きな女の子と仲良しになります。彼女はゴーグルを着けたルイスが昆虫みたいに見えて、ずっと気になっていたのです。

 

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宗方姉妹

かつての恋人と再会する姉。働かない夫。姉の欺瞞を見つめる妹。姉の下した決断は?

 

  製作:1950年
  製作国:日本
  日本公開:1950年
  監督:小津安二郎
  出演:田中絹代高峰秀子上原謙山村聰笠智衆、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    三村家の飼い猫
  名前:タマ、クロなど4匹くらい?
  色柄:黒、黒白のブチ、茶白のブチなど
  その他の猫:居酒屋三銀の黒茶のサビ猫
  (モノクロのため推定)

◆知られざる映画

 『宗方姉妹』は、「むねかたきょうだい」と読みます。溝口健二監督の『祇園の姉妹』(1936年)も家城巳代治監督の『姉妹』(1955年)も「きょうだい」と読みますので、「姉妹」と書いて「きょうだい」と読むのは、以前は一般的だったのでしょうか。
 『宗方姉妹』は世界中の映画監督やファンが賛辞を惜しまない小津安二郎監督の映画の中でも、あまり知られていない作品だと思います。松竹専属の小津監督が請われて新東宝で撮った映画で、インターネットの映画サイトをいくつか見てみましたが、堂々と「むなかたしまい」と書いてあったり、あらすじが載っていなかったり間違っていたり、キャストが入れ替わっていたりと、惨憺たるありさまで驚きました。このブログでできる限り『宗方姉妹』の情報をお伝えできたらと思います。正しいキャストは末尾に掲載します。

◆あらすじ

 古風な女・三村節子(田中絹代)は、技師の夫の亮助(山村聰)と妹の宗方満里子(高峰秀子)と東京で暮らしている。亮助は失業中だが酒を飲んでブラブラするばかりで、銀座でバーを営んでいる節子の収入が頼りだった。夫婦仲は冷えているが、節子は夫に従順である。
 満里子は、節子と対照的に活発で奔放な性格。京都に住む父親(笠智衆)を訪ねたとき、家族ぐるみで付き合いのあったフランス帰りの田代宏(上原謙)と再会する。満里子は、宏の営む神戸の家具工房に遊びに行き、宏の裕福な独身生活を目にする。満里子は、姉の節子と宏がかつて愛し合っていたのに結婚しなかったことを知っていたので、身勝手な亮助に耐える節子に、なぜ宏と結婚しなかったのかと問う。節子は、宏に対する自分の気持ちに気づいたときには、亮助との結婚が決まっていた、と言う。
 ちょうどその頃、節子のバーが売りに出されそうになり、節子は東京に来た宏に金の工面を頼む。一方、満里子は、神戸の宏の所で会ったことのある頼子(高杉早苗)という女性が、宏の東京の宿泊先に電話して、箱根の旅館に来るように呼び出したのを知って邪魔をする。満里子は、頼子に宏を取られるくらいなら姉の代わりに自分が結婚する、と宏に訴え、宏にたしなめられる。
 節子が宏から金を都合してもらったことを知った亮助が二人の関係を疑うので、節子は店をたたむことにするが、亮助から平手打ちに遭い、亮助と別れる決心をする。東京の宿にいる宏を訪ねた節子は、僕のところにおいで、と言われる。そこに亮助がやって来て、山奥のダムに仕事が見つかったと言い、姿を消す。その晩、亮助は急死してしまう。
 亮助の死により結婚できる身となった節子は、宏と思い出の薬師寺に出かけるが・・・。

