少年のとき空港で見た光景にとらわれた男が時空を超える旅で出会ったのは・・・。
『12モンキーズ』についても触れています。
製作:1962年
製作国:フランス
日本公開:1999年
監督:クリス・マルケル
出演:エレーヌ・シャトラン、ダヴォス・ハニッヒ、ジャック・ルドゥー 他
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆(ほんのチョイ役)
ベッドの上の猫2匹
名前:不明
色柄:黒白ブチ、黒白ハチワレ
◆人類の遺産
「人生で一度は見るべき映画」などとよく言いますが、わたしはこの映画をそのうちの1本として推します。
クリス・マルケル監督のこの短い映画は、10年に一度発表される英国映画協会(BFI)の最新の2022年12月版「映画監督が選んだ映画ベスト100」Directors’ 100 Greatest Films of All Time | BFIの第34位に選ばれ(同位に『大人は判ってくれない』(1959年/監督:フランソワ・トリュフォー)と『甘い生活』(1960年/監督:フェデリコ・フェリーニ))、いまなお世界各国の監督たちの熱い支持を集めています。ちなみに第1位は『2001年宇宙の旅』(1968年/監督:スタンリー・キューブリック)、第2位は『市民ケーン』(1941年/監督:オーソン・ウェルズ)でした。
このブログでいままでに取り上げた映画にも、その100本の中に入っているものが『大人は判ってくれない』のほかにもいくつかあります(末尾に列挙しています)。
この100本の映画の中で猫が登場するものを10年後のベスト100の発表までにすべて取り上げたい、というのが私の夢です。
◆あらすじ
第3次世界大戦後、パリは支配者の下に置かれ、人類は地下に避難した。捕虜になった人々は人類の滅亡を救うべく支配者側の時間旅行の実験台となったが、ほとんどの人間が耐えることができなかった。その中である男が次の被験者に選ばれる。彼は少年の頃、オルリー空港の送迎デッキで見た出来事の記憶にとらえられていた。突然一人の男が倒れて死に、激しく動揺する女性の記憶――。
実験によって過去に旅した男は見覚えのある女性に出会う。過去への旅のあとは未来への旅に。男の旅は成功する。未来人は彼を未来に誘うが、男は過去の女性にとらわれ続ける。男は記憶の中の空港へと時間を旅するが・・・。
◆リアルな猫
この映画の猫は、実験台となった男の過去への旅の中に現れます。第3次世界大戦がはじまる前の平和な時代に、普通の家庭のベッドの上でくつろぐ2匹。黒白ブチと黒白ハチワレ。ハチワレは子猫で、この2匹は親子かもしれません。今で言う「リアルな」猫に男は出会ったのです。
大戦によって地表は放射能で汚染され、地下で生存できるのは限られた者のみ。少なくとも男は地下で猫を見たことはないのでしょう。生き物だけでなく、普通に地表にあった墓地や、男の記憶の中の空港の送迎デッキも地下には存在しません。実験台となった男はその平和だった過去を訪れるのです。
1950~60年代は、第二次大戦終結後、米ソの核開発競争、東西冷戦と、次の戦争の火種があちこちに存在している時代だったと言えるでしょう。フランスは1954年までインドシナ戦争でベトナムと戦闘状態でした。アメリカの水爆実験によっていわゆる「死の灰」を浴びた第五福竜丸事件が起きたのは1954年です。
人類が核や放射能の恐怖を再び具体的に味わったのが、1986年のチョルノービリ(チェルノブイリ)原発事故、2011年の福島第一原発の事故であり、昨年からのロシアのウクライナ侵攻です。この映画の中で映し出される破壊された街や廃墟の映像に、寒々としたものを覚えます。『ラ・ジュテ』の描く世界は、すぐそこに迫っているのかもしれません。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
◆存在と時間
「ラ・ジュテ」とは、埠頭とか桟橋、空港の送迎デッキといった意味のフランス語。ジェット機のエンジン音が響く空港の風景から始まるこの映画は、上映時間わずか29分弱。全編、パソコンで複数の写真を見るときのスライドショーのように静止した映像でつづられ、ストーリーは画面外からの、主人公の男のナレーションで語られます。たった一箇所、男が過去への旅で出会った女性がまどろみから目を覚ます場面で、女性のまぶたが開き、まばたきをする動く映像が見られます。
男を時間旅行の実験台にした科学者たちの目的は、現下の人類の滅亡の危機を救う薬やエネルギーを未来から得ること。SFではおなじみの設定ですが、この映画の科学者たちは少しも未来的なサイエンティフィックな外観をまとわず、ありあわせの材料で作ったようなアイマスクを男に着けさせ、ハンモックに寝かせて注射で過去や未来に送り込みます。科学者たちが時々ささやいているのはドイツ語で、第二次大戦でフランスがナチスドイツに占領された記憶をなぞっているのでしょうか。収容所で行われた人体実験を思い起こさせます。
