この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ボブという名の猫 幸せのハイタッチ

ミュージシャンを目指し、薬物でどん底を味わった男が出会った一匹の猫。やがて奇跡が訪れる。

 

  製作:2016年
  製作国:イギリス
  日本公開:2017年
  監督:ロジャー・スポティスウッド
  出演:ルーク・トレッダウェイ、ルタ・ゲドミンタス、ジョアンヌ・フロガット 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆☆(主役級)
    タイトルの猫
  名前:ボブ
  色柄:茶トラ
  その他の猫:動物病院の白猫、チンチラ


◆猫でほっこり

 働くおじさん・お兄さんの映画第3弾の主人公は、ホームレスと薬物依存から脱しようともがくストリートミュージシャンの若者。ボブと名付けた猫との出会いで思わぬ職業に導かれることになります。
 原題は『A Street Cat Named Bob』。ロンドンを舞台とした、実話に基づく物語で、映画の主人公ジェームズ・ボーエンが自身の体験をつづった同名のノンフィクションが原作です。ボブのシリーズや関連書籍も続々刊行され、続編となる映画『ボブという名の猫2 幸せのギフト』(2020年/監督:チャールズ・マーティン・スミス)も作られて世界の人気者となったボブですが、2020年6月に推定14歳以上で死んでしまったそうです(合掌)。
 クリスマスシーズンにはこういうあったかな気持ちになれる映画で穏やかに過ごしたいもの。続編の方がズバリ、クリスマスが舞台なのですが、第1作の中でも主人公が「きよしこの夜」を歌い、ボブのファンの女性からクリスマスプレゼントの缶詰とボブのマフラーをもらう場面が出てきます。

◆あらすじ

 ストリートミュージシャンのジェームズ(ルーク・トレッダウェイ)は、薬物依存症で路上生活の身の上。ゴミをあさって食べる毎日だった。ある日薬の作用で意識を失っていたときに、彼の更生と治療を定期的に手伝っているソーシャルワーカーの女性ヴァル(ジョアンヌ・フロガット)に助けられ、住まいを世話してもらえることになった。
 住み始めた当日、その部屋の窓から茶トラの猫が迷い込む。一晩泊めてやった翌朝、ジェームズは猫を外に放すが、猫は怪我をして戻ってくる。
 同じ住宅に住む女性ベティ(ルタ・ゲドミンタス)の紹介で病院に連れて行き、なけなしのお金で薬を買って与え、猫は元気になった。ボブと名付けたその猫はジェームズの後をついて歩き、路上ライブのときもそばに寄り添って二人は大人気に。ジェームズの歌にお金を出す人が増え、生活も順調になってくるが、嫌がらせに遭ってパフォーマンスができなくなり、代わりの仕事もボブの人気が災いして一時休止、ようやく再開した矢先、ボブは犬に驚いて逃げ行方不明になってしまう。
 ボブがいなくなった苦しみで薬物に手を出しそうになったジェームズのもとにボブが戻り、ジェームズは薬を断ち切る決意をする。ボブは断薬で苦しむジェームズの傍らにしっかりと寄り添う。
 立ち直って街角で雑誌を売るジェームズとボブのコンビはいつしかSNSで話題になり、ジェームズに思いがけない依頼が舞い込んでくる・・・。

 

