この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ゴッドファーザー

イタリア系組織犯罪集団マフィアの名を世に知らしめた名作。家族と愛と冷酷のハーモニー。


  製作:1972年
  製作国:アメリ
  日本公開:1972年
  監督:フランシス・フォード・コッポラ
  出演:マーロン・ブランドアル・パチーノダイアン・キートン
     ジェームズ・カーン 他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    ドン・コルレオーネの愛猫
  名前:不明
  色柄:キジ白


◆愛のテーマ

 公開から今年で50年。当時爆発的にヒットした映画本体もさることながら、映画音楽の巨匠ニーノ・ロータによる「ゴッドファーザー~愛のテーマ」も日本語歌詞でカバーされ大人気になりました。半世紀たった今も「マイ・ウェイ」と並んでシニアの方のカラオケ持ち歌のひとつではないでしょうか。

◆あらすじ

 1945年、ニューヨークを拠点とするマフィアのドン(首領)の一人、ヴィトー・コルレオーネ(マーロン・ブランド)の娘・コニー(タリア・シャイア)の結婚式が盛大に行われていた。久々にヴィトーの三人の息子・長男のソニージェームズ・カーン)、二男のフレド(ジョン・カザール)、三男のマイケル(アル・パチーノ)と、養子でコルレオーネファミリーの相談役を務めるトム(ロバート・デュヴァル)が顔をそろえ、マイケルは恋人のケイ(ダイアン・キートン)を家族に紹介した。結婚式を機にドンのもとには色々な相談事を持ちかける人がやってきたが、ドンは義理を欠く人に対しては決して断れない貸しを作って対応した。
 麻薬業界の大物ソロッツォ(アル・レッティエリ)はタッタリアファミリーを後ろ盾に、麻薬ビジネスを目論んで政界に顔のきくコルレオーネを抱き込もうとしたが、ヴィトーは麻薬に反対し物別れとなる。邪魔なヴィトーを消して跡目のソニーに付け入ろうとしたソロッツォの一味にヴィトーは銃撃されるが、一命を取り留める。ソニーは報復にタッタリアの息子を殺し、マイケルがソロッツォと彼に買収された警部を銃で殺害、父の故郷シチリア島に高跳びする。コルレオーネファミリーと、タッタリアファミリーら、麻薬ビジネスに肩入れするニューヨークの五大ファミリーとの全面戦争が始まった。
 ソニーは短気で、罠にかかって殺されてしまう。マイケルはシチリア島で一目ぼれした娘・アポロニアと結婚したが、ソニーの死の知らせで危険を察知したとき、マイケルを狙った爆弾でアポロニアが死に、急遽アメリカに戻る。
 退院したヴィトーは五大ファミリーのドンを集めて対立の終結を図り、他ファミリーが麻薬に走る中、コルレオーネファミリーの勢力は縮小、その折も折、ヴィトーが急死する。マイケルはコルレオーネファミリーの窮地に、五大ファミリーのドンたちを消すことを決意する・・・。

◆猫なでドン

 映画の冒頭、カメラに向かって正対する、つまり、ドン・ヴィトー・コルレオーネに向かって話す視線の五十がらみの男性の顔のアップが映ります。彼は葬儀屋のボナセーラ。娘の顔にひどい傷を負わせた相手を殺してほしいと訴えます。
 場所はドン・コルレオーネがそうした相談を聞くためのオフィス。大きな机の向こうに座ったヴィトーが手の中で猫をもてあそんでいます。猫はヴィトー役のマーロン・ブランドに手を伸ばしたり、体の向きをくねくね変えたり、すっかり甘えてリラックスムード。マーロン・ブランドも猫が喜ぶポイントをあちこちまさぐり、明らかに猫好きの正体を見せつつもドンとしての仏頂面を崩しません。『燃えよドラゴン』(1973年/監督:ロバート・クローズ)や「007シリーズ」の、組織の首領が猫と絡む場面を紹介してきましたが、猫との親密度はマーロン・ブランドが一番。
 この場面、マフィアの行動原理を説く重要なところなのですが、私はいつ見ても猫に気を取られて上の空になってしまいます。猫が出てくるシーンは、続編の『PARTⅡ』(1974年)『PARTⅢ(注)』(1990年/いずれも監督はフランシス・フォード・コッポラ)を通じてもここだけ。ヴィトーの後継者となったマイケルは庭で椅子に座っているときに絶命するのですが、そのとき彼の周囲にいたのは2匹の子犬でした。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

      

◆血縁と地縁

 アメリカの映画やテレビドラマで悪事を働く組織集団と描かれていたギャングの多くが、イタリア系の移民、特にシチリア島にルーツを持つマフィアという集団であるということを示してみせたこの映画は、公開当時大ヒットと共に社会現象を巻き起こしました。強大な力を持つトップを「ドン」と呼ぶことがはやりました。芸能界のご意見番和田アキ子が「ゴッドねえちゃん」と呼ばれたりしました。悪事を業とする組織集団を「○○マフィア」と呼ぶようになりました。映画の続編を「PARTⅡ」のように表すようになったのは、この映画がきっかけです。
 映画の冒頭は、ドン・コルレオーネの家族と、それを基盤としたファミリーのあり方、彼らの仕事の流儀が描かれます。
 娘のコニーの結婚式は、イタリアの舞曲タランテラの演奏とダンスでお祭りのような賑やかさ、彼らのルーツをしっかりと印象付けます。
 ドンを動かす動機は義理と同胞愛。ボナセーラが娘の復讐の相談に来る前にアメリカ式に警察・裁判に訴えたことに不満を述べ、これまで彼が長い間不義理を続けていたことを責め、青ざめたボナセーラが「ゴッドファーザー・・・」とドン・コルレオーネの手に口づけをすることでやっと許しを与えます。コルレオーネ家に世話になっているパン屋の職人には永住権を持てるよう裏から手を廻し、彼をドンと頼み懐に飛び込んでくるイタリア系の人にはその訴えを聞いてやるのです。その一方で、映画の主役を手に入れたいと訴えた歌手のジョニーのため、彼を起用することに耳を貸さなかったプロデューサーには血も凍るほど残虐な脅しを仕掛けます。ファミリーに敵対する者に対しては容赦ないのです。

