賞金のかかった女犯罪者を奪還しようとするのは誰だ? 雪の一軒家で次々に惨劇が起こる。
製作:2015年
製作国:アメリカ
日本公開:2016年
監督:クエンティン・タランティーノ
出演:サミュエル・L・ジャクソン、カート・ラッセル、
ジェニファー・ジェイソン・リー、ウォルトン・ゴギンズ、 他
レイティング:R15+(15歳以上の方がご覧いただけます)
この作品のオリジナルはR18+(18歳以上対象)の指定を受けましたが、この記事は
ネット配信やCS放送で見られるR15+(15歳以上対象)版に基づいています。
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆(ほんのチョイ役)
服飾店の飼い猫
名前:不明
色柄:茶トラ
◆8本目の映画
クエンティン・タランティーノ監督と言えば、作品もさることながら、この覚えやすいリズミカルな名前とちょっとあごのしゃくれた個性的な容貌で、映画ファンからいま最も親しみを持たれている監督の一人ではないでしょうか。長くレンタルビデオ屋の店員をしていたということですが、有名監督という近寄りがたさはなく、本当にそのへんの小さいお店のお兄ちゃんといった風情です。
おっと、お兄ちゃんと言っては失礼、1963年3月生まれで、現在61歳。日本映画にも造詣が深く、深作欣二監督や千葉真一のファン。かねてより10本映画を撮ったら監督を引退すると言っていて、10本目の映画の製作を進めていたところ、この4月に中止を発表したということです。その後の予定はいまのところ不明のようです。老婆心ながら、還暦を過ぎたら新しいことには一日でも若いうちに取り組んだ方がいいと思いますが・・・。
この『ヘイトフル・エイト』は監督の8本目の作品(『キル・ビル』(2003年)はvol.1と2で1本と数えるそう)。流血シーンが多いので苦手な方はご注意ください。
◆あらすじ
南北戦争終了後まもなくのアメリカ西部。吹雪の迫る雪原を走る貸切の駅馬車を、一人の黒人の男が止める。賞金のかかった犯罪者の死体を運ぶ途中で馬が動けなくなり、馬車に同乗させてくれというのだ。男は南北戦争で北軍で戦い、いまは賞金稼ぎのウォーレン元少佐(サミュエル・L・ジャクソン)。馬車に乗っていたのは首吊り人というあだ名の賞金稼ぎのジョン・ルース(カート・ラッセル)と、殺人犯の女デイジー(ジェニファー・ジェイソン・リー)。ルースは目的地レッド・ロックでデイジーを引き渡して絞首刑にかけさせ、賞金を受け取ろうとしていた。
しばらく走ると、再び馬車に一人の男が乗ってくる。クリス・マニックス(ウォルトン・ゴギンズ)というその男はレッド・ロックの新任の保安官として赴任する途中だった。
吹雪に追いつかれ、途中にある「ミニーの紳士服飾店」に避難することにし、店に声をかけると、ミニーは出かけていて留守を預かったとメキシコ人の男・ボブ(デミアン・ビチル)が応対に出る。店にはボブ以外に吹雪をやり過ごす3人の先客がいた。絞首刑執行人としてレッド・ロックに赴く途中のモブレー(ティム・ロス)と、クリスマスを母と過ごすというカウボーイのジョー・ゲージ(マイケル・マドセン)、亡くなった息子の墓参に行くという元南軍の老いたスミザーズ将軍(ブルース・ダーン)。同じ南軍出身で、黒人から略奪を行った父を持つ新保安官のマニックスは、多くの黒人を虐殺したスミザーズに敬意を払う。
一方、黒人のウォーレンは、戦争当時の仇にあたるスミザーズ将軍に、自分が将軍の息子を真冬に真っ裸にして辱めて殺したと話し、怒りでピストルを抜いた将軍を撃ち殺して正当防衛だとうそぶく。
その間、誰かがコーヒーポットに毒を入れ、コーヒーを飲んで苦しむ賞金稼ぎのルースを、捕らえられた恨みを込めてデイジーが撃ち殺す。黒人のウォーレンが、新保安官のマニックスと将軍以外の、先にミニーの店にいた3人の誰かが毒を入れデイジー奪還を企んでいるはずだと、最も不審な留守番のボブを射殺すると、床下から突然股間を撃たれる。床下にはデイジーの弟がデイジー奪還のため待ち伏せていたのだ。新保安官のマニックスと自称絞首刑執行人のモブレーが撃ち合いになり、双方負傷、デイジーの弟を黒人のウォーレンが撃ち殺すと、怒り狂ったデイジーはマニックスに、ウォーレンを殺して自分を逃がせ、さもないと弟の15人の手下がレッド・ロックからここへ来ると脅す・・・。
