この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

幕末太陽傳(ばくまつたいようでん)

品川宿遊郭で豪遊した佐平次は無一文。居残ったら女郎や客は大喜び。古典落語がベースのユニークなコメディ。


  製作:1957年
  製作国:日本
  日本公開:1957年
  監督:川島雄三
  出演:フランキー堺左幸子南田洋子石原裕次郎小沢昭一、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    アバ金がつかむ猫
  名前:不明
  色柄:白黒ブチ? 三毛?(モノクロのため推定) 
  その他の猫:女郎と遊ぶ黒白の子猫・茶白の子猫、アバ金がノミをとるキジ白、女郎や
        若衆の喜助に抱かれているキジ白(モノクロのため推定)

 

品川宿・御殿山

 お江戸日本橋を起点にした五街道東海道中山道甲州街道日光街道奥州街道)の、東海道の最初の宿場は品川宿。かつてここに実在した旅籠であり妓楼で、その外観から「土蔵相模」と呼ばれた相模屋が舞台。高杉晋作などの歴史上の人物と古典落語の登場人物がクロスオーバーする、ポップな時代劇コメディです。
 高杉晋作ら攘夷派の長州藩の志士たちが品川御殿山の英国公使館焼き討ちをこの相模屋で密議し、決行したのが1863年の1月31日(文久2年12月12日)。今からおよそ160年前の出来事でありました。

◆あらすじ

 文久2年の暮れ、町人の佐平次は連れの数人の男たちと品川宿の相模屋で女郎や芸者を呼んで豪勢に遊ぶ。佐平次は相模屋の喜助(岡田真澄)に勘定を催促されると、金は持っていないと明かし、相模屋に居残ることになった。佐平次は滅法気が利いて率先して相模屋の仕事を手伝い、居残りのいのさんと呼ばれて主人や使用人・女郎たちから頼られる存在になる。頼まれごとを引き受けては小遣いを稼いでいた佐平次だが、胸の病で高価な薬を買って煎じて飲んでいた。
 相模屋では、女郎のおそめ(左幸子)とこはる(南田洋子)がトップ(板頭/いたがしら)を競っていた。おそめは最近落ち目で、世をはかなんで相模屋に出入りのアバ金(小沢昭一)と心中しようとするが、アバ金を先に海に突き落として、自分は逃げ帰ってしまう。あとでアバ金の死体(実は死んだふり)を入れた早桶を担いだごろつきが相模屋の玄関先で嫌がらせをするが、その場を収めたのは佐平次だった。
 一番の売れっ子のこはるは、年季が明けたら夫婦になるという約束をしたためた起請文(きしょうもん)を、親子と知らずに年輩の男と若い男に渡していたのがばれて大騒ぎになるが、それも佐平次が丸く収める。
 相模屋には高杉晋作石原裕次郎)ら長州藩の志士が逗留し、建築中の英国公使館の焼き討ちを計画して、建物の絵図面を欲しがっていた。高杉に幕府のスパイと疑われた佐平次は、相模屋の女中のおひさ(芦川いづみ)の父親で、英国公使館を建てている大工の長兵衛(植村謙二郎)から、絵図面を高杉たちのために手に入れてやる。おひさは父の相模屋への借金のかたに女郎として売られることになっていたが、跡取りの放蕩息子におかみさんにしてくれれば女郎にならなくてすむと頼み、佐平次の手引きで駆け落ちする。
 公使館から火の手が上がったのを見届け、佐平次は黙って相模屋を後にしようとするが・・・。

◆猫の災難

 生涯51本の映画を残した川島雄三監督、その作品にはよく猫が登場します。この映画では、相模屋の女郎たちに呉服屋が反物を見せに来た場面で黒白の子猫、貸本屋のあばたの金造・略してアバ金が貸本を持ってきた場面で女郎の膝に乗ろうとする茶白の子猫が登場していて、とてもかわいい。ほかにおとなの猫で、前半でアバ金がノミを取っていた猫と、中盤、女郎部屋で女郎が抱いていた猫、ラスト近く喜助が抱いて居眠りしていたキジ白猫は同じ猫のようです。相模屋で飼われている猫でしょうか。
 残念なことにこの映画には死骸となって登場する猫がいます(ストレスを感じる方はご注意ください)。佐平次が豪勢に遊んだ翌朝、障子を開けて品川の海を見ると、波打ち際に猫の死骸が打ち上げられていて気分を悪くします。また、アバ金がおそめと心中しそこなって海から起き上がったときに、猫の死骸を手に掴んでいて、びっくりして放り投げます。おそらく同じ猫でしょう。
 アバ金を演じた川島映画の常連・小沢昭一のエッセイ『幕末太陽伝の猫』によれば、この猫はいつロケに出てもいいように撮影所の小道具部屋であらかじめ飼われていたのだそうです。そうとは知らず、猫好きの小沢昭一は、小道具部屋の前を通りがかりにいつも頭をなでたりしていたとのこと。
「その猫がやがて死骸となって、私が抱こうとは。
 未だに、共演の猫の霊に手を合わせてます。」と小沢昭一は書いています(注1)。
 ・・・このシーンのために犠牲になった1匹の猫。作り物を用意するより、こちらの方が手っ取り早く安上がりだったということでしょうか。たびたび日本映画での猫の扱いに言及してきましたが、映画に限らず、この頃の日本の、動物の命に対する認識を物語るエピソードだと思います。
 人間の営みのために犠牲になった多くの動物たちの霊に、私たちも手を合わせたいと思います。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

       

