この映画、猫が出てます

猫が出てくる映画の紹介と批評のページです

キューポラのある街

逆境に屈せず、自分の未来を自分の手で切り開く中学生ジュン。吉永小百合の人気を決定づけた昭和中期の名作。

 

  製作:1962年
  製作国:日本
  日本公開:1962年
  監督:浦山桐郎
  出演:吉永小百合東野英治郎浜田光夫、市川好郎、他
  レイティング:一般(どの年齢の方でもご覧いただけます)

  ◆◆ この映画の猫 ◆◆
  役:☆☆(脇役級)
  近所のドラ猫
  名前:なし
  色柄:茶白のブチ
     (モノクロのため推定)

◆きゅぽらんのいる街

 東京と荒川を隔てて隣接する埼玉県川口市キューポラとは、川口で江戸時代から盛んになった鋳物工業の溶解炉のこと。それが突き出た煙突の独特な形が川口のシンボルとなっていたそうです。そんな川口のキューポラは、この映画によって全国的に有名に。いまは、かつての鋳物工場が集まっていたあたりは住宅が立ち並んでいるようですが、荒川近くにキューポラがある工場が見られたり、市内のあちこちに鋳物の街を思わせるモニュメントが見られるそうです。JR京浜東北線川口駅前にはキュポ・ラという複合商業施設も。映画が公開された1962年に、川口市制施行30周年を記念して制定された市民歌(作詞・サトウハチロー、作曲・團伊玖磨)にも「キュウポラ」が登場します。ちなみに、1964年の東京オリンピックの聖火台は、この川口の鋳物製。
 そして満を持して登場したのが川口市のマスコット「きゅぽらん」。きゅぽらんは「きゅぽらんの部屋」で今日も川口市の魅力情報を発信していますよ!

◆あらすじ

 鋳物工場のキューポラと呼ばれる溶解炉の煙突が立ち並ぶ川口。中学3年生のジュン(吉永小百合)の父(東野英治郎)も鋳物工場の昔気質の職人だったが、首切りに遭ってしまう。ジュンの下には生まれたばかりの赤ちゃんも含め弟が3人。進学志望のジュンは、友だちのヨシエ(鈴木光子)が働くパチンコ屋でアルバイトして学資を稼ぐことにする。
 父はなかなか職人の仕事にありつけず、お酒を飲んでは理不尽に子供たちを叱る。ジュンの友だちのお父さん(下元勉)からせっかく紹介してもらった鋳物工場での仕事も、自動化された作業工程になじめず、ジュンが修学旅行に出発する日の朝、やめてやると騒ぎ出す。父がやめたら高校に行けない、と気が沈んだジュンは修学旅行をすっぽかしてしまう。お金に困った母(杉山徳子)は、少し前に内職をやめて飲み屋の接客係として働き始めていた。酔客と大騒ぎしている母を偶然見かけてそれを知り、ショックを受けたジュンが町をフラフラ歩いていると、リスちゃんという不良っぽい女の子に会い、遊びに連れていかれる。ジュンはあやうく不良青年たちに暴行されそうになるが、ジュンが修学旅行に行かなかったことを知った隣の家の克巳(浜田光夫)がジュンを探しに刑事とそこに現れ、ジュンは難を逃れる。
 学校に来なくなってしまったジュンを先生(加藤武)が訪ね、定時制でも通信制でも勉強はできる、と励ます。そんなとき、ヨシエが北朝鮮に行くことになった。ヨシエの弟のサンキチはジュンの弟のタカユキ(市川好郎)の大親友。在日朝鮮人のお父さんは、北朝鮮での生活を選んだのだ。お母さんは日本人で、日本に残るという。ヨシエはジュンに愛用の自転車を譲って旅立つ。
 ところが、サンキチはお母さん恋しさに途中で戻ってきてしまう。しかし、お母さんは誰かと結婚すると、どこかへ行ってしまっていた。
 ジュンは、就職を考えて工場に見学に行く。そこでは、ジュンと同じような立場の女子工員たちが、定時制高校で学びながら生き生きと働いていた。そんなとき、父が、元いた工場の事業拡大によって再就職することになった。両親は、ジュンに志望校への進学を促すが・・・。

