この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

このブログについて (はじめに)

 「猫が出てくる映画」を毎回1本、観客目線で紹介・批評するブログです。と言うと、猫の可愛さ・神秘性を堪能できる猫たっぷりの映画を期待されるかもしれません。このブログには、堂々主役を張る猫から、「あそこに出てる!」というくらい瞬間猫ショットの映画も多々・・・。というのは、「映画に出てくる猫について語る」のではなく「猫が出てくるという条件でピックアップした映画について語る」ブログだからです。
 映画について文章を書いて人に読んでいただきたい、と思いつつ、巨匠の名画のことをいまさらちょっと書いてみたところで誰も見向きもしないだろう、新作映画はSNS上で瞬時にレビューが飛び交う時代、無名の人間の批評なんて読む人いないよね、とモヤモヤする中、猫が出るとも知らずに見た映画に思いがけず登場する猫の姿に、猫好きとして喜びを感じていました。ストーリー上の必然もないのに、なぜ監督はわざわざこのシーンに猫を使ったのか・・・。私のように猫が隠れている映画を見つけたいと思っている人がいるのでは・・・。それがこのブログを書くことにしたきっかけです。
 「猫が出てくる」を条件に選ぶと、自分が普段あまり見ないジャンルの映画や、評論で取り上げられないような映画もまじってきます。選り好みせずに筆を執って、幅広い方に読んでいただけたらと思います。ただし、アニメは人間の都合で猫を自由に造形できてしまうという理由で、対象外とさせていただきます。
 あなたが猫好きでも、そうでなくても、ここで紹介した映画があなたにとって忘れられない一本になりますように。

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◆師匠からのメッセージ

 このブログの公開にあたり、映画について書くことの面白さに導いてくださった、映画評論界の重鎮・白井佳夫師匠から応援メッセージをいただきました。


 猫美人さんは、わたしが講師を務めた、東京芸大での特別講義や、池袋の東武カルチュアセンター(閉校)や、池袋コミュニティ・カレッジに引き継がれた『白井佳夫の東京映画村』の生徒の中で、特に切れ味のいい映画の文章の書き手で、その面白さは保証いたします。彼女のユニークな個性をじゅうぶん楽しんでください!」
                          映画評論家

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                                                                                                         f:id:nekobijin:20210410155225j:plain

◆参考書籍
 『スクリーンを横切った猫たち』 千葉豹一郎著 2002年 ワイズ出版
 『ねこシネマ。』 ねこシネマ研究会編著 2016年 双葉社

イラスト担当:東洲斎茜丸

 

戦慄の七日間

原子力科学者が小型核爆弾を持ち出し、七日後に爆発させると国を脅迫するサスペンス。
核兵器の脅威が世界を覆った1950年代の問題作。

 

  製作:1950年
  製作国:イギリス
  日本公開:1954年
  監督:ジョン・ボールティング
  出演:バリー・ジョーンズ、オリーヴ・スローン、アンドレ・モレル、
     シーラ・マナハン、他 

  レイティング:一般

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    ①貸間の女主人の飼い猫 ②ロンドン市内の猫
  名前:①ウェンディ、バンティ、アンバーなど ②不明
  色柄:①キジトラ、白黒、黒など6、7匹? ②白黒