◆ジンジャーキャット

 たまにしか猫が登場しない映画では、猫の出番はだいたい何分くらいとお知らせするのが常ですが、この映画は数分に一度はボブが登場するので安心してご覧ください。
 「犬は人に付き、猫は家に付く」と言いますが、ボブは完全に人に付いちゃった猫。映画のボブはほとんど本人ならぬ本猫が演じています。路上パフォーマンスに加わるだけでなく映画にまで出演してしまうなんて、人目にさらされることに動じない猫なんですね。代役の猫は数匹いますが、本物は口の周りからあごにかけて白い毛があって、ヒゲの付け根がちょっと茶色い丸顔の子です。映画をチェックしながら何度「かわいい~」と叫んだことか。
 アメリカ映画の記事の中で茶トラの猫のことをレッドとかオレンジとか呼ぶ、と書きましたが、この映画ではジンジャー(生姜)キャットと呼んでいます。同じ英語圏でもイギリスではジンジャーと呼ぶのでしょうか。日本では私の祖母など少し前の世代は茶トラのことを赤猫と呼んでいましたし、こういう俗称は時代や土地によって色々なのでしょうね。ただ、茶トラの猫は遺伝上圧倒的にオスが多いと聞いたことがあります。ボブもオスです。
 映画の中で、ジェームズのライブを聴いていた女性が「昔似た猫を飼っていた」と話しかけてきて「茶トラの猫は意志が強い」「人間以上の親友になってくれる」と言って去ります。その言葉通りボブはジェームズの親友になってくれたのですが、種類ならともかく毛色で性格判断するのはどうでしょう? そういう研究も行われているようですが、言われてみればそう思える血液型占いのようなものではないかと個人的には思うのですが・・・。

◆猫は猫

 主人公のジェームズと猫のボブの絆と、ジェームズが薬物依存から立ち直るという、物語の二つの大きな柱。
 中心となるのはもちろんタイトルに名を冠したボブです。ジェームズがソーシャルワーカーのヴァルの尽力でようやく住むことができた部屋で初めて風呂に浸かっていると、物音がします。侵入者かと思って身構えると、茶トラの猫がヴァルが置いて行ったコーンフレークを盗み食いしていたのです。その晩さっそくジェームズの脇で一緒にベッドで眠るという人懐っこさ。猫は自分が飼われるべき人を自分で選ぶとも言いますが、不思議と猫の方から近づいてきて家族になってしまうケースが多いようですね。
 ジェームズが二階建てバスで路上パフォーマンスのメッカ、コヴェントガーデンエリアに稼ぎに出かけると、いつの間にかボブもバスに乗り込んで一緒に出勤、ジェームズの肩やギターのボディーに乗ったりして二人のコンビは注目の的になります。ボブはまさしく招き猫。
 生活が順調になって来たジェームズはこれなら受け入れてもらえると自信がついたのか、ボブを連れて疎遠になった再婚した父の家庭を大みそかに訪れます。父の再婚相手も幼い娘たちも、薬物依存のジェームズを快く思っていず、何しに来たと言わんばかりですが、猫アレルギーを持つ娘がボブを見つけてギャーギャー大騒ぎ。びっくりしたボブはクリスマスツリー(キリスト教圏では1月6日までクリスマスツリーを飾っておくそうです)に飛び込んだり、再婚相手の女性のお母さんの花瓶を割ってしまったりと大パニックに。
 路上ライブの方も目立つとからむ人も出て、喧嘩に巻き込まれて警察に連れて行かれ、パフォーマンス禁止になってしまいます。収入が途絶えたため、日本でも見かけますが、ビッグイシューというホームレスなどの自立支援のための雑誌の街頭販売を始めたものの、これもまたボブの人気が災いして意図せずほかの人の縄張りを荒らし、一時ストップさせられてしまいます。
 福猫の反面、猫はあくまで猫。そうこうしたあげく雑誌売りを再開したとたんボブが犬に驚いて行方不明になってしまったことは、薬物依存治療中のジェームズの不安定な精神をかき乱してしまいます。ジェームズは自分がいけなかったんだと、ヴァルを相手に後悔と苦しみを訴えるばかりです。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆立ち直り◆

