この映画、猫が出てます

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怪猫有馬御殿

殺された側室と女中の生首が有馬屋敷に飛ぶ! 大映戦後化け猫映画の第二弾!

  製作:1953年
  製作国:日本
  日本公開:1953年
  監督:荒井良
  出演:入江たか子、阿井三千子、北村礼子、金剛麗子、坂東好太郎、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
    おたきの方の愛猫
  名前:玉
  色柄:三毛


◆お正月も怪談

 ちょうど一年前、『怪談佐賀屋敷』(1953年/監督:荒井良平)の記事でお盆と怪談映画の関係をお話ししましたが、『怪猫有馬御殿』が公開されたのは、『怪談佐賀屋敷』から4ヶ月もたたない1953年の暮れ。お正月映画として登場しました。
 当時の朝日新聞の広告によれば(注1)、その暮れから春にかけて大映が11本の映画を順次公開予定で、そのラインナップが発表されています。一つの映画会社が11本の映画を並行して製作・公開しているとは! 今では考えられませんが、当時はプログラムピクチャーの時代。映画会社が年間の製作本数を決め、その数を埋めるようにどんどん作って、直営・契約映画館で二本立てで公開していくというのが普通だったので、これくらいのペースはあり得たかもしれません。ちなみに『怪猫有馬御殿』と併映された二本立て作品は若尾文子主演の『十代の誘惑』(1953年/監督:久松静児)。う~ん、こっちも見てみたい!

◆あらすじ

 有馬家の古参の側室おこよの方(北村礼子)は、殿の寵愛が新参の側室おたきの方(入江たか子)に傾いているのを腹に据えかねていた。そんな折におたきの方が可愛がっている猫の玉がおこよの方のお膳の魚を盗み、おこよは怒っておたきの方を呼びつけ、玉を殺すかそれが嫌なら裸で踊れとおたきをいじめる。有馬大学(坂東好太郎)のとりなしで、その場はなんとかおさまる。
 別の日、おこよの方は奥女中たちの武術試合で、おこよの方の老女中で武術に秀でる岩波(金剛麗子)と手合わせするようおたきに強要する。おたきは町家の出で武術の心得がなく降参するが、岩波は平伏しているおたきを何度も打つ。おこよはさらにおたきが自分を丑の刻参りで呪ったと濡れ衣を着せ、自害に見せかけ岩波が刺し殺してしまう。そこへどこからともなく玉が現れ、おたきの血をピチャピチャとなめる。
 やがて、おこよの方の女中部屋におたきの方の亡霊が現れ、女中たちが次々と殺害され、騒ぎを聞きつけた有馬家の家臣たちがおたきの方を追い詰める。おたきの方の亡霊と思われたのは、おたきの恨みをはらすために化け猫になった玉だった…。

◆玉ちゃんmyラブ

 『怪談佐賀屋敷』の主役猫「こま」ちゃんが私の一番のお気に入り、と一年前にお話ししましたが、今回の「玉」ちゃんは「こま」ちゃんと同じ猫です。玉ちゃんは、おこよの方のメインのおかずの鯛を盗むといういけないことをやってのけ、殺せと言われたのを不憫に思ったおたきの方に、情けある人に拾われておくれ、と屋敷の外に捨てられるのです。そんな泣かせる場面で、抱かれるのを嫌がってカメラもマイクも全く気にせず「ギャ~」と鳴いてもがいてみせる素人臭さもまた健在。かわいいわ、まったく。
 どこかしら急ごしらえを感じさせるこの映画、玉ちゃんが怖がらせに出てくる場面も少なめで少々物足りないのですが、二本目も声がかかったということは初演の演技力を買われてのことと、私は信じています。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

      

◆複雑怪奇物語

 物語の舞台は、久留米藩主有馬家の江戸上屋敷。今の東京都港区三田にあったということで、『和猫のあしあと 東京の猫伝説をたどる』(岩﨑永治著/2020年/緑書房)によれば、騒動の発端となった猫の猫塚の台座とその上の猫石が今も存在しているそうですが、この化け猫話そのものが創作らしく、猫塚もいつどのような経緯でできたのかは不明だそうです(注2)。
 『怪談佐賀屋敷』の鍋島、愛知の岡崎と合わせ日本三大化け猫騒動と言われる有馬猫騒動。『怪猫有馬御殿』のDVDジャケットには人形浄瑠璃の「鏡山」を題材としていると書いてあります(注3)。この浄瑠璃『加々見山旧錦絵(かがみやまこきょうのにしきえ)』(1782年初演)の一部が『鏡山旧錦絵』(通称「鏡山」)として歌舞伎の演目になり、また、1880年河竹黙阿弥(かわたけもくあみ)作の歌舞伎『有松染相撲浴衣(ありまつぞめすもうのゆかた)』が(有松にありまを引っ掛け)、有馬の化け猫騒動を題材としているということ。お局に中老がいじめられて自害し、中老の言いつけで出かけていた女中が帰ってから亡きがらを見つけ仇を討つ、というストーリーは歌舞伎で「鏡山物」と呼ばれているそうです。有馬の化け猫騒動の話は色々な話がミックスして脚色が施され、その都度形を変えながら今日に至っています。したがって『怪猫有馬御殿』もその一つということで、この映画のストーリーが決定版というわけではありません。
 2009年の大阪松竹座の歌舞伎『怪異 有馬猫』では、古参の側室は姿を見せず、もっぱら岩波が悪役として活躍していました。この版では、中老づきの女中(2022年6月に亡くなった坂東竹三郎)に中老が可愛がっていた猫が取り憑いて復讐を繰り広げます。化け猫は生きた鯉を舞台上で巧みになぶっていましたが、動物愛護の点から、もうこの演出はできないのでは・・・。猫の方はおもちゃ屋さんで売っているようなぬいぐるみでした。

