この映画、猫が出てます

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ビッグ・フィッシュ

伝説の怪魚、5mの大男との旅・・・父の語る自分史は眉唾なものばかり。だが、父の死期が近づいたとき息子は意外な事実を知る・・・。

 

  製作:2003年
  製作国:アメリ
  日本公開:2004年
  監督:ティム・バートン
  出演:ユアン・マクレガーアルバート・フィニービリー・クラダップ
     ヘレナ・ボナム・カータージェシカ・ラング 他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    魔法使いの家とジェニーの家の猫
  名前:不明
  色柄:茶トラ、三毛、白など7、8匹?
  その他の猫:顔がコゲ茶のサーカスの猫


◆ホラ話

 昔から釣り人は、大物を釣り上げようとしたときの苦労話をオーバーに、そして釣り逃がした魚の大きさを実際より大きく語るのが常のようです。英語で「fish story」というのは誇張されたホラ話という意味があるそうですが、釣り人の心理はいずこも同じようですね。
 今回の映画は釣りの話ではなく、父と息子の物語。以前、自分の果たせなかった夢を息子に託し、息子と対立する父親の映画として『シャイン』(1995年/監督:スコット・ヒックス)や『胡同のひまわり』(2005年/監督:チャン・ヤン)を紹介しましたが、『ビッグ・フィッシュ』はいつも信じられない話を繰り返す父親と真の関係性を結ぶことができず、心の溝に苦しむ息子の姿が描かれます。
 『シザーハンズ』(1990年)や『チャーリーとチョコレート工場』(2005年)など、異形の人物や怪しいマシンが登場するティム・バートンらしい独特の世界と、それまでの彼の映画と異なるヒューマンドラマが結合した、大人向けの作品です。 

◆あらすじ

 ウィル・ブルーム(ビリー・クラダップ)は、自分の結婚式で父親のエドワード(アルバート・フィニー)が、ウィルが生まれた日に伝説の怪魚を釣り上げた話で式の主役をさらってしまったことに怒り、3年間口をきかなかった。父は自分の身に起きた出来事をいつもホラ話風に語るので、ウィルは父の真の人生や人となりがわからなかった。その父の容態が悪くなり、ウィルは妻(マリオン・コティヤール)を連れて両親の家に行く。
 ベッドに寝ていた父は、少年のとき川べりに住んでいた魔女(ヘレナ・ボナム・カーター)に彼女の目玉に映る自分が死ぬ時の姿を見せてもらったが、こういう死に方ではないと言った。
 父が話した半生は、18歳で大男と旅した話(青年時代の父/ユアン・マクレガー)、美しい町に迷い込んだ話、サーカスで母を見初め結婚した話、戦争に行って死んだと思われていたが戻った話・・・どれも到底信じがたい話ばかりだったが、実家の納屋を片付けているときに父の話を裏付ける書類が見つかる。
 ウィルは父が迷い込んだという美しい町を訪ね、実際に父と会ったジェニー(ヘレナ・ボナム・カーター/二役)という女性から父を愛していたという話を聞いて驚く。
 ウィルが町から戻ると、父は容態が悪化し病院に運ばれていた。そこは父が魔女の目玉で見た死ぬときの場所だった・・・。