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◆猫好きの理由

 節子の夫の亮助はインテリです。家でドイツ語の本を声を出して読んでいます。ドイツ語と言えば旧制高校。その後帝大を出たりしたエリートだったのかもしれません(山村聰自身、東京帝大出でした)。病気でもないのに仕事もせずブラブラしている理由は描かれていませんが、敗戦をきっかけに失職したのでしょうか。そういう自分のプライドを満足させる仕事がみつからないのでしょう。もともと虚無的な性格のようで、笑顔を見せません。節子や満里子に対して命令口調で威張っています。
 その亮助が、猫だけはかわいがっていて、タマやクロなど4匹ほどを家で飼っています。満里子がココアを飲もうと思って取っておいた牛乳を亮助が猫にやってしまったり、満里子のセーターの上に猫が乗ってしまったり、満里子と亮助の間では猫をめぐって衝突が絶えません。
 亮助が飲みに出かける居酒屋の三銀にも、黒と茶のサビ猫がいます。亮助が膝に抱きながらちびりちびりとやっていると、三銀のキヨちゃん(千石規子)が、「先生、猫好きだね。あたい、嫌い」と言います。勝手な時ばっかりニャアニャア人の顔色を見ているから、と猫には耳の痛いご指摘。「犬の方が人情があっていいよ」と言うキヨちゃんに、亮助は「猫は不人情なところがいいんだ」と返します。
 この三銀でのシーンで、山村聰がずっと猫をなでたり抱き寄せたりしているのですが、それがどうもぎこちないのです。猫を愛でている手つきと言うより、撫でるという機械的な動作にしか見えません。山村聰は猫を飼ったことがないのかな、と思ったのですが、自分の映画の画面構成に徹底してこだわる小津監督が、山村聰の動作に対して細かく指示を出していたのかもしれません。
 猫は、節子と亮助の家の最初の場面から、亮助が倒れるまでの間、ところどころに登場します。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
   
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◆父と娘と男と女

 「夫婦の危機」をテーマとした映画を連続でお届けして三本目、いままでは仲直りをする夫婦の映画を紹介しましたが、今回はついに破局を迎える夫婦の話です。
 『宗方姉妹』は、小津安二郎監督の『晩春』(1949年)、『麦秋』(1951年)という名作の間に発表された映画です。家族が解体し、それに伴う悲哀も経験しながら前に進む、後味の良いホームドラマである『晩春』『麦秋』に対し、この『宗方姉妹』はなんとも腑に落ちない終わり方です。結末を伏せるためここでは詳しくは触れませんが、主人公の節子という女性が何を求めて生きているのかが、つかめないのです。
 小津監督の代表作である『晩春』、『麦秋』、そして『東京物語』(1953年)は、親と子という縦軸が時の移ろいと共にほどけていく様を描いて情緒深いものですが、小津監督には、ほかにも『一人息子』(1936年)とか『父ありき』(1942年)、遺作である『秋刀魚の味』(1962年)といった、親子を描いた名作があります。けれども、夫婦とか男女という横の関係を描いた小津作品は、なぜかやるせない重さが目立ちます。『風の中の雌雞』(1948年)、『早春』(1956年)、『東京暮色』(1957年)などがそうで、『宗方姉妹』は、こちらのグループに入る1本と言えます。

◆残念な笠智衆

 小津安二郎監督の映画の父親役と言えば、笠智衆
 この『宗方姉妹』でも、妻に先立たれたやもめの役を演じていますが、いつも小津作品でストーリーの要となる父が、この映画ではほとんど機能していません。二人の娘とのかかわりが薄くて、存在理由が見えないのです。
 映画は、大学教授の授業風景から始まり、教授のもとを訪ねた節子が、父が癌で長くて余命1年と聞かされます。父の京都の一人住まいでは、満里子が父の身の回りの世話などをしています。そこに男性客が訪れるという展開や、『晩春』にそっくりの室内、という出だしを見ると、『晩春』のような父親と娘の情愛の物語への期待が高まりますが、父の存在は物語にほとんど影響を及ぼしません。笠智衆の顔を見て、さあ、と膝を乗り出すと肩透かしを食ってしまいます。
 この映画での父は、戦後の、古い日本の伝統を否定し、新しい物に飛びつく風潮をゆるやかに批判する、といった人物なのですが、占領軍によって否定された日本文化を小津監督の代弁者として擁護するために登場したのであって、それ以上の役割はないように思えます。

