二人組の若い女性の殺し屋が世間の荒波にもまれ自立を目指す!? 殺しよりバイトの方がむずかしい!
製作:2021年
製作国:日本
日本公開:2021年
監督:阪元裕吾
出演:髙石あかり、伊澤彩織、本宮泰風、うえきやサトシ、三元雅芸、他
レイティング:PG-12(12歳未満には成人保護者の助言・指導が必要)
◆◆ この映画の猫 ◆◆
役:☆(ほんのチョイ役)
スマホ動画の猫
名前:不明
色柄:サバ白(画像不鮮明のため推定)
◆あばれ女子
粗いところもあるだろうけれど若手監督のお手並み拝見、という気持ちで期待せずに見始めたら、意外や面白い。かつての映画にありがちだった、美女がチラ見えの衣装で男と戦うお色気アクション路線と異なり、高校出たての女性二人組によるセクシーさ抜きのバディムービー。
ロングヘアーで、女の子っぽいテンションや明るさを備えた髙石あかり演じるちさとと、ショートの金髪で中性的なルックス、キレッキレの身体能力を持ちながらコミュニケーション障害で社会にうまく適応できない伊澤彩織演じるまひろの、対照的な二人が銃やマシンガン、ナイフを手に暴れまくります。
強い女性が活躍する映画でスカッとする猫美人としては、現在のSFXやVFXを駆使したありえない肉体表現や視覚効果が全盛のアクションの中で、生身でここまで、と感動すら覚えました。女子二人の生活感あふれるやりとりも、ハードなシーンに対するユーモラスな息抜きとしてちょうどよい。
チープな衣装やロケ地、不十分な照明、お金が全然かかっていない、いやかけられなかった(?)、という事情もなんのその、映画はアイデアだ、ということをあらためて認識させてくれる1本。
昨2023年に公開された同じ阪元裕吾監督による続編の『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』(2023年)に続き、今年2024年秋には『ベイビーわるきゅーれ3(仮題)』の公開も予定されているということ。二人の勢いは止まらない!
◆あらすじ
ちさと(髙石あかり)とまひろ(伊澤彩織)は殺しの請負会社に所属する女子高生の殺し屋だった。先日もパパ活に見せかけて、中年男を銃で始末した。
二人は会社から、高校を卒業するにあたって殺し屋を続けながら一般社会人としての日常生活を送り、バイトをして自立するよう求められる。普通の市民生活が苦手な二人は、同居して慣れないバイトやバイト探しに精を出す。
二人がパパ活に見せかけて殺した男はヤクザの浜岡(本宮泰風)の子分だった。浜岡の娘ひまり(秋谷百音)は報復に、殺しの会社に子分を殺すよう依頼した男と実行犯ちさとをおびき出していためつけ、ちさとの銃を奪って姿を消す。
社会不適応でなかなかバイトが見つけられないまひろは、ちさとに頼んで二人でメイドカフェの面接に行くが、ちさとだけ採用され、まひろはいじけて帰ってしまう。二人はそれをきっかけに仲たがいする。
そのメイドカフェに、ヤクザの浜岡が新規ビジネスの視察を目的に息子のかずき(うえきやサトシ)を連れてやって来る。しかしヤクザをコケにされたと怒って二人が暴れ出したため、ちさとがかずきの銃を奪って父子とも撃ち殺してしまう。
帰宅したちさとに、まひろは仲たがいの原因は自分だと謝った。そのとき、ちさとのスマホにひまりから電話が入る。捨てられていた浜岡父子の死体にちさと愛用の香水の香りがついていたことから、ちさとの仕業と見抜いて報復のため呼び出したのだ。ちさとはまひろに「手伝って」と頼み、ひまりと浜岡一家の待つ廃墟にマシンガンと拳銃を携えて乗り込む・・・。
◆猫はいいなあ
高校を卒業して二人で同居し、殺し屋でお金には困っていないのに、世間の目をごまかすため表向き普通の社会人として働くよう求められたちさととまひろ。
イマドキ女子らしさで世の中を渡っていくちさとに対し、社会人としての適性がどん底のまひろ。バイトしなきゃと求人誌に目を通し、応募の電話をする時点で力尽きてしまいます。しょっちゅうソファにひっくり返ってスマホで動画を眺めて現実逃避。そのスマホの動画の中に猫が登場します。
「お客さん、痛い所はないですか」というキャプションとともにサバ白の猫が両手でモミモミする映像。まひろ、思わず「猫はいいですねえ」「かわいくってさ」と独り言。「うらやましいぜ」と、つぶやいたとき猫が「天敵!」と何かをパンチする映像が。