太陽がいっぱい

 1956年に公開された映画『太陽の季節』(監督:古川卓巳)がセンセーションを巻き起こし、その風俗をまねた太陽族と呼ばれる若者が既成の道徳観を覆し社会問題になったあと、激震の走った映画界では「太陽」をタイトルに冠した映画や、太陽族の若者の生態を描いた『狂った果実』(1956年/監督:中平康)などのいわゆる「太陽映画」が発表されます。この『幕末太陽傳』の「太陽」は、太陽映画で鮮烈なデビューを果たした石原裕次郎と、幕末の日本で倒幕運動に過激に邁進した若者・高杉晋作の破壊的なパワーを二重写しにするとともに、史実と落語を混淆させ既成の演出をひっくり返そうとしたチャレンジもまた「太陽」的と、しゃれているのではないかと思います。『太陽の季節』で主演の南田洋子、『狂った果実』の岡田真澄も出演。そういえば、石原裕次郎はのちにTVドラマ『太陽にほえろ!』で活躍しましたね。
 語り草なのが、おそめの左幸子と、こはるの南田洋子の、日本映画史上最も激しい(?)女同士の取っ組み合い。遊郭を再現したセットを庭から回廊へクレーンで上から撮影し、逃げ回るおそめを追いかけるというダイナミックな1分半近くの乱闘シーン(相撲で1分を超えると長い相撲と言われますからね)。さる筋から聞いた話によれば、実際に二人ともツンツンしていて、撮影以外のときにどちらかがどちらかの足を引っかけてつっ転ばしたとか(真偽のほどは定かではありませんが)。

◆落語三昧

 映画は、ゴジラが東京に上陸した最初の地点としても知られる八ツ山橋から、製作当時まだ存在していた品川宿遊郭の名残り・北品川カフェー街、相模屋の「さがみホテル」を映したタイトルバックに、加藤武のナレーションを乗せて始まります。
 ストーリーの芯になっているのは古典落語の『居残り佐平次』。「居残り」と言うのは、勘定を支払えなかった客を、清算が済むまで遊郭に留め置くことを言ったそうで、いわば人質。落語でも佐平次は品川宿で連れの男たちと豪遊しますが、もともと胸の病で、空気のいいところでゆっくり過ごせば治ると医者に言われ、初めから海べりの品川の遊郭で療養がてら居残るつもりだったというわけ。
 貸本屋のアバ金が女郎たちに貸本を持ってきたとき、心中物ばかりだったので、一人の女郎が「『品川心中』ってのはないのかい」と言いますが、おそめが企てたアバ金との心中というサブストーリーは、落語の『品川心中』の一部を取ったもの。
 そのおそめを追い抜いたこはるが起請文を親子に渡して起きる騒動は『三枚起請』のアレンジ。この落語のオチは、高杉晋作が作ったと言われる都々逸の文句「三千世界の鴉(からす)を殺し 主と朝寝がしてみたい」に引っ掛けたもので、高杉晋作の絡むこの映画でのシャレになっています。
 ラスト近く、ひいきの客にこはるが死んだと佐平次が嘘をついて、適当なお墓を「こはるのだ」と教えるという部分の下敷きになっているのは『お見立て』。『墓違い』と言う別題もあるそうです。
 ほかにも、人物設定やシチュエーションなどを借りたと思われる落語もあるようですが、主なものは以上。落語好きのイラスト担当・茜丸の知恵を借りました。

川島雄三

 川島雄三監督の代表作でファンの多いコメディですが、どこかに死の予感とか、そこはかとない寂しさを感じる映画です。主人公を演じるフランキー堺は川島映画の常連。そのフランキー堺の佐平次が、胸の病を治そうと苦心する姿が、落語に比べるとずっと真剣で細密に描かれています。女郎と床を共にすることもなく、ラスト、人っ子一人いない道を走ってどんどん小さくなっていき、孤独の影をにおわせます。「俺はまだまだ生きるんだい」と言う佐平次のセリフには、むしろ死への恐れ、死を打ち消したいという動機が見え隠れします。落語のように気楽に楽しんでいいはずなのですが、なぜか考え込まざるを得ません。
 1963年に45歳という若さで、ある朝寝床の中で冷たくなっているのが見つかった川島雄三監督。進行性筋萎縮症を患っていたといいます。難病、恐山のふもとの出身、甘いマスク、謎めいた私生活、アイロニカルで破壊的な作風、映画会社を渡り歩き、監督自身が伝説の存在です。佐平次には、川島監督自身の人生への態度と、この作品を最後に日活を去ることになった決別の姿勢がにじみ出ているのではないでしょうか。
 わが白井佳夫師匠は、川島監督の死の年に、生い立ちと全作品について川島監督にインタビューを行い、貴重な記録を発表しています(注2)。ここで川島監督のことを書くには長くなりすぎてしまいますので、また別の作品のときに書くことができればと思っています。

 小林旭の演じる久坂玄瑞二谷英明の演じる志道聞多の意見の対立に対し、高杉晋作が「藤八拳(とうはちけん)」で決めろ」と言いますが、そのしぐさで、先日の『縮図』(1956年/監督:新藤兼人)で、乙羽信子芦田伸介がお座敷でやっていた遊びが「藤八拳」とわかりました。狐、庄屋、鉄砲のしぐさで、じゃんけんのように互いの強弱関係によって勝負を決めるものだそうです。


(注1)「幕末太陽伝の猫」 『老いらくの花』小沢昭一/2009年/文春文庫/(株)文藝春秋
(注2)「再録 川島雄三監督 自作を語る」『日本映画黄金伝説』白井佳夫/1993年/
    (株)時事通信社

 

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