この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

ローズマリーの赤ちゃん

悪魔崇拝者がおなかの赤ちゃんを狙っている!」
  ローズマリーの訴えは、現実か、妄想か?


  製作:1968年
  製作国:アメリ
  日本公開:1969年
  監督:ロマン・ポランスキー
  出演:ミア・ファロージョン・カサヴェテス、ルース・ゴードン、
     モーリス・エヴァンス、他

  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆(ほんのチョイ役)
    集会の客の猫
  名前:不明
  色柄:黒

◆怖い映画

 ゾンビであったり、サイコパスであったり、百花繚乱の様相を呈しているホラー映画。たくさんの人が残忍に殺されたり血その他が飛び散ったりする映画はあまり見ていないのですが、そういう力わざのホラーが流行する前、『エクソシスト』(1973年/監督:ウィリアム・フリードキン)や『オーメン』(1976年/監督:リチャード・ドナー)などのオカルトの流行がありました。
 1970年代は、公害などによって科学文明の否定的な面がクローズアップされた時代で、その反動として心霊やUFOなどの超自然的な現象に関心が高まったように思います。『エクソシスト』や『オーメン』は、その流れの中で誕生しヒットした時代の産物と言っていいと思いますが、『ローズマリーの赤ちゃん』は、その前に突然前触れなく登場したという印象があります。
 いわく言い難い雰囲気を醸し出す緑色のポスター、そして「ローズマリーの生んだ赤ちゃん」の噂が噂を呼び大ヒット。いままでにない映画が誕生した、という空気がひたひたと伝わってきました。

◆あらすじ

 ローズマリーミア・ファロー)とガイ(ジョン・カサヴェテス)の夫婦は、ニューヨークの古いアパートの部屋を借りた。俳優である夫の仕事にも便利である。ローズマリーの親代わりのハッチ(モーリス・エヴァンス)は、このアパートにまつわる気味の悪い過去の話をしたが、二人はさして気に留めなかった。
 ローズマリーは隣室のカスタヴェット夫妻の養女で同年代のテリーと知り合うが、テリーはまもなくアパートから飛び降り自殺をしてしまう。その騒ぎでミニー(ルース・ゴードン)とローマン(シドニー・ブラックマー)・カスタヴェット老夫妻と、ローズマリーとガイは近づきになる。ミニーはお節介焼きで、差し入れをくれたりローズマリーに変なにおいのするお守りのペンダントをくれたりした。
 ガイは、狙っていた芝居の主役をほかの役者にとられてくさっていたが、突然その役者が失明し、主役が回ってきた。ご機嫌なガイはすぐにも赤ちゃんを作ろうと言い出す。夕食後めまいを起こしたローズマリーは、悪魔に犯されるという夢か幻覚のような体験をする。翌朝、ガイは意識もうろうとした彼女を抱いたと話す。
 妊娠が判明し、友人に紹介された産婦人科医に通うつもりだったローズマリーは、著名な産婦人科医のサパスティン(ラルフ・ベラミー)のところに通えとカスタヴェット夫人のミニーに押し付けられる。ローズマリーの体調は悪化し、連日激しい腹痛に襲われる。
 ローズマリーの体調を心配したハッチが会おうと言ってきたが、突然倒れそのまま亡くなってしまう。ローズマリーはハッチの形見の悪魔関連の本を読み、隣のローマン・カスタヴェットの少年時代の写真を見つける。ローズマリーはカスタヴェット夫妻やサパスティン医師が悪魔の手先だと確信し、最初にかかった産婦人科医のところに助けを求めるが、彼女の話を妄想と捉えた医師の連絡で、ガイとサパスティンが迎えに来る。
 激しい動揺の中でローズマリーは産気づく。気が付くと赤ちゃんの姿はなく、逆子で死産だったと告げられる。だが、かすかに赤ちゃんの泣き声を耳にしたローズマリーは・・・。

◆嫌われるわけ

 猫を楽しみにこの映画を見てくださる方には申し訳ありませんが、猫が出るシーンは最後の最後。残り8分を切ってからです。それは黒猫。けれども、わずか5ショット、合計しても数秒、引きの映像で注意していないと見逃してしまいますから用心してください。銀髪の痩せたメガネの老婦人が抱いています。
 ヨーロッパでは黒猫を不吉なものする空気があり、保護猫の里親探しで最後に残るのは黒猫が多いとか。そもそも12世紀のローマ教皇グレゴリウス9世が黒猫は悪魔の下僕というおふれを出したというのですから、ローマ・カトリック教会の勢力下で黒猫が悪魔のシンボルとして定着したのも無理からぬこと。中世の魔女裁判では魔女とされた女性たちと一緒に、黒猫も火あぶりになったそうです(注)。その頃の偏見が今も尾を引いているわけです。
 けれども、その固定したイメージのおかげで、映画の中では不吉の前兆とか魔物のお供として、黒猫はなくてはならない存在です。この映画ではほんのちょっとしか映りませんが、それを抱いている老婦人が悪魔側の人物であることを示す記号となっています。ほかにも悪魔を暗示する事物がこの映画にはところどころに登場しているというのですが、キリスト教文化の素地がないと読み取れないのがもどかしいところ。
 近年、黒猫へのいわれなき偏見への反省の意味を込め、8月17日を「黒猫感謝の日」と定めて、世界各地でイベントが催されるようになってきたそうです。

 ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

      