猫だってマッサージで(?)人の役に立っているのに・・・かわいさをウリに生きていけるのに・・・とまひろが落ち込んでしまったのは、メイドカフェの面接に行った日。まともに人と会話もできないまひろがそんな店に面接に行ったのは、ちさとと一緒ならなんとか助けてもらえると思ったから。見学ということで一日過ごしたものの、「萌え萌えキュン」とか言う接客や、バイト同士仲良くという雰囲気について行けず、先に帰って動画を見ていたのです。
まひろは帰って来たちさとに、メイドカフェなんか自分の人生にはプラスにならないと言い、ちさとはそんなまひろを、自分からは何も挑戦しないで頑張ってる人を見下してる、と痛烈に批判、険悪なムードになってしまいます。
猫の動画をまひろが眺めるのは、開始から58分ほど過ぎたあたり。この猫の動画、スタッフの誰かの猫のものなんでしょうか。
◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆
◆危険な二人
映画の冒頭、コンビニのバイトに応募したまひろが店長に面接を受ける、観客へのあいさつ代わりのシークエンスがすごすぎます。店長に説教され、キレたまひろが店長を銃で殺害、店内に移動すると店員の男たちが店長のカタキと刃物で襲いかかり壮絶なバトル。まひろがピンチに追い込まれるとすかさずちさとが現れてバックアップ・・・と、これは店長のネチネチした面接に嫌気がさしたまひろが思い浮かべた白昼夢。
まばたきを忘れるほどの暴力的でダイナミックなアクション。女性が複数の男を相手に戦う映画はたくさんあるけれど、ここまでスピーディーでシャープなものを見せた人はいたかなあ、と、まひろ役の伊澤彩織のとびぬけた身体能力にただただ圧倒、感服、降参。
その昔この私が血迷ってコンテンポラリーダンスなどを習っていたとき、こういうキレッキレで野性的な女性がいて、振りすら覚えられず棒立ち状態の自分には同じ人間とは思えなかったものですが、伊澤彩織の動きを見ていてその頃の記憶がよみがえりました。女性らしく骨盤周りの柔軟性が高く、しなる体で男性と違ったアクションを可能にしているなあ、と思ったらやっぱりクラシックバレエを習っていたとか。
部屋の中に人型のサンドバッグを置いてトレーニングしているまひろですが、意外に家庭的なスキルがあって、晩ご飯におでんを作ったり煮物を作ったりしてボソボソ食べています。
一方、舞台版「鬼滅の刃」でヒロインの禰豆子(ねずこ)を演じたという注目の若手の髙石あかり。ちさとはまひろに比べると普通の女子っぽく、個性を表現しにくかったと思いますが、殺虫剤でシューするかのようにターゲットに銃を撃ちこむところにちさとの情緒の欠如した人格がよく出ています。冷酷とか非情とかいうのでなく、何も感じない。カップ麺を食べるときのズルズルとうるさい音とつゆをはね飛ばすのとで、まひろに頭をはたかれていますが、そんなところにカンカラカンの空き缶のようなちさとのキャラクターが表れています。
◆ワルキューレ
ここでちょっとタイトルに付された「わるきゅーれ」=ワルキューレについて。
神話や伝説などを応用したアニメやファンタジー、ゲームについては知識がないので触れませんが、映画のジャンルでワルキューレが広く知られるようになったのは、フランシス・フォード・コッポラ監督の『地獄の黙示録』(1979年)がきっかけ。米軍のヘリコプターがベトナムの村の上を飛ぶシーンにワーグナーの「ワルキューレの騎行」が使われています。これはゲリラの潜む村をヘリコプターで襲撃しようとする際に、士気を高めるために指揮官が勇壮なこの音楽を戦場に流し、銃弾を浴びせるという場面でした。そのため死神が襲うようなイメージを持っている方もいるかもしれません。
「ワルキューレの騎行」が含まれる「ワルキューレ」は、作曲家リヒャルト・ワーグナーが北欧やゲルマン神話をもとに書き上げた、4夜に分けて上演される舞台祝典劇『二ーベルングの指環』で2夜目に上演される演目。ワルキューレとは神々の王ヴォータンの9人の娘たちです。「ワルキューレの騎行」は彼女たちが天翔ける馬に乗って岩山に集まる場で演奏されます。
ワルキューレは戦場に赴き、神々と神々を滅ぼそうとする者との来るべき最終戦争に備え、戦場で斃れた勇士の中からこれという者を選んで天上のヴォータンの宮殿ワルハラまで馬に乗せて運び、再生して戦わせるという役割を担っています。
『ベイビーわるきゅーれ』でも、時々小さくワルキューレの音楽が聞こえる個所がありますが、若い女性の殺し屋という意味でワルキューレの名をタイトルに使っているのだとしたら、ワルキューレの本来の役割からずれていることになります。ワルキューレではなくて「わるきゅーれ」と表記しているのは、ワルキューレとはノットイコールであることを表しているのでしょうか?
