この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

縮図

貧しさから芸者になった銀子の手を幸せがすり抜けて行く。昭和初期の一人の芸者の半生をつづった文芸問題作。

 

  製作:1953年
  製作国:日本
  日本公開:1953年
  監督:新藤兼人
  出演:乙羽信子山田五十鈴宇野重吉北林谷栄、菅井一郎、島田文子、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    芸者屋・春芳の女将の猫
  名前:不明
  色柄:キジトラ(モノクロのため推定)


◆女ひとり

 芸者の世界を描いた映画の3本目。これまでの2本は芸者たちの群像劇でしたが、今回の『縮図』は、銀子という一人の女性の芸者としての苦難の半生を描いたものです。原作は徳田秋声の同名の未完の小説。実在のモデルから聞いた話をもとに1941年に新聞に連載されていたそうです。本人の体験に肉薄した、現実の厳しさが胸に迫ります。

◆あらすじ

 東京・佃島の靴職人の娘・銀子(音羽信子)は、自分の下に妹二人と赤ちゃんがいる貧しい家の長女だった。銀子は家計を助けるため、千葉の芸者屋に売られることになった。父(宇野重吉)と母(北林谷栄)は、雨の中、口入屋(くちいれや/殿山泰司)に連れて行かれる銀子をいつまでも見送った。
 銀子は牡丹という名で一本立ちし、医者のクーさん(沼田曜一)と相思相愛になったが、ある日のお座敷でしたたかに酔って帰り、芸者屋の亭主(菅井一郎)に処女を奪われてしまう。まもなく芸者屋の女将(沢村貞子)が急病になって、銀子に亭主と結婚してほしいと言い残して死んでしまい、亭主に迫られた銀子はクーさんのもとに逃げたが、嫉妬した亭主に暴力を振るわれ、父親に助け出される。
 銀子は実家に戻ったが生活はさらに苦しく、再び口入屋の世話で新潟の高田の芸者屋に身売りする。ここで地元の名家・倉持家の長男(山内明)と愛し合うようになり、結婚しようと言われるが、倉持の母から家名に傷がつくと妾になるよう持ち掛けられ、倉持は名家の娘と結婚してしまう。
 傷心の銀子は東京に戻り、芸者屋・春芳に身を置く。春芳の女将(山田五十鈴)はケチで、芸者たちを搾取同然で働かせる。銀子は、株屋のワ―さん(山村聰)に気に入られ、面倒を見てもらえることになるが、ワーさんには妻がいて、所詮日陰の身だった。その頃、父の肺病がぶり返し、妹の時子(島田文子)も咳をして寝込むようになっていた。
 ワーさんを狙っていた春芳の芸者・染ちゃん(日高澄子)に恨まれ、二人はつかみ合いの大げんか。そのあと銀子は急性肺炎で倒れてしまう。
 危篤に陥った銀子はどうせ死ぬなら家で、と佃島の実家に運ばれる・・・。

◆女将と猫

 前回の『流れる』(1956年/監督:成瀬巳喜男)で、芸者屋の女将を演じていた山田五十鈴が、この映画でも女将役を演じていて、やはり猫を可愛がっています。『銀座の女』(1955年/監督:吉村公三郎)では、女将を「おかあさん」、『流れる』では「おねえさん」と呼んでいたのに気づいたでしょうか。現役でお座敷に上がる女将は「おねえさん」と呼ばれるのがこの世界の慣習のようです。
 猫が出てくるのは二度。春芳の女将の民子が髪を結ってもらいながら猫を膝に乗せて銀子に労働条件などを説明している場面と、春芳の勝手口に銀子の下の妹が時子の容態が悪いと銀子を呼びに来て、民子が猫を抱いたまま応対に出る場面。この場面では猫は何もしていないのに民子がピシャンと猫の頭を叩きます。猫は耳を伏せて委縮。かわいそうに(まったくこの頃の映画ったら!)。そのとき、両脇を抱えられて肺炎を起こした銀子が担ぎ込まれます。驚いた民子が猫を床におろすと、猫は銀子を抱えた芸者たちの着物の裾に巻き込まれ、あやうく踏まれそうになりながら、玄関から出て行きます。
 春芳の周辺には300軒も芸者屋があり、うっかりしていると干上がっちゃう、と、民子のケチぶりはすさまじく、お座敷料の七分は店が取り、芸者の取り分は三分、三味線、長襦袢、着替えの普段着は芸者もち、食事もおかずは漬物程度しかなく、たくさん食べると叱られる、という始末。夏から冬への衣替えのときは、冬の着物を質屋から受け出すために先に芸者たちのいま着ている着物を全部引きはがして質屋に渡してしまうのです。そのケチな女将が猫には首にかわいい飾りをつけてやっているのが、猫好きの猫好きたるところでしょうか。
 山田五十鈴は、黒澤明の『どん底』(1957年)や『用心棒』(1961年)などでも『縮図』の女将タイプのガツガツした女性を演じています。『流れる』の「くなくなっとした」女将・つた奴と、ぜひ見比べてください。 

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

      