◆ビッグ・ベン

 このブログで取り上げたイギリス映画をさかのぼって確かめてみると、他国との共同制作をのぞき新しいところでは『ボヘミアン・ラプソディ』(2018年/監督:ブライアン・シンガー)、『ウィンストン・チャーチル ヒトラーから世界を救った男』(2017年/監督:ジョー・ライト)や『ボブという名の猫 幸せのハイタッチ』(2016年/監督:ロジャー・スポティスウッド)、すでに半世紀以上前の作品となる『小さな恋のメロディ』(1971年/監督:ワリス・フセイン)、今もシリーズが続く『007は二度死ぬ』(1966年/監督:ルイス・ギルバート)と来て、このブログの栄誉ある第1回作品『第三の男』(1949年/監督:キャロル・リード)と、比較的有名な作品が並んでいます。
 それに対し『戦慄の七日間』は私も最近まで知らなかった作品。初老の原子力科学者が核兵器の製造中止を求めて国を脅迫するというストーリー。舞台となったのはロンドンです。オーバーに盛り上げることなく、リアリティを踏み外さないじわじわと来る演出。大人の映画を見たという気持ちにさせられます。
 東西冷戦の時代の核兵器をめぐる市民レベルの感覚を知ることができる映画として、過去にこのブログで取り上げた『縮みゆく人間』(1957年/監督:ジャック・アーノルド/放射能を含んだ霧のようなものを浴びて体が縮んでしまう男性を描いたSF)、『キッスで殺せ』(1955年/監督:ロバート・アルドリッチ/核エネルギーを放出する物体を盗み出し知らずに放射能を浴びてしまう)などの作品と合わせて鑑賞すると、いろいろな角度から楽しめるでしょう。特にこの『戦慄の七日間』は、一般のロンドン市民も撮影に協力するなど大掛かりな撮影が行われ、ただの架空の物語をかけ離れた問題提起をはらむ一作となっています。
 1930年代から50年代半ばにかけて、優れたイギリス映画を世界に知らしめた映画会社ロンドン・フイルムの製作。『第三の男』もロンドン・フィルムの製作で、同社の映画のオープニングロゴにはロンドンを象徴するビッグ・ベンの時計塔の写真と鐘の音が使われています。この映画の終盤では実際ビッグ・ベンがこれと呼応するように登場し、戦慄の瞬間を盛り上げる立役者となっています。

◆あらすじ

 映画製作年当時のイギリス。
 ある月曜日、ロンドン警視庁のフォランド警視(アンドレ・モレル)は首相官邸あてに届いたという不審な手紙を読む。ただのいたずらではないと思ったフォランド警視が科学研究所に問い合わせてみると、原子力の研究主任のウィリンドン教授(バリー・ジョーンズ)が昨日の午後から消息不明になっているという。
 警視は教授の助手のレーン(ヒュー・クロス)を伴い教授の家を訪れる。教授の娘でレーンの恋人のアン(シーラ・マナハン)も教授の妻も教授に変わった様子はなかったと話す。
 フォランド警視は、ウィリンドン教授が研究所から小型原子爆弾を盗み出し、首相にこの爆弾の製造中止を公表するよう求める脅迫状を送り、応じなければ次の日曜の正午にロンドン中心部で盗んだ爆弾を爆発させると書いてあったとレーンに説明、捜査への協力を求める。爆弾はバッグに入れて持ち運べるタイプライターくらいの大きさで、爆発すればロンドンの半分が吹き飛ぶ。
 教授が最後に会ったと思われる牧師の話では、教授はこの数ヵ月研究の成果が悪用されたらどうすべきかと悩み、苦しんでいたという。自宅からも精神が病んでいたことを思わせる走り書きが見つかった。
 火曜日、ウィリンドン教授は核爆弾の入ったバッグを持ってロンドンにいた。尋ね人として顔写真入りで新聞にも出るが、理由は伏せられていた。教授は貸し間を見つけてそこに落ち着くが、翌水曜の朝、不審に思った家主が警察に通報、教授は部屋に帰れなくなってしまい、目印となるコートも捨てる。交通機関では市民を疎開させる準備が進められる。
 代わりのコートを買おうと訪れた質屋でウィリンドン教授は年配の俳優のゴルディ夫人(オリーヴ・スローン)と知り合い、彼女の部屋に泊めてもらうことになる。木曜日の朝、書置きとお礼のお金を置いて教授は姿を消す。
 2通目の脅迫状が届き、閣議が招集され、市民の間で戦争が始まるのではと噂が飛び交う中、木曜日の13時、首相が臨時ニュースをラジオで流す。教授の脅迫の内容が明らかにされ、市民の疎開を始めると発表。首相は、兵器の開発は国にとって必要なもので、教授の要求をのめば自由世界を危険にさらすと、ラジオを通じて教授に警告する。
 ゴルディ夫人は教授の指名手配ポスターを見て、前夜の顛末をフォランド警視に報告したあとロンドンを後にしようとしていたが、逃げ場のなくなった教授が彼女の部屋に戻ってきて一緒に立てこもることになってしまう。
 金曜日、市民は列車やバスなどあらゆる交通手段で秩序正しくロンドンを後にする。
 土曜日、人っ子一人いなくなった市街で兵士がウィリンドン教授を捜し、しらみつぶしに包囲網を縮める。もしもの時、レーンは爆弾の処理に、教授の娘のアンは教授の説得に力を貸すことになる。
 夜、ゴルディ夫人のアパートで夫人の愛犬が物音を立て、兵士が夫人を発見。教授はすでに原子爆弾の入ったバッグを持って立ち去っていた。
 教授は発見されないまま日曜になり、正午が近づく…。