「ワルキューレ」では、ヴォータンによって倒された男の子どもを身ごもった人間の女を、ワルキューレの一人が父ヴォータンにそむいてかくまうという、殺しどころか美しい命のドラマが展開されるので、ワルキューレと聞くとダークなイメージを思い浮かべる人が増えないようにと願っているのですが・・・。
◆最凶対決
映画を面白くする要は敵役。ちさととまひろの前にはヤクザの浜岡、娘のひまり、用心棒の渡部が立ちはだかります。
ヤクザの浜岡は、だんごを買った店の主人のつまらないギャグや、メイドカフェの係が「仁義」の字をケチャップでうまく書けなかったことでキレまくるという、極道というより短気すぎていつも息子からたしなめられている、ちょっと滑稽な親分。敵役の中でも愛されキャラです。
浜岡の娘ひまりは、父の後継者になろうと手足になって働くチャカチャカした子で、ヤクザの娘というより安っぽいチンピラ風情にしか見えません。この子のセリフ回しやテンションや髪型がちさとと似ていて、初めて見たとき、ちさとかと思ってしまいました。名前も紛らわしく、もっとスタッフ側に観客の理解を想定した気配りが必要だったと思います。
そして、ストーリー進行にはほとんどかかわりないものの、最終的にまひろとサシで対決する浜岡一家の用心棒、人間凶器・渡部(三元雅芸)。『最後のブルース・リー ドラゴンへの道』(1972年/監督:ブルース・リー)のブルース・リーとチャック・ノリスばりに、いままで起きたことのすべてはこの対決に向けての伏線だった・・・と言うべき展開。段取りだらけの「ドラゴン」より数倍凄絶なアクション。絶体絶命のまひろ。そしてちさとはどうなる!?
フィジカルで男に引けを取らないまひろが、戦いで疲れ果て、ちさとに起こして~と手を伸ばすかわいさ。洗濯機に話しかけたり、仲直りに苺のショートケーキを食べようとしたりする二人の女子っぽさ。アップの顔にちょこっと見えるニキビ。日常会話に飛び出すスラング。わき役たちも、キショい(気色悪い)コンビニ店長、殺し屋会社の人事担当者、殺しの後処理担当者など、こんな人いそう、こんなこと言いそう、と思わせる実在感。
主役二人の歌う挿入歌やパワフルなテーマ曲、有名漫画の引用、トレンドだった香水、メイドカフェの営業形態、ヤクザも注目する女性活躍推進など、2020年代の日本を表すキーが満載。将来の日本現代史研究家のためにこれらの注釈付きのブルーレイを作成してくれたら、一級品の資料になる、と思うほど。
続編の『ベイビーわるきゅーれ 2ベイビー』は、1作目の面白かったところが強調され、少々くどくなってしまったようです。最後の方で、猫柄シャツを着ていた男が、持っていたちゃおちゅーるでちさとやまひろたちと乾杯しているのですが、もしかしたら、阪元監督、猫好き?
(参考)『オペラ鑑賞辞典』(中河原理編/1990年/東京堂出版)
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