◆バッシングの後始末

 『西鶴一代女』(1952年/監督:溝口健二)の記事で、田中絹代が親善のため渡米後、アメリカかぶれになって帰国し、日本中からバッシングを受けた、ということを書きましたが、『宗方姉妹』は、田中絹代の帰国後、彼女に対するバッシングの嵐が吹き荒れるさなかにシナリオが起こされました。映画化が決まった段階ではまだこのような事態は想定されていず、国民的女優の田中絹代、子役から大人に成長し、めきめきと売り出し中の高峰秀子、大ヒット作『愛染かつら』(1938~39年/監督:野村浩将)で田中絹代と恋人役を演じた上原謙、モダンな美女・高杉早苗、と華やかな出演者で凱旋興行になるはずでした。
 小津安二郎は『晩春』以後、自分の映画の脚本をすべて野田高梧と共同で執筆していますが、『宗方姉妹』はその2本目。大佛次郎の小説が原作です。田中絹代の演じる節子は常に着物を着て、古いものを大切に守ろうとする女であることが強調されます。妹の満里子が流行に飛びついて人に遅れまいとするのに対して、
「あたしは古くならないことが新しいことだと思うのよ。ほんとに新しいことは、いつまでたっても古くならないことだと思っているのよ」
と諭します。ここも小津監督自身の見解を登場人物の口を借りて語っていると思われますが、言葉に凝りすぎてあまりストレートに心に響かないレトリックと感じます。アメリカかぶれになって帰国して顰蹙を買った田中絹代にとっては、彼女の失地回復のために取ってつけた弁明のようでもあり、このセリフを言うのは傷口に塩を塗りこまれるように辛かったのではないでしょうか。

◆変化への抵抗

 逆風の中で製作・公開された『宗方姉妹』が、いま知られざる作品のようになってしまっているのは、小津作品にみられる「松竹大船調」と言われるほのぼのとした味が発揮されていないからだと思います。「小津監督らしさ」をすでに知っているファンにとって、この映画はその期待値をはずした作品なのではないでしょうか。そして、節子という主人公が主体性のないマゾヒスティックな性格で、魅力が感じられないことも大きな理由だと思います。
 宏に対する気持ちに気づいたときには、亮助との結婚が決まっていた、と言い、だったら亮助との結婚を断ればよかった、と言われれば、その時はもう宏はフランスに行ってしまっていた、と答え、冷淡な亮助に耐えている節子。妹が新しいことを求めるのを悪いことのように決め付けるのは、現状を切り開こうとしない自分の生き方を正当化しているかのようです。自分らしく生きようとしなかったことで、不本意な生活を送っている、という現実から目を背けて、自分は立派な生き方をしている、と思いこもうとしているように見えます。

 彼女の欺瞞的な生き方を破ったのが、節子に腹を立てた夫の暴力。かつての恋人との再会、夫も妹も恋の思い出をつづった節子の日記を盗み見ていたという設定、妻は夫に従うべしと耐え忍ぶ主人公、というドラマ展開には、新派風の日本の古めかしさが目立ちます。
 対して高峰秀子の満里子のシーンには、いかにも小津監督らしい、主人公の脇の女性のひょうきんさと現代性が見られます。けれども姉の前では、姉のオーラに負けてしまうのには不満が残ります。
 節子が映画の最後に出した結論に一言、「ああ、この女の人、こうやって一生自分から逃げて終わるんだろうな」。

◆昭和25年の風景

 映画の中に残された町の風景は、古い映画を見るときの楽しみでもあります。節子のバーのある銀座では、教文館のビルが映ります。外壁にアメリカの雑誌『TIME』や『LIFE』の広告があるのも、占領中の日本を感じさせます。宏が泊まった旅館は築地近辺らしく、かつての東京劇場(松竹の劇場・映画館)が映ります。この映画で松竹を登場させる理由はなんでしょうか? 米軍極東中央病院として接収されていた聖路加国際病院と思われる建物も映ります。節子と宏が歩くお堀端の第一生命館もGHQに接収されていました。小津監督は、占領軍に関連する建物を映すことで、日本の伝統や社会が否定されたことに抗議しているようです。
 こう見てくると、『宗方姉妹』のシナリオは、小津監督が日本の文化に対する肯定的な意見を節子や父の口を借りて展開しようとしていたのに、田中絹代の騒動によって歯切れの悪いものになり、古い日本社会の否定的な面がベースとなった原作、ホームグラウンドの松竹を離れた勝手の違いもあって、ギクシャクしたものになってしまったのではないかと思えるのです。
 小津監督の作品をまだあまり見ていない方は、主要作品を見てからご覧になるといいのではないでしょうか。

◆キャスト(登場順)