 現在、日本でも若者が薬物に手を染める事件が報道され、学生などにも薬物が蔓延していることに驚かされますが、SNSで簡単に薬物類が買えるようになったということが背景にあるようです。
 ジェームズがそもそも薬物に手を染めるようになったのは、11歳で父母が離婚したことがきっかけと、かなり早い時期です。映画ではヘロインに対する依存症になっていて、それを治療するためのメサドンという薬を毎日服用しなければならないと描かれています。このメサドン自体にも強い依存性があり、メサドン療法を中断してしまうとヘロインの影響が強まってしまったり、時には生命の危険もあったりするそうなので、ジェームズのメサドンを断薬するという決意には相当の覚悟を必要とします。
 ボブが行方不明になってしまった苦しみに耐えかね、ジェームズは家の周りにいつもたむろしている麻薬の売人に近づいて行きます。「天国を探しているのかい」と声をかけられたジェームズは、少し言いよどんだあと、とっさに「猫を捜している」と答えます。部屋に戻ると、初めて出会ったときのようにボブが窓から入ってきています。涙を流して喜ぶジェームズ。あと一歩で薬を買うところまで行ってしまった自分が猫を捜していると言い逃れ、止めることができた――ジェームズはボブのおかげと感謝し、ボブを失うことに比べれば何にでも耐えられると断薬を決意します。それは、自分がどうかなってしまったらボブはどうなる、とボブのためにまともな生活を取り戻す決意でもあったのです。

◆人も人を変える

 映画では、ジェームズを支える存在として、ボブがけがをしたときに動物病院を紹介してくれたベティという女性が重要な役割を果たします。
 ベティはかつて獣医を目指していた女性。現在はジェームズと同じ建物の、かつて彼女の兄が住んでいた部屋に一人で住んでいます。画家を目指していた彼女の兄は薬物依存がもとで亡くなり、ベティは薬物依存症の人を避けています。彼女は壁一面に絵が描かれた兄の部屋で兄への思いにとらわれて一人で暮らし、動物の保護活動をし、クリスマスに七面鳥を殺すなと主張しているヴィーガンです。
 そのベティとジェームズは心を通わせるようになるのですが、自分が薬物依存症であることをベティに隠していたジェームズは、ある日薬局でメサドンを飲んでいるところを偶然来店したベティに見られてしまいます。「私に薬物のことを話さなかった」とジェームズから遠ざかるベティ。ジェームズの断薬の決意には、彼女を取り戻したいという気持ちも加わっていたのでしょう。
 それにしても、ベティとの出会いはちょっと出来過ぎと思ったら、ベティは映画化の上で創作された人物でした。

 ロジャー・スポティスウッドの監督作品はアクション系が多く、『トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997年)や『48時間』(1982年)がおなじみだと思いますが、私は以前『ターナー&フーチ すてきな相棒』(1989年)という映画を見ていたことを思い出しました。こちらは「世界一不細工」という触れ込みのきたない犬と、極度の清潔好きの警察官(トム・ハンクス)とのコンビの映画でした。

◆セカンドチャンス

 ビッグイシューを売っているジェームズとボブのコンビのことがSNSで話題になり、二人の路上パフォーマンスを時々見ていた出版関係の女性がジェームズに声をかけます。そして、ジェームズ・ボーエンの著書『A Street Cat Named Bob』が誕生します。映画のラスト近くに、この本の出版記念サイン会でジェームズから本にサインをしてもらう男性の役で著者本人が出演しています。
 原作を読んでみると、ボブという守るべき存在ができたことがジェームズの内面を変え、立ち直りを促したことがより明確に記されています。

 一人の人間の人生を変えた猫。このブログで以前紹介した『猫なんかよんでもこない。』(2015年/監督:山本透)も、偶然拾った猫とその死が、世界チャンピオンを目指していたボクサーを漫画家の道に導きます。これも実話をもとにした物語です。
 ボブの原作の冒頭には「われわれすべての人間は、毎日のようにセカンドチャンスを与えられている。なのに、目の前にぶらさがっているものをみすみす逃している」という「どこかで読んだ有名な言葉」が紹介されています(注)。
 一つの目標にまっしぐらに進むばかりでなく、たとえ挫折しても全く違う「セカンドチャンス」にも恵まれるもの。大事なのはそれに気づいて行動を起こせるかだ――そんなジェームズからのメッセージを胸にしまって、来る年を迎えましょう。

 誰ですか、来年の目標は猫を拾うことだ、なんて言ってる人は。


(注および参考)『ボブという名のストリート・キャット』(ジェームズ・ボーエン著/服部京子訳/辰巳出版/2013年)より

◆関連する過去作品

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