◆貸間あり(猫付き)

 ウィリンドン教授が爆破予告の日曜の正午まで拠点にしようと選んだ貸間の主はペケット夫人(ジョーン・ヒックソン)。くわえたばこの似合う高齢女性で、たくさんの猫と一緒に暮らしています。欧米の映画では、ちょっと偏屈っぽい一人暮らしの高齢女性が猫を飼っているという設定が多いという話を前にしたことがありますが、このペケットさんはそのモデルのような人。
 教授が部屋を見せてほしいと呼び鈴を押したとき、彼女の足元にはキジトラのウェンディが。ウェンディはメス猫で、外に出ておなかでも大きくなったら困るので、ペケットさんは自室に足で追いやってから応対に出ます。玄関には白黒猫。そして2階の貸室を教授に見せたときも、ベッドの上にはキジトラのバンティ、布団の中にもキジトラのアンバーが。猫嫌いだったらこんな部屋はお断りでしょうが、教授は猫には目もくれず1週間の契約をします。
 夜中に思案しながら部屋を歩き回る教授。その靴音が気になって階下のペケットさんは、キジトラやら黒やらの猫まみれのベッドで天井を見上げて眠れません。そっと教授の部屋のドアの外から耳を澄まして中の様子を探るペケットさん。足元についてきた白黒猫の鳴き声で教授がさっとドアを開け、ペケットさんは固まってしまいます。翌朝、彼女は下宿屋の女主人が襲われた事件を報ずる新聞記事を見て、教授が怪しいと警察に通報するのです。

 監督のジョン・ボールティングと脚本のロイ・ボールティング(ブールティングとも)は1913年生まれの双生児の兄弟。この二人、とても動物好きだったと思えます。映画では、疎開するとき動物は連れていけない決まりとなっていて、犬や小鳥やらのペットが一時留め置かれている場所や、人が去った住宅街で取り残された猫や犬の姿、動物園の動物たちが、同情のこもったまなざしで描かれています。ペケットさんの猫たちはどうしたことやら。
 教授の予告通り爆弾が炸裂したときは、この動物たちは飼い主と離れ離れのまま犠牲になってしまうわけです。ボールティング兄弟も戦争中に動物たちの避難で心を痛めた経験があるのではないでしょうか。
 動物好きの視線は、教授が部屋に転がり込んだ年配の俳優のゴルディ夫人がトリクシーという犬を我が子のようにかわいがっているところにも表れています。教授と彼女が親しくなったのは、質屋の前でトリクシーが初対面の教授になついてしまったから。謝るゴルディ夫人に教授は自分は犬好きだからと、トリクシーと握手までしています。緊迫する展開の中でほっと空気を和ませるトリクシーの愛らしい姿。ペケットさんの猫たちが束になってもトリクシー1頭に顔色なしです。
 ペケットさんの猫たちが出てくるのは25分30秒頃から33分頃まで、疎開後取り残された猫が出てくるのは68分34秒頃です。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆科学者の苦悩

