ガス代の滞納を続ける主婦に集金人は体を要求する。みすぼらしい身なりで女は彼の下宿を訪ねるが・・・。
製作:1956年
製作国:日本
日本公開:1956年
監督:千葉泰樹
出演:加東大介、津島恵子、宮口精二、堺左千夫、清川玉枝、他
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆(ほんのチョイ役)
集金先の猫
名前:不明
色柄:茶白(モノクロのため推定)
◆ダイヤモンド・シリーズ
タイトルが同じだけれどリメイクではない映画の紹介企画、『鬼火』の2回目は日本映画です。46分という短さで、DVDなども売られていないそうなので、残念ながら鑑賞する機会が限られているのが心苦しいのですが、映画らしい良い作品なので紹介させていただきました。
私が見たのはCS放送の日本映画専門チャンネルで、昭和の日本映画を当時の地理や市民生活も含めて広く紹介する映画評論家の川本三郎氏の解説付き。同氏の解説によると、1956年から東宝が「ダイヤモンド・シリーズ」と銘打ち、“上映時間は短いが、人気作家の作品を原作とする中身の濃い芸術作品を作るようになった”とのことで、『鬼火』はシリーズ第1回作品。
「ダイヤモンド・シリーズ」には、同じく千葉泰樹監督の『下町(ダウンタウン)』(1957年)『新しい背広』(1957年/監督:筧正典)など、川本氏が著作の中で紹介してきた映画が含まれ、いずれも同チャンネルで放映されました。小粒ながら、文学で言えばショートショートのような、凝縮された味わい深い作品ばかりです。
東宝のデータベースではダイヤモンド・シリーズで検索しても、すべてのラインナップが出てきません。どうも東宝は一般ファンへのアーカイブ情報の提供にはあまり力を入れていないような気がします。これから整備されるのを期待したいところです。
脚本は黒澤明監督作品を多数手掛けた菊島隆三、音楽は伊福部昭と、黄金期日本映画らしい布陣である一方、千葉泰樹監督は現在はあまり知られていないかもしれません。戦前から時代劇を手掛けていたそうですが、戦後は多くの映画会社を経て1956年から東宝専属。『鬼火』で好演した加東大介を主役に起用した相場師の出世物語『大番』4部作(1957~1958年)や、社長シリーズの第1弾『へそくり社長』(1956年)も監督しました。東宝の明朗サラリーマン映画路線を軌道に乗せた監督の一人と言えるでしょう。
ただしこの『鬼火』はたいへんシリアスなドラマ。出来心が取り返しのつかない結果を生んでしまう悲劇です。
◆あらすじ
忠七(加東大介)はガスの集金人。新しく東京都江東区の一画を担当するようになった。料金滞納の多い地区で、仲間の吉川(堺左千夫)からその中でも特に厄介な家を教えられる。
こわれそうな家の戸を開け声をかけると、ガスに鍋がかかっていた。やつれてはいるが美しいこの家の主婦ひろ子(津島恵子)が顔を出し、金は払えないがガスを止めないでくれと忠七に懇願する。夫(宮口精二)が長い間寝たきりで、薬を煎じなければならないのだと言う。忠七は、ガスを止めない代わりに暗に体を要求する。ガスを止めないでいただけますかと繰り返すひろ子に、忠七は今夜俺の家に来いと下宿の場所を教えて帰って行く。
夜が更けてもひろ子は現れず、忠七があきらめかけた頃、ひろ子がひっそりとやってくる。ひろ子は身を固くしたまま「ガスを本当に止めないでいただけますか」と繰り返す。今夜は泊まれないとひろ子が言うので、忠七が急いで布団を敷き出したとき下宿のおかみさん(清川玉枝)が帰ってくる。それをきっかけにひろ子は逃げ帰ってしまう。
家に戻ったひろ子は、夫に今夜のいきさつを話して泣く。夫も静かに涙を流す。
翌日、忠七は再びひろ子の家を訪ねる。お勝手では何も乗っていないガスコンロの火が燃えていた。忠七は電気の止まっている真っ暗な家の中に入って行くが・・・。

◆小さな目撃者