◆嫉妬の炎

 先ほども言いましたが、この映画は前作の『怪談佐賀屋敷』に比べて小粒で急ごしらえの感が否めません。49分という短い尺ですし『怪談佐賀屋敷』の好評を受けてお正月に間に合わせようと急いで製作されたのではないかと思います。
 『怪談佐賀屋敷』では中心になるのが次席家老の磯早豊前による権力闘争ですが、『怪猫有馬御殿』は大奥でもおなじみ、女の嫉妬をめぐる物語。ここは例によってその陰険ないじめが見どころとなります。
 新参のおたきの方は、八百屋の出。おこよの方の側はおたきの家柄を格好のいじめのネタにして、玉がおかずの鯛を盗むと「大根や人参ばかり食べさせているから魚が珍しいのじゃ」とグサリ。顔からして憎々しいのは老女岩波。おこよの方がおたきを呪って丑の刻参りをしたのに、おたきがおこよを呪っていると言いがかりをつけ、おたきの女中のお仲(阿井三千子)が留守の間に、ほかの女中たちと共におたきの部屋に押し入って、おたきを刺し殺してしまうのです。

◆見せ場をアップデート

 殺されたおたきの血をなめて玉が化け猫に変わり、おこよの女中たちを歌舞伎の演出よろしく、猫まねきや猫囃子でアクロバティックに翻弄するという展開は『怪談佐賀屋敷』とほぼ同じ。見せ場もこれでは二番煎じ、と導入されたのは、より映画らしく腰元とおたきの生首が宙を飛ぶ特撮。今の私たちには幼稚でグロに見えてしまいますが、テレビなど普及していなかった当時、映画館に足を運ばなければ体験できない衝撃映像だったはず。客席から恐怖と興奮の悲鳴が上がった様子が想像できます。
 化け猫は猫々しく連続パドシャ(猫のように跳びはねるバレエのステップ)で逃げ、火の見櫓に追いつめられて、有馬大学が弓で射ます。射られて落ちても猫なので難なく着地。
 チャンバラシーンでは同一平面上の横から横の動きになるので、この火の見櫓が画面に縦の変化を与えダイナミックな効果をもたらしています。化け猫に襲われたおこよのおつきが火の見櫓の軒先に吊るされている、というオープニングも衝撃的です。

◆化け猫盛衰記

 大映は、1950年代に7本もの化け猫映画を生み出しますが、化け猫映画無声映画の1910年代から作られ、トーキー化後、元祖化け猫女優と言われたのが妖艶な鈴木澄子。1937年の『佐賀怪猫傳』(監督:木藤茂)から1940年まで、相次いで化け猫映画に出演しています。新興キネマなどのB級映画会社が作ったこの映画の成功によって、かつてゲテモノの扱いだった化け猫映画が次々作られることになったそうです(注4)。
 その人気カテゴリーである化け猫映画は、その後1953年の『怪談佐賀屋敷』まで作られませんでした。1939年10月の映画法施行による娯楽から戦意高揚ものへの戦時下の映画統制のためと、戦後のGHQによる占領政策によって、封建主義や仇討ちなどを題材としたものが描けなかったからです。
 1952年4月に占領が終わり、禁止されていた封建主義・仇討・自殺(切腹)などを描く時代劇が復活。
 新興キネマ時代に鈴木澄子の化け猫映画を手掛けていた大映(1942年に新興キネマ大都映画・日活が統合して誕生)のプロデューサーの永田雅一入江たか子に白羽の矢を立て(注5)、再び化け猫が日本映画に跳梁(ちょうりょう)することとなりました。

◆戦争と猫

 戦時体制下、映画フィルムの輸入は停止、国産フィルムは主に軍需利用など映画は冬の時代。猫にとっても受難の時代だったようです。軍用犬にするとか、毛皮を兵隊の外套にするとかで、一般市民の飼い犬が供出させられたという話は聞いたことがあると思いますが、『猫が歩いた近現代 化け猫が家族になるまで』(真辺将之著/2021年/吉川弘文館)によれば、飼い猫も毛皮目的で供出させられたことがあったというのです。ただし、猫の方は行われた地域と、行われなかった地域とかなりバラツキがあったそうです。また、猫など飼っていると白い目で見られたり、疎開する飼い主が捨ててしまったり、戦中戦後の食糧難で食べられたり、牛などの肉と偽って猫の肉が売られたりしたこともあったということです。東京大空襲では、焼け残った築地小学校に、周辺から逃げ延びた何千という猫が集まっていたという証言も紹介されています。

 いま、ロシアのウクライナ侵攻によって、動物と人との悲しい別れもおびただしい数に上っていることでしょう。秋田犬を飼っているあの人なら、その悲しみがわからないはずはないと思うのですが・・・。地球上の誰一人、誰一匹、これ以上戦争による犠牲を増やさないでほしいと思います。

 

eigatoneko.com

 

(注1) 参照:『大映特撮映画DVDコレクションNo.47「怪猫有馬御殿」』2016年/
    (株)ディアゴスティーニジャパン(以下『大映DVD』と略記)

(注2) 猫塚・猫石には立ち入りが難しいので立ち入らないようにという岩﨑氏のお話
     です。詳しくは同書「有馬家上屋敷跡」の項をご参照ください。

(注3) 『大映DVD』付録DVDジャケットより

(注4)(注5) 参考:赤堤孝三/大映閑話「大映猫映画前史」『大映DVD』より

 

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