◆看板ネコ
雪原の中を迫りくる吹雪の中、ポツンと立つ一軒家の「ミニーの紳士服飾店」。駅馬車の休憩ポイントとして、食事ができ、買い物ができ、店から少し離れた場所にトイレがある、砂漠のオアシスのような場所です。
その店の中に茶トラのかわいいおとな猫が1匹、ミニーの横でテーブルくらいの高さのところにお座りして、虫でも飛んでいるのかキョロキョロしています。
え? ミニーやお店の人たちはいなかったはずでは? と疑問に思った方、あらすじをきちんと読んでいただきありがとうございます。猫が出てくるのは、デイジーの弟を含めた4人がミニーの店に到着したときのフラッシュバックの場面、全体が6章に分かれているこの映画の第5章です。
デイジーを取り戻すため、この4人は賞金稼ぎの首吊り人ルースがこの店にデイジーを連れて来るだろうと、別の駅馬車で先回りして御者とミニーの店の者を殺し、それぞれ留守番や絞首刑執行人やカウボーイになりすまして待機します。そのとき店には老スミザーズ将軍が先にいて休憩していたのですが、弟は自分たちがミニーたちを殺したことを黙っているよう将軍を脅していたのです。
ミニーのお店のように食事を出したりお菓子を売っていたりするところでは、ネズミの食害を防ぐために猫はなくてはならない存在だったはず。こんな野中の一軒家で猫をどうやって手に入れたのでしょう。
以前にご紹介した『ハリーとトント』(1974年/監督:ポール・マザースキー)の中で、ハリーが猫のセールスマンをしていたと語る場面があります。もちろんこのときは現代ですからペット用の猫だと思いますが、開拓の歴史の中でネズミ退治用の猫の需要はかなりあり、そのために売買されていたのではないか、ハリーの商売はその名残では? とわたしは考えています。日本では、襟首をつかんで持ち上げたとき脚を縮める猫はネズミを捕ると言われていて、そういう猫は喜ばれましたよね(聞いたことないですか?)。
猫は123分過ぎに登場します。ミニーの店の者が殺されてしまったあとは出てこないので、流れ弾にでも当たってしまったのか・・・。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
◆雪の密室劇
南北戦争に関する歴史的知識や哲学的な考察はほとんど必要なく、複雑な登場人物たちの関係も、集中して見ていればわかるよう綿密に組み立てられています。あまり深く考えないでタランティーノワールドに身を任せてみるのがお勧めです。
あらすじを文字だけで追ってみると、西部劇にありそうなストーリーだとか、サスペンス調だとか、特別珍しい展開ではないと受けとめた方が多いと思いますが、映像にはかなり残虐な描写が多く、日本では映画公開に当たって成人指定だったというのもうなずけます。スミザーズ将軍の息子がウォーレンによって全裸にされ死に至らしめられた部分も、ストーリー上の経緯とも相まって、ずいぶんむごたらしい。
けれども、それはまた映像の力という、映画本来の醍醐味を再認識させてくれるところでもあります。白い雪原に青空、すらりとした白人の男の裸体に、防寒着に着ぶくれた黒人。監督自らが脚本を書いた、複雑だけれどとりこぼしのないストーリー構成もさることながら、視覚においても刺激体験を覚える映画です。
撃たれた人が血みどろになるところなどは今様ですが、アクションは西部劇伝統の早撃ち。ワイドスクリーン、CGを使っていない(と思われる)ところも良いのです。
人物が一人一人順番に現れる舞台劇を思わせたり、古い映画のようなもったいぶった言い回しのセリフがあったり、監督自らのナレーションが入ったり、そこはかとなく過去の映画演劇の伝統がにおうのも、映画オタクだったというタランティーノ監督の蓄積の賜物でしょうか。
セルジオ・レオーネ監督の西部劇を思わせる雰囲気も。音楽は1960年代のレオーネ監督作品ほかのマカロニ・ウエスタンなど、多くの不朽の映画音楽を生み出した巨匠エンニオ・モリコーネ。『ヘイトフル・エイト』でアカデミー作曲賞を87歳にして初受賞しています。
◆8人の悪者
