この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ロング・グッドバイ

探偵フィリップ・マーロウが主人公の少しアンニュイなハードボイルド。伝説の猫との名場面は必見!

 

  製作:1973年
  製作国:アメリ
  日本公開:1974年
  監督:ロバート・アルトマン
  出演:エリオット・グールド、ニーナ・ヴァン・パラント、スターリング・ヘイドン 他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    主人公の飼い猫
  名前:?
  色柄:茶トラ

 

◆伝説の映画

 中学生だった頃、その年頃の女子向けのファッション雑誌の映画紹介記事で読んだのが、この映画の主人公と猫とのやりとりのくだり。こんな映画があるんだ、といつか見たいと思ったのに映画の題を忘れてしまい、長年モヤモヤを抱えたままでした。
 ようやく猫が出てくる映画と言えば・・・という話題でこの映画がその出所とわかってうれしかったこと。公開から50年近くたとうというのに、いまだに猫好きの映画ファンを狂喜させるこのシーン。ぜひ味わってください。

◆あらすじ

 私立探偵のフィリップ・マーロウエリオット・グールド)は、友人のテリー(ジム・バウトン)から突然の訪問を受ける。メキシコのティファナに行きたいという彼をマーロウが自分の車で送って帰ると、警察がマーロウを訪ねてくる。テリーは妻を殺してお尋ね者だという。マーロウはテリーをかばって警官にたてつき留置場に入れられるが、テリーがメキシコで自殺し釈放される。
 戻ったマーロウはアイリーン・ウェイドという女性(ニーナ・ヴァン・パラント)から行方不明の夫を捜してほしいと依頼を受け、マリブにある彼女の豪邸を訪ねる。調べると、酒浸りの夫・ロジャー(スターリング・ヘイドン)は治療のため精神病院に入れられていた。夫を自宅に連れ戻したものの夫婦の間はしっくりしない。
 そんなある日マーロウのもとにテリーから5000ドル札が届く。不審に思ったマーロウが、テリーが自殺したメキシコに調査に行って戻ると間もなくロジャーが自殺する。この夫妻とテリー夫妻の間に何かあると考えたマーロウは、以前テリーが持っていた大金をマーロウが隠していると言って子分と脅しに来たマーティー(マーク・ライデル)というやくざのオフィスを訪ねる。マーロウはマリブのウェイド夫妻の家でマーティーたちが妻のアイリーンと話しているのを前に見ていて、何か手掛かりがあると思ったのだ。その大金がマーロウの目の前でマーティーのもとに届き、マーロウが隠しているという疑いは晴れる。やくざのオフィスを出たとき、マーロウはアイリーンの姿を見かけて追いかける・・・。

◆ねこあるあるある♪

 さて、あまりにも有名な猫場面なので、耳にタコ、目にフタができている方もいらっしゃるかもしれませんが、猫を飼っている人なら「わかる!」と膝を打つこのエピソード。
 映画の冒頭、主人公の探偵フィリップ・マーロウは午前三時にベッドに飛び乗った猫に起こされます。マーロウはシャツにズボンに靴を履いたまま、電気もつけっぱなしでよほど疲れて倒れ込むようにして寝た様子です。そんな状態にもかかわらずおなかをすかせた猫に応えて起きるマーロウ。疲れて帰って猫にエサをやらずに寝てしまったことをかすかに思い出したのでしょう。
 ところがいつもの猫缶を切らしていて、マーロウはあり合わせの特製ごはんを作ってあげるのですが(仕上げに塩をかけている!)猫は匂いを嗅いだだけで口をつけません。皿をひっくり返され、マーロウは車を走らせてスーパーに猫缶を買いに行きます。ところが愛猫の好きなカレー印の猫缶が売り切れ。しかたなく別の猫缶を買って帰り、猫に見られないようドアを閉めてカレー印の空き缶に別の猫缶の中身を移し替え、猫をキッチンに入れて目の前で「お前の好きなカレー印だ」と皿にあけてみせるのですが、猫は騙されません。猫専用の出入口からプイッと出て行ってしまいます。

 猫を飼ったことのある人なら、猫が自分のお気に入りのエサしか口にしようとしないことにマーロウのように泣かされたことがあるはず。しかも、複数の猫を飼っている場合、Aの猫とBの猫の好みが違って、Aの好きなエサをBは食べない、という目に遭っていると思います。猫缶の場合、食べきれずに冷蔵庫に取っておいた残りは食べてくれず、新しく開けるのをじっと待っているとか。
 そんな猫の飼い主の嘆きと猫愛をつぶさに描写したこの場面、伝説化するのは当然のことでしょう。映画の開始から10分以上、延々と続きます。カレー印が売り切れで、スーパーの店員が「ほかのやつでも大して変わらない」と言ったときに、マーロウがつぶやく「猫を飼ったことがないな」というセリフへの共感の叫びが聞こえてくるようです。
 猫(名優!)の出番はここだけ。茶トラの猫は家出したまま帰ってきません。その恨み言を映画の中でたびたびマーロウがつぶやくのも楽しいところです。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

      