大学教授内田譲=斎藤達雄
三村節子=田中絹代
宗方忠親(節子と満里子の父)=笠智衆
宗方満里子(節子の妹)=高峰秀子
田代宏=上原謙
真下頼子=高杉早苗
バーテンダー前島五郎七=堀雄二
藤代美恵子=坪内美子
三村亮助(節子の夫)=山村聰
「三銀」の亭主=藤原釜足
「三銀」のキヨちゃん=千石規子
東京の宿の女中=堀越節子
箱根の宿の女中=一の宮あつ子
「三銀」の客=    河村黎吉

 

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アタラント号

詩情あふれる夫婦喧嘩。夭折の天才ジャン・ヴィゴ監督、29歳の遺作。

 

  製作:1934年
  製作国:フランス
  日本公開:1991年
  監督:ジャン・ヴィゴ
  出演:ディタ・パルロ、ジャン・ダステ、ミシェル・シモン 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    船員「親爺さん」のペット。子猫・おとな、7、8匹くらい?
  名前:なし
  色柄:黒白、キジトラ、キジシロなど(モノクロのため推定)

◆みなと

 「そらもみなとも よははれて」で始まる唱歌「みなと」(作詞:旗野十一郎)に「はしけのかよい にぎやかに」という歌詞がありますね。はしけとは、沖の船から降ろした荷を、港や、河川を経由して内陸に運ぶ船のことですが、今のようにコンテナをクレーンで岸壁におろし、トラックで運ぶという輸送手段が当たり前になってからは、あまり見られなくなっているのではないかと思います。アタラント号は、フランス西岸のル・アーブルの港からセーヌ河や運河を経由して、パリなどの町に荷を届けていたはしけ船です。
 アタラント号の老水夫の「親爺さん」は、若い頃は世界中を巡る船乗りだったのでしょう。「ヨコハマ」に行った、と話しています。

◆あらすじ

 村の教会で、ジュリエット(ディタ・パルロ)とジャン(ジャン・ダステ)が結婚式を挙げた。ジャンは、はしけ船「アタラント号」の船長。二人は花嫁・花婿衣装のまま船に乗り込み、新婚生活をスタートする。乗組員は猫好きなむさくるしいジュール親爺さん(ミシェル・シモン)と間抜けな小僧(ルイ・ルフェーブル)。
 ジャンは仕事に忙しくて、あまりジュリエットをかまっていられない。退屈したジュリエットが親爺さんの部屋で遊んでいると、ジャンが怒って親爺さんの部屋の物をめちゃくちゃに壊してしまう。ジュリエットが楽しみにしていたパリ見物も、親爺さんと小僧が先に船を下りてしまい、船で留守番する羽目に。パリ見物の代わりにコルベイユの手前の町のダンスホールに行くが、行商人にちやほやされて舞い上がったジュリエットにジャンはまたも腹を立て、船に戻ったあと彼女を置いて外に出て行ってしまう。パリまで行って1時間で帰れると行商人から聞いていたジュリエットは、すぐ戻ってくるつもりで船を降り、パリ見物に出かけるが、戻ってみると船がない。ジュリエットがいなくなったことを知ったジャンが、怒って船を出してしまったのだ…。

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◆変人と猫

 ミシェル・シモン(外見はフランス版伊藤雄之助)の演じる親爺さんというあだ名の老水夫の趣味は、博物収集…と言うより、ガラクタ集め。世界中の港に寄って手に入れた品物を 部屋の中狭しと飾っています。一番の珍品は、3年前に死んだ友だちの手首のホルマリン漬け。もう一つの趣味は音楽。自分でアコーディオンを弾いてジュリエットに「船乗りの歌」を歌って聴かせます。
 身なりにかまわず、体中にヘンテコな入れ墨を入れていて、ジュリエットになれなれしくくっついたり、親爺さんからは変わり者っぽいにおいがプンプンしています。彼の周りには常に猫がウロチョロ。全部で何匹いるのかよくわからないほどの猫を飼っているのです。猫のことだから親爺さんの部屋と言わず船じゅう神出鬼没。クロゼットを開けると転がり出てきたり、新婚の二人のベッドで子猫を産んでしまったり。ミシェル・シモン自身、猫を溺愛していたそうです。また、監督のジャン・ヴィゴの父も大変な猫好きで、この映画のように家じゅう猫だらけだったといいます。
 この親爺さんのように、はたの人から敬遠されている人が動物をとてもかわいがっていることがありますね。人間には心を開かない人が、動物を優しくかわいがる。動物はその人が人間社会ではどうあれ、その人になつく。そのいじらしさにこちらもほろりとする。が、逆に、多頭飼育による動物の鳴き声や糞尿が原因で周囲から迷惑がられている人も。親爺さんもジャン船長からだいぶ叱られているので、そろそろこれ以上増やさないようにしないといけないと思いますが…。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆水の中