 映画の冒頭、仕事に向かうおびただしい数の人々がロンドンの中心部のウェストミンスター橋を歩いて渡る姿が俯瞰で映し出されます。ウィリンドン教授が狙ったのはこのあたり。議事堂として使われるウェストミンスター宮殿とその時計塔であるビッグ・ベンが橋の北側にあり、まさにイギリスの心臓部です。
 教授は60歳くらいの一見して知的でおとなしそうな紳士。娘によればハエ1匹殺せない人。ただし、彼は第二次大戦中にアメリカで原爆製造にかかわったことがあり、大戦後は国の要請で核開発を極秘裏にほとんど孤独のうちに担わされるという重圧にあえいでいました。
 教授が科学を選んだのは、それによって神や人類に仕えることができると考えたから。けれどもその知識は兵器の開発に使われ、人類を滅びに導く悪魔に手を貸しているという苦悩が渦巻いていたのです。教授は司教の二男として生まれていて、ロンドンに来て真っ先に訪れるのが戦争による爆撃で破壊され再建の寄付を募っている教会。敬虔な信者である彼は、友人の牧師に問いかけ、悪魔は滅ぼすべきと決意し、平和に舵を切るよう国を脅したのです。
 アメリカ、ソ連に続き、世界で3番目に核兵器を保有したのはイギリスで、1952年のこと。イギリスではちょうどこの映画の製作年に原子力兵器研究所がオルダーマストンという村に開設されたということです。この映画は、着々と核開発に歩みを進める国に対し教授の姿を借りて反対の姿勢を表明したものと考えられますし、イギリス国民に対しても、核開発を止めるのは今しかないというメッセージを送ったのではないでしょうか。
 この映画にはたくさんのロンドン市民が疎開の場面などにエキストラとして参加しています。まだ戦争の記憶が生々しく残っていた当時、二度と戦争は嫌だという気持ちを抱きながらフィルムにおさまった人たちも多いはずです。

◆平和は誰のため

 有名な俳優はほとんど出演していませんが、先ほどのペケットさんのジョーン・ヒックソンとともに、ゴルディ夫人を演じたオリーヴ・スローンの二人の高齢女性俳優が、独特の存在感によって映画のリアリティを深め、脇を締めています。
 舞台俳優のゴルディ夫人は、その場その場で役をつかんで食いつないできた浮き草稼業。市民の疎開が決まったときも、一人で軍関係の中枢都市に行って慰問をするつもりになっています。
 全世界が破滅に向かっているいま、ロンドンを犠牲にすれば私の後に続く科学者がいるはずだと、狂気の爆破計画を正当化する教授。それに対し、面倒の種を作り出しているのはあなたたち科学者だと反論するゴルディ夫人。教授の方法は彼女のような善良な市民を犠牲にしてしまうという問題に目を背けたものです。平和を口にしながら大勢を道連れに自殺しようとしている教授に対し、罪がないのはどちらなのか。
 彼女の考え方と教授の考え方が明暗を分ける結末が訪れます。複雑な後味がいつまでも残り続けます。

 ボールティング兄弟は1937年に二人でチャーター・フィルムという映画会社を設立したことがあるそうです。共同制作した映画のタイトルクレジットでは製作と監督を交互に表記していたそうですが、『戦慄の七日間』では製作・監督・編集が二人の名前になっています。
 この映画で、首相は教授を捕えるにあたり警察より軍に指揮をとらせています。教授の捜索をしながら軍の兵士たちが数々の不品行をする様子が描かれているのも、ボールティング兄弟が戦争中に目にしたことではないでしょうか。彼らの軍・戦争・兵器開発に対する批判的な姿勢は隅々に表されています。


◆関連する過去作品

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予告編 次回7月12日(日)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

『戦慄の七日間』(1950年/イギリス/
 監督:ジョン・ボールティング)

盗んだ小型核爆弾をロンドンの中心部で爆発させるという科学者からの脅迫状が首相に届く。爆発予定日は次の日曜。
核兵器開発競争が顕著になった東西冷戦下のイギリス製サスペンス。

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必殺仕掛人

世の人の晴らせぬ恨みを代わって晴らす暗殺集団・仕掛人!
人気を集めたTVドラマの劇場版。

 

  製作:1973年
  製作国:日本
  日本公開:1973年
  監督:渡邊祐介
  出演:田宮二郎、高橋幸治、山村聰、野際陽子、川地民夫、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    悪い女が飼っている猫
  名前:玉
  色柄:キジトラ(麦わら色)