近代映画協会

 先にご紹介した『銀座の女』では監督が吉村公三郎、脚本が新藤兼人(高橋二三と共同)でしたが、この映画では監督・脚本が新藤兼人、製作(映画の企画から公開までの責任者)が吉村公三郎です。そのほか、音楽の伊福部昭、俳優では音羽信子や日高澄子、殿山泰司、牛を買うために芸者屋に売られたさと子を演じた島田文子が妹の時子を演じるなど、共通したスタッフ・キャストが見られます。
 新藤兼人吉村公三郎、俳優の殿山泰司らは、大手映画会社の企画に依らず、社会的なテーマや実験的な芸術映画など、真に自分たちの作りたい映画を作る独立プロとして近代映画協会を立ち上げましたが、この『縮図』は、そうした近代映画協会らしさがよく出ている作品です。
 映画の冒頭、スタッフ・キャストのクレジットのあと「この物語は 人間が人間を 売買するという 最大の冒瀆が 公然と行われていた頃の 銀子という女の 半生である」という字幕が出ます。まさしくこの映画は、日本が人権ということをおそろしくないがしろにしていた戦前の貧しい女性の、抗おうとしても抗い得ない運命を、これでもかとばかりスクリーンにあぶりだしてみせます。
 『銀座の女』では、芸者の抱える問題は、吉村・新藤コンビにしてはコメディタッチに軽く流され、日活風に。芸者見習いのさと子の屈折した姿が社会派の匂いを漂わせながらも、バーで働く北原三枝のブンちゃんが、いかにも大手映画会社が自社の青春スターを売らんかなと作ったような役で、少々内容が分裂気味。
 音楽の伊福部昭近代映画協会の初期の映画の多くを担当しています。『銀座の女』のとき、伊福部昭の音楽が合わないと書きましたが、『縮図』にはぴったりです。伊福部昭は『銀座の女』でも、社会の弱者のありようを音楽で表現したかったのでしょう。

◆暗い昭和

 貧困、男尊女卑、肺病(結核)といった、昭和前半の三悪とも呼ぶべきものがこの映画には揃っています。昭和初期の不景気、特に凶作に見舞われた農村の貧困は、芸者屋への身売りや、『女工哀史』にあるような工場での過酷な労働に少女たちを追いやりました。父親が娘を売ると言えばそれで通ってしまう家父長制の世、女性には参政権もなく、声を上げることが難しかった時代です。
 この映画では、お座敷や待合などの、銀子の仕事の現場がよく登場します。銀子が最初に芸者に出たのは千葉で、宴席ではふんどし姿の漁師たちが歌い踊っています。銀子は賑やかに三味線と唄を披露。中座してクーさんの席に移って、そこでは何という名の遊びなのか、一対一で三味線の伴奏に合わせてジェスチャーをして、負けた方が1枚ずつ着ているものを脱いでいくというゲームをします。ここで銀子は途中で脱ぐ代わりにお酒を飲んで酔いつぶれてしまい、芸者屋の亭主の餌食にされてしまうのですが・・・。
 クーさんの席で銀子とゲームをするのは芦田伸介、後ろではやしているのは下元勉、と、この映画には有名俳優がところどころに顔を出しています。『隣の八重ちゃん』(1934年/監督:島津保次郎)の八重ちゃんや『非常線の女』(1933年/監督:小津安二郎)の主人公の友だち役の逢初夢子が、すれっからしの姉さん芸者役で般若のような形相になっていたのはショックでしたが・・・(芸の力でそう見せたはず!)。

◆日陰の身

 銀子は、次に倉持のお坊ちゃまと出会います。ここでは銀子の音羽信子がお座敷でかっぽれを踊ります。これはお見事!
 音羽信子は、何ということのない身のこなしで運動神経の良さを感じさせる人です。近代映画協会の映画『裸の島』(1960年/監督:新藤兼人)では、殿山泰司と夫婦で、水のない島で畑に水をやるために隣の島から運んできた水を桶に入れて天秤棒で担いで延々と運ぶ、という役を演じていますが、これは単に若さとか体力とか忍耐力とかでなく、彼女の筋肉にして可能になった役ではないかと私は見ています。きっとアスリート並みのすばらしい筋肉をしていたのではないでしょうか。チャームポイントのえくぼも、頬の筋肉がしっかり発達していたからでは? 『縮図』も音羽信子なくして成り立たなかった映画でしょう。
 倉持との結婚の夢も破れ、東京でワーさんの世話になることになった銀子は、ワーさんが新婚にもかかわらず芸者の自分を囲っていることに少なからず軽蔑と侮辱の念を感じています。芸者仲間からは「そういう男がいるから私たちの商売成り立ってるんじゃないの」と言われますが、銀子の魂は金の力で男からいいように扱われることに反発します。銀子を芸者に出しながらも精いっぱい銀子を守ろうとする父との、無意識的な結合も感じられます。

◆死ぬもんか

 銀子は妹たちを自分と同じ運命に陥らせないと歯を食いしばりますが、肺炎に倒れ、瀕死の床で「芸者なんかで死ぬもんか」とうわごとを口走ります。自分が守ろうとした上の妹の時子も、結核で短い命を閉じます。
 この底なし沼のような苦しみは何から生まれたのか。銀子の耳に出征兵士を送る「露営の歌」が響きます。戦争は彼女の運命に何をもたらすのか。この映画は答えのないまま終わります。

 1950年代後半からの高度成長期には、バーで働く女性が盛んに日本映画に登場するようになります。芸者を揚げて宴を開き、時には女性をお金で囲った時代から、サラリーマンが接待や給料で飲む時代へと変化するのです。この映画には佃島と対岸を結んだ「佃の渡し」が登場しますが、これも1964年の東京オリンピックを機に佃大橋に役目を譲り、廃止されます。

 タイトルバックには肩を脱いだ女の子たちが暗がりの中で虚空を見上げる群像が使われています。時代の変化により今ではこうした映像は使われないでしょう。社会のひずみの犠牲にされてきた少女たち。「わたしたちも平等な人間だ!」とその群像は叫んでいます。


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