◆猫と待つ女

 魔女と、美しい町スペクターに住んでいたジェニーの二役をやるヘレナ・ボナム・カーターティム・バートン監督と一時パートナーで、子どもも二人もうけています。映画ハリー・ポッターシリーズでも魔女の役でおなじみですね。『ビッグ・フィッシュ』の中で、猫は魔女の家とジェニーの家に登場します。
 暗くて不気味な魔女の家。少年時代の父エドワードが友だちと忍び寄ったとき、家の周りを猫が走り去っていく影が見えます。魔女のお供の黒猫でしょう。魔女は片目がガラスで、そこに自分の死に方が映るというので、エドワードと友だち二人が頼んで見せてもらいます。その友だちのうちの一人・ドンという日本語でもどんくさそうな太めの子は、魔女の目玉で見た通り青年期に突然死してしまいます。
 ジェニーは父エドワードが18歳のとき、旅の途中で迷い込んだ美しい町スペクターで父と会いました。彼女が8歳のときです。その後さびれたスペクターの町を憂え、丸ごと父が買い取ろうとしたときに最後に残った1軒で成長した彼女と再会します。
 彼女は一人でたくさんの猫と暮らしています。家の周りのポーチ、ソファー、いたるところに猫がいて何匹いるのか数えきれません。彼女が人と行き来の少ない暮らしをしていることがうかがえます。彼女はエドワードがスペクターの町を出て行った8歳のときに「戻って来てね」と言って以来、ずっと父を待っていたのです。再会した父に家の権利を渡さなかったジェニー。父が家を手に入れても一緒に暮らしてくれるわけではなかったから・・・。父はすでに結婚していたのです。
 そんな話を父に聞かされていたウィルは、てっきりホラだと思っていたらそのときの証書を見つけて驚き、訪ねてみるとジェニーは相変わらず一人で猫たちと暮らしていました。ジェニーはエドワードの心の中には妻以外ないことを悟り、彼に家の権利を譲って別れたのです。

 ほかに登場するのは、サーカスで高い所からクッションめがけてダイブする猫。綱渡りの綱くらいの高さからちょうど猫にぴったりのサイズのクッションめがけて飛び降ります。猫は高い所に登るときは勇ましいですが、降りるときはそろりそろりと頼りない。だからといってこの猫みたいに飛び降りられても困りますよね。エアコンやカーテンレールの上から飼い主の頭の上にいきなり降ってこられたりして・・・。

 魔女の家の猫は開始から11分過ぎ頃、サーカスの猫は46分過ぎ頃、ジェニーの家の猫たちは90分過ぎ頃に登場、ラスト近くには三毛猫を抱いたジェニーも登場します。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆背中が見えない

 この映画の父親は、悪い父親ではありません。そのホラ話は人をだますものではなく、全部自分が生まれてからの自分史に関する罪のないもの。ただ、真実とウソの区別ができない話を繰り返す父親に、良きにつけ悪しきにつけ自分の成長モデルを見いだせなかった息子のウィルは大人になって悩みます。
 ウィルが生まれたとき故郷のアシュトン川で誰も釣り上げることができなかった伝説の怪魚を、ちょうど釣りに行っていた父が釣り糸に結婚指輪をくくりつけたところ、見事に捕まえることができた・・・子どもの頃から耳にタコができるくらい聞かされてきたその話を、ウィルの花嫁のジョセフィーンは結婚式の支度中から聴き入り、式に集まった人々も熱心に耳を傾け、花婿の自分がすっかりかすんでしまったことにウィルは腹を立て、式を中座してしまったのです。
 父は、伝説の魚はメスだった、その魚にたとえられるような釣り上げにくい女性を獲得するには結婚指輪を贈ることが必要なのだ、と結婚式らしいオチのスピーチの途中だったのですが、ウィルが話を最後まで聞かなかったことが災いしました。恨んだウィルは父と疎遠になってしまいます。

◆旅立ち

 父がウィルに語ってきた話は、一人の青年が冒険の旅に出て苦難を乗り越え、生涯の伴侶を獲得するという昔からの英雄物語そのもの。
 故郷の町を荒らす5メートルもある大男のカールに町から出て行ってもらうために一緒に旅に出たこと、途中の分かれ道で大男と別れ苦難の待つ旧道を選んだこと、その先で美しい町スペクターにたどり着いたこと。
 スペクターは『シザーハンズ』の町のように、芝生の中におもちゃのようなカラフルな家々がシンメトリーに建ち並んでいます。住民ははだしで音楽を奏でたり踊ったり平和で穏やかに暮らしていて、チャップリンの『キッド』(1921年/監督:チャールズ・チャップリン)に出てくる天国のよう。実際「君はまだここに来る予定ではない」と臨死体験をした人のようなことを言われ、エドワードは町を出て再び大男と合流し旅を続けます。