映画は、木の葉の陰でミンミンゼミが鳴いている映像から始まります。川の土手の上を自転車のアイスキャンディー売りが通ると、座って休憩していた忠七が声をかけて1本買い求めます。「もう彼岸だっていうのにいつまでも暑いじゃないか」と話していますが、いくら暑くても彼岸にミンミンゼミはいないだろうと、いつものことながらいらぬツッコミを入れているわたし。
歩き出した忠七がある家の勝手口の戸を開けて集金の声をかけると、猫の声がニャーと聞こえます。見ると廊下の真ん中に茶白のハチワレ猫が座っています。家人は留守のよう。猫は飼い主が帰って来たと思って出てきたのかもしれません。
留守だとあきらめて忠七が帰ろうとしたとき、出入り口付近の棚の上にがま口が置いてあるのに気付きます。手に持って重さを確かめていると、再びニャーと声がして、猫が障子の陰から顔をのぞかせ忠七を見つめています。それに気がとがめたのか、忠七は元のところにがま口を置き、人目に付かないようにそばにあった鍋をかぶせて出て行きます。入れ替わりに押し売りのような人がその家に入っていきそうになりますが、忠七が留守だと追い返すと、間もなくこの家の主婦(中北千枝子)が帰って来ます。
財布が置きっぱなしになっていたので鍋をかぶせておいたと忠七が不用心を注意すると、主婦はガス料金を払って奥に入り、猫を抱きながら出てきてタバコを1箱忠七に差し出します。忠七ががま口を見てよこしまな気持ちを抱きかけたとは思わず、鍋の陰に隠した気配りへのお礼のつもりなのでしょう。忠七は「かわいい猫ちゃんですね」とお世辞を言って猫の頭をなで、タバコを受け取って出て行きます。
もしも猫に人の言葉が話せたら「あのおじちゃん、さっきがま口を手に取って見ていたよ。わたしが声をかけたから元に戻したんだよ」と告げ口したことでしょう。お礼のタバコは猫ちゃんにあげるべきでしたね。
見事に警備員の役割を果たした猫ちゃんが出て来るのは開始から2分45秒過ぎ頃。この猫、眼の周りは白いのですが鼻から口の周りの色が濃くて、ちょっと大宮デン助風。大宮デン助・・・若い方には通じないか。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆一見善人風
加東大介と言えば、丸顔にコロンと太った小さい体、憎めない人のよさそうな顔立ちで明るいムード。黒澤明監督の『七人の侍』(1954年)ではリーダーの勘兵衛の良き女房役を務め、最後まで生き残る三人のうちの一人を演じました。意外に悪役もやっていて、同じ黒澤監督の『用心棒』(1961年)や山中貞雄監督の『河内山宗俊』(1936年)ではヤクザの子分を演じています(『河内山宗俊』のときは市川莚司の芸名)。成瀬巳喜男監督の映画ではいい男系で、多いのが恋愛トラブルの当事者役。
『鬼火』では、一見人のよさそうな忠七が内面ではあさましい欲望を抱えているところがカギ。その点で加東大介の起用はピッタリだったと言えるでしょう。
忠七も根っからワルではなさそうで、同じ集金人仲間の吉川から集金先の女性と3度関係を持ったことがあると聞かされて驚いています。その話を聞いた同じ日に、ある集金先で主人とお手伝いさんの女性が関係している現場を目撃。薄給の忠七、伯父さんに嫁さんももらえないとこぼしているところに刺激的なことが続いてムラムラ、人がよろしくやっているなら俺もちょっとくらい、という気持ちが生まれたのでしょう。そんなときに料金滞納を続ける家の主婦・ひろ子と出会います。
◆明かりを消して
貧しさを絵に描いたようなひろ子。浴衣姿で、本来はその上に帯を巻くものなのに、細ひもだけしか締めていません。どうすれば(支払いを)延ばしていただけるんです、という言葉遣いからはきちんとした暮らしをしてきたことがうかがえます。忠七の頭にはさっき吉川から聞いた話がこびりついていたのでしょう。「わかってるじゃないか」と言うと、ひろ子は忠七のタバコに火をつけてやったマッチの大箱を取り落とし、マッチが床に散乱します。病人がいるからここではだめだとひろ子が言うと、忠七は夜下宿に来るように誘います。傍らではガスにかかった煎じ薬がぐつぐつと薄気味悪く煮えています。
