この映画、猫が出てます

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セント・オブ・ウーマン 夢の香り

盲目の退役軍人フランクのお供を務めた高校生のチャーリーは、彼から人生に必要なことを学んでいく。アル・パチーノの熱演が光るヒューマンドラマ。


  製作:1992年
  製作国:アメリ
  日本公開:1993年
  監督:マーティン・ブレスト
  出演:アル・パチーノクリス・オドネルフィリップ・シーモア・ホフマン
     ガブリエル・アンウォー 他

  レイティング:PG-12(12歳以下には保護者等の助言・指導が必要)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    フランクのペット
  名前:トムスター(愛称トミー)
  色柄:キジ白

 
◆毒の香り

 原題は『Scent of a Woman』。Scentとは香りという意味なので、直訳ではあまりにもストレートすぎるためか、邦題にはやんわりと「夢の香り」と加えてあります。
 アル・パチーノが演じる主役の退役軍人フランクは、盲目のためか嗅覚が鋭く、近くにいる女性のつけている香りの銘柄をズバリ言い当てます。
 バブル経済華やかなりし頃、欧米ブランドの化粧品が日本を席捲し、青みピンクの口紅などが大流行するとともに香りの製品もどっと押し寄せ、中でも「毒」という意味の「プワゾン」の甘く濃厚な香りがそこここに漂いました。これは電車の1車両に一人でもそれを付けている人が乗っていると、車両全体に届くような主張する香りだったので、嫌がる人・支持する人の間で議論を呼んだほど。ただ、あまりに時代を象徴する記憶されやすい香りだったことからか、バブル崩壊後はパタッと消えてしまったようです。
 「毒」と名付けられたその香りを、当時を知らない人はどう感じるか、嗅いでもらって感想を聞いてみたいものです。

◆あらすじ

 アメリカの政財界のリーダーを輩出する名門高校の3年生のチャーリー(クリス・オドネル)は、貧しい家庭の出身。感謝祭の週末限定で盲目の男性の世話をするバイトに応募する。
 出会った男性は退役軍人で元中佐のフランク(アル・パチーノ)。勘が鋭く毒舌な彼は、会うなりチャーリーを軍隊式にビシビシやりこめる。チャーリーはバイトを断ろうとしたが、普段フランクの面倒を見ている姪に拝み倒され、引き受けることになる。
 姪一家が出かけるとフランクは突然荷造りして、ニューヨークに行くと言って強引にチャーリーも連れて行く。フランクは、ニューヨークでかねてから抱いていた計画を実現するために助っ人がほしかったのだ。リムジンを雇い、一流ホテルに宿泊、高級レストランで食事とワイン、久しぶりに兄と会い、いい女を抱き、最後に頭を撃ち抜くとフランクは言う。
 ニューヨークへの出発前、チャーリーは高校で級友たちが校長の高級車にイタズラを仕掛けていたところを級友のジョージ(フィリップ・シーモア・ホフマン)と共に見かけ、校長から犯人を教えないと退学だと脅されていた。校長はハーバード大学への推薦入学と交換条件にチャーリーから犯人を聞き出そうとしたが、チャーリーは友人のために口を割らなかった。休み明けの懲戒委員会に備え、チャーリーはすぐにも帰ってジョージと相談したかったのに、フランクに振り回されてしまう。
 訪ねた兄宅で下品な話をして追い出されたり、見知らぬ女性とタンゴを踊ったり、高級娼婦と遊んだり、フェラーリを運転したりと、やんちゃを一通り終えたフランクは軍服に着替え、自殺を止めようとするチャーリーに拳銃を向ける。チャーリーの必死の言葉にフランクは思いとどまる。
 チャーリーを高校まで送り届けたフランクは、懲戒委員会に勝手に登壇、犯人を明かさず退学処分を言い渡されたチャーリーのために心打つ演説をする・・・。