◆必殺シリーズとは何か

 今回はTVドラマの人気を受けて劇場版として製作された映画です。
 人気のTVドラマといっても、この映画は53年も前の作品ですし、元になったシリーズ「必殺仕掛人」は1972年9月から1973年4月の放映。以後「必殺仕置人」など、「必殺シリーズ」と呼ばれたTVシリーズの最終版「必殺仕事人2009」は2009年6月26日が最後の放送だったということなので、それから数えてもすでに17年。聞いたことはあるけれど実際に見たことはないという方もかなりいらっしゃるのではないでしょうか。 実はこのわたくしも、TVを含めて「必殺シリーズ」は一度も見たことがありません。
 この映画のことを知ろうと思ってウィキペディアや製作の松竹のサイトを見ても、「TVと違って…」というような書き方がしてあり、前提となるTV版の知識が皆無だとお手上げ。そこで今回は「初めての必殺」をテーマにこの映画をご紹介させていただこうと思います。「いまさらこんなこと」「勉強不足」とおっしゃる必殺ファンの渋面もちらつかないわけではありませんが、製作から半世紀以上もたった今、こうしたアプローチも必要ではないか、と。
 TVの必殺シリーズは37年もの長きにわたって放映されているので、そのシリーズ全体を俯瞰することはせず、あくまで映画『必殺仕掛人』とその公開前後に限らせていただくことにします。なお、TVシリーズそのものについてはウィキペディア等に詳細な記述がありますので、そちらをご参照ください。わたくしも参考にさせていただきました。
 前口上が長くなりましたが、「仕掛け」というのは暗殺のこと。世のため人のため殺しを金で請け負う暗殺者たちが主人公。池波正太郎の『仕掛け人・藤枝梅安』などの時代小説をベースとしています。

◆あらすじ

 江戸時代、今の東京・上野近辺が舞台。
 鍼医者の藤枝梅安(ふじえだばいあん/田宮二郎)は、商売道具の鍼を必殺の技とする仕掛人。元締めの音羽屋半右衛門(山村聰)の指示で仕掛けを行う実行役だ。仲間には浪人の西村左内(高橋幸治)がいて、武士らしく刀で仕掛けるが、妻子のいる左内は表向きは刃物の研ぎ師として生計を立てている。千蔵(津坂匡章)という若い者は主に使い走り。梅安の友人で年かさの徳次郎(浜田寅彦)は、梅安が個人的に仕掛けを手伝ってもらう助っ人だ。
 梅安は、大きな問屋の後妻におさまった女が主人を殺して身代を奪おうとしていたのを、当の主人からの依頼で殺す。終わってから梅安は徳次郎と温泉で疲れを癒していたが、徳次郎が一人になったとき、殺された女とつるんでいた孫八(川地民夫)という悪人が徳次郎を殺す。
 孫八は、下谷、上野の顔役で香具師(やし)の元締めの三洲屋平十(三松の親分)の子分で、その後添いで岡場所の女将のお吉(野際陽子)とも通じていた。老い先短い三洲屋が死ぬのを待って、その縄張りを二人でいただこうというのである。お吉は少しずつ三洲屋に毒を盛っていた。
 そのころ西村左内には八丁堀の同心の峯山又十郎(室田日出男)から町方同心にならないかと誘いがあった。それには支度金・口利き料として三十両の前金を納める必要があるという。だが又十郎は立場を利用して町人などから袖の下をせしめたり、三洲屋の裏稼業の岡場所や賭場を目こぼしする代わりに金をむしり取る悪徳同心だった。
 臨終の床に就いた三洲屋は、弟分の聖天の大五郎(三津田健)に峯山又十郎の仕掛けを音羽屋に頼んであると話す。聖天の大五郎は音羽屋に赴き、三洲屋亡きあと不穏な動きをするであろう孫八の仕掛けも依頼し、三洲屋の島を守りまじめな跡取り息子の為吉(森次晃嗣)の後ろ盾になって働くと語る。音羽屋は左内に又十郎の仕掛けを任せ、梅安は孫八とお吉がつるんでいたことを知る。
 三洲屋が亡くなり、跡取りの為吉は裏稼業をやめようとしていたが、峯山又十郎とグルになった孫八に妨害され傷めつけられる。
 梅安は孫八に加えてお吉も仕掛けるよう指示を受ける。まずはお吉の仕掛けに出向くが、仕掛人だと感づかれて川に放り込まれてしまう。千蔵に助けられた梅安は、孫八とお吉が情事の後に眠っていたところに忍び込み、二人を殺す。西村左内も峯山又十郎を斬る。
 三洲屋をめぐる騒動はこれで治まるかと思われたが、聖天の大五郎は初めから自分が三洲屋の縄張りを横取りするつもりで孫八らの仕掛けを音羽屋半右衛門に依頼しており、跡取りの為吉も殺してしまう。だまされたことに気づいた音羽屋は、跡目におさまった聖天の大五郎を自ら手にかけて殺す。
 騒ぎはようやく落ち着いた。だが、梅安にはひとつ気にかかることがあった…。

