5話からなるオムニバスホラー映画の3話目。26分弱の長さの中に凝縮されたブラックな笑いに戦慄!
製作:1994年
製作国:日本
日本公開:1994年
監督:和田誠
出演:斎藤晴彦、萩原流行、花王おさむ 他
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆☆(脇役級)
捨て猫4匹
名前:なし
色柄:??
◆面白いけれど怖くなる
『怖がる人々』は、第1話「箱の中」(原作/椎名誠)、第2話「吉備津の釜」(同/日影譲吉)、第3話「乗越駅の刑罰」(同/筒井康隆)、第4話「火焔つつじ」(同/平山蘆江)、第5話「五郎八航空」(同/筒井康隆)からなるオムニバス。すべて和田誠が監督しています。
筒井康隆の短編小説『五郎八航空』を読んで面白かったので、映画化されたものを長年見たいと思い、やっと念願がかなって古い録画の『怖がる人々』を見たのですが、「五郎八航空」よりもすっかり「乗越駅の刑罰」にはまってしまいました。前者が空想的・漫画的なのに比べ、「乗越駅の刑罰」は、誰もが日常、ふとしたはずみで陥りそうな恐怖を描いているのです。はじめは笑って見ていたこちらも、だんだんと底なしの地獄に引きずり込まれていくようで、こわ~い。
◆あらすじ
ローカル線の小さな駅「野里越」。久しぶりの里帰りで中年の小説家・入江又造(斎藤晴彦)がたった一人降り立つ。ポケットをあちこち探るが、切符が出てこない。改札口には誰もいない。駅員が来る気配もなく、又造は切符を出さずにそのまま改札口を通り過ぎる。
そのとき若い駅員(萩原流行)が又造を背後から呼び止める。駅員は又造をにらみつけ威圧的な態度。又造が途中の駅から電車に飛び乗って、車内で切符を買おうと思って忘れてしまい、切符を持っていないとあやまると、駅員は、初めから無賃乗車しようとしたと決めてかかり、又造に悪口雑言を浴びせる。又造が罰金も含めてお金を払うと言えば「金持ちだということを見せつけようとする」と言い、急いでいると言えば、「ただの里帰りでなんでそんなに急ぐ」と、徹底的に反撃される。駅務室に連れ込まれ、名を名乗れば「いやらしい雑誌におかしな小説を書いている」とあざけられ、七年ぶりで里帰り、と言えば「母親をほったらかして七年も帰ってこなかった」と説教。又造の椅子を蹴り倒して、刑事ドラマさながらの「取り調べ」をやめようとしない。
そこへもう一人の年配の駅員(花王おさむ)が紙袋を抱えてやってくる。「いい物拾った。子猫が4匹入ってる」と、紙袋からミーミー、子猫の鳴き声がする。年配の駅員は、駅務室の奥で煮立った鍋の中に子猫をドボドボ落としてしまう。又造が驚いて、金を渡して去ろうとすると、年配の駅員は
「3枚か、じゃ当駅自慢の猫スープ、3杯食わしてやるよ」。
又造が食べたくない、と逃げ出そうとしても、駅員二人は「食べたくないならなぜこの金を出したんだ」「俺たちを買収するつもりか!」「それを小説に書くつもりなんだ!」と容赦なし。実家の母と弟が駆け付けるが、二人とも駅員に味方する。
猫のスープが出来上がった。
又造はみんなに押さえつけられ、鍋一杯のスープを口の中に流し込まれてしまう・・・。
◆袋の中身
実はこの映画、猫の姿は出てきません。紙袋の中にも、鍋に子猫を落とすところにも、フェイクのぬいぐるみすら出てきません。もっぱら声のみの出演です。ご安心ください。もし、猫をスープにするという見立て自体が不快という方がいらっしゃいましたら、ご容赦お願い申し上げます。
「猫が出てくる映画」ということで、これまで猫の登場場面がしっかり確保されている映画をご紹介してきましたが、実はほんの一瞬しか猫が出てこない映画もいっぱいあります。はじめからそういう瞬猫映画ばかり紹介していては、猫好きの皆様からお叱りを受けるだろうと思って控えておりましたが、そろそろいいかしら、と今回はちょっと声猫映画を出させていただきました。
瞬猫映画を取り上げても、猫が出てくる映画のネタが尽きて、苦し紛れにちょっとしか猫が出てこない映画でお茶を濁してる、と思わないでくださいね。知る人ぞ知る瞬猫映画を発掘・ご紹介するのも、楽しみの一つなのですから。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
◆マルチな才人和田誠
監督の和田誠は、イラストレーターであり、グラフィックデザイナーであり、エッセイも書き、妻が料理研究家の平野レミさんである、あの和田誠です。2019年に83歳で他界されました。タバコのハイライトのデザインをしたことで有名です。
わが白井佳夫師匠がキネマ旬報の編集長だった頃、映画の名セリフ・名場面を集めた『お楽しみはこれからだ』を連載(のち単行本化)、表紙イラストを描き、師匠のいくつかの著書の装丁を手掛けて、師匠とも交流がありました。『監督の椅子』(1981年 話の特集)という師匠の本では、表紙にこの本でインタビューされた10人の映画監督(今村昌平、山本薩夫、増村保造、大島渚、森崎東、寺山修司、森谷司郎、深作欣二、長谷川和彦、東陽一)の、ディレクターズチェアに座っているイラストが、裏表紙には師匠が同じポーズで座っているイラストが、シンプルな線画で描かれています。
また、週刊新潮以外の週刊誌の多くが女優の写真を表紙に使っていた昔、週刊文春が1977年から和田誠のイラストに変え、新風を吹き込みました。かわいい子猫がちょこんとおすわりしている表紙が記憶に残っています。題名は「いぬのおまわりさん」(まいごのまいごのこねこちゃん・・・/作詞:佐藤義美)。
映画では、『麻雀放浪記』(1984)や『怪盗ルビイ』(1989)などの監督作品、そのほか、絵本など著書も多数。
2021年4月の朝日新聞の「語る」という、妻の平野レミさんが自身の半生について語った連載記事で、仲の良かった夫婦のエピソードを読みましたが、レミさんの自由と個性を尊重する和田氏のおおらかな人柄に、こんな人がパートナーだったらと、うらやましくなるよう。
この映画では劇中歌も作曲していると、エンドクレジットに出ていますが「箱の中」での子守歌とか「吉備津の釜」のコーラスとか、全部彼の作曲なのでしょうか。
天はときどき一人の人間に二物も三物も与えてしまうものなのですね。
◆真昼の暗黒
ちょっとくらいいいだろうと思って普段はしないようなルール破りをしたら、その時に限って誰かに見つかりとっちめられるという、誰もが一度は経験するようなことを、とことんオーバーに、不条理に描いたこの話。ちょっとした過ちによって取り返しのつかない運命に陥った人間の、苦悶のうめきが聞こえてくるようです。萩原流行演じる偏執的な駅員、自動改札のなかった時代、どこの駅にも一人くらい、こういう感じの悪い駅員がいたように思いませんか?