◆対立の激化

 そうした行為を指揮するデモーニッシュなドンの、マーロン・ブランドは圧巻です。どこか底知れない人物の役は彼の十八番。けれども意外に早く銃撃されて入院すると、息子たち、中でもアル・パチーノが演じるマイケルが物語の中心に躍り出ます。
 マイケルはファミリービジネスとは距離を置いていました。アメリカ市民として自ら志願して兵役につき、功勲を挙げて終戦後に家族のもとに戻ってきます。ヴィトーも、マイケルには本当の意味でイタリア系アメリカ人に貢献する権力者として、議員や知事になってほしいと思っていたのです。けれどもヴィトーがソロッツォとタッタリアファミリーから襲われ、さらに入院中の病院の警護を担うべき警官がソロッツォとグルだったと知ったマイケルは、ヒットマンの役を買って出ます。マイケルはコルレオーネファミリーの最前線に立ちます。

シチリアの血

 シチリア島に身を隠したマイケルは父の出身地・コルレオーネ村を訪ねます。ここで流れるのが「ゴッドファーザー~愛のテーマ」。恋人のケイをアメリカに残しながら、美しいアポロニアと恋に落ち、マイケルは結婚します。アメリカだったら普通に交際して結婚するかどうかはそれからというところが、シチリアではそうはいきません。出会ってすぐ父親に結婚を前提にした交際を申し込み、お披露目パーティーで高価な贈り物をしなければならなくなります。黙って付き合ったりしたら殺されそうな雰囲気です。シチリアの血の気の多さと父権の強さを示す部分です。
 兄のソニーが殺され、アポロニアが死んだときも、マイケルの感情の動きは描かれません。それどころかアメリカに帰ると、かつての恋人のケイの前に突然姿を現し、結婚を申し込みます。そのプロポーズは「君が必要だ」「僕たちの子どもを持とう」。信用できるのは血を分けた家族だけという中で、マイケルは後継ぎを生んでくれる女性としてケイを求めるのです。ファミリービジネスから最も遠いところにいたマイケルが、ファミリービジネスの亡者に変わっています。

 この映画の登場人物で、観客と同じ視線でマフィアの世界を見つめる唯一の人がケイです。マイケルがシチリアに潜伏中はどこにいるかも知らされず、もちろん結婚していたなど知る由もなく、マイケルを忘れようとしていたケイ。ケイは、どんなにドン・コルレオーネが人のために力を尽くしていると言ってもそのために他の人を殺すのか、とマイケルに問います。マイケルは答えに窮しますが、ケイは結局コルレオーネ家に嫁ぎ、男の子を生みます。そうしてまともな神経を殺してきた彼女は、マイケルの妹のコニーが夫のカルロをマイケルが殺したと怒鳴り込んできたときに、マイケルに恐る恐る本当なのかと聞きます。マイケルは否定し、ケイは安堵の表情を浮かべます。内心それを完全に信じてはいないであろうケイが哀れです。

◆家族の歴史

 そんなケイも『PARTⅡ』では、普通の人間としての感覚を麻痺させて生きる人生に「NO」を突きつけます。『PARTⅡ』では、二代目ドン・コルレオーネとなったマイケルと、ヴィトーがいかにしてドンとなっていったかが描かれ、本作と一体となった作品と言っていいでしょう(若き日のヴィトーはロバート・デ・ニーロ)。『PARTⅢ』では、マイケルの死までが描かれます。第一作で洗礼式の赤ちゃん役で出たコッポラ監督の娘ソフィア・コッポラが美しく成長して出演していますが、アル・パチーノが少々グロテスクに老けてしまったのには複雑な思いです。
 マーロン・ブランドは、本作でアカデミー主演男優賞に選ばれますが、映画業界の先住民の扱い方について抗議を表明するため受賞を辞退。授賞式では先住民の女性が彼の代理でスピーチします。1950~60年代の公民権運動も支持していた彼にとって、アメリカ社会のマイノリティであるイタリア系移民、マフィアを演じることは、ただの役以上の意味があったのだと思います。彼の波乱の俳優人生はドキュメンタリー『マーロン・ブランドの肉声』(2015年/監督:スティーブン・ライリー)に、自身の録音テープの声と共に収められています。

 話は変わりますが、マイケルがソロッツォたちを殺したあと、マフィアの抗争を報じる新聞を印刷する輪転機が回り、見出しが画面に躍るカットが挿入されます。よく使われるこのカットの手法、一体いつどの映画から始まったのかを、前回の記事での「毒の吸出し」と同様、ずっと知りたいと思っているのですが・・・。


(注) 『PARTⅢ』はコッポラ監督によって再編集され、2022年に『ゴッドファーザー 
    最終章 マイケル・コルレオーネの最期』として公開。


◆パソコンをご利用の読者の方へ◆
過去の記事の検索には、ブログの先頭画面上部の黒いフチの左の方、「この映画、猫が出てます▼」をクリック、
「記事一覧」をクリックしていただくのが便利です。