◆悪女と猫

 この映画に登場する猫は、三洲屋平十の後妻の悪女お吉がかわいがっている玉。
 下谷・上野あたりの土地の顔役である三洲屋は、表看板は香具師を束ねる元締め。その陰で幕府非公認の私娼窟である岡場所、土場(どば)と言われる博打場などの闇商売を行っていたわけですが、後妻のお吉はその岡場所の女将。腹黒いお吉の飼っている玉は、腹黒ならぬ麦わら色のキジトラ猫。
 最近聞くようになった麦わら猫というのは、厳密な定義はないようですが、キジトラのように黒っぽい縞模様が入り、ベースの毛色は明るめの茶色と黒が混じると言われているようです。一般的なキジトラより枯れ草色のような印象のものが麦わら猫と呼ばれているようですが、私は麦わら猫はキジトラの色のバリエーションの一つと思っています。ですから、ここでは麦わら色のキジトラと書かせていただきました。ただし、麦わら猫は三毛、サビ(ニ毛)と同じようにほとんどがメスらしいので、厳密にはキジトラと分けて考えなければならないのかもしれません。

 お吉は普段は三洲屋本宅の方にはいず、岡場所で生活しています。玉はそこでとてもかわいがられています。
 ある雨の夜、玉の姿が見えなくなり、お吉が「玉、玉!」と捜しながら裏の戸を開けると向かいのひさしの下に梅安が立っています。梅安はお吉の仕掛けに出向いてチャンスをうかがっていたところです。懐には玉の姿。
 お吉と目が合い「お宅の猫ちゃんですか?」と問う梅安。「猫ってやつは濡れるのが嫌いでね、私と一緒に雨宿りしていたんですよ」と話し出します。
 お吉に猫を返すと、お吉は「雨がやむまで上がって」と梅安に愛想を言います。梅安は自分は鍼医者だと話し、お吉の日頃悩んでいる症状を言い当てると、お吉は梅安にその場で治療を申し込みます。玉を抱いて治療しながら世間話をするうちに、梅安もお吉も親兄弟に縁がないということがわかり、先生と気が合いそうな気がするよと、お吉は少ししんみりします。梅安は背後で必殺の鍼を用意。そこに孫八が子分とやってきて梅安をふんじばると、お吉は玉を抱きながら「銭を持たないで上がったやつは簀巻き(すまき)にして川に放り込むのが女郎屋のきまり」と言い捨て、梅安はその通りにされてしまうのです。
 初対面の梅安に上がれとか、その場で治療を申し込むとか、悪女の割には甘いところのあるお吉ですが、梅安の正体がわかるとたちどころにクールに。いっときいい顔をしたのは玉を大事に扱ってくれた感謝の気持ちからか、梅安がちょっといい男だったからか、それとも梅安と育ちの似ている他生の縁を感じたゆえなのか。
 玉は、初登場の26分38秒ごろから、野際陽子演じるお吉とともに何度も登場。不幸な生い立ちから人間不信のお吉が唯一気を許したのが猫。お吉が絶命したときもそばに寄り添っています。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆仕掛けの掟

 映画の冒頭、仕掛人とはいかなる存在かを述べる筆文字の文章が画面に現れ、晴らせぬ恨みを晴らし…と音羽屋半右衛門の山村聰が読み上げる声がかぶります。この演出はTVでも毎回流れていたようです。
 これによると、仕掛人とは人でなしを消し人の恨みを晴らすのが仕事。そして決して失敗はしない。
 世のため人のため、他人を踏みにじるような悪行をしている者を、依頼に基づき金銭で殺すことを請け負う商売。ただし、人さまのたった一つだけの命を頂戴する以上、依頼する客も元締めも掟を厳しく守ってこそ成り立つ稼業であり、聖天の大五郎のような仕掛人を欺く人間は、誰からの依頼がなくても始末する、という決まりになっているようです。つまり契約違反は命で償うというわけですね。おお、こわ。
 前金と成功報酬で、音羽屋が分け前を梅安や左内にどのように分配していたのかははっきりと描かれていませんが、かなりの大金が依頼者から納められています。音羽屋の表稼業は口入屋(くちいれや)と呼ばれる人足のあっせん業だとか。
 当然ながら仕掛人だと知られてしまえば成り立たない仕事なので、「水戸黄門」や「暴れん坊将軍」や数々のスパイ映画のように、普段は市民生活に溶け込む顔を装っています。そうなると、音羽屋のところに依頼に来る人たちはどのようにして音羽屋が仕掛けの元締めだという情報を得ているのかが謎です。西村左内に至っては妻にすら仕掛人であることを悟られないようにしなければなりません。