ひろ子の夫の病気は結核菌が脊椎で病巣を作る脊椎カリエス。そのため7年も寝付いたままだとのことで、すでに金に換えられるものは換え尽くしたもよう。夜になってひろ子が、用事があるが帯がないので出かけられないと夫に言うと、寝ていた夫は寝巻の帯を解いて、夜だったらごまかせるよと、巻いて出かけるようひろ子に促します。
これ以上の哀れはない貧困と不幸。一変して明るいのが、ひろ子が下宿に訪ねてきたところを忠七が風呂屋でひげを当たりながら空想する場面です。
口に紅を引いて美しく化粧し、さっぱりとした着物に着替えたひろ子が現れると、忠七はいい帯だとほめます。柄が古いとひろ子が謙遜すると、忠七はいい物には流行りすたりなんてないと言い、出前の上寿司を勧めます。その食べ方の品の良さにほれぼれする忠七。ひろ子をほめると、ひろ子は鼻にかかった声を出して忠七をつねり・・・と、ここで忠七はひげを深剃りし、いたた、と現実に戻ります。
サラリーマン喜劇などでよくあった定番の流れのギャグに郷愁がよみがえります。身なりを整えたひろ子の艶っぽさもにくい。
実際にひろ子が忠七の下宿に現れたときには、そんな空想も180度方向を変え、重苦しい空気がのしかかります。ひろ子が忠七の部屋で明かりを消してくれと言ったのは、体の交渉を持とうとする恥ずかしさからではなく、昼間のみすぼらしい浴衣に夫の寝巻の帯を締めて来たのを見られたくなかったからです。
◆出来心
いつものようにラストは語りません。この後の展開は、「あらすじ」を参考に想像していただければ、見たことのない方でも大きく外れることはないでしょう。タイトルの『鬼火』は、静まり返ったひろ子の家の中で青く燃えるガスの炎。
いい人そうに見える忠七のような普通の人間の中で醜い欲望がうごめき出す。前半のエピソードの積み重ねが物語の土台を支えています。罪の意識がなく出来心で行動した忠七。軽い気持ちが招いた重大な結末など、微塵も想像していなかったに違いありません。そのとき忠七が思わず口にする言葉がこだまします。
「堪忍してくれ!」
今の日本ではあまり使われない言葉でしょう。ガスの燃える青い火が鬼火となって、忠七の身の回りに一生つきまとう・・・。刑罰よりも重いものを忠七は背負って生きて行かなければならなくなったのです。
忠七の加東大介、ひろ子の津島恵子、夫の宮口精二、すべて『七人の侍』に出演。宮口精二は常に冷静な剣の達人・久蔵役で観客をしびれさせました。この映画では痩せた体で選ばれたのか、一度も起き上がることのない病人の役。津島恵子は村娘・志乃を演じた当時はもっとふっくら。『七人の侍』と『鬼火』の間に、このブログで紹介した『たそがれ酒場』(1955年/監督:内田吐夢)に出演していますが、1年1年違った印象を受けます。
脇役では、忠七の下宿のおかみさんの清川玉枝が実にいい。下町の世慣れたおかみさん。落語にでも出てきそうなキャラクターで、ひろ子に逃げられた忠七に遅まきながら素人女の口説き方を指南。ひろ子が手を付けずに残した上寿司を「残り物には福がある」とちゃっかりつまみ、ラストに向けていい息抜きになっています。
人物以外では、物売りや伯父の作っている下駄の鼻緒、もらったタバコのラッキーストライクを珍重する様子など、当時の風俗がしのばれる描写も見どころ。
原作は吉屋信子の小説。吉屋信子と言えば少女小説という頭があったので、このようなシリアスなストーリーを意外に思いました。映画の冒頭には、タイトルが出る前に作者の文章を引用した字幕が出ています。おそらく、原作小説の一部でしょう。その引用を今回の締めくくりとさせていただきます(句点筆者)。
「気の毒なのは此の人たちの運命であった。
世間にはふとしたことからその人の一生を左右することが
ありがちだ・・・・・・。」
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