ミニーの紳士服飾店に集まったのは、1万ドルの賞金首のデイジーと、彼女を捕まえた「首吊り人」ジョン・ルース、黒人の北軍元少佐ウォーレン、首吊りの処刑地レッド・ロックの新保安官クリス・マニックスと、彼らを乗せた駅馬車の御者のO.B.の5人と、先に店にいた、留守番のボブ、絞首刑執行人のモブレー、カウボーイのゲージ、南軍のスミザーズ将軍、そして床下に隠れていたデイジーの弟の、こちらも5人。うち、御者のO.B.とスミザーズ将軍を除いた8人が問題のヘイトフルな面々です。
8人のうち、賞金がかかっていないのは「首吊り人」ルースと、新保安官マニックスだけ。デイジーと、後からわかるのですが、黒人のウォーレンも、デイジーの弟も、先に店にいて実は正体を隠していたボブ、モブレー、ゲージの3人もお尋ね者。
よくお尋ね者の「WANTED」の人相書きに、「DEAD OR ALIVE(生死にかかわらず)」と書いてあるように、死体でも生きたままでも賞金はもらえたので、たいていの賞金稼ぎは連れていくときの困難を考えてウォーレンのように死体にして運ぶのを、「首吊り人」ルースはお尋ね者が絞首刑になるのを見届けるのが常で、デイジーを連れています。
このルースのあだ名のもとになった行動が弟やその一味を呼び寄せ、彼女の奪還を促します。彼らがルースとデイジーだけが来ると思って先にミニーの店を襲って待ち伏せていたところに、吹雪でウォーレンやマニックスまで一緒にやってきてしまいます。ウォーレンは、なじみのミニーの店の誰の姿も見えないのと、普段と様子が違うことから、初めから先客たちに不審を抱きます。彼が来たことによってデイジーの弟たちのシナリオが狂い始めます。
◆汚れた女
この8人の悪者とスミザーズ将軍を加えた個性的な俳優たちの中でも、最高に凄みを感じさせるのが、デイジーを演じたジェニファー・ジェイソン・リー。
ルースに捕まるときに暴れたためか、目の周りにはどす黒いあざ。不敵な彼女はルースにバカにした口をきいては殴りつけられ、顔に鼻血がこびりつきます。殴られれば女性らしい悲鳴を上げるのですが、あばずれの彼女は懲りません。
後半に入り、毒入りコーヒーを飲んだルースと手錠でつながっていた彼女は、ルースの血へどをまともに浴びて、まるで赤鬼。床下から現れた弟と対面して、赤鬼顔のままで初めて女性らしい柔らかい微笑みを浮かべますが、その弟がウォーレンに脳天を撃たれ、またも血しぶきその他を浴び・・・手錠でつながったまま死んだルースの腕を斬り落として自由になろうと・・・監督、もう勘弁してください、と言いたくなるようなすさまじさ。
この役でジェニファー・ジェイソン・リーは、アカデミー助演女優賞などにノミネートされたほか、アメリカのナショナル・ボード・オブ・レビュー(米国映画批評会議)助演女優賞などを受賞。このブログで紹介した『ルームメイト』(1992年/監督:バーベット・シュローダー)では、主人公の私生活を乗っ取ろうとする異常な女性を演じるなど、多くの女性俳優が尻込みするような悪役をものともしない潔さ。俳優魂を炸裂させた熱演を、いや、細かいストーリーはすっ飛ばして彼女のビジュアルだけでも、見ていない人はぜひ見てください。
◆大統領の手紙
男性陣も、主役のウォーレンを演じたサミュエル・L・ジャクソンのクセのある顔つきと、つばの広い帽子に黄色い裏地のコート、ざっくり編んだ太い毛糸のマフラーに真っ赤なネクタイといった粋なファッション、タランティーノ作品常連のティム・ロスやマイケル・マドセンらの悪者や、将軍役のブルース・ダーンらの個性的な俳優たち・・・見終わったとき誰か一人はお気に入りを見つけられるのでは? ミニーの店の見事な美術は種田陽平です。
南北戦争後の南部・北部間のしこりや、黒人・メキシコ人への差別など、言いにくいところをあからさまに描いていますが、描けていなかったのは、弟たちがそこまでしてデイジーを取り戻したかった理由。
そしてわたくし猫美人には、ウォーレンが持ち歩いていた「リンカーンからの手紙」が引っかかっています。護身用に持っていたフェイクだと明かしていますが、最後にマニックスが「よく書けている」と言ったこの手紙が意味するものは何なのか。アメリカには南北戦争当時リンカーンが黒人と文通していたなどという伝説でもあるのか? そして、アメリカは現状この手紙に書かれた平等の理想に少しも近づいていないということなのか、などと・・・。
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