◆主役の顔

 連続ドラマやTVシリーズ物は、登場人物の性格や役割や人間関係が固定化されることでファンも固定化され、映画化したとき一定の集客も見込めますが、主要な役を演じる俳優が異なったときは大きな賭けです。
 TVの「必殺仕掛人」では、藤枝梅安は緒形拳、西村左内は林与一が演じたとのことで、最も重要な仕掛人本人が映画とTVでは異なることになりました。TVドラマに親しんだファンにとっては、当然どっちがよいかという話になるでしょう。
 TV版を全く見たことのない私がどう思ったかと言うと、西村左内に関しては、高橋幸治には表に少々殺気が見えるのに対し、林与一の方は貴公子然として、人も殺さぬタイプに見えたのではないかと思います。つまり、仕掛人らしい高橋幸治と、仕掛人らしくない林与一。
 一方、映画版藤枝梅安の田宮二郎とTV版の緒形拳ですが、これは緒形拳の梅安を見たことがない私でも、緒形拳にすっと軍配を上げたいと思います。なんと言うか、緒形拳の持っている柔和な部分が、惹きつけるのです。仕掛人の正体を隠して町で鍼医者として活動する梅安。接客業でもあります。人気がなければ次は呼ばれない商売。そこに緒形拳のちょっとニコニコっとした顔がぴたりとはまる気がするのです。田宮二郎は悪くはないのですが、少々愛嬌が足りない。悪役タイプに見えるんですね。
 TVで緒形梅安ファンになった人には不満だったのか、ほかの事情もあるのかもしれませんが、続いて作られた2本の必殺仕掛人シリーズ映画『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』(1973年/監督:渡邊祐介)『必殺仕掛人 春雪仕掛針』(1974年/監督:貞永方久)ではTVと同じく緒形拳が梅安、林与一は小杉十五郎という浪人を演じていて、西村左内は登場しません。

◆見えない縁

 さて、藤枝梅安の「藤枝」ですが、これは駿府(今の静岡県)の藤枝出身であることに由来しています。梅安は徳次郎と温泉に行ったとき、子どものころに母親に捨てられ、4つ違いの妹だけ母親が連れて行って生き別れになったと話します。母親は男にだらしがなく、妹もどこでどうしていることかと言っていた梅安。
 孫八とお吉が眠っているところを、濡れた和紙で鼻と口をふさぎ、長い鍼で延髄を刺して仕掛けた梅安は、そのときのお吉の目が別れたときの母親の目を思い出させると、三洲屋の件にけりが付いた後も一人沈んだ表情になるのです。
 お吉は以前、孫八を相手に自分は藤枝の出身で、母に連れられ兄と生き別れになったと話をしていたことがありました。お吉は梅安の妹と察せられるわけですが、こういうところはいかにも時代劇らしい。

 「必殺」のヒットで、濡れた和紙や鍼で人の命を奪えるかどうかも話題になりました。ネットを見るとそれについて考察した記事がいくつか見られます。鍼は別として、濡れた和紙については冷たい紙がちょっとでも顔に触れた時点で飛び起きてしまうのではないかと思うのですが、和紙は直接絶命させるためではなく、起き上がらせて延髄を刺すために補助的に使われたのかもしれませんね。

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予告編 次回7月1日(水)公開予定

「この映画、猫が出てます」をご愛読いただきありがとうございます。

次回の作品は

『必殺仕掛人』(1973年/日本/監督:渡邊祐介)

生かしておけば世の害悪になる人でなしを闇に葬る暗殺者集団、仕掛人。
ご存じTVの人気シリーズの劇場版。

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