◆お留守番

 157分という長さのこの映画、猫は最初の34分ほどまでの間にチラチラ出てくるだけでその後は姿を見せませんが、ちゃんと名前もついていて、ほんのチョイ役の割にはまあまあの存在感を示しています。
 開始から7分少し過ぎ、バイトの求人広告を出した家をチャーリーが訪問すると、フランクの姪がフランクのいるはなれにチャーリーを案内します。フランクの姪と夫と子どもたちは、感謝祭の週末を夫の実家で過ごすため、その間目の見えないフランクにもし何かあったらと、面倒を見てくれる人を探していたのです。猫のトムスター(トミー)は、外でエサを食べていて、姪が抱き上げて「トミーを入れてもいい?」とフランクに呼びかけると、中から「入れるな!」とフランクが怒鳴る声が聞こえます。チャーリーはその声に少したじろぎます。
 姪はフランクも一緒に行こうと誘ったのに断られたと言いますが、おそらくこれはフランクの計画の一環。姪一家のいない隙にかねてからの願望を実現しようと、チャンスをうかがっていたに違いありません。
 フランクも姪一家も出かけてしまい、猫のトミーは感謝祭の休日の間、一匹でこの家でお留守番させられたことになります。ラストシーン、フランクが家に戻るより前に姪一家は帰ってきています。ここでトミーがおかえりなさいと出てきてフランクにスリスリするとかわいいのですが、現れません。みんなが帰ってくるのが遅くて日干しになってしまった・・・わけではないと思うのですが。猫を置いて出かける映画は、ほんと、気になります。

◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

◆親ガチャ

 感謝祭は、アメリカでは11月の第4木曜日。次の日曜日までがその休日期間にあたるそうで、間の金曜日はブラックフライデーと呼ばれ、休む企業や学校も多いそうです。ちょうど日本のお正月休みのように、家族や親類が集まって七面鳥の丸焼きなどの手作りのごちそうを食べるのが習慣。帰省のため道路や交通機関が混雑するのも同じようです。
 感謝祭も日本のお正月も、年に一度離れていた家族と会ったり、旧友と会ったり、人間関係や自分の人生をあらためて見つめなおす機会です。そんな時節に、これから人生の方向性を決めるチャーリーと、老境を前にこれまでの人生を振り返るフランクの二人が出会います。
 
 校長の車にいたずらをした級友たちと、彼らのいたずらをチャーリーと一緒に目撃したジョージは、感謝祭の休日をスキーリゾートで過ごす計画でチャーリーを誘いますが、給付奨学生のチャーリーにはゆとりがなくバイトを選びます。チャーリーは成績優秀でハーバード大学に進める実力がありますが、今の経済状態では学費が出せません。オレゴンの両親はコンビニを経営。級友たちは裕福な有力者の子息、望めば親のコネでなんでも思いのままです。
 そんな境遇を背景に、チャーリーは超真面目なしっかり者。級友たちのいたずらをかばうところからもわかるように、得にならない道を選ぶ純粋な性格です。けれども彼の生活には一切の「あそび」がありません。その彼が破天荒なフランクに出会ったのは、天の配剤と言えるでしょう。

◆ミスターフランク

 ニューヨーク行きの飛行機に乗ったとき、フランクはさっそくキャビン・アテンダントのつけている香りを嗅ぎ当て女性談義。真面目な高校生チャーリーを赤面させるようなことを言い放ち、そして二番目に好きなのはぐっと離れてフェラーリだ、と話します。
 フランクは学校で起きた事件のことをチャーリーから聞くと、級友をかばえばチャーリーが馬鹿を見る、校長の交換条件を呑んで犯人を教えてハーバードへの進学を手にしろ、さもないと一生故郷でうだつの上がらない人生だ、親に泣きつけば何とでもなるジョージとは違うんだ、とアドバイスしますが、純粋なチャーリーは、旧友をかばい通すのが筋、ジョージも自分と気持ちは同じだと、信じて疑いません。
 一方で、ニューヨークに来て贅沢三昧のフランクは、どこに行っても場慣れしています。フランクはジョンソン大統領の就任式にも列席したという戦争の英雄でした。チャーリーは自分とは全く無縁だったゴージャスな世界に足を踏み入れます。