◆恐怖の源

 いまのホラーは主人公を追い詰める相手が未知の何かで、その異常性の恐怖を描いているものが多いと思いますが、『ローズマリーの赤ちゃん』で登場するのはキリスト教の悪魔という既知の存在です。『エクソシスト』や『オーメン』もその系統の作品です。
 私の記憶では『エクソシスト』はアメリカで公開当時、失神したり吐いたりする観客が続出し、映画館がパニック状態になったといううわさが届いて、日本で公開されたらどうなるかと大騒ぎでした。が、いざ蓋を開けて見ると日本人は意外とケロリ。日本はキリスト教の土壌ではないので、悪魔に対する恐怖感が異なるからではないかと、マスコミが分析していました。
 相手が悪魔であれ、化け物であれ、非人間と人間との戦いという意味では、『エクソシスト』も『オーメン』も大きくモンスターものとくくってしまってもいいかもしれません。けれども『ローズマリーの赤ちゃん』は、悪魔との対決以上に、人間の心の闇を恐怖の源泉としています。

◆訳あり物件

 オープニング、ニューヨークの風景のタイトルバックに流れる子守歌風のけだるいスキャットローズマリーを演じたミア・ファローの歌声です。
 ローズマリーたちが住んだ古いアパートの外観には、ニューヨークにあるダコタハウスという19世紀に建てられた有名なアパートがイメージとして使われています。いかにもいわくありげな古めかしさ。1980年にジョン・レノンが、住んでいたこのアパートの前で射殺されました。
 ローズマリーたちがここに住むと聞いたハッチは、そこには昔子どもを食べるのが趣味の姉妹が住んでいたとか、霊媒師が住んでいて悪魔を呼び寄せて半殺しにされたなどの悪い噂がある、と忠告します。いざ住んでみて、ローズマリーたち二人の生活に侵入してきたのは怪奇現象ではなくカスタヴェット夫妻でした。
 ローズマリーは表面だけの付き合いにしたかったのに、ガイはローマンと演劇の話をしに夫妻の部屋に入り浸り、ローズマリーの妊娠がわかると、ミニーは毎日手製の栄養ドリンクを飲ませに来ます。
 ローズマリーがどんどん痩せこけ、お腹が痛いと訴えているのに、ガイもカスタヴェット夫妻も、サパスティン医師も取り合わず、ローズマリーはパニック様の心理状態に陥ります。そんなとき、ハッチの形見の本などによってローズマリーは彼らが悪魔の手先であるに違いないと思い込みます。ローズマリーのその確信を観客が受け入れられないところから、この映画の真にスリリングな展開が始まります。

◆人間の闇

 観客は彼女の心理に同化できないのです。悪魔について書かれたという眉唾な本を信じ込み助けを求めるローズマリーを、妄想に取り憑かれている、と突き放して見てしまいます。妊娠中で体調も悪く精神的に不安定になり、理性的な判断が出来ないのだろう、などと分析し、彼女の味方になってやりません。ローズマリーの方こそ異常では、と思うのです。ローズマリーはこの局面で、ストーリーの中でもスクリーンを見つめる観客からも、完全に孤立しています。
 「誰も自分の言うことを信じてくれない」。少女とも大人ともつかない痩せて頼りなげなミア・ファローその人が、役の上のローズマリーとしてでなく、現実に体験し混乱しているかのように見えます。カメラはサディスティックに彼女を追い詰めていき、何もかもが彼女を陥れる罠のような緊迫感を引き出します。

 最後まで見れば、ローズマリーの確信は正しかったことがわかるのですが、悪魔対人間という仕立ては今では少々カビ臭く、すんなりとは入り込めません。けれども、カスタヴェット夫妻やサパスティン医師たちを、世界中にはびこる陰謀論やカルト教義を信じる人間たちと重ね合わせると、妄信に取り憑かれ、どんなことでもやってのける人間の暗部が見えてきます。反転すれば、怪しげな本を鵜呑みにするローズマリーも同様のメンタリティの持ち主です。ガイが、役者としての成功のために悪魔に魂を売ったのだとしたら、人間は悪魔の操り人形です。
 ガイを演じたジョン・カサヴェテスは1980年の『グロリア』などを作った映画監督でもあります。この映画の頃はそうでもないのですが、後年になると少し意地の悪そうな顔立ちになって、悪魔タイプと見えなくもありません。
 そして、この映画のヒットの最大の要因は、ミア・ファローというガラスのように壊れそうな個性の持ち主が主人公を演じたことに尽きると思います。

◆訳あり監督

 監督のロマン・ポランスキーは『水の中のナイフ』(1962年)『チャイナタウン』(1974年)『戦場のピアニスト』(2002年)など、多くの名画を生み出した巨匠。サスペンスのセンスは抜群。よく自作にも出演しています。
 ただし、児童や10代の女性俳優に性的暴行・虐待をした過去があり罪に問われていて、2019年の『オフィサー・アンド・スパイ』のセザール賞(フランスの映画賞)の受賞に対して抗議が寄せられニュースになりました。世界中で続々明るみに出る映画関係者の性的ハラスメントは、業界の体質を物語る改めなければならない問題で、映画界への信用回復ということを考えた場合、作品はともかく監督賞を与えるという選考委員の時代感覚には私も疑問を感じます。
 ローズマリーに対するサディズムや、彼女の衣装に見える少女的傾向などは、そう思って見ると監督の趣味かと思ってしまうのですが・・・。
 『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年/監督:クエンティン・タランティーノ)で引用された、妻のシャロン・テートが1969年に惨殺された事件など、ポランスキーの周りにはスキャンダルや事件がついて回っています。


(注)「ヨーロッパ黒猫紀行」(NHKBS 2017年4月放送)を参考にしました。


◆関連する過去作品

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