探偵物語

 この映画は「猫の場面だけでいい人はここまで」と、あとは全然面白くないと言う人もいるかもしれません。私はそこまでは言いませんが、なかなか筋金入りのストーリーの複雑さ。「あらすじ」を読んでもちっともわからなかったのでは?
 レイモンド・チャンドラーの、フィリップ・マーロウを主人公とする探偵小説が原作。いまも男性ファンに支持されるというフィリップ・マーロウもの。「男はタフでなければ生きていけない・・・」などのキザな名セリフが男性の共感を呼ぶのでしょうか。1939年の『大いなる眠り』がフィリップ・マーロウものの第一作で、この『ロング・グッドバイ(長いお別れ)』は1953年の作。
 1930年代から1950年代くらいまでの、舞台劇や小説を原作とした映画は、セリフが多いのです。言葉や文章で人に伝えるというベースのものを視覚がベースの映画に乗せ替えただけのようなものが多く、セリフに追われ、進みの速い先生の授業について行くようにヘトヘトになることもしばしば。こういう映画を見ると無声映画の方がより映画的だと気づかされます。
 チャンドラーの『大いなる眠り』を原作としたフィリップ・マーロウもの映画『三つ数えろ』(1946年/監督:ハワード・ホークス)は、こうしたセリフの多い時代のサスペンスの典型。ハンフリー・ボガートローレン・バコールが素敵でしたが、筋が込み入っていて軽い気持ちで見始めると後悔します。
 小説から20年後に製作された『ロング・グッドバイ』は、年代物の推理小説の回りくどさに忍耐を要しつつも、70年代風のポップな味を助けに完走できる、という風です。ちなみに原作には猫は出てこないとのこと。

◆皮肉屋

 レイモンド・チャンドラーが作ったキザなフィリップ・マーロウ像を壊し、自然体に生きてる風の男に仕立てたところがこの映画のミソでしょう。正義の番人のようなハンフリー・ボガートのマーロウに比べ、しがない私立探偵とばかりに自分の稼業にちょっと引け目を感じているようなエリオット・グールドのマーロウ。あちこちでマッチを擦ってはタバコを吸いまくり、気取ったセリフを人に聞かせる代わりに皮肉ともぼやきともつかない独り言をつぶやいて、女性といい仲になるわけでもなく猫に振り回される脱ヒーローです。ベトナム戦争終盤頃から、体制に抵抗する若者像を描き、ハリウッド式商業的大作と一線を画したいわゆる「アメリカン・ニュー・シネマ」と言われる映画の流れに属する主人公でしょう。
 そのどこか孤独で虚無的なムードをかきたてるのが、ジョン・ウィリアムズによるけだるいテーマ曲。全編で色々なアレンジで流れ、ジャズバージョンはとても粋。マーロウがメキシコで目にした葬列の葬送行進曲にまで使われるという凝りようですが、エンドロールで流れる曲は明るく能天気な「ハリウッド万歳」。これはロバート・アルトマン監督のハリウッド的なるものへの批判の姿勢を示したものでしょうか。それとも、アメリカン・ニュー・シネマの潮流がこの頃『ポセイドン・アドベンチャー』(1972年/監督:ロナルド・ニーム)のようなハリウッド的大作主義に回帰してきたことを皮肉ったものでしょうか。

夢のカリフォルニア

 そのハリウッドでロウソクを売って生活しているという、マーロウのマンションの向かいの部屋のダンサーのようなヨギーニ(ヨガをする女性)のような女性たちの、何とも奇妙な生態が度肝を抜きます。自然と一体化するためかいつも半裸の姿でベランダで踊ったり瞑想したり、マーロウの部屋に訪ねてきた男たちは一様にびっくりして「よくこんな部屋に住んでいられるな」と言ったりします。
 ウェイド夫妻の住んでいるマリブビーチのマリブコロニーという一画は、ハリウッドスターなどのセレブたちの住まいや別荘が集まっていた場所だそうですが、その出入口でスターの物まねをするガードマンがお茶目です。まず、バーバラ・スタンウィックの真似。次にマーロウが通りかかったときにジェームズ・スチュアートの真似をすると、説明する前にマーロウがわかってくれたのでご機嫌に。次にウォルター・ブレナンの真似をするのですが、やくざの若いのには全く通じずがっかりしてしまいます(ガードマンを演じたのはケン・サンソム)。
 60年代から70年代に流行したヒッピーイズムや、風光明媚なセレブのビーチ。当時の西海岸の空気がこんな場面から伝わってきます。
 文字通りのハードボイルドを、こんな味付けに料理したロバート・アルトマン監督。エリオット・グールドも出た、軍隊をおちょくった『M★A★S★H』(1970年)もひねったユーモアで支持する人が多いですね。

◆猫がいなけりゃ生きていけない

 さて、この映画のマーロウの最後のセリフは「猫がいなくなっちまったじゃないか!」(猫美人訳)。その場に全く関係ないセリフですし日本語にすると長いからか、先日見たCS放送版の字幕は全く違う言葉に置き換えられていました。猫が家出してすぐマーロウが猫を捜していると、このセリフの相手がやって来てマーロウの猫捜しは中断します。「あの時あいつが来なければ猫を捜しに行けたのに」・・・マーロウはずっとそう思っていたのかもしれません。もしかしたら「ロング・グッドバイ」の「グッドバイ」の相手はあの猫?
 猫に始まり、猫に終わる映画。
 アーノルド・シュワルツェネッガーがセリフのないやくざの子分役で出演しています。

 

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