猫がいっぱいの小さな島に住む、じいちゃんとタマをめぐるささやかな日常と、そこにあるもの。
製作:2018年
製作国:日本
日本公開:2019年
監督:岩合光昭
出演:立川志の輔、ベーコン、小林薫、柴咲コウ、他
レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆☆☆(主役級)
じいちゃんの飼い猫
名前:タマ
色柄:キジトラ
その他の猫:三毛猫のみーちゃん、ほか36匹
◆達者でな
今回から3回シリーズで、高齢者が主人公の映画を取り上げます。その第一弾としてお届けする『ねことじいちゃん』は、私としては少々物足りないところのある映画です。けれども、ここに描かれた平和な世界をしっかり目に焼き付けて次の2作に進んでほしい、そんな思いからこの映画をお届けします。
◆あらすじ
70歳の春山大吉(立川志の輔)は、高齢者と猫だらけの漁業が中心の小さな島で猫のタマと暮らしている。妻(田中裕子)に先立たれ、タマと散歩したり、顔見知りの高齢者グループの漁師の巌(いわお/小林薫)や、おばあちゃんトリオらと世間話をしたり、妻から伝授された料理をしたりするのが日課だ。息子は東京で妻と高校生の娘と順風満帆の生活を送っていて、ときどき大吉を心配して電話をかけてくる。
のんびりしたこの島に美智子(柴咲コウ)という若い女性がやって来て、カフェを開業する。物珍しさからやってきた高齢者グループの面々は、飼い猫も連れて来て常連となり、大吉は妻が残した料理のレシピノートの余白を、カフェで教わった料理で埋めていく。美智子はダンスホールのイベントを企画し、島の高齢者たちも手伝ったり踊ったり、以前より活気づいてきたようだ。
そんな中、おばあちゃんトリオの一人・サチが突然亡くなり、大吉も一人で家にいたときに急に胸を押さえて意識を失ってしまう。偶然訪れた美智子に発見され、島の診療所で大吉の容態は落ち着いたが、駆け付けた息子から東京で一緒に暮らさないかと言われる。次に来る時までに返事を、と息子に言われた大吉が家に戻ってしばらくすると、タマの姿が見えなくなっていた・・・。
◆猫密です!
どのシーンにも猫が映っているという、猫だらけの映画です。監督はNHKBSの人気番組『世界ネコ歩き』でおなじみ、動物写真家の岩合光昭。初監督作品です。
日本で猫ブームになって久しく、一時は猫の可愛さ・癒しに、偏屈な、あるいは心が傷ついた人間を組み合わせたハートウォーミングな映画が続々作られました。が、猫を見せんがために無理やりストーリーをひねり出したような作品も多く、千何百円も出して暗闇に閉じ込められてつまらない映画を見せられるより、SNSの素人の猫動画の方がよっぽど面白い、と人は気が付いたか、それらの映画はここのところ鳴りを潜めたように思います。『ねことじいちゃん』は、猫映画ブームの最後期に作られた作品と思いますが、さすが岩合さん、猫を捉えた映像の的確さ、動体の美しさは、にわか猫映画監督のものとは比較になりません。石垣を跳ぶ猫、原っぱを疾走する猫・・・。特に、猫の目の高さのローアングルのカットは、猫の瞬時の野性を見逃しません。
そして、主役のタマを演じた猫のベーコンのカメラ度胸のよさ。厳しいオーディションを勝ち抜いた大河ドラマ級のトップ俳優の風格が漂っています。主役と言っても擬人化せず、大吉が倒れたときも知らん顔して座っているところなど、たいへん猫々しい。少し鼻ペチャ、横広のペルシャ系の血が混じっているのでしょうか。全体に猫の自然な生態を撮っていると見えるこの映画で、島の外猫役の猫たちが、こうした洋猫系の血筋を引いた、いかにも動物プロダクションからの借り物らしいところが少し残念です。妻のよしえが乳飲み子のタマを拾って初めて家に連れてきたときも、命が危ういという設定のはずなのに、フカフカの見るからに健康そうな子猫が胸に抱かれているのも、もうちょっと何とかならなかったのか、と思うのですが・・・。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
◆楽園の島
さて、この映画、ご覧になった方はいかがでしたでしょうか。のんびりした猫の可愛い姿、シネマスコープの画面に映し出される島の美しい景観と四季の移り変わり、ちょっとしたいさかいはあるものの気心の知れた高齢者たち。彼らの健康を見守る診療所の若先生(柄本佑)が、カフェを開店した美智子に恋心を抱いたり、高校生カップルの幸生が漁師として地元に残り、あすみが大学進学で島を離れ、港で甘酸っぱい別れを経験する、というエピソードも盛り込まれ、実に気持ちよく見終わることができたのではないかと思います。息子から一緒に住もう、と言われた大吉のラストの答えも自然なものと感じたのではないでしょうか。