◆Boys be ambitious

 チャーリーのような真面目一辺倒の正論の持ち主は、現実の前ではポキンと折れやすい。優れたリーダーは清濁どちらにも目が利く視野が求められます。そしてタフに働いたら、相応に遊ぶ、そういうことが人間性を豊かにするはずですが、チャーリーは一面的なのです。
 ニューヨーク行きの時点で「人生教育の始まりだ」と言っていることから、フランクはチャーリーが将来国を背負う人材になると見込んで、人間としてスケールを大きくするために遊びや無駄の効用をチャーリーに伝授したのでしょうか。知り合ったばかりの高校生にそこまでする動機は描かれていませんが、チャーリーにはきっと肥やしになるはずです。
 そしてフランクは、兄宅での感謝祭の食事会に呼ばれてもいないのにチャーリーを連れて押し掛け、卑猥な言動を繰り返し、頭に来た親戚から、毒舌が元で軍隊で昇進できず、手投げ弾をおもちゃにして爆発させて失明した、英雄どころかクソ野郎だとののしられ、逸脱が過ぎた場合の反面教師の役まで演じます。
 チャーリーは、そんなフランクと関わるうちに、未成年なのにビールも飲み、好みの女性にドキドキし、公道を目の見えないフランクに運転させ、それまでの優等生から一皮むけていきます。
   
 困ったおじさんは、フランクばかりでなく、日本の寅さんや世界の映画でもおなじみの類型です。おじさんのふるまいに大人が迷惑する一方で、若者や少年がそんなおじさんに親しみを感じ、まともな大人からは学べない何かをつかんでいくのが面白い。こういう人でも生きていけるんだなあと、困ったおじさんは青少年の実存的不安を吹き飛ばしてくれるのでしょうか。

◆人生のオアシス

 『セント・オブ・ウーマン 夢の香り』と言えば、フランクがチャーリーと出かけたレストランで、石鹸の香りをまとった黒いホルターネックのワンピースの美しい女性(ガブリエル・アンウォー)を、石鹸の銘柄を言い当ててタンゴに誘い、ためらう彼女と踊る有名なシーン。目の見えないフランクが巧みに女性をリードして、夢のようなひと時をフロアに展開します。このときもフランクは女性に対してタンゴを「教えてやる」と言っているので、よくよく教えたがりなのでしょう。使われたのはタンゴの名曲「ポル・ウナ・カベサ」。序盤の明るさと中盤の悩ましいメロディー。一度聴いたら忘れられない曲ですね。
 目の見えないフランクが運転するという、大人もけっして真似をしてはいけないシーンでは、人目を避けるためうらさびた通りをフェラーリの真っ赤なスポーツカー、テスタロッサがぶっ飛ばすというミスマッチな映像が痛快。
   
 目を見開いたままの盲人フランクの演技で、アル・パチーノは過去何度もノミネートされたアカデミー主演男優賞を初めて受賞しました。金持ちの甘ったれ息子ジョージを演じたフィリップ・シーモア・ホフマンは、2005年の『カポーティ』(監督:ベネット・ミラー)で同じく主演男優賞を受賞しています。懲戒委員会での態度などに、演技派の片鱗が見えていますね。
 チャーリー役の好感度抜群のクリス・オドネルは、この映画でゴールデングローブ賞最優秀助演男優賞にノミネート、シカゴ映画批評家協会新人賞を受賞しましたが、その後は賞と縁がないようです。2010年の『キャッツ&ドッグス 地球最大の肉球大戦争』(監督:ブラッド・ペイトン)に出演していますので、このブログで再び巡り会える日も近い!?

 

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