 前回に続き、今回も夫婦の危機を描いた映画をお届けします。今回は第一次大戦から第二次大戦の間の、フランスの新婚ホヤホヤのカップルの喧嘩です。この時期の喧嘩は、今まで別々のバックグラウンドで暮らしていた男女が生活を共にするようになったことで起きる食い違いが主な原因ですから、次第にお互いが歩み寄り、夫婦らしくなっていくものですよね。
 村の教会で結婚式を挙げた二人が、アタラント号に向かって参列者を従えて歩いて行くところは、まるでシャガールの絵を見るようです。ジュリエットは、以前から船乗りと結婚したいと言っていたそうで、集まった親戚らしき人たちが昔から変わった娘だったと話しています。田舎の村育ちのジュリエットが、アタラント号に乗ればパリや色々な街に行くことができる、と都会へのあこがれからジャンを結婚相手に選んだような気がしますが、それだけではないようです。
 ジュリエットは、結婚式の翌朝、バケツで顔を洗うジャンに「水の中で目を開けると好きな人が見える」と言います。昔からそう言われていて、ジャンが初めてジュリエットの家に来た日、ジュリエットにはジャンが見えたと言うのです。試しに川に頭を突っ込んで「見えた」とふざけるジャン。ジュリエットはジャンが運命の人だと、そのときから確信していたのでしょう。

◆求め合う二人

 甘~い新婚生活と行きたいところですが、ジャンにとってはアタラント号が職場。期日通りに荷をさばくため夜中と言わず働きどおしで、常にイライラしています。こんなはずではなかったと思うジュリエット。親爺さんも働きづめでへそを曲げています。パリに着いて親爺さんが小僧と船を先に降りてしまったのも、ジュリエットと親爺さんが一緒にいるのをジャンが怒って暴れたときに、親爺さんのお守りの首飾りがこわれたので、吉凶を占ってもらいに行ったのです。皆それぞれストレスが飽和状態。在宅ワークは難しい。
 ジュリエットにとって、行商人はイブを誘惑した蛇のごとく。見るもの聞くものすべて、田舎娘で免疫のないジュリエットは、そそのかされてパリに出かけ、都会の光と影を見ます。きらびやかなショーウィンドウ、ひったくり、工場の門に並ぶ失業者の列、ジュリエットに声をかける男。
 怒りにまかせて船を出してしまったジャンも、ジュリエットがいなくなり、仕事が手に着かず腑抜けのようになってしまいます。川に飛び込んで、ジュリエットが見えるか水中で目を開けてみると、花嫁衣装をまとったジュリエットの姿がオンディーヌのように浮かび上がります。
 アタラント号に追いつこうと小さなホテルに泊まって朝を待つジュリエット。ジャンも不安な夜を迎えます。二人は夢の中でお互いを求め合います。
 水中のジュリエット、相手を腕に抱きたいと二人がそれぞれ熱く身もだえする姿は、私が今までに見たあらゆる映画の中でも最も美しく、官能的な映像です。

◆年の功

 抜け殻のようなジャンは、きちんと職責を果たしているのか船会社から目を付けられますが、親爺さんがジャンをかばい、ジュリエットを探しに町に出かけます。ジュリエットは「歌の殿堂」と書かれた店に入っていきます。これはどういう店か、よくわからないのですが、ジュークボックスの原形でしょうか、機械がずらりと並び、番号で曲を選んで、イヤホンを耳にあててレコードの音楽を聴く仕掛けになっているようです。映画の黎明期に、エジソンが発明したキネトスコープという、個人が画面をのぞき込む形の短い映画を見せる機械があったそうですが、それの音楽版でしょうか。店内の配置はパチンコ屋さんに一番近いかもしれません。入り口の「最新流行 船乗りの歌」の貼り紙を見て、ジュリエットがそれを選んで聴くと、親爺さんが歌っていたあの歌が流れます。その歌が店の外まで流れてくるのを聞いた親爺さんはジュリエットを探し当て・・・。
 親爺さん、一風変わったように見えても、年齢のいっている分いざというとき頼りになります。