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◆ドラ猫と鳩

 この映画に出てくる猫、私が今までに見た映画の中での、ドラ猫ナンバーワンです。
 映画の舞台となった1960年代頃には、伝書鳩の飼育ブームがありました。私の家の斜め前の家のお兄さんも、物干し台の上に鳩小屋を作ってよく世話をしていましたっけ。ジュンの弟のタカユキは伝書鳩を繁殖させて、ヒナを売って小遣い稼ぎをしています。不良のノッポ(ジュンたちのお父さんをクビにした雇い主の息子)は、ヒナが生まれたら買い取る約束をしていて手付金をタカユキに払っていたのですが、そのヒナがドラ猫にやられてしまうのです。弟がタカユキを呼びに来て、見ると、屋根の上でドラ猫がヒナを仕留めたところ。タカユキが猫に向って石を投げると、猫は屋根から降りて路地を走って逃げるのですが、『めし』(1952年/監督:成瀬巳喜男)のときと同様、屋根ドラと路地を走って逃げるドラ猫は柄の違う別の猫。屋根の上の猫と、地上の猫ってそんなに撮影の手間が違うんでしょうか? この屋根ドラは、百戦錬磨の強者ヅラ。ヒナの上にのしかかる様は猫を超えたふてぶてしさです。このシーンだけでも必見です。
 ヒナがやられてしまったのに、タカユキは手付金をノッポに返せず、泥棒の手伝いをさせられてしまいます。ジュンがそれを知ってタカユキを止めに行き、不良たちのたむろするビリヤード場に乗り込んで自分のアルバイト代から返すと交渉するのですが、その過程で不良に唇を奪われるという羽目に。罪作りなドラ猫め。

  ◆◆(猫の話だけでいい人はここまで・・・)◆◆

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◆「親に向って」「女のくせに」

 骨太の力強い音楽とともに、鋳物工場の作業現場が映し出されます。溶けた鉄を桶に入れ、男たちが人手で運ぶ姿。逞しさと労働の尊さとともに、一歩間違えれば事故につながりかねない危険を感じます。
 『キューポラのある街』は、1964年の東京オリンピックの2年前、敗戦によって外圧で変化を遂げた日本が、時の池田勇人首相の「所得倍増計画」のもと、豊かで近代的な国家を目指そうと内側から変わって行った頃の話です。吉永小百合が健気な少女を演じ、多くのサユリストを生むきっかけとなった映画ですが、戦後の民主的な教育を受けた若い世代と、父たちの古い世代の価値観の対立が鮮やかに描かれています。重いテーマを明るい理想へのあこがれに導く、少しくすぐったくなるくらいな爽やかさです。

 ジュンの父の辰五郎は、2年ほど前の作業中の怪我で足を傷め、人並みの重労働ができないのですが、それを理由に解雇されてしまいます。同じ工場で働く隣の家の青年・克巳が、それを不当だと、事業主の松永を「自分は妾を囲って車まで買って」と難詰するのですが、辰五郎が「親方が妾持って何が悪い」「てめえら青二才に何がわかる」と親方をかばうのです。当の親方まで「こいつらに職人の土性骨ってもんを叩きこんでもらいたいね」と、辰五郎に指示し、克巳の言うことに耳を貸そうとしません。松永と辰五郎は、親方・職人の、昔ながらの義理人情で堅く結ばれ、労働法などを超越した関係なのです。克巳は辰五郎の意外な反応にあっけに取られてしまいます。
 辰五郎のアナクロニズムは自宅でも全開。タカユキを理由も聞かず殴ったり、それをジュンが注意すると、「親に向ってその口のきき方はなんだ」「女のくせに」と、話し合いなど不能です。たっぷりと戦前の封建的な空気を吸って成人し、ジュンから「無知蒙昧」と言われようが「自己中心主義」と言われようが、子どもは親の言うことを黙って聞くものとして育った世代です。