男が過去に旅するのは一度だけではなく、何日も繰り返し実験を重ね、記憶の中の女性と過ごします。女性は突然姿を現し、突然消える男に次第に慣れ、互いの心が近づいていきます。唯一の動く映像の部分で、彼女は開いた目で男の目であるレンズを見つめ、柔らかく静かに微笑みます。肩は裸で、満ち足りた表情は二人の間に秘め事があったことを思わせます。
男の存在が過去や未来を書き換えてしまうというタイムパラドックス的な観念は描かれず、男の時間の旅は夢の中のように説明のつかないまま成り立ちます。男と女の逢瀬は、生きてきた過去の膨大な時間の積み重ねの中に埋もれながら、一瞬のうちにアクティブによみがえる記憶というものの本質を描き出しています。それは過去のはずなのに、脳の中では現在であると言いうるかのような、時間を超越したものです。
『ラ・ジュテ』は、「今」我々が「在る」と言っても、今は今である瞬間にたちまち過去になる、では過去と現在と未来との境とは何なのか、時間軸という見えないものに串刺しにされながら確かに存在している「物体」であるはずの自分も、時間が消えると存在しているとは言えないのではないかという、存在と時間の問題を描いているように思えます。
◆映画の魔力
結末こそ、この映画をこの映画たらしめている最も重要な場面です。ここでは触れませんので、各々で見て感じていただきたいと思いますが、これもSFとしては特別珍しいものではありません。捕虜である男の時間旅行の使命は、人類滅亡を防止するためのエネルギーを未来から運んでくるものでした。それに成功した男は、支配者側からは用済みになるばかりでなく、時間旅行の秘密を知っている要注意人物になるのです。
終末的な雰囲気を色濃く漂わせたこの映画は、一種の悪夢を描いたと言ってもいいかもしれません。戦争にまつわる拭い去ることができない記憶が再び現実として舞い戻ることを警告しているかのようでもあります。動かない映像は、記憶の断片。男と女が訪れる博物館の剝製の動物たちの切り取られた瞬間。動きとはすなわち時間の経過にほかなりません。
主役の男女や、どの民族とも判別がつきかねるような科学者を演じた印象的な俳優たちは、ほかの映画には出演していないようです。職業的な俳優ではなかったのかもしれません。
繰り返している通り、この映画のSF的要素は既に珍しいものではありません。けれどもそれが、映像、音楽、美術、シナリオ、演じる俳優らの総和として私たちの目の前に表現されたとき、映画というものの総合芸術としての魔力を思い知らされるのです。
◆12モンキーズ
気鋭の映画監督たちを刺激し続ける『ラ・ジュテ』。1995年の『12モンキーズ』(トゥエルヴモンキーズ)は、テリー・ギリアム監督がタイトルに「クリス・マルケルの『ラ・ジュテ』にインスピレーションを得た」と記した130分のSFアクション映画です。ストーリーの骨格は『ラ・ジュテ』を踏まえていますが、放射能の脅威は謎のウイルスによる人類滅亡の危機に置き換えられています。
22世紀、少年の頃に空港で起きた出来事の記憶にとらわれている囚人のコール(ブルース・ウィリス)は、人類のほとんどを死滅させたウイルスが蔓延した原因を探るべく、発端となった1996年に送られるのですが、1990年に到着してしまい、精神病院に収容され精神科の女医ライリー(マデリーン・ストウ)のケアを受けます。そこで出会った若者ゴインズ(ブラッド・ピット)が「12モンキーズ」という猿の絵を印として使う地下組織に関係していて、ウイルス蔓延は彼らの仕業ではないかと、コールは1996年に送りなおされるのですが、ライリーと再会し、二人は信頼し合う関係になります。
「12モンキーズ」はウイルスとは無関係とわかり、コールは未来世界の支配を逃れ、ライリーと高飛びしようと空港を訪れます。そこで二人はウイルスをばらまく真犯人をみつけるのですが・・・。
結末は『ラ・ジュテ』と同じです。けれども、ブルース・ウィリスの汗臭くまっすぐな演技は、テリー・ギリアム監督独特の珍妙なユーモア感覚を備えた演出とミスマッチなように思えます(ブラッド・ピットははまり役でした)。またウイルス蔓延の解明に多数の人物がからまって、やや散漫な印象。ラストだけは、すこぶるエモーショナルです。
『12モンキーズ』では、ライリーが耳や鼻先や足先が黒いポインテッドのかわいい猫を飼っています。ぜひこの猫も見てあげてください。
◆映画監督の選んだ映画ベスト100(2022年)から◆
(『ゴッドファーザーPARTⅡ』(1974年)も選出されています)
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