 親爺さんがジュリエットを探しに出た町の美しいアーチ状の橋は、パリのサンマルタン運河にかかるもの。マルセル・カルネ監督の『北ホテル』(1938年)にも出てきます。『北ホテル』にははしけも登場しますし、音楽は『アタラント号』と同じモーリス・ジョベールで、行商人とジュリエットがダンスホールで踊った曲もダンスの場面に出てきます。「北ホテル」は、今はホテルとしては営業していずレストランになっていると聞きました。パリ旅行ではセーヌ川と運河をめぐる観光船が人気だということですが、アタラント号の航路も遊覧コースに入っているのでしょうか。

◆4本の映画

 他愛もない新婚夫婦の喧嘩を描いた『アタラント号』、単純と言っていいくらいの物語です。けれども、どうしてこんなに心にしみ込んでくるのでしょう。
 ジュリエットを演じたディタ・パルロの、1930年代のフランス人女性らしい可愛さ、男たちの体を張った労働の頼もしさ。『アタラント号』の魅力は、フランスの労働者たちの汗臭い生活がベースにどっしりと横たわっていて、その上に、キラキラと小さな愛のエピソードがまたたく、そんな日常の平和な光景にあるのではないでしょうか。世の中が変わっても、このようなささやかな喜怒哀楽はどこにでもあるでしょう。その中で、ジュリエットとジャンの若さゆえの愛がストレートに描かれます。やきもちを焼いたり、肉体を燃え上がらせたり、下手をすると通俗的になりかねないこれらのエピソードが、説明の少ない動く絵画のような美しい映像に織り上げられています。そして、はしけ船がめぐる水の風景も。
 『アタラント号』を見たら、監督のジャン・ヴィゴ(1905~1934年)のほかの作品も見たくなると思います。彼が生涯に残した映画はたった4本しかなく、全部合わせても上映時間は3時間ほど。そのうち劇映画は『アタラント号』と1933年の『新学期 操行ゼロ』の2本です。『新学期 操行ゼロ』は、厳しい管理と腐敗した教職者に反発した寄宿学校の少年たちが決起して、羽根枕の中身をまき散らして大暴れする場面が有名です。ジャン船長を演じたジャン・ダステが、少年たちの唯一の味方の先生役で出演しています。小僧を演じたルイ・ルフェーブルも暴れています。

◆悲劇の天才

 ジャン・ヴィゴの父は、ドイツとの平和を唱える無政府主義者として、ヴィゴが12歳のときに獄死、ヴィゴは名前を隠して祖父のもとで生活していたそうです。
 彼の映画はフランス国内で「売国奴の息子」の映画と罵られ、ヴィゴの体験を反映したと言われる『新学期 操行ゼロ』は、アナーキーな内容とみなされて上映禁止となり、続いて『アタラント号』の撮影にかかったヴィゴは、無理がたたって持病の結核を悪化させ、29歳で亡くなってしまいます。『アタラント号』が公開されたとき、製作会社によってフィルムは勝手に編集され、題名も変えられてしまったそうですが、今日見られる形に修復されたのは1990年だったということです。
 ヴィゴの映画は、役者の動作やドキュメンタリー的な映像など、非言語的なものが時にセリフ以上に何かを訴えてきます。1930年代、トーキー化によりセリフを多用した文学的・演劇的な映画が生まれますが、その流れの中でヴィゴは、映画の「画」へのこだわりを見せつけているかのように思えます。撮影は、ジャン・ヴィゴの映画すべて、ボリス・カウフマン

 フランスのヌーヴェルバーグの監督・フランソワ・トリュフォージャン・ヴィゴを絶賛しているそうです。そう言えばトリュフォーの『大人は判ってくれない』(1959年)で、主人公の少年の学校で、校外を先生が先頭に立ってランニングしていると、生徒たちが一人抜け、二人抜けしていくシーンがありますが、『新学期 操行ゼロ』にも、ジャン・ダステが演じる先生が生徒たちを引率して街の中を歩き、バラバラになっていく場面があります。もっとも、このとき隊列から最初に抜けたのは先生でしたが。


◆参考 『ジャン・ヴィゴ コンプリート・ブルーレイセット』解説ブックレット
     2017年/(株)アイ・ヴィー・シー

 

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