けれども、私にはこの映画は大事なことを言い残している、と思えてなりません。この島に観光客として訪れ、いいところだけサーッと見て、またフェリーで「楽しかったわね」と帰っていく、そんな感覚なのです。
この映画に登場する主な高齢者は、大吉と巌と、サチ、トメ、たみこの5人。5人とも一人暮らしらしく、大吉を除いて家族は登場しません。したがって家族のもめ事もなし。
巌とサチは、若い頃ほのかに思い合っていたらしく、それが実らぬままサチは結婚し、巌も家庭を持ち、お互いにつれあいを亡くしたようです。二人には若い日の思いがよみがえってきています。昔、巌がサチをダンスホールに連れて行ってやる、と約束していたのにそれが実現しないまま月日が流れ、島でイベントをやるという話が出たとき、巌はダンスホールをやろう、と提案します。当日、二人はサチがリクエストしたミラーボールの輝きを浴びて踊ります。そのすぐあと、あっけなくサチが他界し、残された三毛猫のみーちゃんをみんなは巌に託そうとしますが、巌は拒絶します。巌は自分の年齢から、妻とサチと二人に先立たれたのと同じ悲しみを、みーちゃんにも味わわせたくない、と言うのです。
この映画の最大の泣かせどころはここではないかと思うのですが、人生の浮き沈みにはあまり迫りません。この映画は、高齢化社会のはらむ問題に近づきながら、そこをするりと通り過ぎてしまいます。この島はユートピアとしての高齢化社会、その陰はあまり描きたくないようです。
◆孤独と経済
おばあちゃんトリオの残りの二人、トメとたみこは口を開けば喧嘩ばかり。たみこがへそ曲がりで人の言うことをなんでも悪く言うからです。それでもみんなで美智子のカフェに集まるのですが、さてこのカフェ代は? 1回400円使うとして、週1回の定休日以外毎日行くとするとひと月で約1万円。漁師の巌以外働いていないので、このお金は年金か貯金から払っているとして、かなりの出費です。そう気前よくちょくちょくは行きたくない人は、こういう集まりから次第に足が遠のきます。そういうことが独居高齢者の孤立やひきこもりの原因になったりするのでは。
若先生は閉じこもりがちになったたみこの家を訪ねて、アニマルセラピーと言って猫を世話しようとします。いまは保護猫・保護犬を飼おうとしても、60歳以上の人にはペットより先に死なれては、と譲渡してくれないご時世。かえってペットショップで買う人を増やしてしまったり、高齢者の子どもたちが若先生のようにペットを与えてしまって、ペットが残されるというケースもあるそうです。高齢者の孤独を癒すためにペットを、という一方で、ペットのためにはそれは人間の身勝手、という事態。高齢になると若い時より選択の自由が狭まってくるとはわかっていても、年齢を理由に何かにつけ欠格者のように言われてしまうことに、納得がいかない高齢者も多いでしょう。
◆居場所と生き甲斐
美智子の開いたカフェの「シャルトリュー」という名前は、猫の品種名でもあります。顔が丸く微笑んでいるように見え「フランスの笑う猫」などのニックネームがあり、ロシアンブルーのような毛色です。そんなしゃれたカフェの経営がこの島で成り立つのかと、地方都市で打ち棄てられたような閉店したスナックなどを見かけたことを思い出し、心配になってしまうのですが、大吉はここでみんなと美智子に料理を習い、妻の残したレシピ以外のレパートリーを増やして、長い高齢期の生き甲斐をみつけたよう。
けれども、家事は料理だけでなく、洗濯とか、掃除とか、ゴミ出しとか、華のないものも多く、夕食の時間には疲れてしまって一人だと簡単に済ませてしまうことも多いのでは。みんなと一緒にワイワイと料理を作っているときはいいけれど、そのあとその料理を自分ひとりのためにまた作ることは果たしてどれくらいあるのか。レシピノートにまとめることが目的化して、それだけでいっぱいいっぱいなのでは? しつこいですが料理を教わるための出費は? 教師をしていた彼には別の何かがありそうにも思います。
映画『ねことじいちゃん』に描かれたじいちゃんたちの島。
その昔、釈迦が王子として王宮で暮らしていた頃、城に四つある門から外出したときに、老・病・死を目の当たりにして人間の逃れられない苦しみを知り、最後の四つ目の門から出たときに修行者に会い出家した、という四門出遊の故事を思い出すと、この島は門の内側の世界と思えてしまうのです。
原作は、ねこまきさんがブログで発表したほのぼのとしたコミックエッセイ。主人公の大吉とタマと身近な人々との何気ない日常を描いた、原作の穏やかな雰囲気を壊さないことが映画化にあたり求められたのでしょう。少し見ただけですが、心和むあたたかい作品です。大吉はサザエさんの波平風の禿げ頭で映画より少し年齢が高く、タマの色柄も映画とは違う茶白。
島の人々も猫たちも、いつまでも元気で幸せに。
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