入江又造がああ言えば、駅員がこう言う、というセリフのやり取りがなんといっても面白いのですが、それを抜き出して説明したくても、全体の流れから一か所を取り出して説明するのは無理。人が悪意をもって他人を見ると、どう釈明しても聞き入れてもらえない、その出口のない恐怖を感じます。原作を書いた筒井康隆の筆が生きているところですが、わたしは、筒井康隆自身がどこかでこれに類する経験をしたのではないかと感じています。
◆ねたみの恐怖
主人公は入江又造という作家。いまは人気作家として名が売れています。駅員は、彼がいい服を着ている、お金を持っている、ということをねたんで執拗に攻撃します。そして、故郷である野里越に7年ぶりでやってきたのも、有名になってお金があるところを見せびらかすためだ、年老いた母を弟に押し付けて自分だけ勝手に暮らしている、金があるのに手土産も持ってこない、と責めます。母も、里帰りに来たって家でゴロゴロするだけ、弟の方さえいてくれればいい、と言い、弟は、又造が書いたエロ小説が載った夕刊紙を持ってきて、みんなの前でそれを読み上げる・・・。
自分と同じような取るに足らない人間だった知人が成功すると、嫉妬から揶揄するというのは人間によくあること。又造の故郷の野里越の人々は、同郷の人間が都会に出て行ってうまいことやった、ということに異常な敵意をむき出しにします。
筒井康隆は、作家として成功してから、古い知り合いからいわれのない中傷を受け、それをヒントにこの「乗越駅の刑罰」を書き上げたのではないかと私は思うのです。あるいは、駅員さんとかお巡りさんとか、こういう帽子をかぶっている人に執拗にいじめられたことがあるとか。どちらも単なる私の想像ですが、この想像を裏付けるような情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら「コメント」でお知らせいただければ幸いです。
この話は、4匹の子猫にまつわる意外な幕切れをするのですが、私の好きなラストではありません。人間の悪意が起こす恐怖に徹してほしかった、と思います。
猫を捕まえてはスープにしているらしい野里越駅に、動物愛護週間のポスターが貼ってあるのがまたブラックです。
◆レアものの快作
簡単にほかのエピソードもご紹介しましょう。
第1話の「箱の中」は、エレベーターの中に閉じ込められた見ず知らずの男女(真田広之と原田美枝子)を描いています。原田美枝子の服装や髪型が、バブル期の女性の典型的スタイル。女が次第に異常な言動を見せ、男が逃げられない空間で恐怖に陥る物語です。
第二話「吉備津の釜」もバブルファッションの熊谷真実と清水ミチコが登場。熊谷真実が清水ミチコから世話された就職口を訪ねるときに、子どもの頃に聞いた言い伝えを思い出し、危うく難を逃れるというミステリー。筒井康隆が企業の人事担当者役で出演しています。
第四話「火焔つつじ」は、行きずりの男女(小林薫と黒木瞳)が雨宿りの夜にねんごろになると、女が引き寄せた怨念が奇怪な光景となって現れる話。
第五話「五郎八航空」は、雑誌社のカメラマン(嶋田久作)と編集者(石黒賢)が、台風の中、農家のおかみさん(渡辺えり子)の操縦する小さな飛行機に乗って、いまにも墜落しそうになりながら帰社する漫画チックな一作。昔のドタバタ喜劇のようなチープな雰囲気で、苦笑してしまいます。
『怖がる人々』は技巧的にはとても素朴な映画ですが、短編らしい無駄のない運びで、どの話もキャストがよく、家でビールでも傾けながらくつろいで見るのに最適な、ライトな味わいが魅力です。
ただ、VHS以外のソフトが発売されていないようで、見る手段が限られていると思います。紹介しておいてすみません・・・。
◆PCをご利用の読者の方へ◆
過去の記事の検索には、ブログの先頭画面上部の黒いフチの左の方、「この映画、猫が出てます▼」をクリック、「記事一覧」をクリックしていただくのが便利です。