◆一面の花

 多くの英雄物語がそうであるように最も劇的なのが父エドワードと母が出会い結ばれるまで。父は例によってその本当かどうかわからない話をウィルの妻のジョセフィーンに聞かせます。
 サーカスのテントでのちの妻サンドラ(アリソン・ローマン)を見かけてから、1ヶ月働くごとに一つ、団長(ダニー・デヴィート)からサンドラのことを教えてもらう約束でサーカスで働き、3年後プロポーズすると、サンドラはなんと故郷のどんくさいドンと婚約中。エドワードはめげずに団長から教わった彼女の好きな花・黄色の水仙をあたり一面敷き詰めて再びプロポーズ。そこにやって来たドンにボコボコに殴られますが、それを見たサンドラは、ドンからもらった婚約指輪を返してエドワードを選びます。そしてドンは魔女の目玉で見た通り、直後に急死してしまいます。
 一面の水仙ティム・バートン監督らしい目の覚めるような鮮やかな色彩でスクリーンを埋めます。自分の一番好きな花をふんだんに敷き詰められてのプロポーズ。作り話にしてもこんな場面には心ときめかされずにはいられません。
 父の話は、その後戦争に駆り出され戦死の公報がサンドラのもとに届いたが、地球を半周して戻って来たと続きます。立ち聞きしていたウィルは、あとでジョセフィーンにあれは全部作り話だと不愉快そうに話すのですが、ジョセフィーンはロマンチックな話だとうっとりと噛みしめています。

◆旅の終わり

 でっち上げだと思っていた父の話が事実であることをウィルが知った直後、父の容態が悪化し、最期の時が近づきます。
 かつてウィルをお産のとき取り上げた父の主治医は、ウィルが生まれた日、お父さんは仕事で町の外に行っていて出産に立ち会えなかっただけだった、が、そんなつまらない本当の話より、魚を釣りに行っていて結婚指輪を魚が呑み込んだという話の方がずっと面白い、と話すのです。
 父の話は事実にもとづいていた、それを面白おかしく脚色して話していた、そのちょっとおかしな作り話は人々を楽しませ、父は周りの人たちからとても好かれていた・・・。
 ホラ話の真実を知ったウィルは、この病院が最期の場所と気づいておびえる父に、その瞬間を幸福に迎えることができるよう、ホラ話を始めます。いままで父から聞いてきた話の登場人物たちを総動員して。

水魚の交わり

 父に対してウィルが複雑な感情を抱き続けていたのに対し、母、つまり父エドワードの妻のサンドラ(中年以降/ジェシカ・ラング)に対する心理的関係は描かれません。一方で父にとって妻サンドラは、その他の登場人物と一線を画した別格な存在です。
 父のホラ話の中には度々水中を泳ぐ謎の女性が現れます。男性の心には、永遠の唯一の女性が存在すると言われますが、父の永遠の女性こそ妻サンドラであり、サンドラはアシュトン川の精であり、アシュトン川の伝説の魚は父の心の永遠の女性の化身の一つなのでしょう。けれども、物語の後半では老いた父自身がたびたび水を欲し、魚の性質を帯びてきます。父はバスタブに着衣のまま浸かり、母も着衣のままそこに入って抱擁します。
 微笑む母がたたずむ川にウィルが最期を迎える父を抱いて入り、父は大魚の姿に変身し、川を泳いでいきます。アシュトン川に象徴される妻の中に泳ぎ入り一体になるかのように――それがウィルが父に話して聞かせた作り話の終わりでした。
 そして父の葬儀に集まった人々をウィルが見ると・・・。

 ファンタジーの創造者であるティム・バートン監督。奇妙で優しさのある作り話を映画にし、観客を楽しませてきた彼は、ウィルの父と自分自身をこの映画で重ね合わせたのではないでしょうか。
 2004年3月のこの作品の来日記者会見で、監督は父が亡くなったことがこの作品を作るきっかけだったと語っています(注)。映画公開時の2003年は45歳と、人生の折り返し点とも言える年齢。ヘレナ・ボナム・カーターとの間の初めての子どもを授かったことも少なからず影響していたことでしょう。その後彼の永遠の女性であるはずだったヘレナ・ボナム・カーターとは破局してしまったそうですが・・・。

 あらすじから省いてしまったエピソードもたくさんありますし、独特のポップな映像、この作品はやはり目で見て味わっていただきたいと思います。
 原作はダニエル・ウォレスの小説『ビッグフィッシュ 父と息子のものがたり』。

 

(注)ティム・バートン来日記者会見|シネマトゥデイ

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