◆にんじん

 この映画には、労働組合、学歴社会、在日朝鮮人の帰還事業などの、この時代らしいテーマも盛り込まれています。
 タカユキは、父とケンカして「家出してやる」と飛び出し、芝川のコオロギ島というところに住むサンキチを訪ねます。ジュンとタカユキも貧しい暮らしですが、サンキチの家は、それをはるかに超える貧しさです。川っぷちのじめじめしたところに建つバラック。「くず鉄買入れ」の看板が出ています。お姉さんのヨシエは学校が引けるとパチンコ屋で働き、それを知っていた仲良しのジュンは、パチンコ屋で一緒に働かせてもらうのです。少し陰のあるヨシエに対し、サンキチは天真爛漫。当時人気のあった野球解説者の小西得郎の真似をして「なんと申しましょうか・・・」と言ったり、同級生のカオリちゃん(岡田可愛)に片思いしていたり。
 サンキチは日本での思い出に、学芸会のお芝居でカオリちゃんの相手役を演じます。演目は「にんじん」。ところが客席の同級生が「朝鮮ニンジン!」とはやし立て、会場は大混乱、同級生はタカユキにボコボコに殴られる騒ぎに。悪さを繰り広げるタカユキとサンキチに『大人は判ってくれない』(1959年/監督:フランソワ・トリュフォー)をちょっと思い出しませんか(タカユキは和製アントワーヌ・ドワネル?)。
 ジュンがヨシエの家に行こうとすると、父が朝鮮の子なんかと付き合ってんのか、となじります。このような差別は今も消えていないどころか、一部ではエスカレートしています。
 1910年、日本が韓国を併合、その後日本に仕事を求めて渡ってきた(あるいは徴用された)朝鮮半島出身者が、日本の敗戦後、日本国籍を失い、朝鮮戦争によって南北に分かれ変貌した祖国に居を移すのは容易ではなかったと思います。彼らを受け入れたのは北朝鮮ですが、彼らのほとんどは韓国側にあたる南部の出身者だったそうです。ヨシエたちのお父さんは博奕はする、暴力は振るうで、お母さんが愛想尽かしをしてしまったよう。お母さんは北朝鮮について行きませんでしたが、日本人の妻で当時「地上の楽園」と言われた北朝鮮に渡った人たちも少なくなかったようです。

◆変わる職場

 ジュンは修学旅行をすっぽかして、ぶらぶらと志望校の県立第一高校に向います。校庭を見るとブルマー姿の女子生徒がマスゲーム中。指導者の軍隊のような掛け声がかかります。このマスゲームは、ジュンが見学に行った工場の昼休みのコーラスの場面と対比されます。
 工場を案内してくれた先輩社員と社員食堂で一緒に昼食をとっていると、食堂の外で、数十人の女子社員の「手のひらの歌」のコーラスが始まります。笑顔で指揮をしている元気な女子社員は今年から定時制で学び始めた、と先輩が語り、コーラスの輪をジュンがまぶしそうに見つめます。その生き生きとした姿は、あの県立第一の一糸乱れぬ規律正しい演技とは違った、血の通ったものを感じさせます。一家の経済を考えて働きながら勉強する、という合理的な理由に加えて、ジュンは歌う女子社員たちに自立する誇りと喜びを感じます。迷いはふっきれます。

 1950年代から1960年代の、サラリーマンの職場を描いた映画を見ると、よく昼休みに屋上でバレーボールをしたり、コーラスをしたり、という和気あいあいとした光景が出てきます。「手のひらの歌」のような団結や明るい未来を訴えかける歌を歌う「うたごえ運動」や、労働組合が主催する活動、休日にハイキングに行く、などのサークルも盛んです。ある意味、それが男性社員と女性社員の出会いの場でもあったわけですが、こうした家族的な職場の雰囲気、いまはほとんど失われてしまったのではないでしょうか。
 週休二日制の導入によってそれまでの土曜日の分の労働時間が月曜から金曜に割り振られ、一日当たりの所定労働時間が長くなったこと、だからといって終業時刻をあまり遅くすることができないので、昼休みを短くした会社が多かったこと、土曜日の仕事のあとお昼をみんなで食べに行ったり、遊びに行ったりという機会がなくなったことなどが影響していると思います。テレワークの普及は、今後職場にどのような変化をもたらすでしょうか。

◆時代の潮目で

 歌と言えばこの映画には、日活のスター・小林旭の歌謡曲が流れ、植木等の「スーダラ節」も流れます。ジュンたちのような貧しい人々のいる一方で、「スーダラ節」のようなサラリーマンのお気楽さを歌った歌が流行しているところに、高度経済成長の波とそれに取り残される人々の間の格差が暗示されています。「ダボハゼの子はダボハゼだ」「中学出たらみんな鋳物工場で働くんだ」という父の言葉を打ち消すように、定時制高校に進み、近代的な会社での勤めを選ぶジュン。この映画での「スーダラ節」は父の時代の終わりを告げる歌に聞こえます。
 監督の浦山桐郎は監督デビューの本作で、日本映画監督協会新人賞を受賞、キネマ旬報第2位。社会派監督として高く評価され、10本の劇映画を残して54歳で没。この映画では今村昌平と共同で早船ちよの原作を脚本化しています。
 がっちりした大人の名優たちの正攻法の演技、対照的な子役たちの屈託のなさが光る『キューポラのある街』。スタッフ・キャストの、いい映画を作りたいという熱い思いが伝わってきます。きれいすぎる、と言われるかもしれませんが、いまこんな映画は作れないでしょう。


◆参考 『在日朝鮮人 歴史と現在』(水野直樹、文京洙/2015年/岩波書店
 

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